古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第856話

 定期的に送られてくる、リーンハルトからの報告書を読むのが最近の息抜きとなっている。何故か、ニーレンス公爵とローラン公爵も一緒だ。これも『紳士連合』なる謎組織の会合らしい。

 名誉顧問とかいう面倒事を押し付けた野郎共の考えは分かる。俺と定期的に王宮で会合を行っている事実が欲しい訳だが、実際にはキーとなるリーンハルトが不在では話し合う事など殆ど無い。

 序に言うと『淑女連合』の盟主である、ザスキアも王都を離れているので平和だな。王妃の暗躍と奇行に目を瞑ればだが……俺の癒しが、セラスしか居ないのが辛い。最高権力者とは孤独なものだな。

 

 人払いを行った執務室に男三人とは華が無い、だが女官や侍女は潜在的な諜報部員と思わなければ駄目なのだ。最近迎えた新しい若い側室達との逢瀬も素晴らしいのだが、度を過ぎるとセラスが不機嫌になる。

 アレか?若い側室に大切な父親が取られるのが嫌だとか?セラスも難しい年頃だし潔癖な所もあるし可愛い嫉妬として対応するのが良き父親だろう。ふふふ、セラスも大分俺に懐いてきたと言う事か。

 思えば不憫な娘だが、それ故に可愛いのだ。セラスは誰の嫁にもやらん、それがリーンハルトでも駄目だ。アレは俺のもとに置いておくのだ。政略結婚などトンデモなく、恋愛結婚ならば……検討はするが許可はしない。

 

 出来れば、もう少しスキンシップを増やしたいのだが……年頃の淑女だから父親とは言え異性だから、遠慮も有り恥ずかしさも有るのだろう。

 

「何をニヤニヤしているのですか?」

 

 俺の唯一の癒しである、愛娘の事を考えていたんだよ!俺の後宮が不穏だからだよ!若い側室ばかり構ってしまうと、他の連中が拗ねる。だが解決するには、俺の体力とネクタルが必要。

 そのネクタルの供給を牛耳っている連中との関係調整が難しく、リズリットが病み始めた。俺がリーンハルトにくれって言えば良いのだが、若返りの欲望が単純に与えるだけで収まる訳が無い。

 双方が合意し納得するしかないのだが、『淑女連合』と王族女性連合+側室連合の戦いは一方的に敗戦濃厚だ。この地獄の業火に手を差し入れる馬鹿は居ない。当事者同士で頼むしかない。最高権力者でも無理な事は無理なんだ。

 

「この報告書に驚くべき事は多々有りますが、ニヤける要素は無いと愚考しますが?」

 

 何だ?その不審者を見る目は?俺は国の最高権力者である国王、ニヤけてようが何をしようが構わないだろう?コホンと咳払いを一つして、臣下二人に配慮を促す。癒しの少ない俺を気遣え、臣下共よ。

 

「んんっ、まぁなんだ。リーンハルトの相変わらずの活躍に驚いたのだ」

 

「確かにそうですな」

 

「本当に色々とアレ過ぎて、何と評価したら良いのか悩みますな」

 

 手に持った報告書を指で弾いて書かれた内容を反芻する。

 

 今回の戦後の復興支援は元々は奴が事前に準備して提案してきたものだ。それにウチの参謀共が配下の、フレイナルの失態を絡めて上司の奴に噛み付いた。報告書は読んだし直轄の諜報からも直接報告も聞いた。

 勿論だが、ザスキアの報告も聞いた。その結果を踏まえても、フレイナルには処罰はしないが再教育は必要な事を痛感した。気持ちは理解出来るが、立場と役職と状況を考えれば最悪一歩手前だった。

 運良く、ベルヌーイの身柄は確保出来たが、もし他国に身柄を抑えられていれば旧ウルム王国の残党共に希望を与えてしまった。それは長らく旧コトプス帝国の残党共に苦労を掛けられた事を考えれば……

 

 情に厚い事は悪くはないが、権力者側の人間としては禍根を断つ事に躊躇しては駄目なんだ。その点で言えば、リーンハルトは出来過ぎている。モンテローザの行動を把握したら、早々に殺す事を厭わずと対応した。

 若い女性に対して、拘束するとか更生させるとかではなく、国家に仇なす可能性が高いと排除に動ける事は年齢を考えても少し異常だ。その点に関しては、フレイナルの感情も理解は出来る。

 相手は子供と付き従う侍女達だけで、あの状況で捕縛すれば最悪は処刑されただろう。国家としては正解だが、倫理や個人的な感情で割り切れず見逃してしまい後から発覚して周囲に迷惑を掛ける。

 

 典型的な人柄は良いが、能力は微妙という人種だな。一皮むけば化けるのだが、能力以前に精神性の問題なのだ。だが信じられない事に、フレイナルは更生した。生まれ変わったと言い換えても良い位にだ。

 俺にも詫び状が来たし、同じものをザスキアとメディアにも送った。最近の奴の動向を調べさせたが、前の様な発情した犬みたいな状態から、落ち着いた枯れ枝みたいな状態らしい。同性に走ったのかと思ったが、それも違う。

 積極的に復興支援に協力し平民達との触れ合いも行い良好な関係を築いている。驚いたな、本当に驚いたな。少し前は自分より異性に人気が高い、リーンハルトに対して嫉妬の炎を燃やしていたのにだ。

 

 今では女性に振り回される、リーンハルトに同情と憐れみの視線を向けるらしい。どうしてこうなった?

 

「人材発掘と人材育成には定評が有りましたが、まさかあの『屑男』を更生させるとか信じられませんな。アンドレアルの奴が男泣きをして嬉しんでいたのだが、かの『魔弾の狙撃』殿も親バカと言う事か。

 いや後継者問題に一応の解決がついた事への安堵も有るのだろう。貴族としては珍しく実子が、フレイナル一人だった。魔術師としての素養が有ったので、他の子供を設ける必要が低かったのもあるのでしょう」

 

「まぁ実子同士の醜い相続争いを見たくなかったのでしょうな。子供が魔力を受け継ぐ事は少なくはないが、宮廷魔術師になれるレベルの魔力を引き継ぐ可能性は多くは無い。フレイナルは第一子で高い魔力の素養を引き継いだ。

故に大切に育て過ぎて能力は高いが精神は育たなかった。リーンハルト殿に決闘でボロ負けして尊大さは矯正されたが、精神的な成長には繋がらなかった。だが今回は大きく成長したようですな」

 

「ああ、そうだな。奴に与える本妻や側室達も、リーンハルトに感謝しているそうだ。自分の身を任せる男の噂が最低の屑から、平民達にも慕われる程の男になったのだ。その喜びは大きいだろう。

俺も安心している。次代を担う宮廷魔術師達が不安だったのだが、これで一安心だな。後は……」

 

 病んでいる第七席をどうするかか?リーンハルトには任せられない、女絡みの不逞はしない約束だからな。それにアレを押し付けたら、ザスキアが暴走して怖い。俺は異性の怖さを熟知している、無様な真似はしないぞ。

 ふと見れば、俺を不審者みたいに見詰める臣下が二人いる、二人も居る。そうだ、コイツ等に押し付ければ良いじゃないか。俺は最高権力者、お前達は信頼する最高位の臣下。ならば難易度の高い仕事を与えても良いだろう。

 いや、そうするべきだ。なにもお前等自身が、フローラをどうこうしろとは言わない。最適な人材と環境を用意して病み女を矯正すればよい。リーンハルトは『屑男』を矯正した。ならば『病み女』はお前等で矯正しろ。

 

「そうだ。良い事を思いついたぞ。病み女の件だが……」

 

 病み女を押し付けようとした時に、近衛騎士団員が緊急の報告だと飛び込んで来た。想定して準備は進めていたのだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ハノーファーの街にある領主の館に到着、ザスキア公爵の配下の美丈夫達が出迎えてくれたが嬉しくはない。ウルティマ嬢は嬉しそうに美丈夫達を見詰めていて、シルギ嬢に窘められた。

 見応えは有るだろうが、淑女がして良い態度ではないな。彼女って割と俗物的な所が有るのだろうか?その後、他の使用人達が出迎えてくれた。

 玄関前には執事とメイド達が整列している。流石に館の女主である、ザスキア公爵は居ないが一人の美中年貴族が佇んでいる。彼が本来の館の主である、領主殿だろう。

 

 先ず護衛である、クリスが馬車から降りて安全を確認。その次に僕が下りて爵位持ちのリゼルが馬車を降りるのをエスコートする。公爵への謁見だから、爵位持ちの彼女しか同行出来ない。

 いや、色々と裏情報を共有している『淑女連合』の盟主と幹部か?残りの連中は別室で持て成されて待機だろう。さて、ザスキア公爵にしては自分のテリトリーなのに大袈裟な出迎えだな。

 その真意を探る必要が有るのだが、情報収集に長けた信頼している臣下の表情に変化が無い。つまり領主殿は大した情報を持ってないか知らされてないのか?

 

「ようこそいらっしゃいました。リーンハルト卿、それとリゼル女男爵殿。私は、アーチュウ・フォン・ペリグーと申します。以後お見知りおきを」

 

 慇懃無礼というか、隙が全く無い。クリスが微妙に位置取りを替えたのは、見た目は美中年で武人とは思えないが実力を隠している?あと名前がエムデン王国流じゃない。旧ウルム王国から引き抜いた?

 僅かに魔力を感じるが、隠蔽している訳じゃない。制御が甘いというか拙いというか、評価を盛っても見習い魔術師程度だな。粗野な感じもせず理知的な感じ、筋肉質ではないが弛んでもいない。

 まぁ値踏みは良くないかな。後でリゼルとクリスに聞けば良いだけ、敵対者じゃないのだから無用な警戒をして不審がられるのも問題か。笑顔を添えて挨拶をする。

 

「僕はリーンハルト・フォン・バーレイ、宮廷魔術師第二席の任に就いています。彼女は……」

 

 貴族的礼節に則った挨拶を交わし、館の中に招かれた。そのまま応接室に案内されている最中に、クリスが左右を気にしている。隠れた護衛の気配を察知しているのだろう。

 僕?魔法で探査すれば分かると思うけど敵対していない相手に、そしてザスキア公爵に招かれたのに周囲を魔法で探査などしないよ。だから分かりませんよ、気配を察知しろなんて無理です。

 ただ警備が多いって言う事は何となく分かる。それが僕に対してなのか、ザスキア公爵の為なのか新しい領地の掌握に手間取って不穏分子が居るからなのかは分からない。だが新しい領地の経営は順調とも聞いている。

 

 アーチュウ殿が応接室の前で待機していた侍女に目配せをすると、中の主人に断りを入れて扉を開けてくれた。アーチュウ殿は同席せずに、外で待機らしい。部屋の中を見たが、豪華メンバーだし同席は遠慮したいとか?

 

「お久し振りね、リーンハルト様っ!」

 

 貴族的礼節を素っ飛ばして、僕が声を掛ける前に抱き着いてきた。思わず受けとめるが、勢いに負けて半歩下がってしまったのは内緒だ。

 横目で見た、リゼルの冷たい目とクリスの表情は変えないけど、手を後ろに回した事が気になる。暗器とか掴んでないよね?家族愛が溢れただけで危険じゃないよ本当だよ。

 軽く抱き返して身体を放す。この御姉様はネクタル効果で見た目は僕と変わらないか少し上に見える。永遠の二十代を約束したのに、実際は永遠の十代だよ。本当に各方面からの問い合わせが僕の所にまで来ている。

 

 噂では、アウレール王の所にまで確認が行ったらしいけど……国王を問い詰めるとか大丈夫なのだろうか?

 

「えっと、お久し振りです。もう少し穏便な対応だと助かります。皆も勘違いはしないで欲しい。軽挙妄動は控えてくれると助かるかな」

 

 豪華な才媛の群れが、一斉に僕に冷たい視線を送るのはどうかと思うんだ。もう少し自重してくれると助かりますし、勘違いはしないで欲しいと切実に思います。

 特に新しく迎えた義理の娘達の驚愕な表情からの、勘違いだが義父の不逞に対しての嫌悪感とか猜疑心とかが籠った態度は心に刺さりますので本当に止めて下さい。

 イーリンにセシリアの腹黒専属侍女の他に、ミズーリ。それと義理の娘のミクレッタにパーラメル、それとトレイシーよ。義理の父は不逞はしていないから、誤解だからな。

 

「久し振りに会ったのだから、許して下さいな。それと早く座りなさい。エムデン王国の現状を教えるわよ。予想よりも少し困った状態なのよ」

 

 む?モンテローザ嬢絡みの事だろうか?予想よりも困ったって事は、参戦の時期が早まるのか?取り合えず情報を教えて貰い検討だな。

 

 

 


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