古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第843話

 ベルヌーイ元殿下の身柄拘束作戦を実行する。普段通りの行動を心掛け、怪しまれる事を極力抑える。まぁモア教繋がりで隣接するエムデン王国の領地が一番怪しく、そこに誰が居たか?

 状況証拠だけでも怪しまれる事は確実だが、決定的な証拠がなければ限りなく黒色の灰色だな。あとは政治的な力で何とでも出来る、個人的に僕に疑いが掛かり恨みを買うが軍属が他国から嫌悪されるのは仕事の内だ。

 他国が好意的な軍属など極論から言えば自国に都合が良い、つまり弱い・いいなり・引き抜き可能とかだな。騎士道精神に溢れるとか慈悲深いとか高潔とか建前、国家の思惑とはそういうものだろう。

 

 雑木林の開墾を終えて、今日から牧草地帯の開墾を始める。全体の七割を畑に作り替えたい。食料の自給率を高める事は最重要事項、家畜の少ない広大な牧草地帯とか無駄だよね。

 あと隣接する荒地も畑にしたいのだが、この荒地が一番ザンドの街というかデンバー帝国領に近い。午前中に牧草地帯の開墾を終えて午後に荒地に移動、昼休憩中にトンネルを掘りクリスをデンバー帝国領に送り出す。

 荒地の開墾は明日の午後まで行い、その最中にクリスがベルヌーイ元殿下を連れて来る。クリスには僕謹製の睡眠薬を渡してあるから、ベルヌーイ元殿下は何も知らずにエムデン王国領に連れ戻される訳だ。

 

 強要というか説得というか、まぁ現状把握と自分の将来について事実を突き付けられるのだが亡国の王族の末路としては良い方だぞ。普通は禍根を断つ為に処刑だが、命は助かるのだから……

 

「さて、今日は牧草地帯の開墾を行う。午後は荒地の方に移動して開墾を行い、その後で……」

 

 毎朝の朝礼と言うか作業員を全員集めて一日の行動予定と注意事項を説明する。貴族が平民を含めた連中の前に出て仕事の件を直接話す事は珍しい。本来は数人の担当の配下に話して、後は彼等の仕事だから。

 まぁ僕は自分が率先して錬金するから責任者では有るが、統括して全体を見回しての調整は出来ない。それは、シルギ嬢とダルシム達に丸投げという情けない状況だけどね。

 因みにだが、アルバン男爵は最初だけ来たが今は来ない。毎日の進捗の報告書を渡しているので、邪魔をしない様にと気を使ってくれている。本音は余り馴れ合いはしたくないとか?

 

 全員を見回せば、やる気に満ち溢れている。何故かモア教の僧侶や修道女に近隣の領民も参加している。有志の手伝いらしいが、無償で働かせる訳にもいかず食事と相応の手当てを渡している。

 感謝して受け取るが、その場でモア教の教会に寄付しちゃうんだよな。彼等的には僕と一緒に働きたい、少しでも手伝いをしたいとか善意の塊だそうだ。なので炊き出しは少し豪華にしている。

 せめて腹一杯に食べさせてあげたい。幸いにして空間創造に物資は満載だし持ち込んだ物資も多い、多少使い込んでもライラック商会経由で補充も問題無い。周辺の有力者達からの寄付も多いし……

 

「では作業を開始する」

 

「「「「はい、リーンハルト様!」」」」

 

 声を揃えて張り上げて、彼等が一斉に動きだす。その様子を見て苦笑いな、シルギ嬢達が集まってくる。彼女達に更に細かい指示を出してから、僕は一人の作業員として錬金に精を出すんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 さて、牧草地を開墾して畑にする。牧草地とは家畜の食糧となる牧草を栽培している土地だから、基本的には畑なのだろうか?家畜が歩き回り草を食む、農地ほど整備されていない土地って解釈だろうか?

 なので先ずはだだっ広くて何の仕切りも無い広大な土地を区画する事から始める。此処で植えている牧草はイネ科とマメ科の数種類、オーチャードグラスとトールフェスクにムラサキウマゴヤシだ。

 あとクローバーとかスーダングラスとかが混ざって生えている。適当に種を撒いて育てているらしい。個人所有でなく共有の牧草地だったが、アルバン男爵が畑として割り振り領民に与えた。

 

 これだけ聞けば村の共有地を領主権限で各農家に割り振ったのだから良い領主じゃないのかな?と思うが、ウルム王国が主導で酪農を始める際に強制的に土地を召し上げたのだが元の持ち主に返した訳じゃない。

 なので土地の元持ち主達は、アルバン男爵に直訴したが却下されたそうだ。領民が領主に直訴する事は大事なのだが、モア教を介してらしく処罰は無かったが却下されたそうだ。

 土地を召し上げられた連中とは多くの土地を持っていた豪農とかだから、農民とは言えそれなりの力を持っていた筈だ。それを無下にしたら反発されると思うのだが、それは領主の権限だから僕は何も言えない。

 

「先ずは牧草を刈るか……」

 

 数は少ないが家畜は居るので食料となる牧草を刈り取る。鎌を装備させたゴーレムポーンを錬金して一列に並べて手前から順番に刈り取る。刈り取った牧草は領民達が選別して纏めていく。

 家畜に与えるにしても刈り取ったまま与える青草、乾燥させた乾草、乳酸発酵させたサイレージに分かれるらしい。その処理を行う為の分別らしく、手際良く一塊に纏めては並べていく。

 メルカッツ殿達私兵団も元農民が多くローテーションで手伝っている。護衛?三百体以上のゴーレムポーンが配置されてるのに護衛?いや任務を軽んじてはいない、あくまで任務に支障の無い範囲で自由にだ。

 

「凄い壮観な眺めです。でも物凄く贅沢ですよね?一流の戦士職でも敵わないゴーレムに畑仕事をさせている。メルカッツ殿達も自分で出来る範囲で復興に協力しています。普通はしないですよ」

 

「彼等はエムデン王国の為に最前線で戦う事を理由に僕に仕えてくれたのですが、実際は戦場に連れて行く事が叶わなかった。だからエムデン王国の為になる事を率先的にしてくれるのだろう」

 

 そう言う、シルギ嬢も貴族の令嬢なのだがドレス姿でなく作業着で日焼け対策に大きな麦わら帽子を被って厚手の手袋をしてタオルを首に巻いている。ダルシム殿達も完全な農民姿で指示を出している。

 長閑な田園風景、リゼル嬢だけは貴族令嬢風なドレス姿で大きな日傘をフレイナル殿に持たせている。アイツ、何時の間にリゼル嬢の召使になったんだよ!日傘って重いし意外と重労働なのだが嬉しそうだな。

 まぁリゼル嬢は統括として図面に進捗状況を記載したり遅れている所には適切な増援を送ったりと、本来は僕がする事をしているので文句は無い。今も僕に作業スピードを上げろと指示してきたし……

 

「長閑だな。土属性魔術師は土弄りが得意なのだから、本来の姿なのだろうね。外敵を排除する事も田畑を豊かにする事も、どちらが偉いとかは無く両方必要なのだから……」

 

「命の危険と言う意味で、身体を張る事の方が偉いと言う方々もいます。私も昔はそう思っていましたが、今は考えを改めていますわ。土属性で良かったと思っています」

 

 お金も沢山稼げますし旦那様候補も多いのです!とオチと笑いを取った彼女が離れていく。バーレイ男爵本家と和解出来て良かった、一族の有難みが身に染みる。貴族が血族を重視するのも今なら分かる。

 おっと、リゼルが睨んでいるので作業スピードを上げる。100mは離れているのだが、ギフトの有効範囲みたいだ。能力が向上してない?僕の記憶では有効範囲は精々10m前後だぞ。

 壁とかの障害物が無いからか?野外だからか?まぁギフトって成長するし不思議じゃないか。僕の空間創造はレベル依存だけど、リゼルの場合のレベルアップ要因は何だろうか?

 

「楽しい、土属性魔術師の本懐だな。もっとゴーレムポーンの数を増やすか。戦闘用でないなら、一千体の同時運用も可能だぞ」

 

 更にゴーレムポーンを増やしたら周囲から引かれたのが解せぬ。

 

 牧草を刈り終えた後、休憩を挟んで農地を区画する。耕地整理だな。用排水の利便性の向上と通路を整備して畑を横断しなくても良いようにする。牛や馬を使って耕し易い様に正方形に区画する。

 100m四方を一区画として用排水路は全ての区画に接する。僕の仕事は此処迄、農地の錬金は連れて来た土属性魔術師の仕事だ。保有魔力量によって割り振りして効率的に錬金する。

 この辺は御爺様の領地で農業改革に力を入れて来た甲斐が有る。さてと、これから極秘ミッションの開始だ。荒地の方に移動するか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 牧草地帯の区画整理を終えて、畑部分の錬金を待つ間に荒地の方の区画整理を行うと言って移動する。特に疑われてはいない。領民達も牧草の処理が終わったら錬金後の開墾をするそうだ。

 なので農具は多めに錬金して渡しておいた。全員が鍬を持っている訳でもなさそうだし、遠慮しても給金の現物支給だと強引に渡した。武器や防具より簡単だし使用魔力も極僅かだし。

 移動後に休憩用にと大き目の天幕を張る。メルカッツ殿達の半数が護衛と人払いで周辺警備を行ってくれる。これで準備は整った。ベルヌーイ元殿下の身柄拘束ミッションの開始だ。

 

「クリス、準備は良いな?」

 

 広い天幕には僕とクリスだけで、あとは周囲を見張っている。もう少ししたら、リゼルが僕の分の昼食を運んできて彼女が食べて食器を片付ける。

 長距離で見張られている可能性を考えての芝居だ。食事と休憩に入って何も食べないじゃ不審だから、なるべく普段通り怪しまれない行動を心掛ける。

 クリスは敵国に単独侵入の危険なミッションにワクワクが止まらない状態で、無表情を装いながら興奮している。流石はクリス、信用出来る。でも彼女の恰好を見た僕の胃が少しシクシクと痛い。

 

「はい。装備は万全、眠り薬もジェスト司祭が認めてくれた親書も持っています。ザンドの街と周辺の地図も頭の中に叩き込みました」

 

 うん。装備は万全って何と戦うのさ?完全装備じゃん、戦争に行く時の恰好じゃん。隠密行動だからね、殲滅作戦じゃないからね。ポイズンダガーを構える、彼女に見えない様に溜息を吐く。

 手順の確認もしたから問題は無い。彼女にとって武器は使う使わないに限らず必須なモノなのだろう。一応、モア教の教会を見張っているであろうデンバー帝国の連中は不殺でお願いした。

 だが姿を見られた場合は殺せと命じた。目撃者は危険だから処理する。非情だが、モア教にも迷惑を掛けられない。最悪の場合、手引きしただろうと目撃者が騒げば問題だから。

 

「大丈夫。誰にも見られない自信は有る。私のギフトは隠密特化、それを感知する主様が異常。早急にターゲットの意識を刈り取り拉致ってくる」

 

「うん。出来れば刈り取るじゃなくて眠らせてあげてね。見張りの件はクリスに任せる。現場の判断で処理して構わないが万が一にも危険と判断したら作戦を中止して引き返してくれ」

 

 首を傾げる彼女だが、デンバー帝国にだって手練れは居る筈だ。モア教の教会相手に亡国の王族の確保となれば、相応の人員を投入してくる筈だ。

 相手も秘密裏に身柄を確保するとか考えても可笑しくない。僕等を暗殺に来た者達ならば可能、荒事に無縁なモア教の関係者では防げないだろう。確証が取れ次第、相手だって動く。

 ジェスト司祭経由で先方のモア教関係者には本日決行と伝えてある。ベルヌーイ元殿下は個室にて、侍女達は修道女達と同じ部屋で寝ている段取りだ。

 

「了解。先ずは教会の周辺を調べて監視者を探す。可能なら夜まで待たずに昼間でも決行する許可が欲しい」

 

「段取り変更か……先方のモア教の関係者には知らせてくれ。彼等だって予定と違うと慌てるだろうし、最悪の場合、デンバー帝国の仕業と思い騒ぎ出すかもしれない」

 

 予定と違う事が起きると、人は冷静では居られない。引き渡し予定の重要人物が居なくなったとか大騒ぎだろう。そして騒ぎを確認した見張りの連中がどうするか?

 普通に強行突入だろう。理由は騒ぎを見て心配になり強硬ではあるが安全の確認の為に押し入ったとか言われたら文句も言えない。建前は善意だからな。

 天幕の中心部分の床に手を当てる。魔力を地面に沁み込ませて、先ずは階段を錬金する。地上から10m位下を掘り進んでいく予定だ。進む方向と距離の確認も三回した。

 

「さて、地下の旅に招待するよ」

 

「元殿下にとっては地獄に通じる通路かしら?」

 

 決め台詞っぽく言ったら、クリスじゃなくて食事を運んで来たリゼルに怖い台詞を言われた。地獄って事はないだろ。塔に軟禁か幽閉、強制出家して修道院で余生を暮らすとか?

 立場上、恩赦は難しく解放はされないだろうが、命の保証はされているし処刑よりはマシじゃないかな?階段を錬金しながら地中に下りる。真後ろにクリスも続くが距離が近い。

 テーブルに食器を置いて、リゼルが深々と頭を下げる。

 

「行ってらっしゃいませ。無事をお祈りしています」

 

 この辺が色々と悪戯されても憎めない所なんだよな。なんだかんだ言っても心配してくれるのだから……

 

「ああ、直ぐに帰ってくるから暫く頼んだよ」

 

「任されて大丈夫。子供一人の拉致など簡単、主様と二人ならデンバー帝国も滅ぼせるのに」

 

 クリスさん?その怖い思考は止めましょうね。一瞬だが前に『二人だけでデンバー帝国に喧嘩を売りに行こうぜ!』って考えた事を思い出した。

 思っただけで実行はしないよ。いや状況的に許可されないと実行しないから、可能だからって今はしないから。

 後ろにいるクリスの肩を掴んで前に押し出す。別に後ろに居るからって錬金出来ない訳じゃないのだから。

 

 


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