古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第842話

 ジェスト司祭からの要請、それはデンバー帝国のザンドの街のモア教の教会が保護している、ベルヌーイ元殿下の身柄をデンバー帝国に気付かれずにエムデン王国に引き渡す事。

 幾つか有る問題、一つ目は既にデンバー帝国に薄々だが気付かれている事。薄々とは言っているが確実に掴んでいると思う。既に教会はデンバー帝国の手の者が監視しているだろう。

 二つ目は、ベルヌーイ元殿下自身が旧領の復活を諦めていない事。つまり心情的には祖国を滅ぼしたエムデン王国より、利用されそうなデンバー帝国の方が良いと思っている事。

 

 救出作戦じゃない、言葉は悪いが誘拐作戦だ。モア教としても教義に反しなければデンバー帝国に引き渡しただろうが、その後に大多数の領民が不幸になる事を理解して悩んでいる。

 他国の紐付きの独立戦争なんて、今の領民達にとっては到底受け入れられない蛮行だろうな。聖戦の勝利者としてエムデン王国を受け入れているのだから、今更何をって事だろう。

 デンバー帝国の考えは幾つか予想出来る。ベルヌーイ元殿下を担ぎ上げて独立戦争を挑んで来るか、条件を盛って引き渡しを打診してくるか。まぁ後者だろうけど……

 

 現状でエムデン王国と敵対しても旨味というか国益は無いし、仮に内緒で匿って何時かエムデン王国に戦争を挑む時の手駒にするか?その可能性は低いか?

 飼い殺しにされて不要になったら後腐れ無く処分かな?敗戦国の領民がエムデン王国に反発しているなら可能性は有るけど、現状熱烈大歓迎で受け入れてるし。本当に敗戦国?って感じだし。

 つまりウルム王国の治世は領民には受け入れられてなかった、反発されていた。悪政って程じゃないけれど、モア教に敵対認定されて聖戦と言われちゃったからな。ご愁傷様だね。

 

「さて、色々と問題が有るお願いをされた訳だけどさ。一応リゼルに確認するけど、ジェスト司祭の考えってどうだった?」

 

 与えられた自室に戻り、有能で信頼している腹心に尋ねる。クリスは同席しているが、シルギ嬢はウルティマ嬢とミケランジェロ殿にメルカッツ殿を呼びに行って貰っている。あとフレイナル殿もね。

 彼女の事は信用しているが、リゼルのギフトの件は秘密だから。クリスは構わないらしいのは、既にリゼル自身が彼女にギフトの事は教えていて何かしらの秘密同盟も結んでいるらしい。

 個室に二人きりは不味いが護衛のクリスが同席してくれれば問題は無い。それと、アルバン男爵にも秘密だ。政敵の派閥構成貴族に与える情報ではないし、最悪手柄欲しさに暴走しそうだし。

 

 彼は領地の掌握に手間取っているし、自分は国境付近の小規模な領主は嫌だとか酒場で愚痴った程だし、この情報を聞いてしまったら何かしらの行動を起こさない訳が無い。

 手柄の独占は認めよう。でも困難な事には変わりないし、ジェスト司祭に頼まれたのも僕だから。エムデン王国の国益の為に頑張らねばならないんだ。嗚呼、胃がシクシクしてきた。

 時間的にザスキア公爵は相談出来ない。事後承諾になるだろうし詳細は、ミケランジェロ殿が報告するだろう。本当に時間が少ない、予想っていうか勘だけど一週間も無いんじゃないかな。

 

「ジェスト司祭の考えは、リーンハルト様の予想通りです。侍女が拷問されて命を落とした事により、デンバー帝国を全く信用していません。それとベルヌーイ元殿下の扱いにも困っています。

モア教の教会に助けを求めて来たので受け入れましたが、元王族ですから。国政に関与しないモア教としても修道院に入門するならば俗世と隔離して穏やかに過ごせる手助けは出来ますが……

ベルヌーイ元殿下は旧領の奪還を求めてますし、モア教としても受け入れられない状況です。リーンハルト様には言いませんでしたが、彼はモア教に祖国奪還の助力を求めたそうです」

 

 うわぁ、それは持て余すよ。国政に関与せずなのに保護を求めた上に協力までしろって、世間知らずなのか?

 割と良く有る王族あるあるだな。基本的に王族とは国の頂点の一族で有り、王族内の序列上位陣以外には我儘言えるし配慮もして貰えるから無茶な事を平気で言う連中もいる。

 その分、自分の国に尽くす必要もあり国が亡べば立場も変わる。ベルヌーイ元殿下は祖国の復興を是として、周囲もそれに協力する事を疑わないのだろうか?

 

 モア教が持て余している理由も理解した。これは問題を起こす前に聖戦の勝利者に引き渡すのが最良、下手な助力は問題でしかなく教義的な意味での保護も国政絡みを要求すれば……

 

「ジェスト司祭は、ベルヌーイ元殿下の扱いに困った訳だ。大多数の弱き者の幸せを考えれば、紐付き政権樹立の可能性よりも聖戦勝利国に身を委ねて軟禁でも良いと判断した」

 

「亡き者にして、罪をデンバー帝国に押し付けた方が面倒が少なくない?無理やりデンバー帝国に抑えられた後で、私が暗殺してくるのが良い」

 

 クリスが珍しく意見を挟んできたけど、確かに後腐れないしモア教にも瑕疵が無くデンバー帝国を非難する理由も出来るけど……それは暗殺の成功が明るみに出た場合だな。

 その情報を秘匿し、身柄を引き渡すと譲歩を引き出した後で護送中に自殺したとか何とか理由を付けそうだ。死体の保存方法をクリアすればだけど、水属性魔術師に氷漬けにさせるとか?

 僕の思考にリゼルも頷いた。暗殺案の方に頷いてないよね?それは安易だけど選んじゃ駄目かな。モア教とも揉める、非の無い対応って難しい。前提条件が厳しすぎじゃない?

 

「一理有るけど駄目だな。モア教絡みで暗殺は不味い、エムデン王国が他国で暗殺を働いたとかバレなくても不味い。あとデンバー帝国は隠すし。奴らに死体でも確保されてるのも不味い」

 

「むぅ、では拘束して連れて来る?子供一人なら無理すれば攫えるけど、誘拐も駄目?」

 

 クリスが首を傾げて更なる提案をしてきた。無表情ながら、何処でそんな仕草を覚えて来たのさ?暗殺の後に誘拐か、でもそれが一番成功率が高いかな?

 

「要は生きていようが死んでいようが身柄を確保する事、モア教に迷惑をかけない事。その二つを守れる誘拐、いえ身柄の確保は最適でしょう。流石はクリスです」

 

 リゼルが褒めて、クリスが少しだけ照れた。僅かに口元を歪めただけだが、彼女の情操教育も順調なのだろうか?でも有り寄りの有りだな。作戦は身柄の強制確保で進めよう。

 クリスの単独で可能な作戦、彼女は不在でも誤魔化す事は難しくはない。皆が集まったら作戦を詰めて口裏を合わせて、その後でジェスト司祭に相談だな。先方の教会の協力も必要。

 後は、アウレール王に報告の前に、ザスキア公爵に報告だな。フレイナル殿を移送の責任者にして手柄を分け与えて、少し不安だからウルティマ嬢と諜報部隊を同行させて……

 

「リーンハルト様、全員集まりました」

 

 うん。思考の海に沈むと中々浮上しない癖って本当に治らない、全員が席について僕を見ているし。コホンと咳払いをしてから、ジェスト司祭の相談の経緯を説明する。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「……と言うのが、ジェスト司祭の要望と一応考えた作戦だが、何か他に意見は有るかな?」

 

 ウルティマ嬢にミケランジェロ殿、メルカッツ殿の後にフレイナル殿。最後にシルギ嬢とリゼルを見て意見を集う。こう言う隠密作戦は誰かが不満に思っていると破綻する事が有る。

 妨害はしないが積極的に協力もしない。僅かな皹が大きな破綻を招く。秘匿して少数しか知らない様にして作戦を実行する事も可能だけど、ベルヌーイ元殿下を連れてきたら教えるしかない。

 その時に少しでも不満に思う連中も居る。例えば名目上は彼の捜索で参加したのにハブられた、フレイナル殿とか。責任外の仕事だから作戦の協力を求められなかった、ミケランジェロ殿とか。

 

「秘密裏に動かなくても、デンバー帝国に公式に身柄の引き渡しを求めれば良くないか?他国に無断で侵入して誘拐騒ぎとか、大陸一の大国であるエムデン王国のする事じゃないぞ」

 

「お馬鹿さんね。モア教への配慮は?デンバー帝国が出してくるだろう要求は?」

 

「公になれば正式に身元の引き渡しと対価が必要で、モア教もデンバー帝国の要求に逆らい秘密裏に保護しているのよ」

 

 フレイナル殿の意見に、シルギ嬢とウルティマ嬢が駄目出しした。リゼルとミケランジェロ殿は冷たい目で彼を見ているし、メルカッツ殿は首を横に振った。

 エムデン王国は大陸一の大国になった。それ相応の対応をしろって意味だとは思うが、それは驕りと変わらない。端からは弱者に無理を強いると思われる、そう悪意ある見方をされる。

 自国と相手国の立場を分からせる為とか、国威を示せとか、深く考えずにエムデン王国凄いんだぜ!的な提案だろうな。正々堂々と要求して従わせる事も出来るが、デメリットも考えようね。

 

「公にすれば、旧ウルム王国の王族を他国に亡命させてしまった事を認める事になります。ベルヌーイ元殿下の身の安全を考えてデンバー帝国に逆らい匿った、モア教にも迷惑をかけます。

なにより正式に元王族の身元を引き渡す事になれば、彼を捕縛したデンバー帝国に相応の礼をする必要が有りますよ。仮想敵国が何を望むか、考えたくも無いでしょう?」

 

「むむむ、そうですね。わざわざ敵国に利益を渡す事も無いですね」

 

 ミケランジェロ殿、貴殿が逃がさなければ苦労は無かったとか小声でも言わないでくれ。フレイナル殿の女性関係以外のメンタルは弱い、弱すぎるんだよ。

 ほら見ろ。いじけて女性陣を見るのは、慰めて下さいだろうか?メルカッツ殿も性根を鍛えなおして差し上げますぞ!じゃない。

 彼の教育は本妻殿と側室達で計画されているから、僕は手柄を立てさせれば良いんだ。善人だし少し抜けているけど、火属性魔術師としての能力も高い。自信をつけて実績をあげれば一皮剝ける、と思う。

 

「クリス殿だけでは大任では?ここは俺も同行して……」

 

「一人で良い。ついて来られても迷惑、足手纏いは要らない」

 

「クリスはバーリンゲン王国の城塞都市を潜入して陥落させた実績が有る。単独行動を好むし慣れない連携はデメリットしかない。フレイナル殿は潜入工作の経験が有るのかな?」

 

 クリスさん、少し手加減してあげて下さい。落ち込む同性の配下とか扱いに困るので少しフォローする。クリスの実績は凄い、アブドルの街とブレスの街を二人で攻略した事は正式に報告書として纏められている。

 エムデン王国でもそれなりの地位の貴族達は詳細な報告書を読んでいるから、クリスの凄さは知られている。勿論だが事実じゃなくて少しマイルドにして色々と調整した報告書だけどね。

 そして火力馬鹿のフレイナル殿は潜入工作など無理、クリスの足手纏いでしかない。直球で伝えれば反感を持つが、湾曲で伝えれば色々と考えて自分から辞退するだろう。

 

 しないなら自分の保身に走る愚か者として……

 

「すまない。俺に潜入捜索など無理、火力を用いての殲滅しか出来ない不器用な男なんだ。だがクリス殿の手伝いはさせて欲しい。言われた通り、これは俺の失態が招いたのだから」

 

 そう言って深々と頭を下げたか。これには女性陣も少しだけ、ほんの少しだけ見直しました的な顔をした。宮廷魔術師で貴族でもある彼が、平民であるメルカッツ殿にまで頭を下げたのだから。

 でも手伝いといっても基本的に隠密行動だし、フレイナル殿に出来る事は陽動くらいだよな。他国で宮廷魔術師が陽動作戦なんて、他で何かしてますって疑われるだけだし捕まったりしたら大問題だな。

 気持ちは嬉しいが、彼には近くに居る僕達が疑われない為に普段の通りの行動をして欲しい。要は復興支援で活躍しろって事だけど、薪の乾燥くらいしか仕事がないのも事実。つまり……

 

「気持ちは嬉しいですが、クリスの隠密行動がバレない為にも普段の行動を心掛ける事が一番の助力かな?」

 

「うん、知ってた。汎用性が悪い火属性魔術師だから、復興支援を頑張るしかないってか?つまり薪の乾燥しかないってか?」

 

 しゃがみ込んで落胆してますって態度で示してくれた事で、少し場の雰囲気が軽くなったかな。フレイナル殿は不思議と憎めないし、難題を頼まれた重苦しい雰囲気も少し軽くなった。

 良い意味でも三枚目、ムードメーカーってヤツだろうか?そこまで大仰なモノでもないけれど、ミケランジェロ殿もウルティマ嬢もクリスの単独行動に異を唱えないで黙っているし。

 その後は実行に向けての実務的な提案を幾つか話し合った。特に国境を越える方法だが、僕が地下トンネルを掘って関所や監視網をやり過ごす事にした。1km程度なら歩きながら錬金して30分程度で掘れる。

 

 休憩時間に天幕に籠り地下トンネルで脱出して抜け道を錬金して戻ってくる。昼食時なら休憩を含めて二時間程度は籠っても不審がられないだろう。

 幸いマインツ領からザンドの街まで、クリスなら一時間弱で行ける距離らしい。ジェスト殿に連絡を入れて貰い、教会に侵入さえすれば子供一人を拘束し攫うのは難しくない。

 残された侍女達の説明と説得はモア教の関係者達にお任せ。連れて来られた、ベルヌーイ元殿下の説明と説得は……僕だろうか?少なくとも絶望して自害とかは止めさせないと駄目なんだよな。

 

 完全拘束して自害防止も可能だが、モア教との絡みもあるから説得はジェスト殿にも協力して貰おう。何となくだが、フレイナル殿が説得の鍵になりそうな……事は無いか。

 

 


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