古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第851話

 オーク討伐二日目の早朝、気温は10℃を下回り肌寒い。領主軍の兵士は冷えて固まった身体を解す為に鍛錬をしている、元気だな。猟師達は朝食の準備、彼等の狩猟は数日山に籠るので調理スキルは高い。

 食事位しか娯楽が無いし、温かいモノを食べないと冷えた身体のパフォーマンスが悪くなる。だが煮炊きは最小限にする為に大鍋による具沢山スープが基本となり、他に数品が用意される。

 領主軍の兵士はもっと簡単で、調理は当番制で同じ大鍋調理。高価なマジックバッグや空間創造のスキル持ちは少なく、今回みたいに食材を持ち込み調理するのはマシな方で酷いと現地調達となる。それも酷い話だよな。

 

 僕とクリスの場合は扱いが特殊で毎食調理された食事が用意され、空間創造にストックされている。彼等と同じでも構わないと思うのだが、非常時でもないのに、そんな事をされたら担当者の首が軒並み切り飛ばされる事になるらしい。

 身分差って怖いのと、同行している連中も逆に恐れ多くて困るといわれた。なので僕とクリスだけ天幕の中で二人きりで食事となった。まぁ構わないが少し寂しい、でもこれは我儘でしかないのは理解している。

 クリスは嬉しそうに?口をほんの少しだけ歪めて嬉しさを表しながら、テーブルに料理を並べている。討伐依頼中に豪華なコース料理は遠慮したのだが、普通に豪華だな。領主の館の料理人の頑張り方が凄いのか?

 

「前菜はソーセージとザワークラウト、スープはカートッフェルズッペ。メインの肉料理はザウアーブラーテン、パンはセーレンです」

 

「おぅ、朝から豪華だな。食べきれるかな?」

 

 前菜のソーセージはテューリンガー、ニンニクとハーブを練り込んだもの。カートッフェルズッペはジャガイモとタマネギとベーコンのスープ、ザウアーブラーテンは子牛肉をワインビネガーで漬け込み、香辛料等で味を調えてから煮込んだもの。

 セーレンは本来は祭事用のパンじゃなったかな?食塩とパン粉と水と酵母だけで作り粗塩がまぶしてある。基本的に味付けが濃くて量が多い。香辛料が多過ぎるし、高価な香辛料を多く使えば豪華って訳じゃないのだが……いえ、非常に美味しそうですね。

 僕もクリスも一般と比べれば小食の類だって教えているのだが、足りないより余らせた方が良いって一般的な上級貴族対応だな。文句は言えない、持て成しの範囲内だから……

 

「デザートのラムクルーゲルと桃の果実水です」

 

「いや本当にね。量も多いし豪華過ぎるんじゃないかな?僕は見ただけで腹一杯なんだけど、クリスは食べきれる?」

 

 フルフルと首を横に振ってくれたが、そうだよな。デオドラ男爵なら間食扱いだけど一般的な成人男性でも多過ぎると思うよ。

 

「残せば宜しいのでは?と言うのは落第点ですね。主様は上級貴族様なのに非常に経済観念が確りしていますね。流石は高級官僚として財務系の仕事も熟す方なのだと感心しています」

 

 上級官僚違う。転生前は王族で、それこそ贅沢を贅沢と思わない生活をしていたけど、転生後は新貴族の男爵の長子という立場で貴族社会では最下層だったんだよね。その時の価値観を引き摺っているのだろう。

 父上は聖騎士団の副団長として領地は無いけど収入は其れなりに多かった。それでも出費も多く贅沢は出来なかったのが現状で、その時のやりくりの苦労を間近で見ているからこそ新しく芽生えた価値観なのだろう。

 文句をいっても仕方ないので有難く頂く。今日は自然林を抜けて原生林の手前まで移動、その後索敵を行いオーク共の痕跡を辿り見つけ次第殲滅する予定だ。同行する猟師達の索敵能力も有能だし、クリスに頼んで探させても良い。

 

「今日は忙しくなるし、文句を言わずに食べようか」

 

「そうですね。出来れば今日中に終わらせて帰りたいですね」

 

 もう一泊の予定なんですけど、クリス的には今日中に終わらせるつもりなのだろうか?予定を早める事は悪くは無いが、同行者の負担が増すようなら注意すれば良いか。

 先ずはテーブルに並べられた大量の料理を食べ切る事が仕事なのだが、食べ切れるかな?無理かな、いや頑張れば或いは何とか……

 結論から言えば無理でした。ザウアーブラーテンでお腹一杯、パンとデザートには手を付けず保存しました。満腹だと思考が鈍るから腹八分が理想だったのだが、限界まで料理を詰め込みました。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 満腹感による眠気を抑えながら自然林の中を進む。クリスは周囲の捜索に行ったので別行動、スティー殿が補佐をしてくれている。警戒をしながら進むのだが、木々の間から朝日が差し込んで幻想的な雰囲気を醸し出している。

 あれから気温が上がり、小鳥や小動物が活動を開始して周囲に彼等が発する小さな音が聞こえ始め否が応でも神経を擦り減らせる。危険な存在が居なければ長閑で良い雰囲気なのだが、オークや灰色熊に灰色狼が潜んでいるかも知れないんだ。

 自分が見てもオークが目に付く生き物を片っ端から食い散らかした感じはしないし、それ程の危機感も感じない。まぁ灰色狼のテリトリー外だし灰色熊とオークは巨体だから待ち伏せされない限りは大丈夫だろう。多分大丈夫だろう。

 

「しかし落ち着いておられますね」

 

 そんなに持ち上げなくても大丈夫ですよ。前にザルツ地方で異常繁殖したオークをデオドラ男爵達と討伐に行った事があるけど、当時のレベル差を考えても千匹居ても対処は可能だと思う。

 時間的には一年も経っていないのに、自身の力が何倍にも強くなった自覚はある。それなりに無茶もしたし無謀もした、これで成長しなければ泣いている。

 でもオーク絡みは良い思い出は無いな。パーティの女性陣は、オーク絶対殺す。種として滅ぼすのが正解だ!とか怖いし、ヒスの村で『春風』のフレイナさんに絡まれたのもオーク討伐絡みだった。本当に嫌な思い出しか無かった。

 

 溜息を吐きたくなる。まぁ魔法迷宮バンクではボス部屋のオークが初期の経験値と資金を稼ぐのに役立ってくれたけど、パーティメンバーが怖かったんだ。

 

「いや、適度な緊張はしているよ。でもオーク共が食い散らかした感じはしないし灰色熊の気配もしない。もしかしたら灰色熊は違う場所に移動した可能性が高いのかな?」

 

 昨日は灰色熊の存在を確認出来る物証を多く見付けたのだが今日は未だ無い。これは灰色熊の行動範囲から外れた可能性が高いそうだ。彼等も縄張りを主張するので、その縄張りの外にいるのだろう。

 好き好んで大型の獣のテリトリーの中には居たくないのだが、他の視点でみれば『此処は灰色熊が縄張りを主張しない何かが有る?』それとも『オークが迫っているから逃げて通過しただけ?』どっちだ?

 どうやら前者みたいだな。クリスが非常に珍しいが緊張した顔をして、僕に遠くから視認出来るように素早く近付いてくる。普段ならギリギリまで気付かせずに隠れて近付く彼女がだよ。

 

 つまり早急に知らせたい何かがあるか、前方にヤバい敵が居る。そういう事だな。

 

「全員警戒態勢、周囲に注意しろ。クリスが前方にヤバい敵が居ると教えている。彼女が焦る位だ、敵は大物だぞ」

 

 割と付き合いが長い筈なのだが、近付いてきた彼女の顔色が少し悪いのは気の所為じゃない。ほんの僅かにだが怯えすら感じる、これは想像以上の大物かっ?

 空間創造からカッカラを取り出して構える。本腰を入れて対応しないと駄目そうだ。何故なら前方からガサガサと木々を薙ぎ倒して来る音が聞こえるから。相手の速度はそれ程早くはないが、図体は大きそうだな。

 領主兵が前に出て盾を構え、その後ろで猟師達が弓を構える。もう木々が倒れる姿が見える、距離は100mも無いが木々が密集しているので未だ本体は隠れて見えない。

 

「主様!虫です。この先に虫型のモンスターが溢れています、焼き払いましょうそうしましょう」

 

 僕の背中に張り付いた彼女が耳元で騒ぐ。押し付けられた身体から若干の震え?彼女は本気で……気持ち悪いのだろう。甲虫系のモンスターは怖がらなかったし、毒を持つ蜘蛛とかも平気だった筈だが?

 正面から向かってくる昆虫系モンスターが漸く視界に入る。成る程、これは女性陣としては受け入れられないだろう。周囲の連中も動揺を隠し切れてない。スティー殿ですら数歩下がった。視覚的に嫌悪感を抱かずにはいられない。

 ウデムシ、知識では知っていたが転生前を合わせても実物を見るのは初めてだ。特徴的なフォルム、蜘蛛の身体に蠍の様な身体に不釣り合いな大きな腕を持つ。足は六本、長い触覚が二本。青味がかって濡れたような甲殻を持つ不快巨大生物。

 

 背中に卵と孵ったばかりの幼体を沢山乗せている。そして大きい……腕を広げれば10m以上は有る。それが確認出来るだけでも成体が五匹、幼体と卵は多過ぎて分からない。

 こいつ等は肉食、多分だが原生林の奥で生息していたのが餌となるオークを追って此方迄やってきたとかか?相手も此方を視認して一旦止まったが、逃げれば追ってくるだろう。昆虫の目は感情が読み取れないが、僕達を食いたいって雰囲気を醸し出してるし。

 クリス、実は怖くなかっただろ?僕にしがみ付く理由程度に思ってるだろ?何故ならスリスリと身体を擦り付けて来るし、先程迄の恐怖を感じないし。変な知識でも教え込まれたのか?これも成長なのか?感情が育つのは嬉しいのだが、普通に女性は虫を怖がるから真似した程度か?

 

「スティー殿、ウデムシと思われるが、ここに生息していたのか?」

 

 だが同行者達は本気で恐れている。何故なら僕とクリスの痴態に全く気付いてない、前方にのみ注意を向けている。逃げ出さない自制心は残っているが、何か有れば分からない。そういう恐怖を感じている、相手は捕食者で自分達が餌だと感じているのが分かる。

 ゆっくりと全身に魔力を行き渡らせる。何か有れば魔法障壁を広げて全員を守る必要が有るのだが、その場合の迎撃はクリスに任せるか?いや、仮にも怯えを装っているのだから乗ってあげるのが雇い主としての義務だろうか?確かに気持ち悪いが、魔法迷宮バンクの第十階層の主も酷かった。

 肌色の質感のスライム擬き、肉塊って仮に名付けたのだが同等の嫌悪感だな。だが物理的な攻撃が効くなら怖くない。幸いか分からないが蜘蛛と蠍が混ざった様な外見だけど毒は無いと記憶している。コイツが新種か未発見ならば分からないが、レイスみたいな霊体じゃなければやり方は色々有る。

 

「記録では数年前に領民を捕食する為に下りて来たらしいのですが、生存者が居ないので噂程度でしか……ですが過去に高位の冒険者が討伐した記録が有ります。討伐証明として甲殻が残ってますので事実とは思います」

 

「コイツの甲殻を使った防具か。性能は高さそうだけど見た目は悪そうな気がするね。皆は此処で待機、僕が相手をする」

 

 巨大ウデムシが長い触覚を動かし何かを察知しているのか?目は有るが眼球が無くて動かないから何を見ているのか分からない。蜘蛛は複数の目が有るが、コイツは二つだな。七体に増えた、つまり群れを形成している?魔法で索敵したが前方以外で周囲100m以内には居ない。つまり取り囲むとかの連携はしないのか?

 こいつ等の生態を調べても今は意味無いかな。カッカラをクルクルと回しながら歩きだす。遊環のシャラシャラした澄んだ金属音が心地よい。視界は気持ち悪いが聴覚は心地よい。クリスが何時の間にか離れて横に並んだ。もう怯えた芝居は終わりで此処からは嬉し楽しい戦いの時間なのね?

 あやふやな記録しか残っていないのなら死骸は持ち帰ろう。研究材料として武具や防具の素材として、未知なるモノは知識の肥やしになる筈だから。全身ウデムシ甲殻の鎧兜とか、装備希望者が居るかは分からないが、内側に仕込むとか方法が有る筈だ。序に今回の戦いで強度とかも調べておくか。

 

「クリス、どれが良い?」

 

 今回はダガーを構えず、珍しく他の武器にしたのか。全身鎧と変わらない甲虫だと打撃系の武器が有効なのだが、彼女が選んだ武器はウルミかぁ。フレキシブルソードやコイルソードって呼ばれるキワモノ武器で、クリスから作って欲しいとお願いされたので自分なりに改良したんだけど自己評価は微妙?

 一本の柄に五本の帯状の柔らかい刃を束ねた、鞭と剣を合わせたような少数部族が使用していた武器。普段は腹巻の様に巻いて防具としても活用していたらしい。普通は切り裂く武器だから金属製の鎧を着ている相手には効果が低いし、甲虫系モンスターも同様。そんな弱点が普通は有る。

 だが錬金に関しては突き詰める事が生きがいの僕の手に掛かれば、キワモノ武器だって実用に耐えうるだけの改良はしました趣味全開で!たまたま試作品をルーシュとソレッタに見せたら異様に興奮したのが苦い思い出だろう。その後、バーナム伯爵にバレて試作品は没収された。

 

「右側四体を貰います」

 

「じゃぼくは左側の三体か。少なくない?」

 

「では、逝きます」

 

「聞いて、僕の話を」

 

 言葉が変だった?クリスが飛び出し、ウルミを引き抜く。本来ならば刃の部分は2m程度だが僕謹製の特別品、五本の刃がうねる様に伸びて、巨大ウデムシが咄嗟に防御しようと上げた腕に巻き付いて……発火した。刃が高温で真っ赤に染まる。

 周囲に生物が焦げるような嫌な臭いと音が響く。振り払おうと動かした腕が細切れになるが、切断面が焼け焦げているので体液が飛び散らない。素早く振り降ろされた灼熱の帯が、巨大ウデムシの胴体を縦に輪切りにする。まぁそうだよな。巨大になった程度で、クリスは怖がらないし脅威も感じないだろう。

 研究材料や素材にすると伝えてあった為か、二体目は胴体の中心線から二分割にされ、三体目は手足を全部切り飛ばされてから首を刎ね、四体目は逃げ出そうと後ろを向いた所で同じく二分割にされた。僕も山嵐で串刺しにしたのだが、インパクトと言う意味ではクリスに軍配が上がるだろう。

 

 幼体は、我に返った領主軍の兵士と猟師達が止めをさしている。親は体長10m以上だが幼体は1m程度で動きも遅く抵抗も少ないので、彼等に任せても大丈夫だろう。

 

「主様。巨大ウデムシの胃袋に、オークの死骸が詰まっています」

 

 咀嚼されているが特徴的な鼻を持った頭部とかが確認出来る。一体に十匹程度、全部でも百体は居ない。異常繁殖ならば未だ他にも居るだろう。幼体が食べていても、そう変わらない筈だな。

 

「そうだね。予想通りに巨大ウデムシはオークを追って来たんだね。でも数は少ないから、生き残りのオークが居るか追って来た巨大ウデムシが未だ居るか。難易度は高くなったのか?」

 

 スティー殿が両手持ちのアックスを幼体の頭に振り下ろしている。その表情は生き生きとしてなんとも言えない笑顔を振りまいて、周囲をドン引きさせている。普通に怖いわな。

 残敵掃討が終わったら死骸を全て空間創造に収納し、小休止を取らせてから再度周囲を捜索し生き残りを探すことにしよう。幼体の始末が終わり卵をどうするか聞いてきたが、生まれなければ危険は無いので、研究目的で止めを刺さずに回収する。

 錬金素材として活用できるかも知れない、未知の素材だから調べるのが楽しみだ。幼体でも経験値は高いらしく数人がレベルアップした、つまり殆ど未確認のレアモンスターだったのかな?

 

 


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