古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第857話

 旧ウルム王国の復興支援を始めて約二ヶ月、残りの領地もノイルビーンとナゥエンの二ヵ所となった。ノイルビーンはザスキア公爵の派閥構成貴族達が領主となっており、ナゥエンは国王直轄領。

 残りの三公爵家の領地は問題無く復興支援を終わらせたと思う。この段階で、ザスキア公爵が腹心の腹黒侍女達を全て引き連れて待ち構えていた意味を考える。

 最有力なのは、モンテローザ嬢の暗躍が表面化して対策の相談だと思う。だが未だ公じゃないだろう。もしもバーリンゲン王国内で何かしらの騒動を起こしたのならば、もっと騒ぎが大きくなっている。

 

 それこそ、僕が王都に呼び出される事になっているだろう。

 

「そんなに緊張しないで下さいな。予想よりも少し困った悪い話とは言ったけれども、そこまで緊急性もないわ。でも親書で済ます程度にはいかないのよ」

 

 やれやれ的な雰囲気を纏って気怠そうにソファーに横座るザスキア公爵に焦りは感じられない。もしかしたら親書のやり取りの時間を省く為に来たのかな?そんな事は無いか……でも少し緊張が解れた。

 

「つまり直接の話し合いが必要な訳ですね?」

 

 向かい側に座るザスキア公爵の表情に特別な変化はない。いや予測出来る表情が無い。怒ったり困ったり慌てたりと話し合いの内容を探るヒントは無い。

 イーリンとセシリアは苦笑しているだけ、僕が彼女等の表情から情報を得る事を知っているからだな。ミズーリは困惑気味で、ミクレッタとパーラメルにトレイシーは恐縮してるだけ。

 特に得られた情報は無いな。少なくともイーリン達は内容を知ってはいるが、そこまで困難では無いのだろう。難易度が高いならば、もう少し表情に表れる。

 

 ミズーリは自分がザスキア公爵の腹心教育を受けている事に対して、若干の不安と不満はありそうだが納得はしているのだろう。何れは僕の役に立つと割り切っていると、本人から教えて貰った。

 ミクレッタ達は花嫁修業の筈が腹心教育を受けている事に対して、ミズーリと同じ考えだったみたいだが本人達の気質に合ったのか今は不満が無いそうだ。政略結婚で嫁ぐ前に色々と経験を積めるし。

 僕の役に立ちたいと言っているが、ザスキア公爵が政略結婚に待ったを掛けているらしい。詳細は怖くて聞けていないのだが、リゼルが教えてくれた。

 

 そして情報収集に最も役立つ彼女は、僕の隣に座っている。横目で確認したが特に表情に変化はない。彼女は顔に出すか、一寸した仕草で情報を伝えてくれるのだが……

 

「先ずはエムデン王国の現状を伝えるわね。モンテローザさんに洗脳されていた淑女達は意外に多かったわ。それだけ普段から周囲に好意的に捉えられる様に心掛けていたのでしょう」

 

 そう言って胸元から紙の束を取り出してテーブルに置いた。何故、毎回胸元に入れているの?凝視すれば、女性陣から睨まれる事は理解している。そして出された紙を触る事にも抵抗がある。

 前に同じように出させた紙を触ったら仄かな温かさと良い匂いがして、意識したらリゼルに抓られたのは苦い思い出だ。視線を向ければ何人かの名前が書かれている。つまり洗脳された被害者リストだな。

 まぁ出されて確認しない訳にもいかないと思ったら、リゼルが先に手に取って紙の束を見やすい様に広げてくれた。書かれた名前に記憶は無いが、家名には見覚えが有る。結構な有力貴族も交じっている。

 

「確かに彼女のギフトは感情の増幅、僅かな好意でも抱けば爆発的に膨らんでしまう。その対策は直接的に会わない事しかないですから、仕方ないのかな」

 

 好意だけを拾ってピンポイントで増幅は出来ない。貴族は心に抱いた感情を表に出さない事を教え込まれているから、少なくとも表面的な感情に騙されない読みの深さは有ったのだろう。

 下手をすれば僅かな嫌悪感ですら、ギフトの力で絶対的な殺意に変わるのだから。使い勝手の悪い洗脳ギフトだが、それは上位互換の『神の御言葉』を知っているから言える事。普通に凶悪なギフトだ。

 モンテローザ嬢はモリエスティ侯爵夫人に逆洗脳されたが、本人は有能だったのだろう。相当の根回しをしているのかもしれない、やはり油断は出来ない相手だな。

 

「私の協力者達がね。モンテローザさんと接触した一族の者達の調査をしてくれたのですが、総勢で百四十二人もの方々が程度の差は有れども洗脳されていたわ」

 

 紙の束の表紙しか見てないけど、そんなに居る事に驚いた。どれだけ根回ししたんだよ!

 

「え?短期間でですか?」

 

 改めて紙の束を確認する。百四十二人は凄い、三枚に渡り書かれた名前を全て確認する。旧ウルム王国に嫁いでいた方々を助けた事は有名だが、その関連で多くの淑女達に接触出来たのかな?

 若しくは結構前から少しでも自分に好意的な連中を洗脳しまくっていたか?貴族達の一割近い家名が名を連ねているのか。家の中では影響力の少ない女性だけだから未だ良いが、これが当主達だったら……

 エムデン王国でも纏まった家が結託して武装蜂起すれば、王都も危なかったかもしれない。リストには若手の男性貴族の名前は無いが、未婚の淑女が異性に会う機会がそれ程無かったのが幸いしたのかな?

 

「ん?後宮の寵姫の方々の名前も…そう言えば、モンテローザ嬢は王宮にも出入りをしていましたね」

 

 アンジェリカ様と娘のヴェーラ王女。マリオン様とその双子の娘、アクロディア王女とクリシュナ王女とも交流が有った。流石に王族は洗脳されてないみたいだが、少しは自重したのか?

 いや彼女達の実家と同じ名目を持つ淑女もリストに記載されている。確かリオン様の親族がウルム王国に嫁いでいたので、モンテローザ嬢が開戦前に連れ戻した事で知己を得たと聞いたな。

 洗脳って怖い。モリエスティ侯爵夫人の恐ろしさが分かる。だが、モンテローザ嬢のギフトは下位互換だし付け入る隙も有るし対応も可能だ。それに力強い協力者達もいるからな。

 

「王宮内の女官や侍女達は大丈夫よ。実際は表面上は友好的に振舞っていても、内心では嫌っていたから。彼女の『感情増幅』では逆効果にしかならず、それを見極める程度は有能だったのよね」

 

 その話の後で、何故王宮の女官や侍女達が公式には戦争前に敵国に嫁いだ淑女達を救ったのに表面上でしか好意を抱かなかったかの理由を聞いて後悔した。この話は墓場まで持って行く、そういう類の話だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 衝撃の内容から気分を回復する為に、紅茶を淹れかえて焼き菓子と切り分けた果物が供された。紅茶に大量の砂糖を投入して掻き混ぜて一気に飲み干す。疲弊した身体には糖分が必要だ。

 その後、焼き菓子も果物も完食し女性陣に生暖かい視線を向けられたが無視した。精神の安定って交渉事には必須だし、僕は酒よりも甘い物を好むのです。気分転換の雑談の中で、ベルヌーイ元殿下の潜伏場所を教えて貰った。

 驚くべき事に、彼は既に王都に連れ込まれて王宮内のとある塔に幽閉されている。そしてノイルビーン領に居ると偽情報を流して他国からの間者達を捕縛しているそうだ。情報戦が得意な、ザスキア公爵ならではの手腕だな。

 

 捕まえた他国の間者から懇切丁寧に情報を聞き出して、闇から闇へ処理される。そして膨大な情報が、彼女の行動の補助となる。

 

「そうそう、バーリンゲン王国の方ですが地方で親リーンハルト様派閥が樹立したらしいわよ」

 

「はい?」

 

 優雅に焼き菓子を食べながら、とんでもない言葉が飛びて出てきたぞ。僕に対して好意的な連中?誰だ?僕は彼等の仲間を殺し捲った大量殺戮者なのだが?

 

「あれだけの善行を積んだのに、何を言っているのか分かりませんみたいな顔をしているの?私としては、リーンハルト様の珍しい表情を見られたので嬉しいですわ」

 

 外見的には殆ど同年代に若返ったのに、見た目では年齢不相応な妖艶な顔を見せられて焦る。そして膝に痛みを感じて我に返るのだが、リゼルさん?多分内出血している程の痛みでしたよ。

 

「「「「でれでれしないでくださいませ!」」」」

 

 ザスキア公爵を除く女性陣に一斉に叱られた。

 

「申し訳御座いませんです、はい」

 

 素直に謝罪するのが吉だろう。この手の事で下手に言い返すと百倍になって帰ってくる事は学習済みなのだ。多少の情けない殿方ですね、の冷たい視線は甘んじて受けます。

 ザスキア公爵の話を纏めると。バーリンゲン王国では王都と周辺の街、つまりレズンの街やハイディアの街と微妙だけどアブドルの街は掌握しているらしい。だがエムデン王国側のフルフの街は微妙らしい、あの城塞都市が反エムデン王国側?

 親エムデン王国側らしい街は辺境に近いイエルマの街とブレスの街、ソルンの街とシャンヤンの街……殆どの城塞都市が此方側に寝返った訳なのか?カシンチ族も暗躍したのか?まだ辺境の連中は過去にエムデン王国との絡みが無いからマシなのか?

 

「パゥルム女王達の統治能力を何段階か下げないと駄目だな。駄目過ぎる。モンテローザ嬢はエムデン王国に近いフルフの街から工作を開始したと考えて良いのかな?」

 

 徐々に影響力を広げていくという意味ならば、いきなり王都で暗躍するよりは手前から攻略するのも悪くはない。特にあの街には良い思い出もないし、イマルタの件で厳しい対応もしたし潜在的な敵意は抱いているだろう。

 

「そうね。イマルタさんを引き下ろして頭を挿げ替えた筈なのに、本当にあの国の腐敗は凄いわ。彼等の常識ではエムデン王国は過去の捏造された歴史を基に自分達を優遇しなければならないと病的に信じてますから」

 

 やれやれ的に溜息を吐き出す。また謎の根拠のない自信に満ち溢れた連中と交渉しないと駄目とか酷すぎる。

 

「前回の伝手を使って、モンテローザさんの潜伏先を調べているのですが思わしくはないわ。私達に向ける嫌悪感が隠し切れてないのか酷いのか、逆に洗脳されて敵側の手先になるみたいなのよ。今は見付けても接触を控えて場所の確認だけにしているわ」

 

「伝手、つまり各ギルドですね?前回は冒険者ギルド支部を始めとした魔術師ギルド支部に盗賊ギルド支部に依頼したけど、彼等の所属構成員の中にもエムデン王国を良く思わない連中がいるのか?根が深い、もう殲滅しないと駄目な連中じゃないかな?」

 

 いっそ国境から順番に更地にする勢いで制圧するとか?

 

「笑えない話ですが、ミッテルト王女達の身辺警護にも力を入れているのよ。洗脳された連中が王宮内で色々と仕出かしたみたいでね。ロンメール殿下達にも被害が及びそうだったらしいのよ」

 

「ロンメール殿下達の安否は大丈夫なのですか?エムデン王国側に護衛と共に呼び戻した方が良くはないですか?」

 

 宗主国の王族にまで危害を加えられる程、引き締めがなってないとか信じられない不手際だぞ。勿論だが、その不手際を交渉の条件に盛り込んでいるとは思うのだが……彼等は潜在的な敵国、洗脳されたら簡単に裏切る連中だ。

 意識改革など無駄だろうし、援助しても感謝なんてしなくて当然だと思い、更なるお替りまで要求する連中。甘く見ていた。モンテローザ嬢とバーリンゲン王国の相性が良過ぎる。

 

「それで本題の、僕のこれからの動きですが……」

 

 妖狼族の女神ルナ様の御神託だと最適な時期は四ヶ月後だった。つまり残り一ヶ月だが、復興支援は未だ二つの領地が残っている。感覚的には一ヶ月で終わるので、終了後に直ぐにバーリンゲン王国に向かえる。

 だが、ザスキア公爵が態々会いに来た事を考えれば、呑気に復興支援をやっていて良いのか?ロンメール殿下達の安否を考えれば、早々に切り上げて向かうべきでは?色々な条件が浮かんで思考が纏まらない。

 確かに一番有能な協力者と直接話し合う必要が有った。このメンバーが対モンテローザ嬢対策、いや既にバーリンゲン王国対策の主要メンバーと言う事だろう。そう思って思考の海から浮き上がれば、良い笑顔のザスキア公爵と目が合った?

 

「ちっ近いです!なんで目の前に居るのですか?」

 

 近いです。もう少しで鼻と鼻が触れ合いそうです。何か良い匂いがしますが、これって口臭?いやいやいや落ち着け、僕は宮廷魔術師第二席の侯爵待遇のリーンハルト卿だぞ!慌てるな、ゆっくりと距離をとる。この距離はあらゆる意味で危険だから。

 

「いえ、私を前にして思考の海に沈んだ場合、食べちゃっても良いって言質を取ってますわよね?」

 

 いえ、違います誤解です。そんな話じゃなかった筈ですが、僕は二回目の謝罪の為に身嗜みを整えてから深く頭を下げた。本当にごめんなさい許して下さい誤解なのです……

 

 


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