古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第861話

 パゥルム女王の承諾も頂いたので、キュラリスを伴いフルフの街の調査に行く事にします。流れとしては、私とキュラリスと護衛が調査に向かい結果はどうあれ謀反の疑い有りとして報告。そして討伐の流れですね。今はストレス緩和の為に兄上と寝酒を嗜んでいます。

 グーデリアル兄上が残りの護衛と共に討伐に来る。そして此処を拠点として退路を確認し、王宮に残るパゥルム女王達と緊密な連絡方法を構築。遠隔操作で仕事を行う。まぁ建前ですがね。

 同時にエムデン王国に状況の報告を行い、フルフの街迄の安全の確保。つまりモレロフの街とスメタナの街も勢力下に置く。どう考えても、モンテローザはバーリンゲン王国の王都周辺に潜んでいる方が効率的だろう。

 

 戦力の確保的な意味で辺境に向かい、勢力を統一して王都に攻め入るという情報はフェイクだろう。辺境では反エムデン王国の気質が低く、現状では親リーンハルト卿派閥が出来ていると聞く。

 モンテローザのギフトの効果は低いだろうし、味方を増やす為の洗脳ならば王都周辺が条件的には合っている。彼女の目標はエムデン王国への反逆、そして私とグーデリアル兄上は格好の餌だろう。

 私ならば、我々を王宮に足止めした状況で周囲の連中を洗脳して攻め込むだろう。それでも敗戦濃厚ならば戦力強化の為に辺境に行く。只、どう足掻いてもエムデン王国には勝てないと理解しているだろうに……

 

 仮に私やグーデリアル兄上を倒したとしても報復で、自分とバーリンゲン王国が消滅して終わり。何とも未来の無い話だが、強大な祖国を裏切る狂人の思考など理解の範疇を越えています。

 

「理解しようとする事自体が間違っているのでしょうね」

 

 無理に理解しようと自分の基準に照らし合わせてみても、永遠に整合性など取れない取れる訳がない。そういう不条理な相手との付き合いは難しい。握った手の平が痛い、どうやら爪が皮膚に食い込んでしまったみたいですね。

 

「どうした?思い詰めた顔をして?」

 

 ワイングラスを回し香りを楽しんでいた、兄上から不審な顔を向けられた。確かに独り言としては理解の難しい言葉でしょう。理解の放棄とか、思慮深さを求められる立場の私からしたら失言でしょうか?

 ワインを楽しむと言っても通常の手順を飛ばしていますけどね。先ず銘柄は適当、テイスティングもしない。温度管理も適当、空気と触れさせて味や香りを引き出すスワリングはしてもワイングラスの持ち方もマナー違反スレスレ。

 ストレスを溜めているのでしょう。私にはキュラリスが居ますが、兄上は今回護衛兼愛妾を連れて来ていないのですから。ハニートラップ攻勢も酷いですし、変な女に引っ掛からない様に自制してくださいね?

 

「いえ、安全の為の手は打ちましたが事態は好転せず、後手後手のままです。モンテローザの思考をなぞり行動を予測しようとしましたが、狂人の考えなど分かる訳も無い。手詰まりを感じていました」

 

「狂人の思考か……確かに破滅願望が有る位しか分からないな。しかも周囲を巻き込む迷惑な狂人、俺達、いやエムデン王国としては敵対する連中を炙り出して自滅してくれるのだから、有る意味では国益に適っているのか?いや、まさか……」

 

 そこで言葉を止めましたが、確かに有る意味ではエムデン王国の利益にはなっています。まるで誰かにエムデン王国に不利益ないし敵対している連中を率いて自滅しろと命令されているみたいに?

 まさか、洗脳能力を持つ彼女が逆洗脳などされないでしょう。色々な要因が絡んで父親共々謀反を企てて引くに引けなくなって自棄になった、それが一応納得出来る理由です。まぁ問い質す為に本人に会う事自体が負けなので、大人しく討たれて下さい。

 バーリンゲン王国というエムデン王国に何一つ利益を齎さない隣国というだけの立ち位置の屑国家の粛清を自らの手で出来る事だけは嬉しいのですが、自身にも危険が及ぶとか勘弁して欲しいのです。

 

「そうですね。ですが巻き込まれて死ぬとか絶対に嫌ですよ。この王宮内ですら、既に安全とは言い難いのです。笑い話かもしれませんが、モンテローザが王宮に匿われて暗躍していると言われても信じますよ」

 

「嗚呼、我が国憎さに手助けする連中など、掃いて捨てる程いるだろうな。自分の感情に正直なのは美徳とも言うが、今回のは当て嵌まらないだろう。ザスキアの報告では『最悪の選択を嬉々としてする』民族らしいぞ」

 

 ははははっと乾いた笑いが零れる。あの少女時代の容姿に戻った毒婦が真面目な顔で言い放ったんだ。聞いた当時はまさかと疑ったが、実際に接してみて分かった理解させられた。

 

「隠してはいるみたいだが、我々に供される食材に毒が混入していたとか警備計画書が流出しているとか色々と危険なのです。もう彼等の事は一切信用しない事が大切でしょうね」

 

「そうじゃ無ければ俺達が撤退するなんて選択は取れないだろ。仮に俺達が暗殺されても、連中は事故だったとか俺達に過失が有ったからとか言い出すだろうな。そして此の国は亡びる、でも巻き添えなど御免だ。早く調査して報告をくれ」

 

 仮にも父王から任された属国の統治の命令を放棄して逃げ出すとか、王族として最悪だが状況が逃げの一手しか有効でない。手持ちの二千人の兵力だけでも王宮制圧は出来るが、その後の手立てがない。

 地方領主達が一斉に蜂起するだろうし、そもそも王宮に仕える騎士団や城兵すら信用出来ないのだぞ。笑い話みたいな悪夢だな。父王には既に報告済みで承認も得ているので、後は粛々と行動に移すだけだ。

 旧ウルム王国領の復興支援に向かった、リーンハルト卿も後一ヶ月程度で王都に帰還する。それで状況が変わる、多数の兵力を動かせば他国にも情報が流れて色々な不具合が生じる。

 

「だが、リーンハルト卿ならば単独で直ぐに応援に駆け付けてくれる。それこそ王都から一週間と経たずに、フルフの街に来るだろう」

 

 本人だけ来れば一軍に相当する数の戦力を生み出す不条理。此方は自分の基準に照らし合わせてみても、整合性は出来ないがこういうモノだと理解は出来る。味方という絶対なる信頼が理解不能な事も、まぁそういう事も有りますかね?で済む。

 彼は即時投入が可能な戦力として、マジックアイテムで底上げされた妖狼族も配下に居る。自分を暗殺しようとした部族をも配下に納める手腕、そこには絶対的な力関係が根底にあるとしても羨ましい。通常で人間の十倍、ではマジックアイテムで強化されたら?

 他にも多くの土属性魔術師を抱えている。普段は生産部門で資金稼ぎをしているが、ゴーレム運用部隊として育てているのは公然の秘密。宮廷魔術師団員の強化もそうですが、どれだけの戦力を育成しているのか。

 

 彼等は聖戦では活躍出来なかったので、バーリンゲン王国に生まれる反乱軍の討伐に来る可能性は高い。つまり逃げて安全さえ確保出来れば勝利は確定なのです!

 

「モレロフの街とスメタナの街は連動して、父王が制圧に動いて下さる。バーリンゲン王国側には、情報を遮断すれば短期間ならば大丈夫だな。エムデン王国の版図をフルフの街まで広げて、後は蟲毒宜しく同族で食い合って死滅しろ」

 

「酷い言い方ですが、私も賛成です。この国は一度底辺まで叩き落として壊して作り変えるしかないです。どれ程の血が流れるか分かりませんが、躊躇すれば未来永劫変わらないのですから」

 

 温くなったワインを飲み干す。適当に選んだワインなので失敗、そもそも甘みの強い白ワインは温いと不味いのです。ワインストックもバーリンゲン王国手配の物など危険過ぎて飲めないのに、ストレスは大きいから毎晩晩酌してしまう悪循環。

 定期的に祖国から取り寄せては居るのですが、常駐している兵士達の物資も含めると膨大なので王族といえども嗜好品を増量しろとも言い難い。全く口に入れるもの全てを警戒して自分達で用意しないと駄目とか酷すぎるでしょう。

 三千人近い連中の消費する物資は膨大、それを危険だからと全て自国に頼っている事が異常。まぁ運送費等は請求しているので実質的な損害は軽微ですが、心に余裕が生まれない。それが小さな不安の種として心を蝕む。

 

「早く祖国に帰りたい。今迄に多数の国に使者として赴いたが、こんなにもホームシックになった事などないぞ」

 

「それは私も同感ですね。芸術の欠片も無い国に留まるのは苦痛でしかないのです。早く芸術について語り合いたいのです」

 

 毎晩の様に愚痴を言い合っているのですが、兄弟仲が少し進展したみたいです。グーデリアル兄上は次期国王、最も父王も未だ四十代なので王位を譲られるのが何時だかは分からない。

 二十年後か三十年後か?もしかしたら私達の子供達が優秀で王位を継ぐかもしれない。なので私達兄弟は王位を巡り争う事が無い、未だ先の事ですから慌てても意味が無いから。

 強大な基盤を持つ、父王に逆らう事は実の息子でも危険ですから。私としては王位を継ぐ事に興味は無く、グーデリアル兄上の補佐でも未来の我が子でも甥っ子でも構わないのです。

 

 それが予備として望まれている、私というモノなのですから……

 

「油断はするなよ」

 

「勿論です。計画通りに進めましょう」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 視察という名目で王都から王族専用の馬車に乗り千人の兵士を伴い、フルフの街に向かいます。王宮から出た事は殆どないのですが、諜報部隊からの定期的な報告には目を通していましたが、此処まで王都の治安が悪いとは思いませんでした。

 百聞は一見に如かず、とも言いますが……非常に不味いです。先ず王都に住まう領民の意識の問題ですが、宗主国の私達に対しての悪口を聞こえる様に言う事自体が問題です。つまり王都の領民達は、反エムデン王国の思想に染まっています。

 此処に我々の味方は居ない。極端な判断かも知れませんが、有事の際には敵側に大々的にも消極的にも味方しそうです。つまり何か有っても助けてなどくれない、期待して宛てにする事は愚かな事でしょうね。しかし困りましたね。

 

 これは、モンテローザ嬢は王都にいて周囲の領民達も所構わず洗脳していそうです。此処まであからさまに悪感情を向けて来るのも異常、普通なら表面上では服従しても心の中ではって敵意を隠すのが利口な態度ですよ。

 私が不敬だと騒いで手討ちにしたらどうなってしまうのか?即時、暴動発生でしょうね。扇動者など居なくても領民全体が、私に悪感情を向けて襲ってくるでしょう。こんな状況にまでなっていたとは驚きを隠せません。

 二千人の本職軍人でも十倍以上の民間人に攻められれば勝てるかは微妙、いえ負けは確定でしょう。地の利も無く直ぐに増援も無い、全方向に敵だらけ。周辺の領主達も何を考えているか分からない、増援だと偽り接触して来る可能性が高い。

 

「キュラリス、貴女は護衛を引き連れて先にエムデン王国に帰った方が良いでしょう。もう既に遅いのかも知れませんが、この国に安全な場所は有りませんね」

 

「いえ、お断りしますわ。私は最後まで、ロンメール様と運命を共に致します」

 

 緊急時の肝の据わり方は、淑女の方が強いと言われますが本当にそうみたいですね。彼女は微塵も恐怖を感じていない様に装っています。その膝の上に揃えた指先の僅かな震えを見なければ、私もそう思ったでしょう。

 政略結婚の駒として扱われる為に、私には未だ本妻が居ない。彼女が唯一の側室、私が望んで娶った愛しい女。そんな彼女を此の国に連れて来てしまったのは最大の失敗、後悔しても悔やみきれない。彼女を失う事が有れば、私は正気で居られるのだろうか?

 そっと彼女の膝の上に置かれた手を握る。もう覚悟を決めるしかない、時間との勝負になります。予備の私が先に王宮から脱出する事は失策と思いましたが、彼女の事を考えれば良かったのでしょう。グーデリアル兄上の周囲には精鋭部隊を残していますが……

 

「貴女は頑固ですから、言い出したら聞かないでしょう。私も覚悟は決めました、何が有っても何をしてもキュラリスを守ります」

 

 例え此の国の連中が何人死のうが不幸になろうが、私は私の幸せの為に彼女を守り切る。未だ実行していないプレイも有るのに失ってなるものか!キュラリスは私の愛しい第二の母なのだから。

 王都を出たらエムデン王国に伝令を送り、作戦の前倒しをお願いしましょう。リーンハルト卿の参戦も要望し、先行で妖狼族も送って貰えれば心強い。彼等の領地はバーリンゲン王国内に有ったので地理にも詳しいでしょうし。

 予備の策として辺境の親リーンハルト卿派閥の連中にも親書を送り応援要請をしましたが、此方は不発に終わりそうですね。反エムデン王国教育は施されて無いとの事ですが、如何せん距離が遠いので間に合わない可能性が高いのです。

 

 まぁ空手形で現在の領地を分割し正式に国として認めても良いとしましたが、バーリンゲン王国の先端に我が国が承認した独立国家が生まれる事を知れば……私達を裏切った連中が何を思うか楽しみです。

 

 


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