古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第859話

 パゥルム王女との定期的な会議、一応だが女王に敬意を表して此方から伺う事にしている。困った事に王宮内には、この対応を普通と思っている連中が多いのです。

 宗主国の直系殿下である我々が下手に出るのが普通、そんな間違った対応が常識と信じ込んでいる連中の巣窟。早くエムデン王国に帰りたいと思うのも仕方ないと思うのです。

 父王より与えられた仕事なのですから真摯に対応しているのですが、それを共に担う連中がどうしようもない屑と言うか性根から腐っていると言うか……

 

「パゥルム女王の準備が整う迄、此方でお待ちください」

 

 慇懃無礼な態度で定例会、つまり毎回時間が同じ会議なのに準備が整わないから待てと言う。馬鹿か?招かれた私達を先に室内に入れて待って貰い、パゥルム女王が来るのが正しいだろうに……

 その隠し切れない優越感も気に食わないですね。本来の上位者である私達を待たせる事で、自分達が上だとか悦に浸る愚物共。幼少時からの反エムデン王国教育の恐ろしさ、時世を知れば亡国の手助けと変わらないのですよ。

 バーリンゲン王国は国内産業で目ぼしいものは無し、つまり経済は先行きが乏しい。最低限の食料自給が可能な程度の農業国、農業関連で強い競争力を持つのではなく国内産業で農業の比重が大きいという意味での農業国。

 

 この国の工業については、正直に応えれば我がエムデン王国の模倣ですね。先王が中途半端に支援した弊害で、元々は教えて貰った技術を自国発祥と偽り劣化品を生産する程度。

 安価で低品質なのに根拠なく無駄に高いプライドで価格を吊り上げていては、輸出など無理。国内向けには適正価格で同じ物を流通させている不思議、彼等の思考は私には理解不能ですね。綿でも詰まっているのではと思います。

 開始時刻の五分前に訪ねますが呼ばれるのは毎回同じ様に開始時刻の十分後、これが彼等の常識で普通らしい。もう一々反論もしない。文句を言うと自分達は悪くないと騒ぎ謝罪などしないし、逆に不当だと謝罪や賠償を求めだす。

 

 いっその事、滅ぼした方が良くないか?地方に追いやった部族達と群雄割拠時代に戻した方が良くないか?いやいやいや、それは為政者としては駄目な思考でした。貴族は屑でも平民階級は……同じようなものでした。

 思わず苦笑してしまい、案内の上級官吏が訝しんだ顔で私を見ている。なにか不敬な事でも考えていたのか?みたいな非難する視線と表情、彼も洗脳されたか元々の反エムデン王国教育の為か。困ったものですね。

 グーデリアル兄上が指定の席に座ったので、私も同じく座る。悪いが、パゥルム女王の出迎えの時に席は立たない。貴方達は立場が下なのですから、それを理解しなさい。

 

 余談ですが、パゥルム女王に失礼に当たるので席を立って下さいと言った上級官吏は、流石に不味いと思ったのだろう。ミッテルト王女が拘束し後日処刑した旨を報告してきた。

 無能は間引く事も必要、ですが最低限の人材が居ないので毎回処刑したら政務が回らないとか他国ながら笑えますね。その空いた席に両国の集団見合いで取り込んだ、エムデン王国の連中を押し込む。

 そのお陰か、大分王宮内での政務の回り方が良くなっているようです。彼等も一度は祖国に不利益を働き飛ばされた連中、リーンハルト卿に相当な脅し文句を言われて送り込まれた連中ですが働き方は悪くはないです。

 

 まぁ嫁に迎えた実家との関係は酷いらしく、早々に別居して王宮内に泊まり込んだり王都の下級貴族街に数人で屋敷を借りたりと既に政略結婚としては破綻の兆しが有ります。

 それでも役職のポストを奪う意味での集団見合いなので、相手の実家や親戚達との友好関係の維持は最低限で良いのです。逆に取り込まれたら、リーンハルト卿が脅した内容を実行する。つまり確実な死が待っている訳ですし。

 必死に抵抗するでしょう。そして余りにもウザいので物理的に距離を置いているのが現状、極まれに円滑な夫婦関係を築いて二人だけの新婚生活を送る者もいます。それは相手が自国の未来が無い事を理解し、旦那に尽くしているだけ。

 

 有事の際は旦那と共にエムデン王国に行きたいのでしょう。不仲な連中は妻を置いて自分だけ帰国するでしょうから、その時はバーリンゲン王国の終焉だと理解出来るだけの頭は有る訳ですね。

 

「お待たせして申し訳ありませんわ」

 

「相変わらず忙しいみたいですね」

 

 パゥルム女王と二人の妹姫が慌てた振りをして部屋に入ってくる。彼女達には私達の準備が整ってないと待たされているらしいのです。つまり上級官吏達の自作自演、そうまでして偽りの優越感に浸りたいのでしょうか?理解出来ませんね。

 エムデン王国関係者には何をしても良いとか刷り込まれている。ですが彼等の年代ならば反エムデン王国教育を受けていないので、歪みなく正しい国家間の関係が分かりそうなのですが……潜在的な敵国、それを理解しないと私達も巻き込まれて終わります。

 厄介な隣人、普通は引っ越せば御終いですが引っ越せないので上手く対処するしか無いとは胃が痛いですね。オルフェイス王女が侍女の、ミーティア殿に目配せした。彼は処罰されるのでしょう。お悔やみ申し上げます。

 

「さて、今回の議題ですが……」

 

 私達が怪しまれない様にバーリンゲン王国の王都から、エムデン王国側に移動する事。最低限の妥協範囲は、フルフの街に移る事。ここは軍事拠点としては守りにくいですが、王宮よりは未だマシです。コウ川の中州にあるので橋を落とせば籠城に適してはいます。

 籠城は増援が必須ですが、王都より遥かに良いでしょう。出来ればその先のスメタナの街かモレロフの街まで行きたいのですが、防衛を考えると正直厳しいですね。スメタナの街を守るのは防御力の低い板張りの城壁、モレロフの街も微妙。まぁスメタナの街は結婚式に呼ばれた時に、パゥルム女王が配下の兵士達を潜ませていた事は有りましたね。

 未だソレスト平原に逃げ込んだ方がマシですが、同行する人員の中には強行軍が厳しい者達もいます。キュラリスを筆頭に身の回りの世話をする女官や侍女達、彼女達の安全を考えれば行軍速度は低く抑えるしかないので、理由を付けて大手を振って移動する理由を用意する必要が有ります。

 

 最初はパゥルム王女の派閥の強化、味方側に引き込む貴族達の勧誘の進捗状況。税収や治安維持の対策、不穏な動きをしている貴族連中の情報。当たり障りのない情報のやり取りを行います。毎回ですが進捗は設定した予定を下回ります。これは私とパゥルム女王の認識の違い、何度か訂正しても変わらない。

 私は計画の進捗を聞いているのですが、彼女はスケジュールの進捗を説明しています。その違いは「いつ」「誰が」「何を」までは同じですが「どのように」が無いのです。だから遅れを取り戻す具体的な説明が出来ないのです。『配下に任せたら現状はこうです』しか言えない。

 目標の最終形、必要なモノ不足しているモノ、仕事の実行期間、目標達成時期の逆算による修正が無いのです。あとリスクの見込みが甘い、失敗を前提とした定期的な見直しが皆無。

 

 まぁご立派な計画を立てても実行する配下連中が手抜きを行うので、彼女達を責めても改善しないのですけどね。その為の集団見合いの人員の補充なのですが、流石に実際に実行する連中の改革は手付かず。正直、何をしても無理か無駄だと理解している私自身が恐ろしいですね。

 正直、効率低下や品質の低下を三割で見込んだら実際は六割とか笑えないですよ。それでも何とか回っている、バーリンゲン王国って実際は凄い国なのかも知れませんね。関わり合いになりたくない、父上の私と兄上に対する今後の試金石的な扱いは理解していますが……少々ハードルが高くないでしょうか?

 まぁエムデン王国からの持ち出しは無しで、バーリンゲン王国の国家予算だけで行わせていますので損はないのです。私の精神的なダメージさえ無視すればですがね。それでも資金援助や技術援助を強請り集る連中が多いから、頭を掻き毟りたい欲求が我慢出来ない毎日が辛い。

 

 嗚呼今夜も、キュラリスと幼児プレイに嵌りたい。ストレス緩和の妙薬ですから、仕方ない事なのです。甘く暖かく幸せな過去に戻れる、輪廻転生的な背徳的な戯れの時間……

 

「ロンメール?」

 

「……なんでしょう?」

 

 危ない危ない、少し意識を飛ばしてしまいました。ストレス社会からの開放的な遊戯の時間は今夜までお預けです。今は仕事の時間、公私の区別はきっちりつけましょう。

 

「フルフの街の視察だが、今の状況で強行する必要が有るのか?」

 

 兄上の懐疑的な質問、これは当初の計画通り。一方が推し進めて一方が反対的な立場を取りメリットとデメリットを説明し易くします。今回の参加者達の中で警戒するのは、オルフェイス王女のみ。彼女は姉妹の未来と安全にしか興味がない、つまり保身に人一倍気を遣うのです。

 私達だけ逃げ出す算段などすれば、強硬に反対するでしょう。ですが、貴女達と我々が一緒に王宮から動く事は不可能と知りなさい。それこそ王都が陥落し共に逃げ出す以外にはね。

 私が入手した情報では、モンテローザ嬢の計画はエムデン王国側から王都迄は完了、王都に侵入後の足取りが掴めないのです。素直に辺境に移動してくれていれば安心ですが、王宮内で暗躍している可能性も捨て切れないのです。

 

「有ります。モンテローザ嬢のギフトは洗脳系、相手が抱く感情の増幅です。フルフの街に滞在する貴族連中は先の、イマルタの処分によりエムデン王国に反感を抱いている連中が多いでしょう。そしてエムデン王国との国境の間に有る街の中で軍事拠点として最適です。

先ずは現状の調査ですが、失礼ながら貴国の諜報部隊の精度は低い。もしも反エムデン王国を掲げる連中が潜んでいても分からないでしょう。そして此処を抑えられるのは非常に不利な状況に追い込まれます。緊急避難が出来ないからです。なので小康状態である今の内に調査をする必要は有ります。

そして洗脳された貴族が居るならば速やかに排除する必要があります。私達が連れて来た王家直轄軍を動かしてでもです。気付いたら王都周囲が反エムデン王国で一杯とか笑えませんよ」

 

「退路の確保か……確かにそうだな。モンテローザのギフトを考えれば、長年反エムデン王国教育を施された連中など直ぐに敵対するだろう。利害を考えて止めるという選択肢が無いのだから、気付いたら周辺が全て敵という状況も有り得るか。

だからバーリンゲン王国の兵士は使えない訳だな。味方と思っていたら洗脳されて裏切られる可能性が高い、それは非常に不味い。パゥルム女王は、どう思われますかな?」

 

 兄上の酷な質問に、パゥルム女王は顔を顰めたが顔を左右に振ってから考え始めた。ミッテルト王女は不安そうに、パゥルム女王を見詰めて、オルフェイス王女は私に視線を向けましたね。その顔には何を企んでいる?私達が生き残るにはどうすれば最善?と考えているのでしょう。

 ですが私の提案自体は悪くない筈です。実際に有事の際には、パゥルム女王達もエムデン王国に亡命するつもりでしょうし退路の確保は必須。自国の貴族は宛てになど出来ないし、戦力はエムデン王国が用意するので損害も無い。表向きな条件は、彼女達の安全が第一ならば圧倒的な有利。

 では裏は?今更、フルフの街を占領してエムデン王国の直轄地にする?そこそこの街だがエムデン王国がバーリンゲン王国の領内に食い込む事の不利さを考えれば無理して奪う必要が無い事は理解出来るだろう。飛び地を嫌がるならば、モレロフの街やスメタナの街も奪わねばならないし。

 

 税収面で考えるならば、手放せないのはレズン・ハイディア・アブドルの三都市でしょう。最悪の場合、王都よりエムデン王国側の領地は失っても良い位の判断はしていますよね?

 

「退路の確保、つまりバーリンゲン王国内で内乱が発生した場合、グーデリアル殿下とロンメール殿下は撤退も視野に入れていると?」

 

 はい、撤退を視野にではなく撤退一択です。何故、私達がこんな国に骨を埋めねばならないのですか?モンテローザが元エムデン王国の貴族だからと言って、洗脳されて反乱を起こしても私達の責任ではありません。洗脳すれば敵対行動を起こすとか、元々反乱を起こす気満々ですよね?

 ミッテルト王女の質問は、私達のプライドにも訴えかけているのでしょうか?大国の王族が小国の反乱から逃げるのか?それで恥ずかしくないのか?無いです、一旦帰国して戦力を整えてから潰しにきますから。多分ですが、リーンハルト卿が鎮圧軍の前線指揮官で、兄上が総司令官でしょう。

 私?私は祖国で芸術活動に邁進します。いえ、嘘です。後方支援の担当でしょう。この国の異常性は私達の試金石にはなり得ない、特殊過ぎるのです。未だ旧ウルム王国領を統治しろって方が現実的だと思います。この国は一度底辺まで落として何もかも壊してから再生しないと無理でしょうね。

 

「当然です。安全確保は重要ですよ。それから次の手を打つのです。これも計画の一部、失敗も敗北も前提に組み込んで計画を立てるのです。そう何度も教えた筈ですよ。死ねば全てが無に帰る。保身を考えずに行動を起こす蛮勇は持ち合わせていませんから」

 

「ロンメール、そう虐めるな。だが後顧の憂いを断つという意味でも退路の確保は重要、お互いに国に殉じて死を受け入れる程、出来た王族でもあるまい?」

 

 良いアシストです、兄上。この言葉に一番問題視していた、オルフェイス王女が頷いた。彼女の目的は姉妹の未来、自分が見捨てられ見捨てた国に殉じる気など皆無でしょう。まぁこれだけで簡単に説得出来たとか自惚れませんけどね。貴方のその暗く濁った眼をみれば、保身に対して他人任せは有り得ないでしょう。

 ですが、話の流れ的には反対はしない。そしてフルフの街の状況も、私達と同じく凡そ掴んでいる。あそこに居る連中は、既に裏切りが濃厚。殲滅しても何とも思わない、逆に姉達を説得してくれる。それが、貴女という存在。未だ未成年の少女ながら、大層な闇を身に纏いましたね。

 貴女は私達が既にバーリンゲン王国を見限っている事を理解しながら、その事を姉達には教えない。何故なら言えば姉達は祖国を守る為に危険を犯す可能性が高いから。そんな事は認めない、滅んでしまえ祖国よ!が、貴女の本心なのですから。

 

「ですがギリギリまで粘りたいのです。安易な逃げは、バーリンゲン王国の女王として認められないのです」

 

 ほら、パゥルム女王の決意を聞いたら、被っていた仮面に綻びが出来ましたよ。未だギリギリ踏み止まれると思っている、姉に対して無駄だと言いたいけど言えない。そのジレンマとは、どれ程のものなのでしょう?だから私が囁き、唆すのです。

 一番幼い、貴女が一番自国の状況を理解している。そこに希望的な観測など挟む余地が無いのは、既に見限っているから。この国との心中などお断り、姉達とだけで幸せに暮らしたい。そう言う考えは好きですよ。エムデン王国に亡命しても受け入れましょう。祖国の奪還は不可能かも知れませんが、不自由な暮らしはさせません。

 この国の未来は再考する必要が有ります。モンテローザと唆された屑共を一掃し、群雄割拠を生き延びた連中と国交を結ぶ。反エムデン王国の思想に憑りつかれた連中は、全て亡き者にする。それ位の荒療治が必要、本当に凄い国です感心します。

 

「別に何方かを選ぶ必要もないでしょう?貴女方は祖国の存続に対して可能な限り限界まで努力し、私達は有事の際の退路を確保する。何方が成功しても問題は無いですが両方失敗すれば、私達も貴女方も訪れるのは身の破滅なのですから……」

 

 そう言って、暗い笑みを浮かべる。訝しむ姉二人に対して、病んだ末姫は同じ暗い笑みを浮かべた。案外、私達は似た者同士なのかも知れませんね。

 

 

 


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