古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

845 / 999
第839話

 熱烈大歓迎を受けた事は嬉しいのだが、やり過ぎだと思う。領主より優先されて貢物まで贈ろうとかさ。復興支援を受ける側としてどうなんだと説明したい。純粋な善意だけに辛い。だが言わねばならない。

 三つの村の村長と領内唯一のモア教の教会の司祭である、ジェスト殿。それと領主であるアルバン男爵、フレイナル殿にリゼルをモア教の教会に集めた。今後の話し合いと調整、それと色々とお願い事をしないと駄目だから。

 集まってくれた領民達は素直に各々の仕事に戻ってくれたので安心した。人が集まれば群集心理という普段なら絶対にしない行動をする事が有る。それは色々と問題が発生するからね。

 

 ミケランジェロ殿とウルティマ嬢には情報収集を頼んだ。先ずは領民達が僕に向ける正確な情報が欲しい、その内容により手を変えて打たないと駄目なんだ。本来の領主より応援の僕が優先されるのは駄目だろう。

 アルバン男爵を抜きにジェスト司祭に情報伝達のお願いもしないと駄目だし、自分を抜きにしてモア教の司祭と話すとかバレたら問題だが仕方ないと割り切ろう。そうしないと毎回同じ事になりそうだから……

 案内された教会の中に入る。礼拝堂は質素ながら清掃が行き届いていて、木製のベンチは黒光りしている。長い年月、領民達の信仰を集めて大事にされていた事が分かる。少しひんやりとして静謐な空間。

 

 質素な中でも見事なステンドグラスだな。モア教の教本の中の有名な出来事の場面を切り取っている。祭られたモアの女神像も地方の教会にしては見事、ジェスト司祭はモア教の中でも高位なのかもしれない。

 モア教の方々は信徒と寄り添う事を是としているので、敢えて地方や不便な場所の教会に赴く事が有る。本当に頭が下がる思いだが、僕に頭を下げないで下さい。僕はモア教の守護者とかじゃないですから。

 イルメラの為だけに敬虔な信徒を装っているだけで、確かに慈善事業にも力を入れているけれど全て自身の保身の為なんです。ごめんなさい。

 

「えっと、色々と想定外な事が多過ぎてアレですが。その、復興支援の進め方について話し合いましょう」

 

 年配の修道女の方が参加者達にお茶を配り終わったタイミングで声を掛ける。モア教の影響力って怖い。聖下の僕に対する思惑の調査を行っているけれど、今から中止にした方が良いかもしれない。

 辛うじて不満顔だが言葉にしないだけの自制心が有りそうだが……いや鋼って程じゃないな。そろそろひび割れしそう、もう少し何か有ればヤバいかも知れない。領主に対しての領民がとる態度じゃないし……

 手に持つカップに力が入っているし小刻みに震えているし、相当不満を溜め込んでいる。他の領地も同じじゃないよね?チラリとリゼルに視線を向ければ、小さく首を横に振りやがったぞ。つまり同じ事か?

 

「資料を見ましたが、先に雑木林の開墾を行います。大型のゴーレムを使い樹木を伐採し伐根まで行います。指定の場所に伐採した樹木は運びますので、その後の処理は領民の方にお任せで良いですね?」

 

「はい。建築資材や薪として使用したいのですが乾燥が必要なので適当に切り分けて保管します。あと赤松が有りましたら窯業を行っている者がおりますので、優先的に薪として渡したいのです」

 

 窯業?ああ、樹脂を多く含み高温になるから好んで用いられるんだっけ?あと不均一な温度で焼くことによる微妙な色合いが出るから良いとか何とか。僕は均一な方が好きだけど、芸術関連は難しい。

 御爺様の領地でも同じように陶工を招いて窯を作り特産品として陶器を生産している。だが利益は出てはいるが僅か、日用品レベルだから仕方ないんだけどね。最近は生産量も増えたし、ライラック商会のお陰か単価も上がってきた。

 『英雄リーンハルト様の御実家の領地で生産されています』って謳い文句には困ったが、親族の為にと割り切った。間違っていないし誇大広告でもない、事実では有る。

 

「錬金で木材の水分は飛ばせますので、ある程度の処理も行いましょう。伐根が終わったら区画整備を行い土壌を錬金にて改良しますが、希望の土を用意して下さい。生産する作物に適した土壌にしますから。

まぁ土つくりですね。同時に混ざっている石も砕いて土に還しておきますし、最初に深さ30cm程度は耕しておきます。これで労力は大分減るでしょう。連作は厳しいでしょうが、堆肥って何を使ってます?」

 

 開墾で労力を使うのが最初の伐採・伐根・小石拾いに耕す事だ。最初は錬金で土壌改良を行うが、二回目以降は土の栄養が吸い取られて痩せてしまう。流石に毎回錬金してくれる土属性魔術師の確保は無理だろう。

 普通に堆肥を混ぜて土つくりから始めなければならないのだが、酪農をしていたのなら堆肥は牛糞かな?それとも豚糞かな?匂いがキツいから大変だし、貴族の前に家畜の糞尿を使った堆肥を出すのも問題だった。

 元々雑木林ならば樹木の根が四方八方に張り巡らされているだろう。当然だが伐採し日当たりが良くなり土壌の栄養も豊富になれば雑草も生える。最初は雑草との格闘だろう、いかに早く雑草の芽を摘むか。

 

 仕事はどれも大変だけれど、農業は特に大変だなぁ。あれ?全員が黙って僕を見詰めているけれど、質問に答えてくれないと先に進めないのだけれど?不満そうだった、アルバン男爵も呆けた顔をしているし。

 もしかして僕だけで全て行うと思ったのかな?少なくとも見本の土を参考に土壌改良をするのは僕じゃない。区画整備を行い軽く耕して小石を取り除く迄は行うけどね。あとは配下の土属性魔術師任せだな。

 大規模開拓事業は人力では年単位の期間が必要だが、僕のゴーレムルークなら問題無い。高木でも引っこ抜けるし伐根だって大丈夫、水路だって慣れているし配下も大勢連れて来たから問題は無い。

 

「あの?何か?」

 

「ええと、その内容をこの広さで行えるのでしょうか?リーンハルト様がマインツ領に居られる期間は半月ですが、ザスニッツ領への移動を考えれば正味10日前後。この領地に滞在出来るのは最大でも三日程では?」

 

 名の知らぬ村長に問われてしまったが、大体その通りの工程だな。

 

「はい。問題は少ないですが効率的に行動しましょう。それで堆肥は何を使ってます?」

 

「はい。それはですね……」

 

 その信じられないモノを見る目は止めて下さい。気持ちが萎えますから……まぁ長期間の重労働を課せられて開墾している連中に簡単に数日で終わらせるとか嫌味みたいなものか?

 正味四日、だがベルヌーイ元殿下の捜索は終わらないだろう。場合によっては、ミケランジェロ殿とウルティマ嬢とは別行動だろうか?でもザスニッツ領に移動する時には同行させたいから最大でも十日間かな。

 僕は無関係です的な顔をしている、フレイナル殿の仕事を考えた。火属性魔術師なら木材の乾燥とかは当然だけど得意だよね?僕は錬金で水分を飛ばすが、彼は温度で乾燥させる筈だし丁度良いや。

 

「では作業を開始しましょう。予定として今日中に伐採を終わらせますから。フレイナル殿?」

 

 我関せずみたいに寛いでいた彼に話し掛ける。一瞬キョドったけど、直ぐに真面目な顔に切り替えたけれどさ。壁際に控える若い修道女を見詰めて何を考えていたんだ?女性で失敗してるのだから、真面目にやってくれ。

 

「なっ何かな?リーンハルト殿」

 

 大事な打合せの最中に気を抜いては駄目だぞ。直々に特別任務を与えるので、頑張って下さいね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 天候は曇り、高地だからか風は少し肌寒い。案内された雑木林を見上げる。放牧地の周囲を囲むように木が生えている。簡単な探査魔法を使えば、それなりの数の小動物の反応は有るが、野生のモンスターは居ないみたいだな。

 雑木林は里山に住む人々に多くの恵みを与えてくれるから、冒険者ギルトに定期的にモンスター討伐の依頼をしているらしい。放置すればゴブリンやビッグビーが住み着くし、彼等を捕食する中型や大型のモンスターも勝手に増える。

 ゴブリン程度ならば初期の群れなら少数だから、農民でも大勢で当たれば勝てる。まぁ奴らを倒しても何も持ってないし肉は食えないし、討伐報酬は一体倒して銅貨8枚と安い。労力に成果が見合わない、まさに害獣だな。

 

「さて、久し振りに戦闘以外でゴーレムを錬金するな。クリエイトゴーレム!」

 

 何故かギャラリーが多い。打合せで大口を叩いたとか思われているのだろうか?全長10mのゴーレムルークを鉈を装備させて五体錬成する。彼等の最初の仕事は、伐採した樹木の運搬移動だ。複数のパーツを錬成し一気に組み立てる。大分早く錬成出来る様になったが、大体三秒位かな?

 伐採だと、前にアタックドックの依頼を請けた時に出会った、ゴメスさんを思い出す。彼は材木商であるチェアー商会が管理する森林の伐採を行っている樵頭だ。彼から樵の技を教えて貰ったが、今回は使えない。

 まさかゴーレムルークに斧を持たせて木を切り倒す訳には行かない。いや、それも可能だが時間を短縮するには他に効率的な方法があるから。

 

 周囲の連中が巨大なゴーレムをみて驚いている。これだけ大きなゴーレムなら、巨大な鉈で高木を切り倒す事も可能だろうとか言ってるけどね。そうじゃないんだよ。

 

「自在槍変形、黒縄(こくじょう)よ。薙ぎ払えっ!」

 

 黒縄に魔力刃を纏わせる。右手に巻き付ける様に錬金し腕を突き出し真っ直ぐに伸ばし、有る程度の長さに伸ばしたら根本から50cm位の高さで樹木を切断する。雑木林は緩やかな丘になっているので、地面から50cmの高さで地形の高低差に合わせて水平に切断する。

 本来の樵達の技法ならば先ず受け口を切る、直径の三分の一程度を目安に水平方向に切り込みを入れて、さらに上方から水平の切り込み面に対して30度程度の角度で斜めに切り込みを入れる。

 切れた三角形の木片は取り除いて切り残しの部分は「つる」といい、後に倒す際の方向や速度を調整する要素となる。「つる」の部分に反対方向から追い口を入れる。追い口は受け口の高さの三分の二程度の高さを目安に水平方向に切れ込みを入れる。

 

 これで「つる」は立木の自重で挫屈し受け口方向へ倒れるが加減を入れながら行うことが大切で、この加減を調整するのが樵頭の大切な仕事。経験がモノを言うのだろう。まぁ僕は技法は完全に無視して水平に切れ目を入れたけどさ。

 魔力刃は何の抵抗も無く木を切断したので、バランスが崩れる迄は自立している。数秒後にゆっくりと手前の木が奥に倒れ、ドミノ倒しの様に全ての木々が倒れる。小鳥達が一斉に飛び立つ、下敷きになってないよね?

 枝が絡みあう為か、メキメキと生木が折れるような音をだしながら30本程度の木々が一斉に倒れる様は圧巻だな。本来なら倒す方法は一本ずつ決めて運び易い様にするんだけどね。僕にはそんな樵達の高度な技術は無いから無理、力業で押し通す。

 

「ええっ?そんなに簡単に木々が切れるのか?嘘だろ、おい何かの冗談だろ?」

 

「馬鹿な。これが英雄様といわれる者の力なのか?凄い、信じられない。圧倒的じゃないか」

 

「有り得ない。こんな事が起こるなんて信じられないぞ。本職の樵だって一本切るのに数人で半日は掛かるんだ。それを数秒で何本も切るなんて異常だぞ」

 

 ギャラリーが茫然自失だけどさ。そんなに難しい事はしていないぞ。そこで座り込んでいる、フレイナル殿だってサンアローを打ち込めば折り倒す事が可能だろうし。クリスだって一本ずつ切り倒しながら雑木林の中を縦横無尽に動き回るだろうし。

 デオドラ男爵クラスになれば、爆心で雑木林ごと周囲に吹き飛ばして更地に出来そうだな。そう考えれば未だ地味なほうだろうか?でも土属性魔術師の使う魔法って地味なモノが多いんだよな。派手なモノって本当に少ない。僕は性格的に合っているが、派手好きには辛い適正だ。

 ここでゴーレムルークを操作して、倒れた木を一本ずつ持ち上げて運びだす。その時に枝を鉈で払い、木材として加工し易くする。払った枝は薪とか他の事に利用するだろう。余す所などないのだから……

 

 強いて言えば、雑に切断した事で倒れる時に絡み合い傷をつけてしまった事かな。効率とスピードを重視したから、木材としての価値を貶めたとは思う。自前で使うからギリギリ許容範囲だろうか?

 

「次は伐根だな」

 

 大地に根を張り巡らせるから、大木の根を抜くのは普通なら大仕事だろう。だが僕は土属性魔術師、土いじりが得意なのだ。一番手前の切り株に手を置いて幹から根の方に魔力をながし、根に絡みつく土を細かく解していく。

 前にデスバレーでドラゴン種の骨を砂漠から浮き上がらせた魔法の応用、根を大地に絡ませないようにサラサラの砂状にすれば簡単に引き抜ける。次々に切り株を触り根に細工を施していき、終わったモノからゴーレムルークに引き抜かせる。

 残念ながら根っこには利用価値が少ない。材木に加工するにしても形が歪だし加工手間の方が多い。簡単に引き抜いているが、この規模の伐根は時間が掛かる。本来なら切り株の皮の近くに穴を開けて除草剤を入れて枯らすか腐らせる。

 

 後は時間は掛かるが黒い布を巻き付けて光合成をさせないようにして枯らすとか。兎に角放置して白アリでも発生したら大変だから、早めに処理をした方が良いんだ。

 特に問題無く伐採予定の雑木林を更地にして大量の木材を加工した。最後に、モア教の司祭のジェスト司祭がお祓いをする。昔から木々には精霊が宿ると言われているので、切りっぱなしで放置は駄目なんだよ。

 ジェスト司祭が妙に張り切っているけど、モア教って精霊信仰はしてないですよね?一応、領民達が信仰していたから、形だけのお祓いなのですが……

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。