古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第858話

 バーリンゲン王国を属国化して、その管理を任された私とグーデリアル兄上との定例の打合せ会ですが毎回何かしらの問題を起こす連中の対応で胃が痛い。二人を挟むテーブルに大量の不要な紙の束が有ります。全く不愉快ですね。

 直接統治を避けて属国化した事は本当に良かった。他国だから未だ我慢出来るが、自国の連中がコレだったら全員断頭台に直行コースです。何なのでしょう、この国の貴族連中は?

 毎日、何かしらの下らない内容の面会の希望者が殺到する。最初の頃は会っていたが、その内容が口に出すのも阿保らしいので今は面会内容を報告させて会うか会わないかの判断をしていますが……

 

 虚偽申告。嘘の申告をして実際に会ってみれば、その殆どが『融資してくれ』『技術援助してくれ』『側室を送るから金をくれ』『賄賂を贈るので優遇してくれ』の四通りしかない。

 グーデリアル兄上と違い、私は側室のキュラリスを伴っているのに女性を宛がう提案をする?馬鹿にしているのだろうか?何故、私が不利な状況に陥る側室を押し付けられねばならない?

 一応調べてみたが、宗主国の王族に迎えて貰うには少々問題が有ると思う。それに添えられた釣書(つりがき)が酷い、そもそも身上書という自己紹介書なのだが虚偽報告の塊ですよ。

 

 先ず書式がなっていません。簡単な自己紹介に家族紹介と爵位、学歴に信仰している宗教。取得している魔法やギフト等、最低限の事は書かれているのだけれど内容に嘘が多くて嫌になる。

 自分で眉目秀麗とか書きます?明眸皓歯(めいぼうこうし)?確かに零れる白い歯ですが歯並びが悪いですよ。朱唇皓歯(しゅしんこうし)?口紅で気持ち悪い程の赤さですよね。

 花顔雪膚(かがんせっぷ)?花顔柳腰(かがんりゅうよう)?自分をどの花に例えているのです?他にも活発艶麗(かっぱつえんれい)に八面玲瓏(はちめんれいろう)?中々見れない言葉ですね。

 

 容姿について言葉で飾り付けていますが、能力については正直なのでしょう。詩や文章に優れた者を指す、錦心繡口(きんしんしゅうこう)や容姿も学も有る才色兼備とかは流石に書いてない。

 小賢しくも書かれた内容に文句を言われない逃げを用意しているのでしょう。もしも錦心繡口とか書いて有れば、有名どころの詩を会話に挟んで化けの皮を剥がして差し上げようと思ったのですがね。

 いえ、会いません会いませんとも。キュラリスよりも優れた美貌に才能、芸術への造詣が深い淑女ならば一度位は会うだけならとも思います。ほんの僅かな好奇心ですけどね。

 

「なぁロンメール?俺達は宗主国の王族だよな?国王の血を引く後継者順位一桁の殿下だよな?」

 

「そうです。グーデリアル兄上は、父上が公式に声明を出している後継者ですね。周辺諸国も把握している事実ですが、この国では陳情の窓口程度なのでしょうね?」

 

 山積みの釣書に陳情書の山、これを宗主国の王族の部屋に毎日届ける不届き者の巣窟が一応でも王宮の中に居る。パゥルム女王にも再三伝えて有るのだが、全く対応されてない。

 いや伝えた事はあるのだが、その不手際の対処が釣書や陳情書を持ち込む侍女や下級官吏共の処刑となっては中々言えない。実行者はミッテルト王女、彼女は冷酷で自重が無いので困ります。

 それと姉妹を唆す、オルフェイス王女。彼女は自国の貴族達の事を心底嫌っていて、何か有れば理由を付けて排除したがる困り者。正直、病んでいて会いたくないのだが高頻度で会いに来る。

 

「パゥルム王女達の政治手腕だが、可もなく不可もなくだな。滞在して監視はしているが、国内の掌握に此処まで手間取るとは……男尊女卑も関係しているのか?」

 

 濃い疲労を滲ませる兄上が、釣書をテーブルに投げ捨ててソファーに仰け反る。確かに精神的な疲労が酷いのは同じ、属国で味方側の筈なのだが、まるで敵地のド真ん中に無防備で居る様な不安感。

 護衛を増やし、国王直属部隊二千人を護衛として王都に展開し、王宮にも相応の人数を護衛と身の回りの世話役として招き入れている。普通なら、属国側の連中も補佐として人員を差し出すと思うのだが違うみたいだ。

 正確にはバーリンゲン王国側から側付きの連中を寄越してきたのだが、こいつ等が屑過ぎて叩き出した。私達が望んでいないのに要望を聞き入れるからと勝手に賄賂を要求し、私達に要求を呑む様に勧めて来たのには驚いた。

 

 それが王宮の上級官吏達だぞ。何が『この提案は飲むべき事です。私が既に許可を出しましたので後はお任せを!』だ。その提案に対する費用や労力は私達が持ち出す条件で、自分は何もせずに懐に賄賂を入れて終わり?

 何故、私達に提案を飲めと命令する?理由は過去に我々に対して行った数々の不義理と仕打ちの謝罪と賠償?リーンハルト卿から事前に報告の有った、反エムデン王国教育の弊害。事実を無視した歴史を歪曲した妄想?

 端で見ていれば面白い連中ですよね?でも実際に対応しなければ駄目だと思うと胃がシクシクと痛み出します。最近は毎晩、キュラリスに添い寝して貰い腹を擦って貰っているのです。その後、甘々で甘美な夜を過ごすのが日課なのです。

 

 幼児プレイに嵌る紳士とは、極度なストレスを科された者達ですね。同意します。これは良いプレイです。 

 

「さて、この国の淑女達も中々の曲者揃いですよね。権力欲が強いというか、本来ならば我々に側室として宛がうならば相応の美貌と知識を伴った常識を持った者でしょう。なのに釣書の連中は違う」

 

「自分が権力を直接振るいたい。だから醜悪な容姿の連中が釣書を偽り、添えている自画像も当人を三百倍も美化している。普通は悪くても三割増しだぞ」

 

 確かに部分的には合っている。白い歯とか、艶やかな唇とか。だが諜報部隊が確認して報告してきた内容は酷い、酷過ぎる。私達を馬鹿にしているのかと本気で考えました。

 仮にも私達も自分の容姿が優れていると思っています。当然ですが、それを維持する為に暴飲暴食を慎み身体を鍛え教養を身に着ける事を厭わない。毎日、勉学と鍛錬と政務の日々。

 私は優男風の外見に似合った言葉使いと態度、そして芸術方面の造詣を深めました。兄上は武人としても問題無い程度に身体を鍛え上げ、次期国王としての風格を身に着けています。

 

 そんな我々に対して宛がう側室候補がコレ?未だ奉公人として差し出す体裁の妾の方が美しいのですが、調べれば内面は同じで腐ってます。遅過ぎたのでしょう。

 

「全部拒絶ですね。煮炊きの火種用の屑紙としてしか使えない」

 

「リーンハルト卿が滞在していた時も酷かったそうだな」

 

 おや?兄上が、リーンハルト卿の事を話題に出すとは珍しい。基本的に接点は無く、直接会った事も無い筈ですし……特に隔意は無いと思いますが、少し探ってみましょうか。

 リーンハルト卿はエムデン王国に必要な臣下、次期国王の兄上と隔意が有っては問題。悪化はエムデン王国の衰退といっても過言ではないのが笑えないのですよね。

 彼は芸術面でも私と同じ高さの視線を持つ稀有な芸術的な才能を持つ臣下、私としても長く付き合いたいのです。兄上との不仲は困るのですが、微妙に不仲説が噂になっているのです。

 

「その時はザスキア公爵も居たので、手酷く拒絶したそうです。それを考えると、私達は少し舐められているのかもしれませんね」

 

「ザスキア公爵か。最近だが少女化したらしいのだが、ネクタル効果?変な思想が王宮内でも出回っているらしいな。大丈夫なのか?」

 

 兄上の微妙な顔が笑えます。私達が幼少の頃、ザスキア公爵に遊んで貰った記憶を思い出したのでしょう。当時の記憶に焼き付いた容姿に若返った彼女を見るのは、確かに複雑な気持ちになります。

 ネクタルの確保について、母上も女性王族を率いてザスキア公爵というか『新しい世界』の連中に挑んだそうですが……惨敗らしいです。キュラリスも言いませんがネクタルを欲しがっています。

 最悪の場合は、リーンハルト卿に直接交渉をすれば手に入る確率は高いとは思いますが、セラスから母上が色々とやらかした事を聞いたので微妙なのです。永遠の若さ、美の追求は理解は出来ますけど手段が不味かったですね。

 

「ネクタルの安定供給については真実であり、その供給元がリーンハルト卿なのも公然の秘密です。魔法迷宮の最深部で低確率でドロップするらしいですが、そもそも最深部を攻略出来る冒険者は少ないのです」

 

「ああ、俺も聞いたよ。各ギルド本部にそれと無く探りを入れたが、現状最下層を攻略出来る冒険者パーティはリーンハルト卿の率いるブレイクフリーだけ。つまり独占入手だな」

 

 王族の影の護衛を全員注ぎ込んでも、魔法迷宮バンクの最下層攻略は不可能らしいですね。流石は大陸最強の魔術師、一人で独立国家に戦争を吹っ掛けられる異常者は違います。痺れますが憧れはしません。

 母上も王族の影の護衛を動かしたがりましたが、レジスラル女官長の猛反発も有り諦めたとか。母上、これ以上は父上や息子達に迷惑を掛けないで下さい。父上が調整に動かない事を考えれば、私達は静観するのが正解なのです。

 父上が『淑女連合』に対抗する為に『紳士連合』を立ち上げた事も、母上は気にしているのです。ニーレンス公爵もローラン公爵も、ザスキア公爵を警戒し色々と動いています。でも彼を抑えなければ無駄なのです。

 

「兄上は、リーンハルト卿とは距離を置いていますよね?それは何故です?」

 

 この問いに物凄い微妙な顔をしましたね。私達は感情で情報を読み取られない為にポーカーフェイスの技術を磨いていますが、思わず素の表情が出たって感じでしたよ。

 

「いや、距離を置いているっていうかさ。現国王の忠臣に、次期国王候補の俺が近付くってのはさ。色々と邪推されるし、痛くもない腹を探られるし、タイミングも悪かったしな」

 

 ポリポリと頬を指で掻きながら、恥ずかしそうに本心を語ってくれたのだろう。確かに兄上も周辺諸国に使者として出される事も多かったので、すれ違いも多かったのも事実ですね。

 簒奪の疑いを掛けられる。それは現実には起こり得ない事ですが、リーンハルト卿が単独でも動けば簒奪は可能と思われている事。政敵からの攻撃のネタとして有り得るかも知れない理由、でも彼の忠誠心を考えれば有り得ない事。

 私やセラス、ミュレージュが先に縁を結んでしまったし、ヘルカンプが馬鹿な事を仕出かしたりもした。リーンハルト卿に王族への隔意が僅かでも芽生えるのは困るのに、あの幼女愛好家の馬鹿は困ったものです。

 

「ふふふ、責めているのではありません。リーンハルト卿は兄上とも気が合うと思いますよ。剣技馬鹿のミュレージュも懐きましたし、近衛騎士団や聖騎士団の連中も篭絡されたのですから」

 

「ああ、聞いた。エルムント団長やライル団長が嬉しそうに話していたな。近衛騎士団の連中は、リーンハルト卿と義理でも親子になりたいからと親族から才色兼備な淑女を集めて集団で迫っているらしいな。俺達とは大違いだ」

 

 我々には屑国家の滓令嬢が集ってくるのに、リーンハルト卿には自国の才色兼備な連中の更に上澄みな淑女達が集団で迫ってくる。何方も有る意味では地獄ですが、其方の方が万倍も良いのは事実。私だって憧れますよ、本当に。

 兄上も数人の側室は居ますが全て政略結婚ですし、私やキュラリスとの愛ある関係とは違い王族の責務として割り切っている感じがします。その割には実子が既に片手では数えられない程居ますけど?ヤル事はヤッてますよね?

 テーブルに積まれた釣書を叩いてますけど、兄上も政略結婚でなく恋愛結婚に憧れるのですか?ですが兄上の本妻は次期王妃……ああ、そうですね。本妻候補が軒並み、リーンハルト卿に群がりましたものね。

 

 本来ならば、次期王妃候補として幼少から兄上の婚約者として教育される者が居ても可笑しくはないのですが居ないのです。その辺は父上の考え方次第なのですが、他国から迎えるのでしょうか?

 

「本妻予定の男爵令嬢殿が大変だそうですよ。実際に会った事は有りませんが才媛だと聞いていますが、同程度の才媛の群れに単騎で挑むのは厳しいでしょうね。それを危惧したリーンハルト卿が『側室予備軍』なる集団を認めたとか」

 

「結婚前から側室や妾達の管理に追われるとは、哀れというか何というか。彼等が結婚したら、俺達も祝いの言葉を連名で贈ろう」

 

「連名?ああ、そうですね。単独だと色々と邪推されますか?兄上も、リーンハルト卿に気を遣っているのですね。帰国したら面会をセッティングしますから、共に友誼を深めましょう」

 

 リーンハルト卿さえ抑えれば、公爵三家は文句を言えない。いや文句じゃない、打算でも何でも協力はしてくれるでしょう。兄上が王位を継いで国政を担う様になっても、必要な事ですよ。

 

「それも良いな。帰国後の楽しみは置いておいて、今後の話をしようか。現状だが、少々不味い状況だと思わないか?」

 

「ええ、それはもう不味い状況でしょうね」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 気分転換と兄上の将来の件について布石を打つ事が出来た。リーンハルト卿の事を疎ましく思ってない事が確認出来ただけでも良かった。正直な所、兄上は武人気質なので、両騎士団と懇意にしている彼に隔意が有るかと思ったのです。

 隔絶した力は、力を求める者達にとっては嫉妬の対象、次期国王候補の兄上と国政の要のリーンハルト卿との隔意は絶対に防がねばならない。最悪の場合、私の王位継承権が繰り上がる可能性すら見据える事態だったのです。

 心配事が減りましたが、もう一つの心配事の対処をする事が重要なのです。兄上と二人で防諜対策を厳重にした部屋での話し合いは、これからが本番なのです。

 

「モンテローザの動き、対策が後手に回っている。ザスキアからの定時報告書でもそうだが、此方の諜報が集めた情報を合わせても状況は厳しい」

 

「はい。エムデン王国との間を閉ざす様に、フルフの街の領主や派閥貴族の連中を洗脳したのでしょう。この王都に居る貴族連中も全く信用出来ません。モンテローザ嬢の潜伏先も分かりません、既に手詰まり感が有りますね」

 

 テーブルの上の要らない紙束を跳ね除けて地図を広げる。私達は王都に滞在して、エムデン王国との間には国境付近のソレスト平原。その間の砦は取り払った。

 その先には国境最大の街である、モレロフの街。その先20kmの位置にスメタナの街、王都に一番近いフルフの街。この三つの街の他に小規模の村が幾つかあるのですが、私達が祖国に戻る為には通過しなくてはならない要所。

 王都から最も近い、フルフの街に居る貴族連中が洗脳されて敵側に寝返っている可能性が高い。モンテローザ嬢のギフトは『感情増幅』らしく、エムデン王国に敵意を抱いている連中が洗脳されれば属国化とか関係なく攻めてくるでしょう。

 

「最悪、私達は王都から祖国に戻る必要があるでしょう。手持ちの戦力は国王直轄軍が二千人と補助部隊が五百人です」

 

「問題は補給の一部をバーリンゲン王国に負担させている事。物資不足は前提条件だが、無理をすれば現状の物資だけでも足りるだろう。重量の有る飲み水とかは不足気味だから現地調達になるな」

 

 腕を組んで考えて、言葉に出しながら考えを纏めているのでしょう。確かに殆どの物資は祖国から持ち込んでいますね。それはバーリンゲン王国の製品が低品質だから、それに価格も高いから最低限しか購入しない。

 宗主国の権限で徴発しても問題無いとは思うが、国民感情を考えれば未だ実行する時ではないのです。その分、パゥルム王女から毟り取っていますので問題は無いのですが……現物不足ですか、困りましたね。

 ある程度、兄上の考えが纏まるまで大人しく待つ事にします。深々と息を吐いて紅茶を飲み始めたので、考えは纏まったのでしょう。では今後のプランを伺いますか。

 

「最初から逃げと言うか、撤退前提で宜しいのですか?」

 

「構わない。ズルズルと滞在しても好転はしない。ここはそう言う国だから、早々に引き上げるべきだろう。その後、本国で戦力を纏めて再度侵攻だな。だが一応、パゥルム王女の対処を見てから判断しよう」

 

「では内密に撤収の準備に取り掛かります。ですが私達が王宮から出るには理由が必要、その辺の仕込みも進めておきますね」

 

 兄上が方針を決めて、私が手配し準備を進める。父上がおっしゃっていた、王位を譲った後のエムデン王国の体制を実践する良い機会ですね。リーンハルト卿という鬼札は有りませんが、何とかしましょう。

 私もキュラリスも芸術後進国のバーリンゲン王国になど居たくはないのです。早く祖国に帰りたい、リーンハルト卿と音楽の素晴らしさについて語り合いたいのです。

 

 


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