古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第854話

 オーク討伐遠征の帰り、ハイオークの亜種と思われる連中の群れに襲われている。勝てない相手ではない、恐れる程の脅威も感じない。だが不気味、言葉では言い表せないのだが兎に角不気味なんだ。

 先ず近付いて来ない、物陰に隠れて姿を極力現さない。身体がデカくて太いから、樹木の陰に隠れていてもバレバレな筈なのに、頑なに全身を現さない。接近戦主体の連中が隠れて石や棍棒を投げるだけ?

 強力な上位個体が統率していると考えて、クリスに捜索させているが未だ見付からない。おかしい、変だな。オークジェネラルでも更に上位のオークキングでも群れを統率するならば近くに居る筈なのに居ない?

 

 馬鹿な?脳味噌が筋肉に侵されて、食欲と性欲しか無い連中だからこそ絶対的な力に支配されるんだ。その統率者が敵に姿を現さずに隠れている?そんな奴に従う連中か?

 

「リーンハルト様。確かに変ですな。オークの亜種ともなれば多少は知性が増えると思いますが、それにしても単純で効果の薄い包囲網に固執している。普通なら突撃して来る筈です」

 

 周囲を警戒しながら、スティー殿が質問して来た。彼の経験からいっても不可思議な行動らしい。上位種や亜種ならば、普通のオークより狡猾になる筈なのに愚直に包囲を敷いたままだ。

 散発的な投石による行動、どこかに誘導する訳でも被害が増えても攻撃の手段を変える事もしない。愚直な足止め?何のために?増援でも来るのか?オーク程度が幾ら増えても僕は負けないぞ。

 今も樹木の影に隠れて投石していたオークの左目に猟師の矢が当たった。僕が魔法障壁で防御を担っているからか、彼等は落ち着いて攻撃に専念しているので命中率が高い。

 

 傷口を左手で押えるだけで、件のオークは攻撃の手を緩めない?山嵐で止めを刺したが、何本もの鋼鉄の槍で貫かれても悲鳴も上げずに絶命した。もしかしてオークゾンビ?いや派手な出血が確認出来た。

 ゾンビなら傷口から鮮血が飛び散らないから、攻撃を受ける迄は生きていた筈だ。余程、上位個体に強力に支配されているのか?死の恐怖を抑え込んでまで、支配を受け入れている?そんな事が有り得るのか?

 今も此方に投石しようと樹木の影から身を乗り出した奴に数本の矢が、今回は頭部に集中して刺さったので追撃の魔法は撃ち込まなかった。猟師達の命中精度が上がってきているので、僕の援護魔法は不要か?

 

「そうだな。僕等を餌と認識して襲って来るにしても、本来ならば接近戦が主体の連中だからね。って魔法障壁が反応した?」

 

 危険な攻撃に対して自動的に反応する魔法障壁が、何の攻撃も受けていないのに自動的に展開した。投石等の攻撃を受けたならば分かるが、全くわからなかった。衝撃もないし、そもそも見えもしない。

 

「まただ。また魔法障壁が自動展開して何かを防いだ?何を防いだ?どんな攻撃をされている?」

 

 気付いてから数回、魔法障壁が展開するが何も分からない。猟師達は攻撃に専念しているので、この異常事態には気付いていない。僕とスティー殿だけで、魔法障壁の展開の謎を必死で考えている。

 例え誤作動でも今は魔法障壁を止められない。だが原因を突き止めないと、本来の投石とかの攻撃を防ぐ手段が無くなる。訳の分からない展開だが、何かを防ぐように展開する魔法障壁を見て何となく分かった。

 上空から何かが落ちて来て、それを魔法障壁が展開して弾いている。弾かれたモノは近くに落ちる。そして注意して見なければ分からない程、小さな襲撃者が僕等の周りに落ちてウネウネと蠢いている。

 

「リーンハルト様!こいつ等はハリガネムシ擬き、他の生き物に寄生して宿主を洗脳して操るモンスターです」

 

「この細い枝みたいな、ウネウネしている生き物が寄生虫?なんだよ、この森はっ!」

 

 もう嫌だ、帰りたい。気持ち悪い巨大ウデムシの次は他の生物に寄生して宿主を洗脳する虫?先程寄生虫の話を聞いて嫌な気分になったのに、更にヤバ目な寄生虫?宿主を操るって……

 もしかしなくても、僕等を襲っている連中を操って足止めして、樹上から落ちて寄生するつもりだったのか?魔法障壁はこいつ等の邪悪な目的に反応して弾いて、僕等を守ってくれていたのか?

 僕等の話を聞いていた兵士達が、地面で蠢くハリガネムシ擬きを各々の武器で潰している。彼等の様子からして、巨大ウデムシよりは生態を把握しているのだろう。普段はオークかゴブリンにでも寄生しているのだろうか?

 

「リーンハルト様。こいつ等はヤバいです。普通のハリガネムシはカマキリに寄生して入水自殺させる謎の生き物で人間やオーク等に寄生などしませんが、このハリガネムシ擬きは違います。宿主を意のままに操るのです」

 

「僕等を新しい宿主にしたいってか?ふざけるな、そんな事は断固拒否するっ!」

 

 なんだよ入水自殺させるって!なんだよ宿主を操って僕等を襲うって!虫系モンスターってヤバいヤバ過ぎて胃が痛くなってきた。

 

「まだマシです。他にもヤバい寄生虫が……」

 

 今回ばかりは、スティー殿の説明を無視して、操られているであろうオークの亜種共を黒縄(こくじょう)で周囲の樹木ごと輪切りにして殲滅、ハリガネムシ擬きを一掃する為に火を放った。

 周囲に延焼しないように樹木は切り倒し、ゴーレムルークを使い倒した木を巨大な焚火の中に放り投げる。寄生虫共の断末魔のキィキィとした絶叫が聞こえるような気がしたが、気の所為だろう。

 生木だが一寸前にバーリンゲン王国の平定の手伝いで、アブドルの街を攻略した際に油の入った大量の壺を防衛用の倉庫で見付けた。その油を惜しみなく撒いて着火したが、生木でも大量の油がもたらす燃焼力で燃え上がった。

 

「使い道が無くて死蔵していた油だが、有効活用出来て良かった」

 

「思い出しますね。あの栄光の攻略の日々、主様と二人だけで城塞都市に侵入して敵兵を皆殺しにした輝かしき日々。今でも鮮明に思い出せます」

 

 知らない内に隣に立っている、クリスが物騒な事を言い出した。いえ、確かに二人で城塞都市を幾つか攻略したよ。敵兵も相当数倒したけど、そんな皆殺しとか凶悪な事はしなかったよ。

 少なくとも降伏した連中は倒さなかったし、逃げ出した連中も追いかけて迄は殲滅しなかったと思う。領民に非道な事をしていた連中は問答無用で殲滅させたのは事実だけどさ。

 クリスの昔語りを真剣に聞いている、スティー殿に多少の誇張が有る事を話しておかないと後で後悔しそうだ。一応、同行した連中や関係者にも手柄を分け与えたマイルドな内容が公式な情報だからね。

 

 今回の討伐遠征に参加した全員が盛大な焚火を囲みながら、己が達成した偉業を称え合っている。でもさ、この領地というか森だけど異常過ぎない?ヤバくない?最初の灰色狼とか全く現れないじゃん。

 

「依頼は達成で良いのか?領主達に、この森を厳重に調べさせないと駄目かもしれない。少しじゃない位に異常だよ」

 

「まぁそうですね。でも我々人間が大自然に勝てる訳がないし、そもそも全ての秘密を暴く事なんて無理ですよ」

 

 オークの異常発生から始まり、巨大ウデムシの討伐からハリガネムシ擬きに寄生され操られたオークの亜種の襲撃。異常な奴等が人里を襲わない保証は無い。

 これはアウレール王に報告する前に、ローラン公爵にも直接説明をして判断を仰ぐ問題だな。未知のモンスターに、こうも簡単に遭遇するなんて普通じゃ有り得ないから。

 未だドラゴン討伐でデスバレーに挑んだ時の方が、心安らかだったよ。僕は虫系モンスターは苦手だって事を再認識した。でも報告すれば、討伐の援助を求められるだろうか?

 

 それは王命でも絶対に嫌だなぁ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アムゼー領での復興支援は色々有った。本当に色々とあったが問題無く達成し次の領地へと移動する。残りは、ノイルビーン領とナゥエン領。前者は、ザスキア公爵の派閥構成貴族が領主で後者は王の直轄領。

 ベルヌーイ元殿下だが、既に秘密裏にザスニッツ領からノイルビーン領に移送されている筈だ。ザスキア公爵から定期的に送られてくる報告書では、デンバー帝国の間者を多数捕獲しているらしい。

 そろそろデンバー帝国も間者が足りなくなり、またこれ以上の間者を送る事はエムデン王国に対して宣戦布告と取られる危険性から収まるだろうと予測していた。つまり、これ以上ちょっかいを掛けるなら戦争だっ!って事だな。

 

 新たに仮想敵国として認定されたのが、デンバー帝国とルクソール帝国。前者は領地も隣接したので両国間の緊張は高まっている。後者とは領地は隣接していないが、現王妃の祖国のマゼンダ王国と半ば敵対している。

 この二国が協力して、我が国に敵対すると予測している。単独で挑んで来るには、エムデン王国は強大になり過ぎた。それこそ周辺諸国と連合を組まなければ勝てない。だが小細工や嫌がらせや弱点を探る事は出来る。

 ベルヌーイ元殿下の件は千載一遇のチャンスだったが、クリスの迅速な拉致でチャンスを潰された。だからこそ、未練がましく間者を送り込んだのだろう。だが、我が国の諜報部隊は甘くない。貴重な諜報部員を失って終わり。

 

 移動は生憎の雨、農業には恵みの雨。自慢の装甲馬車とゴーレム馬は悪天候でも問題無く、目的地のノイルビーン領の中心地であるハノーファーの街に向かっている。夕方には到着するだろう。

 

「リーンハルト様、暇です」

 

 大人しく隣に座り窓に当たる雨粒と透けて見える灰色の景色を眺めていた、リゼルさんが文句を言った。

 

「流石に暗殺者は攻めてこないと思います」

 

 ポイズンダガーの手入れを黙々としていた、クリスさんが視線を手元の武器から外さずに平坦な声で応えた。

 

「リーンハルト様の秘密主義には困りものね。もう私達に隠し事はしないで下さいな」

 

 暇を持て余している文句を聞いただけなのにヤレヤレ的な顔をした、ウルティマ嬢から苦言を呈された。

 

「余り御当主様を虐めないで下さい。確かに秘密主義なのは困りますが、全てを教えて貰わなくても対応するのが臣下の務めです」

 

 最近呼び名が御当主様に変わった、シルギ嬢がフォローしてくれた。親族って素晴らしい。

 

「あと少しで到着しますよ。多分ですが着いたら忙しくなると思うので、今はゆっくり身体を休めて下さい」

 

 同乗者が女性ばかりで華やかと思うなかれ。最近は、フレイナル殿の嫉妬が無いので平和なのだが物足りない気持ちも有る。贅沢な悩み、少し前なら考えられなかった。

 ミケランジェロ殿からの報告によれば領主の館には、ザスキア公爵が来ているそうだ。今回、暗殺者の件で領内に潜む不穏分子の炙り出しに尽力したメンバーと共に……

 豪華メンバーで胃が痛くなるよ。今の暇と思える程の平穏が懐かしくなる程のね。だから今は暇と言う贅沢な時間を満喫させて欲しいのです。

 

「お出迎えは盛大みたいですね。ザスキア公爵と腹心のイーリンさんにセシリアさん、リーンハルト様がバーリンゲン王国から引き抜いたミズーリさん。

同じくバーリンゲン王国から引き抜き養女として迎えた、ミクレッタさんにパーラメルさん、それとトレイシーさん。華やかですわね」

 

「御当主様は未だ本妻を迎えられてないのに、既にお年頃の養女が三人もいられます。私もお会いしましたが、皆様お綺麗で才気あふれる方々でしたわ」

 

 うん、そうだね。何故か花嫁修業として、ザスキア公爵が引き取っていったんだけどさ。花嫁修業よりも腹黒な側近として鍛え上げられているみたいなんだよ、ミズーリも含めてさ。

 セシリアもローラン公爵の配下の筈が、ザスキア公爵の配下に組み込まれているし。間違いなく、ネクタル絡みで人事的な移動が有ったと思うけど聞くに聞けない。大本の元凶が僕だから。

 せめてもの救いは華やかな女性陣が増えても、フレイナル殿の暴走が無くなっただけだ。少し前なら血涙を流しながら呪詛を呟いたと思う。でも今は『お困りですね?』で終わりだよ。

 

「そうだね。彼女達の諜報活動のお陰で、旧ウルム王国領から不穏分子が一掃された。いやその手助けに貢献したのが、彼女達って事だね」

 

 モア教関係者が主導し領民達を統括、領地に潜伏していた連中の情報を掴み領主に報告した。また領主の対応が悪いと、冒険者ギルド支部や魔術師ギルド支部と協力・連携し危険な連中は捕縛した。

 特にマインツ領には多くの不穏分子達が潜伏していたらしく、ベッケラン子爵や他の領主達は対応に追われててんやわんやだったらしい。だが領内の引き締めと治安維持に多大な貢献をしたので文句は言えない。

 旧ウルム王国領は予想よりも早く全ての意味で、エムデン王国に吸収されるだろう。こんなにも占領政策がスムーズなのは珍しいが、揺り返しが怖くも有る。 

 

 


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