古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第848話

 朝食後の仲間との団欒の時に前々からベルヌーイ元殿下の事を気にしていたフレイナル殿に、彼と面会する事を勧めてみた。いや立場上は命令だな、本人の意思尊重など考慮していない。

 この言葉に同席していた連中も興味を引かれたのだろう。一斉に黙り込んで、フレイナル殿の発言に意識を集中している。当の本人は黙り込んで真剣な表情をして何かを考えている。

 自分が望んていたが中々許可されなかったのに、何故今となって許可したのか。そんな思考に辿り着いたのだろうか?不審な目を僕に向けてきたが、不敬だと思ったのかクリスとリゼルとシルギ嬢が威嚇した。

 

 クリスの殺気の籠った視線と、リゼルの不快生物を見下す様な視線と、シルギ嬢の立場上は敬わなければならないのが残念です、な視線にヒェッと小さく悲鳴を上げた事を責める者はいない。

 正直、自分もあの視線を向けられたらどうなるか分からない。こう言う視線に喜びを感じるのは、セイン殿だろう。これを御褒美に感じるのだから、彼のメンタルは強固なのだろう。

 或いは女性関係に絞れば、フレイナル殿以上なのかもしれない。だが彼は性癖を理解している最高のパートナーを見付けて順調に交際している。相思相愛だから、フレイナル殿よりも上なのは間違いないな。

 

 カーム殿の実家にも挨拶を済ませてエムデン王国の戦勝祝いが一段落したら結婚したいと報告が有ったのだが、主賓の僕が復興支援で王都を離れる事になったから延期になったんだよな。申し訳ない。

 

「えっと、その……何故に今なんですか?要望を出したのは結構前でしたよね?」

 

「そろそろ王都から、ベルヌーイ元殿下の処遇について指示がくるだろう。僕の権限で会わせる事に許可を出す事も出来なくなるのが一つ、もう一つは……」

 

 視線が怖くて話題を進めたのだろう。質問に質問で返してきたのだが、正直僕だって何と答えて良いか分からない。リゼルに背中を叩かれたから?いや、微妙に違うかな?

 今度は僕の回答が気になるのだろう。同席していた連中の視線が集まる。下手な事を言えば、フレイナル殿の気持ちが下がるかもしれない。その影響で面会が失敗しても困る。

 僕は彼に対して慈悲や同情とか一定値しか抱いてないのだが、端から見れば幼気な子供の処遇をどうするのか気になるのだろう。

 

「一度は見逃した相手だが、再度捕縛し王都に連行している。今は放心状態のベルヌーイ元殿下の心情の変化を望んでいる。フレイナル殿なら出来ると期待しているんだ」

 

 うーん。説得力が無いか少ないかな?意気消沈している相手を励ませって位なら別に、フレイナル殿でなくても可能だろうか?子供だから女性陣の方が良い場合も有るし。

 

「そこまで俺を評価してくれているのですか!俺としては、ベルヌーイ元殿下にエムデン王国に捕らわれた方が少なくともデンバー帝国に捕らわれるよりはマシって言う位だったのですが……」

 

 泣き出した、男泣きだ。どうしよう、左袖で涙を拭っているけど、泣き出す程に感動する話だった?期待しています的な感動なの?困った、そういう反応は本当に困った。

 フレイナル殿に対しての周囲の評価って低いから、上司である僕が期待しているって事が嬉しかったのだろうか?実際に気分転換の相手として、同行している同性の中では一番期待してるけど。

 

 

「うん、まぁ期待していますよ。少しは気晴らしになると良いんだけど、頑張って下さいね」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 リーンハルト卿に言われて、ベルヌーイ元殿下と面会する事になった。確かに面会を希望していたが、最初は同行していた侍女達の事を聞きたかったんだ。

 亡国の有力貴族の餓鬼だと思って見逃してしまったが、王族だったとは驚かされた。だが逃がしても大した影響などないと思っていたが、結構な大事になって上司に尻拭いをさせてしまった。猛省が必要だ。

 再捕縛は、リーンハルト卿に彼を保護したモア教が相談という形で引き渡しを求めてきた。庇護者たるモア教に不利益を講じる行動に困惑したとの事だが、それも仕方ないだろう。

 

 本来ならば逃がした、俺が引き取りに行くべきなのだろう。だが相手は仮想敵国の領地に居るのだから、攻撃馬鹿な俺では荷が重い。クリス殿にも同行を駄目だしされたが、無理強いしても仕方ない。

 実際に彼女は白昼堂々と子供一人を敵陣から拉致って来たのだから、その能力は目を見張るモノが有る。本人は護衛で元暗殺者と言っているが、潜入工作も破壊工作も出来るのだろう。恐ろしい女性だが、美少女でもある。

 羨ましい、妬ましい。俺は本妻も側室も居る筈なのに、実際はお茶会の同席と手しか握らせて貰えない関係。今回の件が成功したら、次のステップに進めるらしいのだが……キス位はイケるのか?

 

 そのクリス殿の案内で、ベルヌーイ元殿下が軟禁されている部屋に案内されている。彼女が同行する訳は、万が一の時の対応だろう。

 

 仮に逃げ出した場合とか、暴れ出した場合とか、何かの時に俺が対応出来ない時の控えだろう。用意周到な事、俺の成功を疑っているのかとも思う。いや、保険を掛けるのは当然だろう。

 実際に今の段階に至っても、何を言って良いか分からないんだ。励ますべきか、慰めるべきか。そもそも俺はソコまで深い考えなど無かった。同行していた侍女の一人が亡くなったと聞いて詳細が知りたかったんだ。

 誰だか顔と名前は一致しないけれど、付いてきてくれた侍女達に感謝しろって言ったのに被害を出した事を恨んだか怒ったのか?自分でも気持ちが分からないとは驚きだが、多分だが理不尽な怒りを抱いていたのだろう。

 

 俺って最低だな。

 

 だが、ジョシー副団長は『一兵たりとも討ち逃す事を禁じる。敵は殲滅、油断も手加減もするなっ!』って言ったし実行していたから、危険だと思ったんだ。女子供にまで戦争の責を負わせるのは間違いだってな。

 だが親父は憤怒し殴られた。過去の因縁もそうだが、宮廷魔術師として国家に仕える者として間違った行動だったと、後で思い知らされた。今のうのうと生きていられるのも、リーンハルト卿のお陰なのは理解している。

 理解はしているし感謝もしているが嫉妬もしている。俺と彼との違いはなんだ?能力とか単純な事じゃないと思うのだが?イケメン度では高身長な俺の方に軍配が上がる筈なのに、現実は非情。俺は結婚したくない殿方NO.1で奴はしたい方のNO.1。

 

「ここから先は一人で行って下さい。私は扉の前で待機していますが、何か有れば独自で判断して行動します」

 

 独自判断で行動って?怖いんですけれど?

 

 深呼吸を数回する。未だ何を話したらよいかの考えは纏まっていないのだが、クリス殿の視線が突き刺さって不思議と物理的に痛いのでドアノブを握り……ん?何故かクリス殿が俺の腕を掴んだぞ。

 

「先ずはノックでは?」

 

 モテ期到来でも桃色な展開でもなく常識を問う行動だったよ。そうだ、捕虜とはいえ元王族、相応の敬意は必要だった。それに無礼な行動はエムデン王国の品位すら問われる失態だった、猛省する。

 

「そっそうだね。軟禁されているとはいえ部屋の主に入室の許可を取る事は必要だね」

 

 再度深呼吸をして気持ちを落ち着けてから扉を数回叩くと、部屋の主から入室の許可が下りたので断りを入れてからドアノブを回し扉を開く。窓は有るがカーテンが閉じられて薄暗い部屋の応接セットのソファーに彼は座っていた。

 強固な固定化の魔法が何重にも掛けられた開かない窓だが、ベルヌーイ元殿下の所在が秘密なのでカーテンは閉め切っている。魔法の生み出す仄かな明かりでも、憔悴して絶望感の滲み出る様子は分かる。

 俺の想像以上に彼は病んでいる、落ち込んでいる。因縁の敵国の王族だが、子供が絶望を抱いている様子を見て無性に胸が締め付けられる。聞いてはいたが、相当酷い状態じゃないか。

 

「扉の外に立ってないで入られたらどうですか?抵抗などしませんよ。しても無駄な事は理解していますから」

 

「そうか。それでは失礼します」

 

 気を遣われたのだろうか?部屋の主が招いてくれたので、断りを入れてから入室する。扉を閉める時に、クリス殿が小さな声で『頑張りなさい』と言ってくれたので下がったテンションが爆上がりした。

 室内は備え付けの応接セットだけの品は良いが簡素なモノしかない。寝室は別に奥の部屋となっている。彼は知らないと思うが二十四時間の監視体制となっていて不慮の事態、自殺とかの防止にも力を入れているらしい。

 目の下に隈を作っている所をみると、あまり眠れていないのかもしれない。自分の行く末を考えれば、呑気に寝てなどいられないか。死ぬかも殺されるかも知れない恐怖、俺だって敵国の捕虜になった事を考えれば怖い。まぁ俺の場合は拷問からの処刑か、拷問からの身代金目的の取引材料か?嫌だが貴族で軍属で宮廷魔術師だからな。

 

「久し振りですね、と言えば分かりますか?」

 

「嗚呼、貴殿でしたか。エデンバラ砦で見逃して貰って以来ですね」

 

 会話自体も少なく、時間的にも三分程度の出会いだったが覚えてくれていたらしい。当時は上級貴族の子弟と勘違いしていたんだよな。侍女達の身形は良かったが王族付きとは思えなかったから。

 別れ際に『私はウルム王国王位継承権第八位、ベルヌーイ・フォン・ウルム!何時か貴方を配下に迎え入れて差し上げますから期待していて下さい』と言われて騙されたと驚いたのだが、騙してはいない、俺の勘違いだったんだ。

 視線こそ向け返事はしたが、それだけだ。会話をする気力もないのかも知れない。酷い尋問もしていない筈だが、放置されるだけでも恐怖なのか?後から何をされるか分からない意味で……

 

「自己紹介が未だでしたな。俺はエムデン王国宮廷魔術師の末席、フレイナル……」

 

「貴殿が宮廷魔術師!残党狩りで名を上げた極悪非道の、フレイナル殿ですか!私は貴殿に攻められ続けて、エデンバラ砦まで追い詰められたのですよ。一緒に逃げてくれた武官や文官の人達も、最後の最後で僕を逃がそうとして皆殺されたと」

 

 嗚咽交じりに責められた。そうだ、俺が残党狩りとして君達を追い詰めた。勿論だが、聖騎士団の連中が主体で同行しただけだったが戦闘には参加して何人も倒した。

 確かに最後の戦いだったのだろう。エデンバラ砦に残った連中の中には文官らしき連中も剣を持って防戦し、聖騎士団の連中に切り伏せられていた。虐殺とは言わない、降伏勧告は三回したし徹底抗戦だったのだから。

 だが俺も言ったぞ『面と向かって刃向かえば、今度は殺すしかなくなる。戦争って理不尽だが、そう言うモノらしいぞ』とな。不条理かもしれない、だが先に裏切ったのはウルム王国だし戦後も旧コトプス帝国の連中を匿っていたんだぞ。

 

「ああ、殺した。言い訳にもならないが降伏勧告も三回したし、それでも連中は戦うと判断した。それに言った筈だぞ。面と向かって刃向かえば、今度は殺すしかなくなる。とな」

 

「ええ、そうでしたね。確かに言われましたね。糞みたいな見栄や面子の為に、同行してくれた大事な侍女達を危険な目に曝すのか?とも言われました。ですがデンバー帝国領に逃げ込む途中で、ユリアーネが捕まってしまった。僕を逃がすために……」

 

 ユリアーネ?誰だ。確かに報告書では侍女の一人が捕まった末に死んだと書いて有ったが、名前までは分からなかった。声を殺して泣いている、彼が侍女の死を悼んでいる事は分かった。ジェスト司祭からの情報も聞いている。

 侍女を捕まえて拷問して瀕死の重傷を負わせたのはデンバー帝国の連中、モア教はその事を踏まえて彼等の引き渡しを拒んだ。だが庇護された本人が旧領の奪還の協力を求めた事が原因で秘密裏に、エムデン王国に引き渡されたんだ。

 

「敗戦国の王族の末路にしては良い方だと思います。軟禁には違い有りませんが、処刑よりはマシでしょう。元とは言え王族、その責務は果たさねばならない。自分も最近になって漸く飲み込めた、宮廷魔術師としての責務をね」

 

「死が怖い訳じゃない。なにもさせて貰えずに腐り果てるのが怖いんです。僕が直接何をしたと言うのです?普通に王族として暮らしていたのに、或る日突然戦争になり負けて追われる身になったのです。王族の責務?国が負ければ黙って死ねと?」

 

 漸く身体ごと向けて騒ぎ出したが、有る意味では理解出来る。王族とは言え子供だから政治になど関与していないが、王族としての特権は享受していただろ。まぁ子供だから、これから生涯ずっと軟禁生活だぞって言われればキレるのか?

 肩で息をしているのは、体力が落ちているのだろう。食事を食べる量も少なかったらしいし残していたらしいし、バクバク食える環境じゃないにしても弱っているのは当然か。不満が溜まっていて、ここで吐き出した感じか。

 でも処刑よりはマシだろ?遥かにマシだろ?エムデン王国に仕える身としては、元気になられて祖国奪還に向けて精力的に動かれるより心が折れて従順な方が良いのだろうな。

 

「そうです。王族としての権利を謳歌していたのですから、負けたら責任を取るという義務を果たさなければならない。それが子供でもです。貴方を守っていた、侍女達は修道女としてモア教に保護されたので安全です。貴方もモア教への配慮で処刑はされない。

王都の塔に幽閉されて時期を見計らい修道院に送られる事になると思います。修道士として修業に励んで貰い、何時かはそれなりの自由を得られるでしょう」

 

 話ながら思う。自分で言葉にしているのに何て平坦に酷い事が言えるのだろうか。話ながら観察していれば、侍女達の件(くだり)で漸く薄く笑った。自分を取り巻いていた連中の安全が確認出来た喜びだろうか?

 侍女達に売られたとは思っていないが、裏切られた位は感じていたのかもしれない。自分だけが攫われた事に対して、もしかしたら侍女達が酷い事になっていると思ったかもしれない。何故なら最低限の情報しか与えていないと聞いているから。

 捕虜に余計な情報を与えないのは当たり前の事だが、付き従ってくれた侍女達の事位は教えても良かったんじゃないか?いや、最終的にはモア教が持て余して、侍女達も自分達の安全の確保の為に抵抗せずに引き渡したのだから駄目か?

 

「それが慈悲ですか?分かりました。もう出て行って下さい。侍女達の未来が幸福ならば何も言いません。貴殿には一度はチャンスを貰った。捕まったのは活かし切れなかった僕の責任、それだけです」

 

「心穏やかに、余生を過ごして下さい」

 

 そうですね。とも言えず、在り来たりな言葉で励ましてしまった。だが何かが抜け落ちた位に清々しい顔になっている。これで良かったのだろうか?一礼して退室するが去り際に小さな声で『ありがとう』と聞こえた。

 ベルヌーイ元殿下の気持ちが少しは楽になったのだろうか?良くは分からないが、クリス殿が軽く肩を叩いて労わってくれたので成功と思いたい。子供にまで敗戦の責務を負わせなければならないなんて、戦争とは悲しいものだと今更ながら感じた。

 だが負ければ同じ事をエムデン王国がされるのだ。だから負けられない、負ける訳にはいかない。それが単一最強戦力たる宮廷魔術師の最低限の責務、リーンハルト卿に圧し掛かる重圧の一端が理解出来た。

 

 彼はこんな重圧を背負いながら数多の戦場で無敗を誇っているのか。宮廷魔術師第二席、ゴーレムマスターと自分との差を本当の意味で嫌と言うほど理解した。させられた。自分は甘えていただけだった。だから国内の淑女達の対応が悪かったんだ。

 無事に帰国したら、彼女達に謝罪しよう。態度を改めよう。駄目男や屑男と言われている本当の意味を知ったし学んだ。ここから生まれ変わる。漢フレイナル、心機一転して頑張るぞ!

 

 


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