古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第838話

 不穏な事を考えていたハイモ男爵の事について一マインツ領の総括である、ベッケラン子爵に報告しておいた。不満を抱えている事は一目瞭然だったし、万が一不満が爆発して暴走とか勘弁して欲しい。

 比較的、協力的だが政敵の派閥構成貴族の一員、本来ならば足の引っ張り合いを行う事が普通の関係なんだ。それが過去の公爵達の関係であり、今も僕とバニシード公爵は対立している。

 他の公爵三家が僕を囲ったから表立って妨害工作はしないと思うが、末端まで意思統一が行われているとか甘い考えは捨てた。故にリゼルとシルギ嬢、それとクリスには注意を促した。

 

 復興支援の失敗は、僕の評価を大いに落とすだろう。バニシード公爵も自分の派閥構成貴族の領地の復興支援の失敗は僕を責める正当な理由になるし、被害を被ったとか言い出すかもしれない。

 実際に彼の思考は僕への不満で一杯だったし、リゼルに対しても妾とか侮辱していた。言葉に出さないから責められないのが悔しいが、誰でも心に思うだけなら自由だ。

 実際に妨害工作に動いたら、相応の対応はする。その為にも警戒を厳重にしたし、彼についても色々と調べてみた。新しい領主に対しての領民の評価は……微妙だった、悪い方への微妙さだった。

 

「ハイモ男爵ですが、実父がバニシード公爵の側近の一人ですわ。一応正統後継者として遇されていますし、武闘派としての力は騎士職レベル30程度。聖騎士団でも中堅程度の力は有ります」

 

「騎士団には入らずに父親の領地で後継者教育を受けて、領内で野盗やモンスターの討伐を行い魔法迷宮バンクも六階層まで攻略ね。冒険者としてはCランク、パーティメンバーにも恵まれたが解散。

聖戦で敵の副官を倒した功績により爵位と領地を賜るか。それも複数で倒したが、他の連中は金で黙らせて本人のみで副官を倒した事にした。財力も権力も自分の力だし間違いでは無いな」

 

 微妙に有能だからプライドが高そうだな。魔法迷宮バンクの攻略は王都に滞在していた四年前から二年前までの三年間、僕との活動時期がズレているから接点は無かった。魔法迷宮バンクをレベル上げに利用する貴族は多い。

 そして新しく領主となり次々に新しい政策を繰り出しているのだが、鉄の産出の増産は鉱員不足で却下。領内で鉱員を募集しようにも今の鉱員の家族しかいないから、既に働ける年齢になった者はなっている。

 周辺の領地への募集は領民の引き抜きになるし、少数なら問題無いけれど少数では産出量は増えない。苛立ちを領民に向けない自制心は有るが、表情に出すから領民に心の内はバレている。理想の領主ではないな。

 

 でも悪政でも無い領民を虐げてもいない。自制心だって貴族としては有る方なのかな?エムデン王国では取り締まり方法が確立しているから少ないけれど、他の国なら普通に居るし問題にもしない。

 

「早く領主としての実績を表したい的な考えが滲み出ています。実際に俺は国境付近の僻地の領主は似合わない、もっと功績を上げて王都に近い領地を賜るんだ!と酒を飲んでは周囲に話しているそうです」

 

「駄目じゃん。アウレール王から頂いた大切な領地が自分には似合わないとかさ。思うだけならセーフだけど口に出したらアウトじゃん。公式な場所での発言なら大事だよ」

 

 爵位も無く当然領地も無い貴族が大多数を占めている貴族社会の中で、拝領した領地が自分には合わないとか問題発言だぞ。普通に不敬罪案件だが、身内の中だけでなら未だ大丈夫なのか?ん?身内の話なのに広まるのは?

 

「あれ?その情報の出所は?」

 

 親族や配下に密告者が居るのか?他の派閥に鞍替えする見返り的な情報としては重要度は低い、精々お叱りを受けて財産の何割か没収程度だな。特に重要でない彼の失脚程度では、移籍の土産としては微妙……

 

「領民達からです。彼等はリーンハルト様の暗殺未遂に対して恐ろしい程の怒りを抱いています。自分の周辺で見聞きした事を事細かに報告してくれるのです。ハイモ男爵は領地の酒場で配下の方々と飲んでいる時に一応小声で話していたそうですわ」

 

 それってさ。領民達が自分の領主を不穏分子として捉えて、リゼルに報告に来てるって事だよね?既に領主として見切りを付けられてるって事だよね?嘘だろ、拝領して未だ数ヶ月だぞ。見切られるの早いって!

 上を向いて目の間を揉む。普通は成りたて領主の本質を知るのには、それなりの期間が掛かる。特に圧政も増税もしていないのだから、愚痴程度では未だ見限る判断は早いだろう。それでも密告されたと言う事はだ。

 旧ウルム王国領の領民達が支配者階級を見る目が厳しいのか?バーリンゲン王国よりは何倍もマシだったけど?これは本腰を据えて復興支援をしないと、僕の評価も厳しくなるだろう。只でさえ参戦してないのだから……

 

「それは有り得ません。参戦しなかった英雄、リーンハルト様の評価が高過ぎるので、相対的に他の方々の評価が厳しいのです。それと噂を流して領民達の周囲への警戒を促したのは、ザスキア公爵でしょう」

 

「ザスキア公爵が?」

 

 思わず、リゼルを見る。確かに暗殺未遂の件は正式に報告書として王宮に送った。ザスキア公爵の諜報部隊は優秀だから、相当早く報告書は届いただろう。でも対応としては早くないか?

 王家には伝書鳩で伝達すると言う秘儀も有るが、人が馬に乗って走っても相応の時間は掛かるよな。ザスキア公爵の諜報部隊が優秀でも、少し無理が無いかな?いや、彼女なら可能なのかな?

 ニクラス司祭も前にモア教独自の連絡網が有ると言っていたし、僕の知らない高速連絡網が有るのだろう。まぁ考えても機密事項だろうし、聞いても教えてはくれない。いや、聞く事の方が失礼だな。

 

「はい。ミケランジェロ殿の思考を読みましたが、リーンハルト様の暗殺未遂は領内に潜伏している不穏分子の連中の所為である。彼等を取り締まれない新しき領主達、自分達で情報を集めてリーンハルト様の手助けをしよう。みたいな感じです」

 

「うーん。流石っていうか何というか、ウルティマ嬢の仕事が減りそうだな。ミケランジェロ殿にライバル意識を持っているから、この情報を知らないと不味いか。一度二人を集めて調整しよう」

 

 二人ともにプライドが高いし、形の上では協力体制を取ってはいるが競争相手でも有るし。ミケランジェロ殿もザスキア公爵に見栄を張りたいだろうから、抜け駆け位はしそうだし。

 諜報に素人の情報を素直に信じて行動を起こせば、裏を掛かれる事もありそうだし。潜伏して暗躍している連中だから、謀略とか好きそうだし逆に罠を張ってるとか?

 ウルティマ嬢の能力は未知数だから、一応はナナルに数値的な能力は確認している。普通に有能だが、能力を活かし切れるかは本人の性格も重要だからな。それを今回見極めたいんだ。そして能力に合った仕事を振り分けたい。

 

「我が主様は、女性に優しいですわ」

 

「配下のね。それに能力の見極めと適正な仕事の割り振りは、雇用主の最低限の義務だろう。今後、諜報部隊は必要になるからね。最優先で大事に育てたいんだ。さて、僕は復興支援の方に力を入れないとね」

 

 クスクス笑う、リゼルさん。そんなに面白い話でもないだろう。まぁ彼女は僕の側室狙いを公言して、ジゼル嬢が黙認しているのだが……何故かは教えて貰っていない。

 側室予備軍なる不思議な集団の中では、彼女を一番気に入っているらしい。住み込みは激しく拒否したらしいのだが、何か選定基準でも有るのだろうか?

 そう言えば彼女達とのお茶会も暫く中止だな。有能な淑女が多く居るから、側室じゃなくて雇用したいんだ。ウルティマ嬢もそうだが、ステファニー嬢の魔素を操る力。クラリス嬢の私的書庫、レイニース嬢の真実の目。

 

 本当に有能な淑女が多いんだよ。驚く位に有能なのだが、彼女達ばかりを優遇して雇用するのも問題なんだよ。誰か若い男性で有能で僕に雇われても良い人物が現れないかな。

 

「それは難しいと思います。リーンハルト様はエムデン王国の若い男性貴族から、憧れと嫉妬と妬みと僻みを混ぜ込んだ微妙な感情を持たれています。配下としての官吏達は別としても、難しいでしょう」

 

 うん。知ってたよ。でも夢位は見させてくれよ。爵位と役職が邪魔して、中々同世代との友好が築けないのが悲しいんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最優先がアルバン男爵とロルフ男爵の領地の開墾、次がリーヌス男爵領の農地の水路の整備。大本の水路はリーヌス男爵領を通り、他の二人の領地に分かれている。その水路や水門の扱いで諍いが起こっていた、領地を跨いでいたから。

 今回は、ベッケラン子爵が複数に跨いだ領地の領主を取り纏めて水路の整備を行う事になった。雨頼りの天水農業では生産性は向上しない。必要な時に必要な農業用水を引ける灌漑農業への切り替えが目的だ。

 なので最初にリーヌス男爵領の水路に手を付けたいけれど、そこは派閥の力関係の問題らしく無理強いは出来なかった。まぁ枝分かれの水路を先に錬金して後で繋げば良いだけと割り切ろう。それ程手間も掛からないし大丈夫だな。

 

「「「「「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様!」」」」」

 

 街道を歩いていた時から見えていたが、結構な人数だ。質素な服を着ているが定期的な洗濯はしているのだろう。身嗜みは清潔だし、健康状態も悪くはなさそうだな。領地経営が上手く行かなかったと聞いていたが、悲惨な状況でなくて安心した。

 老若男女問わず集まっているが、ここは未だ街道沿いで村まで1km位あるな。多分だが此処が領地の境界線なのだろう。領地を跨ぐと色々と問題が有るのは何処も同じなのだろう。

 子供達も大勢いるし、後ろには街道を塞ぐように荷馬車が並んで置いてある。商人でも居るのだろうか?邪魔だからどかして欲しいが、強く言うと委縮してしまうだろうし……どうするか?

 

「ああ、盛大な出迎え感謝しますよ」

 

 アルバン男爵の領地の入り口に領民達が整然と並んで出迎えてくれた。確か1000人程度の筈だが、パッと見でも半数以上が居ますよ。先頭に並んでいるのは各村の村長とモア教の司祭様かな。

 同行し案内してくれた、アルバン男爵が不満を一生懸命に隠しているから妙な笑顔になっている。領主の自分よりも、僕の出迎えを優先されれば心の中は複雑だろう。この先、同じような事にならない様に気を付けないと駄目だな。

 それとなくモア教の関係者に伝えて、連絡して貰おう。小さな不満でも溜まれば爆発するし、そもそも僕は政敵。王命の最中だし自分の領地の復興支援だから邪魔はしないと思うが、注意と配慮は必要。領民達に悪意が無いだけに辛い。

 

「彼等は各村の村長と唯一のモア教の教会の司祭である、ジェスト司祭です」

 

 アルバン男爵の簡単な紹介の後で全員が平伏するのは止めて下さい。僕は貴族様第一主義でも貴族様万歳でもないので、余計に困惑します。500人以上の領民が一斉に平伏とか胃が痛い。

 

「頭を上げて下さい。さて、事前にお願いしていますが資料の方は?」

 

 早めに作業に入った方が良いな。期待に満ち満ちているのは分かるが、僕は聖戦で活躍していない後方支援だったので困る。領主のアルバン男爵より優遇されても困るのです。

 領内の地図を元に開墾範囲の確認をして予定を決める。予定が押しているから効率的に進めないと時間が掛かる。シルギ嬢を中心に連れて来た土属性魔術師に効率よく仕事を割り振る。

 御爺様の領内の農地改革で鍛えられたらしい。まさか戦後の復興支援に使えるとは嬉しい誤算、周囲は用意周到に準備していたとか言うけれど、全くの誤解だな。

 

「我が教会に全て用意してあります。それと、リーンハルト様に貢物が……」

 

「却下!僕は復興支援に来ているので、集めた物は全て元の持ち主に返して下さい」

 

 貢物って何だ?復興支援に来て財貨を貰うって、勘違いされたら大変な問題事だぞ。いや、善意なのは分かるよ。分かるけど普通に駄目、駄目駄目だ。最初からグダグダだけど上手くやっていけるのか?

 モア教の司祭である、ジェスト殿も困り顔だけど先に止めて下さい。村長達の自発的な善意って事だろうけれど、もしかしなくてもウルム王国の連中って貢物とか要求してたのか?

 配下のダルシムとナジャフが村長達を連れ出し、建物の陰で説得というか説明をしてくれた。理解してくれたのか物凄く申し訳なさそうにして、僕の前で土下座した?

 

「いやいやいや、落ち着こう。良く分からないけど落ち着こう。アルバン殿、教会に関係者を集めましょう。他の者は解散、仕事に戻って下さい」

 

 不味い。モア教の影響力を未だ甘く見ていたんだ。彼等の純真な善意が痛いし、アルバン男爵の視線も痛い。違う、そうじゃない。そうじゃないんだよ。 

 

 

 


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