古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第860話

 先程まで行われていた、エムデン王国との定例会議について考える。両殿下は既に退席、此処に残されたのは、私と愛する二人の妹達だけ。簒奪してまで守った筈の祖国の行く末が怪しいのです。

 自国の貴族の子女が反乱を起こして、私達の国に逃げ込んで来た事に対して何ら責任感を感じない対応。唆される貴族達も悪いのでしょうが、洗脳という凶悪なギフトの所為なのですから、もう少し配慮しても良いのではと思いませんか?

 確かに反エムデン王国教育が蔓延している状況で、そもそも能力が低い貴族達を取り纏めて何とか国政を動かしているのです。もう少し手助けや援助が有って当然、唯一の属国は大切に優遇して欲しいのです。

 

 リーンハルト卿と違い、グーデリアル殿下とロンメール殿下は優しさが希薄ですわ。私達から搾り取る事しか考えていない、私やミッテルトの身体を狙わないだけ良いのですが、何方かの殿下を婿に迎えて国王に仕立て上げた方が良いでしょうか?

 この件に対して、ミッテルトは賛成。自分も両殿下かリーンハルト卿に嫁いでも良いと言っていますが、オルフェイスは反対。物凄く辛そうな顔で、そこに未来は無いと吐き捨てる様に言うのです。あの子には、どういう未来が見えているのでしょう?

 あの子には祖国の未来の為に政略結婚を押し付けてしまいました。しかも旦那様は女好きの最低の殿方、そして同じく祖国の未来の為にエムデン王国に臣従する為に新婚初日に旦那様を処刑してしまいました。新婚初日にして未亡人にしてしまった責任は私に有ります。

 

 ですが、父王や兄上達に任せていれば、リーンハルト卿によって簡単に祖国は滅ぼされていたでしょう。そこに慈悲は無く救いも無かった。簒奪は最善の対応策だったと今でも思っています。

 

「リーンハルト卿と違い、両殿下は逃げ腰なのですね。退路の確保が最優先とは、武勇を尊ぶ殿方としてはどうなのでしょうか?」

 

 ミッテルトが不満な気持ちを露わにしていますが、当人の前で言わなくて良かったと思います。男尊女卑が蔓延る貴族社会なので、幾ら王女と言っても暴言として反感を買う事も有るでしょう。

 比較的、理知的な殿下達ですが向こうは宗主国で私達は属国の王族。馬鹿にされたとか貶されたとか言われても反論が出来ません。もやもやした気持ちが溢れ出て抑え付けられないわ。

 私は女王、妹達も王女。貴族社会では頂点に近い存在なのに、何故こんなにも苦労をしなければならないのでしょうか?小国だから?属国だから?理由は分かりますし理解も出来ますが納得は出来ませんわ。

 

「あの異常者と同列に考えては駄目、リーンハルト卿は一人でも独立国家に戦争を吹っ掛ける事が出来ますが普通は軍隊を動かすレベルです。個人の武力としては異常、参考にしても比較しても駄目です。退路の確保は正解、私達は最悪の場合、亡命も視野に入れるべきですわ」

 

 ミッテルトは不満をオルフェイスは対応を評価しましたが、まさか亡命まで視野に入れているとは驚きです。あの子への仕打ちを考えれば、この国に価値を見出せないのかもしれません。

 ですが私も最近になって考えが変わって来ているのも自覚しています。父王から簒奪してまで守った祖国、愛する国民達。いえ、この国自体に愛着が有り何をしても守りたかった筈なのに……

 今では重荷に感じているのも事実。そんな事を考えていると、オルフェイスと目が合いました。黒く澱んだ沼のような目、昔の貴女の目を思い出せないわ。あの純粋無垢で天使だった頃の貴女は何処にいったの?

 

「御姉様、私は思うのです。両殿下は既に我が国を見捨てています。フルフの街の視察は逃亡先の確保、あの街位しか大軍を抱き込める軍事拠点は有りません」

 

「でも二千人以上の兵士が逃げ込むにしては、フルフの街は狭いわよ。未だスメタナの街の方が広いし、過去に私達の手勢を潜めた事も有るわ」

 

 フルフの街ですか。少し前に視察に行った事は有りますが川に掛かる二ヵ所の跳ね上げ式の橋を魔法的な技術で分解する事が出来たり、小規模の城も有るので籠城としては適していると判断したのかしら?

 ですが城内に籠るとしても五百人が限界、流石に二千人は入り切れない筈よね?それとも自分達と補助人員の五百人が籠城し二千人の兵士達は周辺に配置して守りを固めるのかしら?コウ川を防衛ラインとして利用しながら防御陣地を敷く?

 それともあやふやな噂話ですが、王族の私達にも詳細な情報は無いのですが……キャストン伯爵が自慢気に言っていた、代々伝わる古文書によれば軍事要塞として色々な秘密が有るとか何とか。まさか隠された秘密が有るのかしら?

 

 ふふふ、そんな御伽噺みたいな秘密なんて無いわ。三百年前は堅牢な城塞だったとか、城の下の岩山の中に広大な軍事施設が有るとか?本当に誇大妄想も甚だしいわ。

 

「エムデン王国が私達の逃走経路を確保してくれると言うのですから、黙ってやって貰いましょう。きっと反乱を計画しているとか騒ぎ出して、駐留軍を全て率いて討伐に行くとか言って逃げ出しますわ」

 

「私達は王宮に残されるって事?同行は危険だからと許可されなくない?正直な所、自国の連中は信用出来ないわよ。簒奪し返されるとか笑えないわ」

 

 回答を控えて温くなった紅茶を自ら淹れかえる。妹達にしてあげられる事は悲しい事に少ない。仕事が忙しくて膨大過ぎて私的な時間が殆ど無いのです。嗚呼、モルベーヌさえいれば敵味方の正確な区別がついたのに、今は分からないのよ。

 正直なところは手探り状態、表面上は従っている振りをしていても内心は何を考えているか分からない連中ばかり。心から信頼できるのは妹達と、ミーティア達の少数の腹心の護衛だけ。正直近衛騎士団も信用出来ません。

 父王に仕えていた連中ですから、簒奪した私達に心から臣従などしていない。ですが役職上は従っているだけ、隙あらば裏切る位はするでしょう。兄上達が全員死んだので、正当な王位継承権を持つのは私達だけしかいません。

 

 簒奪者は私達の身柄を抑えて、私を妻に迎えれば良い、ですが宗主国のエムデン王国が許さない。だから今は行動しないだけで、もしもエムデン王国が撤退すれば、直ぐにでも武力蜂起するでしょうね。

 

「嗚呼、そうね。そうだわ。私達はエムデン王国と一蓮托生の関係、何か有ったら連帯責任、一心同体なのね」

 

 もう疲れたわ。全てを投げ出しても良いでしょう。責任などしりませんし取りません。滅亡を一時的にも伸ばした手腕を認めて下さい。私には妹達と自由に生きる権利が有るのです。

 

「私達と彼等は互いの未来を共有する緊密な関係、いわば運命共同体のようなものですわ。早急に強い絆を築く必要が有ります」

 

「そうですわ。私達が苦渋の選択をしたのはエムデン王国の為なのですから、どこまでも付いて行きましょう」

 

 妹達も同じ考えみたいね。皆が同じ方向に向いているのは良い事だわ。物事を少し難しく考えていただけ、要は考え方次第だったのよ。エムデン王国はウルム王国と旧コトプス帝国の残党と戦う為に裏庭に位置していた私達を自分達の都合で抑え込んだ。

 そして聖戦という錦の御旗を掲げる理由も与えてあげた事で、大陸最大最強の国家になる為の助力をしたのです。その恩恵をバーリンゲン王国全体で受け取るか、私達だけで受け取るかの違いだけ。

 自分達が取り逃がした、モンテローザさんが私の国で暗躍しているのを見逃す見返りも貰って良い筈だわ。結果的に、私の国が麻の様に乱れても私達には責任など無い。この国自体を差し上げますので好きにして下さい、もう不要ですから。

 

「ミッテルト、オルフェイス。私達も亡命の準備を進めましょう。この国はエムデン王国の所為で麻の様に乱れます。それこそ群雄割拠時代に逆戻りでしょう。ですが、それはエムデン王国の責任、モンテローザさんを取り逃がした事で発生した緊急事態なのですから。

私達は迷惑を被っているだけ、責任など何もないわ。なので此の国の行く末はエムデン王国に託しましょう。好きにして良いですが統一には膨大な時間が掛かりますから、私達は亡命政権としてエムデン王国の手厚い世話になりましょう。

ですが自由に使える資産を集めておきましょう。亡国の通貨など使えないし嵩張るから、換金率の高い宝石や金塊が良いわね。ミーティア達を含めても十人位なら自由に動けるでしょう?」

 

 私の言葉に、ミッテルトは固まりオルフェイスは満面の笑みを浮かべたわ。貴女の心に描いた未来予想図に限りなく近かったのね。宗主国を見下す国に未来など無い。その泥船国家に何時までも縋り付く必要など無いの、要らないの。

 何故、今迄理解出来なかったのか不思議だわ。僅かに王族としての義務感が有ったのかしら?でももう要らない、この玩具(腐った祖国)は要らない。私達はエムデン王国に亡命して不自由な自由の中で幸せに余生を過ごす。

 後年、群雄割拠時代が終わりお飾りの女王に戻って欲しいと懇願されれば受けましょう。紐付きの傀儡政権でも万々歳、その代わり国家運営は責任を持って行って下さい。私はお飾り、実権も実務も不要です。旦那様になる国王に全てを与えましょう。

 

「お抱え商人達から宝石類を買い漁りましょう。理由?適当にエムデン王国への貢物とか言えば良いわよね?でも簒奪争いを激化する為にも国宝は贄として置いていきましょう」

 

「私達という血筋さえ残れば国宝など不要、好きにすれば良いのよ。それよりも替え玉の準備も必要よね?両殿下が王宮を出たら直ぐに追える様に準備を進めましょう。先にフルフの街に居るのも良いかもね?」

 

 地方には親リーンハルト卿派閥みたいな組織が出来上がっているそうですし、王都周辺は反エムデン王国で纏まりつつあるわ。この二大勢力が消耗し合い残った方が新政権になれば良いわ。エムデン王国は大規模に介入しないでしょうし、少なく見積もっても十年以上は掛かるわ。

 良く理解出来ない反エムデン勢力は全滅して貰い、多分生き残るであろう親リーンハルト卿派閥が政権を握るならば戻っても良いわ。その時には私達も適齢期を過ぎていますし、旧バーリンゲン王国の血筋欲しさに娶りたいと言い出す相手も居ないでしょう。

 政権争いに巻き込まれない為にも、早々に旦那様を見付けて結婚する必要が有るのかしら?私達の子供がエムデン王国とバーリンゲン王国の架け橋となるならば嬉しいわね。

 

「私、亡命したら旦那様を探すわ」

 

 初志貫徹、エムデン王国に全力で縋り付きますわ。私達の国を贄に私達は幸せを得るのです。散々苦労させられましたが、崩壊の切欠をエムデン王国側が用意したのですから仕方ないでしょう。

 モンテローザさんですか?馬鹿な方ね。何故、エムデン王国を裏切ったりしたのですか?私達よりも恵まれた環境に生まれながら、無意味な反乱を起こして処罰されようとしている。何故、大人しく幸せを享受しなかったの?

 侯爵令嬢としての立場、開戦前にエムデン王国からウルム王国に嫁いだ淑女の方々を救出した成果、その名声も何もかも投げ捨てて反乱を起こした理由も気持ちも分からない。正直羨ましい妬ましい、そして愚かと呆れ果てます。

 

 私達の幸せの贄として、この国と共に滅びなさい。貴女に、この言葉を贈りましょう。ありがとう、そしてさようなら。

 

「それは良いですわね。パゥルム姉様もお年頃ですし、この国の問題事から離れたなら結婚を考えるのも良いですわ。エムデン王国の貴族令息を紹介して頂きましょう」

 

「エムデン王国の公爵家の縁者か王族の王位継承権二桁以降が良いでしょう。下手に簒奪の疑い有りとかは御遠慮したいのです」

 

「オルフェイスも再婚になるけれど、一緒に旦那様を探す事で良いわね?自分は関係ないとかは駄目よ」

 

「……そうですね。良い縁が有れば御受けします」

 

 あら?そういう意味では、リーンハルト卿は対象外ね。ですが仮にも王位継承権は低くても王族の妻となるならば、彼は最大限の配慮をしてくれるでしょう。その方が良い関係を築ける、王族と臣下の上下関係という新しい関係をね。

 公爵家の場合は、跡取りよりも縁者の方が自由が利くわね。その場合は安寧な生活の保障だけで良い、今みたいな多忙な生活など御免被るわ。自由な時間が殆ど無い、妹達との懇親すらままならないなんて嫌なのよ。

 淑女の幸せとは、愛する殿方に尽くす事なのでしょう。その見返りが自由で裕福な暮らしなのです。旦那様の甲斐性と言い換えても良いですが、持参金も用意致しますので宜しくお願いしますね。

 

 


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