古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第846話

 荷物(元殿下)を小脇に抱えてボルトの街を疾走する。ギフトを全開にしているので、周囲の連中は私達に気付かない。デンバー帝国の隠密の連中も同様、既に元殿下の居ないモア教の教会を監視している。

 途中で荷物の意識が戻りかけたが睡眠薬を嗅がせて眠らせたので問題は無い。子供とは言え意識の無い者を運ぶのは少々辛い、一応だが私もうら若き乙女に分類されるのだから……

 鍛え上げた肉体でも長距離を荷物を抱えての移動は少し骨だが、主様に褒めて貰える事を思えば問題など無い。些細な事、気持ちも高揚としてきて足取りも軽い。

 

 街を抜けて街道を走る。景色が人工物から自然に変わり、田園地帯から荒れた荒野に変わる。侵入して帰って来る迄に一度、国境警備隊を見掛けたが気付かれなかった。

 側を走り抜けても問題は無かったが、万が一を考えてやり過ごした。警戒するにこした事はない、わざわざ危険を招いてどうする?一昔前の自分なら気付かれたら皆殺しにして終わりだが、私も甘くなったのだろう。

 極力殺さず騒ぎを起こさず、誰にも気付かれずに目的地である岩に偽装した場所に到着出来た。気配を探れば、我が主様は私を待っていてくれたみたいだ。胸の奥が、ほんのりと暖かくなるのが分かる。

 

「主様、只今戻りました」

 

「うわっ!毎回言うけど驚かせないでくれよな」

 

 小さな覗き窓に顔を近付けて話せば、少し驚いた主様の顔、それを見るのが密かな楽しみでもある。だが最近は余り成功しない、主様の探査能力が高過ぎるから。

 今回成功したのは全力でギフトを使用していた事と、少しだけ主様の集中力が低かったのだろう。二時間以上も一人で周囲を見張っていれば集中力も切れるだろうし、特に危険視するモノも無ければ余計にだ。

 直ぐに覗き窓を広げて内部に入れてくれる。素早く入り込んで周囲を確認、追跡されてはいない事を確認する。当然だが逃走中も追跡者の有無は確認していた、油断はしない。

 

「お疲れ様。その子供がベルヌーイ元殿下だね」

 

 小脇に抱えた子供を見て問われた。主様は元殿下の顔を人相書きでしか知らない。私も状況でしか判断せずに拉致ってきたのだが、屑男に確認させれば良い。

 あの愚か者が見逃した事は侍女達から聞いているので確証が有る。全く異性に誑かされて元殿下を逃がすとか、本当にどうしようもない愚か者だな。だが私と主様の手柄にはなった。

 取り逃がした亡国の王族の身柄を拘束したのだ。確かな成果では有るが、配下の尻拭いの側面も有り過度の評価は望めないかもしれない。それでも他の連中に捕らえられるよりは幾分マシだろう。

 

「はい、そうです。彼は祖国の復興を望み、一緒に逃げてくれた侍女達に対して騒いでいました。己の置かれた状況を把握出来ていないのでしょう」

 

「そうですか。元とは言え王族、その心構えの有り様は失望しか無いかな。子供だからは理由にならない、立場と責務が……いや、これはクリスに言う事じゃないね。疲れただろう?帰ろうか」

 

「いえ、それ程でも有りません。ですが早々に拉致って良かったと考えます。彼の存在は既にデンバー帝国に察知されていて、モア教の教会周辺に隠密が配置されていました」

 

 その言葉に主様は数秒考え込んだが、笑顔で再度私を労ってくれた。拉致のタイミングを計ったのは主様なので、絶妙だったと思います。流石は我が主様、完璧です。

 その後は速やかに撤収、錬金で偽装した岩を元の大地に戻し、通路も塞ぎながら進む。もう追跡は不可能、証拠は何も残らない。因みに元殿下は主様が錬金したゴーレムが運んでいます。

 手足は錬金した金属の塊で拘束、これは紐や鎖と違い通常の武器や工具では破壊は不可能、自重も重いので逃走を阻害します。元殿下とは言え子供に対して容赦が無さ過ぎて素敵。

 

「主様、流石です」

 

「何が?」

 

 何でも有りませんと誤魔化す。もしも、ショーニング司祭みたいに子供だから可哀そうとか言われたら……少しだけ私の中の主様の評価が極僅かですが下がる所でした。

 僅か十分程で地下の旅は終了、リゼルさんの待つ天幕に到着。私の任務は達成、久し振りの敵国への侵入は楽しくも有り物足りなくも有り。やはり心躍る戦いが無かったのが不満なのだろう。

 リゼルさんにも任務達成を祝って貰い、飲み物も貰った。プラムの果汁水、これはプラムの実と砂糖を瓶詰めにして冷暗所で数週間放置して作ったシロップを冷水で溶いたモノ。程よい酸味が疲れを癒す。

 

「ギリギリまで戻られないので、何か有ったのかと思いましたが……ベルヌーイ元殿下の身柄を拘束したのですね。予定では夜間に作戦開始と聞いていましたが?」

 

 天幕の中央に据えられたソファーセットに腰掛ける。出発する前には無かった筈だが、何時の間に運び込まれたのだろうか?焼き菓子まで用意されているので、勧められるままに食べる。

 美味しい。甘みが知らない内に疲労していた身体に染みわたる。甘酸っぱい果実水に、バターの風味が強い焼き菓子が合うとは新しい発見。

 ん?この焼き菓子は、イルメラさんと同じ。用意して貰ったのか、レシピを貰ってリゼルさんが自分で焼いたのか?この女、主様の胃袋を掴もうと画策している、油断ならない協力者。

 

「既にデンバー帝国にバレていてモア教の教会周辺が見張られていた。夜まで待てない状況だったので、直ぐに作戦を決行した。ショーニング司祭と残してきた侍女達も納得している」

 

 この言葉に、リゼルさんが驚いている。帰りに主様に報告した時も驚かれたが、私が物理でしか説得出来ないと思われているのだろうか?思われているのだろう。少し傷付いた?

 

「話しながら帰ってきた時に説明を受けたけどさ。中々の話の運び様だったよ。残される侍女達の良心が痛まない様に、僕達に恨みが向かわない様に上手く誘導している」

 

「この子供が無体な事を侍女達に話していたので、裏切っても後腐れが無い様に誘導した。何方にしても彼等は捕まる事になる。エムデン王国の方が待遇が良く命の心配も……当面は無いと説明。

それと彼女達の今後の身の振り方についても、ショーニング司祭が責任を持ってくれるように事前に依頼して有る事も有効だった。誰でも命は惜しいのだから」

 

 呑気に寝ている子供を見て思う。この子の将来は閉ざされているが、同情も憐れみも感じないのは、後は主様が全て上手く処理してくれると信じているからだ。

 主様は同情しているとか憐れんでいるとか、言葉にはしていない。元とは言え王族の責務を良く理解しているから、配下の前でも軽々しく言葉にしなかったのだろう。

 それを知らずに非情とか子供が可哀そうとか言う者も居るかも知れないが……それはどうでも良い連中だから知らない。関わりたくも無い。今は主様が褒めてくれた事で幸せなのだから……

 

「そうでした。残された侍女達ですが、屑男の事を気にしていました。『私達を見逃してくれた若き魔術師様はどうしているのでしょうか?』と……近くに居る事を教えたら会って御礼はしたいとか。

勿論ですが会わせる事は不可能ですが、言葉は伝えると約束しました。彼女達も今は国境を超える事は無理だと理解はしていました」

 

 話の流れで報告をしてしまった。本当は言わないか言うタイミングを計る予定でしたが、これで彼女達への義務は果たしたので少し心が軽くなったのだろうか?

 

「あーうん、そうだね。危ない所を見逃された事の感謝だと思いたいね」

 

 主様が苦笑いを浮かべている。何となくだが、屑男と彼女達の関係も予想していたのだろうか?黙々と焼き菓子を食べる主様も見て和む。上級貴族が食べる物としては質素だが、本当に美味しそうに食べる。

 その様子を見ているだけで心が満たされる。リゼルさんも同じ思いなのだろう。私は凝視しているが、彼女はチラチラと見ている。そう思うと彼女にも可愛い所が有るのだろう。

 暗殺者の私と調略を好む貴女、対極だけれども協力者としてはお互いを補えるだろう。恋敵は多いが仲間は必要、ウルティマさんも巻き込むべきだろうか?

 

「屑男、エムデン王国を裏切った証拠が出ましたわ。半信半疑というか、まさかソコまで愚かだったとは。彼女達が好意を抱く程の私達が知らない事をしてそうですわね。尋問が必要かしら?」

 

 リゼルさんは違うみたい。未だ隠し事が有るのかと疑っている。尋問ならば私も得意、いえ一応の訓練は受けているので参加しよう。未だ報告していない事が有りそうだし、秘密は早々に暴く必要が有る。

 主様がリゼルさんを宥めているのは、これ以上尋問しても問題しか無いと考えているのか?私は主様の意向に沿う形で動こう、ジゼルさんも説得しよう。屑男の件で主様に負担が行くのは認められない。

 主様が錬金した木製の衣装箱に、元殿下を収納する。流石の主様の空間創造も生物は収納出来ないそうだ。一旦、ジェスト司祭の教会に移動させて、それからエムデン王国のしかるべき所に移送する。

 

 リゼルさんの手配で既に元殿下の身柄拘束の報告は関係各所に届けられている。ミケランジェロ殿経由でザスキア公爵にも報告が届けられるだろう。

 多分だが、ウルティマさんと配下の連中が護送として同行、私は主様の護衛が有るので離れられない。最悪はリゼルさんも同行だろうか?亡国の元王族の身柄とは、相応に大事だから。

 主様的には屑男を移送の責任者として手柄を分け与えたいそうだが、何もしていない屑男に主様の成果を奪われるのは業腹。それに問題無く移送出来るとも思えない。リゼルさんなら理解していると思うけど……

 

 まぁ目下の問題は、起きたら確実に騒ぐだろう子供の説得だろう。流石に眠らせっぱなしは無理、せめてマインツ領を抜けてザスニッツ領にさえ入ってしまえば何とでもなる。あそこは国王直轄領だから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ベルヌーイ元殿下拉致後、色々と有ったが何とかジェスト司祭の教会に移送する事が出来た。移送中は堅固な馬車に押し込めて世話は、ウルティマ嬢と彼女の配下に一任した。

 デンバー帝国からの反応は今の所は無い。隠密が忍び込んできたりも無いが、クリスの予想通りに拉致った夜にデンバー帝国の連中が教会に押し込んで来たそうだ。

 侍女達は見つかったが、モア教の修道女になるべく門戸を叩いたので受け入れたと強弁し身柄の引き渡しを拒んだそうだ。元殿下が居ないのだから、亡国に仕えていた侍女の身柄を強引に確保は出来なかった。

 

 予想通りの展開、ショーニング司祭も最初から元殿下など居なかった。滅んだ国から逃げて来た若い女性達を保護しただけで、強引に連れ出すならばモア教として考えが有ると脅したそうだ。

 領民に寄り添うモア教ならではの行動、これにボルトの街の領民達も賛同し抵抗したので一応彼女達の身柄の安全も保障された。当面は修道女として修業が必要だが、それは我慢して下さい。

 ショーニング司祭も後の事は任せて貰って大丈夫と言ってくれたので問題は無いだろう。ジェスト司祭からも大袈裟な御礼を言われたが、当初の隠れた目的なので僕等も拉致れて良かったと思う。

 

「それで、ベルヌーイ元殿下の様子はどうですか?」

 

「心此処に有らず、でしょうか?説明はしましたが、仕えてくれていた侍女達にも裏切られたと思ったのでしょう。ギフトで心の中も読みましたが、もう何をしても変わらないと諦めの境地でしょうか?」

 

 就寝前の雑談としては似つかわしくない話題だが、関係者以外には秘密だから仕方無い。それにギフト絡みだから、彼女のギフトを知らない連中の前では話せない。

 僕とリゼルとクリスの三人だけの報告会、端から見れば寝所に女性を二人も連れ込んだみたいに思われるから困るのだが女性陣の方から強引に押し切られた。

 幸いと言うか、ミケランジェロ殿達他の連中にはバレない様にクリスが周辺の気配を探ってくれているので安心だ……安心?本当に?既成事実とか言われない?胃がシクシク痛くなって来た。

 

「逃走の心配も無さそうです。全てを諦めているようですが、内心では辛い逃避行よりも敵国とはいえ丁寧に扱って貰えているので、この後の処遇も悪くは無いと思っています。

実際に先に捕まった元王族の方々の処遇も教えましたし、今は無理に騒ぐよりも取り合えず落ち着きたい。落ち着いた後で、先に捕まった方々と接触して今後の件を相談したいと考えていますわ」

 

 まぁ無理ですけどって言われてしまったか。確かにエムデン王国の警備体制は厳重、王宮の離れの塔に幽閉されている方々も安寧に過ごしているけど自由は無いしお互いに会う事も無いんだ。

 だが見た目は大人しくしているが全てに絶望している訳でもないのか。流石は元でも王族って所かな。下手に生きる事に絶望して自殺とかされるよりは良い、少なくとも僕に監督責任が有る内はね。

 フレイナル殿が彼と話したいと言っているけど、どうしようか?会わせる事が吉となるか凶となるか?それは今の僕には分からない、判断が付かない。

 

 ベルヌーイ元殿下はフレイナル殿が側に居る事を知らない。知らないのだから、態々会わせる必要は無い。無いのだけれど……

 

 


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