古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第850話

 アムゼー領の原生林で自然発生した、オークの殲滅を有る条件付きで行う。領民と共存している灰色狼には襲われても討伐はしない、元々は彼等の生存を脅かす存在のオークの殲滅が目的。

 案内人として地元の猟師と、貴族の柵(しがらみ)として協力関係にあるローラン公爵の配下の領主軍が同行する。クリスと二人だけの方が効率的で時間の短縮にもなるが、それは言わないお約束。

 フレイナル殿が同行したがったが、理由を説明したら素直に従った。最近ききわけが良くて少し嬉しい。配下の成長の喜びだろうか?だが育成が得意とかは止めて欲しい。そういう誤解は本当に困る。

 

 出陣式として領主の館の中庭に全員が集まっている。ここで演説をして士気を高める事と、周囲に僕と領民と領主軍が協力している事を広く知らしめる為だろう。英雄殿と領主様は友好な関係だって事だね。

 

「これよりオーク討伐に向かう。この作戦は領民の安全の確保が大前提だが、自然と共存する意味でも自然界のバランスを崩すモンスターの脅威を取り除く」

 

 二階のバルコニーから短い言葉で演説する。別に中庭でも良かったのだが『貴族たるもの下々と同じ高さでモノを語ってはいけない』そうだ。見下ろせって事なのだろうか?

 正面玄関の上に設置された無駄に装飾過多な手摺を設けたバルコニー、屋根が無いから雨天時には演説はしないそうだ。まぁ屋根が付いてしまうとバルコニーでなくベランダらしい。

 僕を見上げる人々の目の中の熱気は見ない事にする。鎮静化したとはいえ、未だに『参戦しなかった英雄』の効果は絶大。ベルヌーイ元殿下を捕縛した後も領内の不穏分子の情報が多く寄せられている。

 

 領主達の仕事が大幅に増えたとぼやかれたが、自分の領地に不穏分子が居なくなるんだから多少の苦労は飲み込んでくれ。見逃せば被害は甚大になるのだから……

 

「各員、安全には十分留意して殲滅作戦に当たって欲しい。以上!」

 

「「「「「英雄様万歳!」」」」」

 

 英雄様違くないけど違う、あと万歳は違う、三唱しないだけマシだが本当に困るので止めて下さい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 錬金製のゴーレム軍馬に跨り後ろに、クリスを乗せて行進する。すぐ後ろには領主軍が続き、その後ろに契約した冒険者達と猟師達が徒歩で続く。更に後ろに荷駄隊、一寸した軍事行動じゃないかな?

 僕等に歓声を送る領民達の異常な興奮状態も心配の種だ。自粛する様に求められたが、今回は見送りだからOK?そんな感じ?彼等に見送られる僕を生暖かい目で見る、フレイナル殿。

 本当に落ち着いたな。公衆浴場の風呂を沸かす仕事も順調らしく、仕事の後で領民達と一緒に入り汗を流しているのを聞いて驚いた。だが煩く言ってくる政敵が居る事も事実、その事はやんわりと伝えた。

 

 変化の差が有り過ぎて困る。誇らしくもあるが、少し前はイケイケの火力馬鹿で選民志向も感じられたのに今はこんな感じになっている。少し危なげなので手は打っている。

 本妻殿の実家から補佐する人手を呼んだ。少し遅いのだが、上級貴族として不足している色々な事の教育を任せる為に。本妻殿の実家は子爵家だが、それなりに歴史の有る古い家柄なので男爵で伯爵待遇の彼の教育も任せられると思う。

 少し前の自分の状況と被るな。僕も急激な出世により求められるモノ、足りないモノが多くて苦労したんだ。彼の場合は実家でも教育を行っていたが、当時はイケイケで勉強に身が入っていなかったと思う。

 

 だが魔術師とは生涯を知識探求に捧げる者の総称、今からでも遅くないので粉骨砕身頑張れば未だ間に合いますから頑張って下さい。

 

 暫くは整備された街道を進み、視界に原生林を捉えた所で脇道に逸れて更に野原を突き進む。途中で焚火した跡を幾つか見付けたのだが、オークの討伐を請けた冒険者達の野営の跡らしい。

 冒険者ギルド支部が先行で所属している冒険者達にモンスター達の情報を集める為に斥候として向かわせたそうだ。そこで今回の増殖したモンスターがオークだと突き止め、灰色狼に被害が出ている事を突き止めた。

 冒険者ギルド支部も地元の猟師と協力してオークの討伐に臨んだが、思ったよりも数が多い事と原生林という状況がオーク側に有利に働いているのか被害が多くなり領主に助けを求めた。それで僕にお鉢が回った訳だな。

 

「これが原生林か……正確には人が出入りしているから自然林って言うんだっけ?」

 

 ゴーレム馬だから手綱を引いて貰う必要も無いし、そもそも軍馬の手綱については騎乗者以外に預ける事は余り好まれないらしい。僕はゴーレム馬専門で他に、ダリとチリが居るが彼等は馬の中でも特別に賢い。

 手綱の扱いは馬とのコミュニケーションに必要な事らしく、正しく扱わないと馬の機嫌を損ねる。例えば理想的な行動をしている時に引っ張る事でパフォーマンスを著しく低下されるとか?まぁ手綱を操作する時は行動に是正が必要か緊急事態の時だろう。

 それでも僕の補助として左側を歩いている男に質問する。何となくだが答えてくれそうだった事と、少し暇だったから。普段は単独無いし少数行動で、同行者も気心の知れた連中の場合が多かった。今は他人の目が多いから、気楽にクリスとの雑談も控えねばならない。

 

「はい。人が出入りをしている場所を山里、出入りをしていない場所は山奥。此処は出入りをしているので山里で自然林ですね。ですがモンスターが発生する場所は人が入らない山奥の原生林です」

 

 粗野と言われる冒険者の中では珍しいタイプかも知れないな。いや半数以上がそんな感じなのだが、これも偏見だな。反省が必要だ。クリスが先行して索敵して来ると飛び出して言った。凄いスピードで直ぐに後姿が小さくなり見えなくなる。

 彼女なりに気を遣ったのかな?女性を後ろに乗せながら、一時的とは言え配下との会話は悪いと思ったのかな?昼食の為の陣地が構築出来る場所の確保と、周辺の危険の排除かな?彼女が単独で突っ込んでも、今回の討伐依頼は達成出来るから注意が必要だ。

 

 討伐の成功は疑っていないが、その過程が重要なのだから……

 

「成る程、分かり易い説明を有難う」

 

 彼は冒険者達のリーダーで猟師達のまとめ役でも有る、スティー殿が答えてくれた。彼は男爵家の妾の次男だそうで、若い頃に実家を飛び出し冒険者として独り立ちしたそうだ。有る意味では、僕の『あったかも知れない未来の姿』だな。

 三十代前半、筋肉質だが身なりも良く柔和な雰囲気で一見すれば役人みたいだな。実際に依頼人が貴族の場合とか、複数ギルドの合同作戦の時とかは調整役としてギルドでも重宝されているらしい。

 本人も気質に合っているらしく、損な役割とは思っていないそうだ。だがメインの武器が両手持ちのアックスでサブの武器がハンドアックスという重武装を好んでいるし、知識人でもあるチグハグな感じの人だ。

 

 クリス曰く腕はソコソコとの評価だが、君がソコソコって言うだけで十分だと思う。因みに領主軍は『邪魔にはならない』で猟師達は『オーク一匹に全員で何とかなる?』と言う厳しい評価だった。

 まぁオークは普通に正規兵なら三人掛かり、冒険者ならランクⅮ相当のパーティーが複数で請ける依頼だ。ラコック村が懐かしい、あの時の二十匹程度の群れに村が襲われて『ファング』や『爆裂団』達が二十人以上で挑み殆ど全滅させられた。

 僕やクリスからすれば雑魚モンスターだが、同行している彼等からすれば命懸けの強敵。だが誰もが怖いとか逃げ出そうとかいう後ろ向きな姿勢を見せてはいないのが救いだな。

 

「しかし流石に英雄様は落ち着いていますね。俺達からすれば、オークの群れを討伐するなんて命懸けの無謀な挑戦なんですよ」

 

 肩を竦めてお道化る仕草が様になっている。残念ながら女性は居ないが、居れば注目されただろう。積み上げた年齢と経験のお陰だろうか?

 

「まぁ軍属だからね。冒険者と違い敵を倒す術を多く磨いているし、経験も積んでいる。宮廷魔術師として、オーク程度を恐れていては役職を返上しなきゃ駄目だと思うよ」

 

 オークなど雑魚、全く気にしてないのだが言えば反感を買うだろう。無駄に自慢しても良い事などないし、ウザがられるだけだよ。実績は積んでいるし広まっているのだから。

 

「ははは、そうですね。冒険者の依頼は戦う事が半分で他にも要求がありますし、それこそ肉体労働とか駆け出しの頃は色々経験しました。一番キツかったのが鶏舎の清掃で、匂いが酷くて当時の彼女から近付かないでといわれてしまい……」

 

 軽い冗談を話す程度の気楽さは有る。そもそも同行者は殆どが僕に好意的なので、少し困惑している。冒険者と猟師達は少し前は他国の者で戦争状態だったのだが、モア教の影響と聖戦という建前が戦勝国の僕等を受け入れてくれた理由かな?

 彼の経験譚は面白い。話し上手な事も有るのだが、色々な経験を積んでいるので引き出しが多い。魔法一辺倒の特化型の僕とは正反対だな。そして必ず話に落ちを付けるから、聞いていて楽しい。長閑で退屈で未だ警戒しなくて良い移動にはもってこいだな。

 昼前に目的の場所に到着、昼食を食べて休憩し装備の再点検を行う。今回は二泊を予定している、野営の陣地は僕が錬金で構築するが討伐後も使用したいとの要望を貰っているのでそれなりに頑強に造る事にしている。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 英気を養い装備の点検も終わり隊列を組んで、僕の号令をまっている。適度に緊張しているが怯えは無い、良い状態だろう。此処からは徒歩、各々が荷物を分担して背負っている。行動に支障が無い程度の荷物を、背中に背負ったり肩から掛けたりしてる。

 僕が空間創造に収納すると言ったが立場上で遠慮された。貴族様に荷物持ちなどさせられないって事かな?なので領主軍からの支給品である、飲料水に医療品や野営の天幕を収納した。野営陣地の構築は僕の仕事だと事前に通達したので、遠慮は有れど混乱は無い。

 最低限の食糧と飲料水と医療品は、最悪はぐれた場合を考えて各自で持ち歩く。無いとは思うが部隊が壊滅して撤退する時に、組織的に逃げれるか個人の判断で逃げるか。着の身着のままで何も持たずに逃げ出しても、生存率は限りなく低いから。

 

「準備は整いました。そろそろ出発しましょう」

 

「了解した。では出発する」

 

 陣形は前方にスティー殿と地元の猟師達、その後ろに領主軍の半数。中間に僕とクリスで後方に残りの領主軍が続く。荷駄部隊は荷物を降ろして近くの集落で待機、二日後に荷物を補充して戻って来る事になっている。

 魔法による索敵と、クリス個人の索敵能力により二重の警戒網を敷いている。前方の猟師達も仕事で鍛えたのだろう、草木の踏み荒らし状態や周囲の枝木の状態。気配を探り慎重に進んでいるが、周辺500mに危険な存在は居ないかな。少し進行速度が遅いと思うが、最初から急かす事は良くないと思い直す。

 猟師達は草木の踏み荒らされた状態で、どんな獣は何時頃に何頭位が何処から来て何処に行ったのかが分かるらしい。現在進行形での索敵しか出来ない僕達よりも有能だな。まぁ糞とかを触って乾燥具合や内容物での予測とかは真似したくない。

 

 出会うと危険な肉食大型動物、今回は灰色狼なのだが……未だ灰色狼のテリトリーでなく、山里近くまで下りて来ている灰色熊を警戒しているみたいだ。マーダーグリズリーみたいな猛獣かな?今も大きな俵型の糞を枝で突いて分解して内容物の確認をしている。

 結構デカい、直径が8cmで長さが30cm以上有るかな?少し離れているので匂いはしないのだが、後で草や果実を食べている時の糞は不快な匂いがしないが動物を食べた時の糞は相当臭いらしい。スティー殿が笑いながら教えてくれた。

 野生の灰色熊は単独ならオークとも戦えるが、奴らは集団で襲ってくるので基本的に距離を取り戦わず逃げるらしい。つまり肉食獣が他のテリトリーに逃げ込むので、逃げ込んだ先で先住の獣と揉める訳だ。動物も人間も余り変わらないのだな。

 

 樹木に付いた爪痕の高さで凡その大きさも分かるらしいが、灰色熊の爪痕に似ているのが鹿の角の研ぎ跡。熊は規則正しい間隔で複数の傷が有り、鹿は長く不規則な傷らしいが素人には判別が難しい。足跡は分かり易い、熊は左右交互で爪痕が有り鹿は二つの大きな蹄の跡が残る。

 猟師曰く後方に副蹄の跡が付く場合も有るらしい。この山里の自然林の周辺には少なくとも全長4m級の灰色熊が生息し、鹿を狩っている事が分かった。猟師が言うには今迄は居なかったので、オークから逃げて山里に下りて来たのだろうと予測した。

 つまり、この先に問題のオーク共が居る可能性が高い事が分かった。灰色熊は賢く、一度人間を襲えば味を覚えて襲ってくるが普通は匂いや気配を察知して離れて行くそうだ。猟師達が腰に吊るしている鈴が熊除けの鈴だと教えてくれた。

 

 軍隊の移動だったら周囲に存在を示す音など出さないのだが、流石に好き好んで熊に襲われたくないので少し五月蠅いなと思っていたが理由を聞いて理解した。熊の行動パターンを足跡や糞から予測して、凡その元の縄張りの方向を探し出した猟師の能力に驚かされた。

 安易に魔法による索敵だけで大丈夫とか思っていたが、知らない内に増長していたのかな?軍属は人間を相手にするが、彼等は野生の動物を相手にする。餅は餅屋という東方の諺を思い出した。

 今日はもう少し進んで野営して、明日の午前中にはオークが潜んでいるだろう場所に案内出来ますと報告してくれた。御礼として夕食は少し豪勢にして、ワインも一人に一本支給しよう。冷え込む夜にはアルコールって必要だからね。

 

 




いつも自己満足小説をお読み頂き有難う御座います。
先日UAが18,000,000を越えました。正直驚いております。いや本当に何故って感じです。
コロナ過であり暑い夏を迎えておりますが、読者の皆様の健康と夏バテ防止を祈っております。本当に有難う御座いました。
外出自粛で家庭菜園にハマっており、先日ジャガイモを収穫しオクラと芽キャベツの種蒔きをしました。自宅の庭での一畳スペースの手作り菜園ですが、何故か愛着が湧くんですよね。

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