緊急招集の為に王宮に集められた面々を見る。俺と盟友であるローラン公爵、それと敵対したがしぶとく生き残るバニシード公爵。コイツは本当にしぶとい、中々没落しないな。
侯爵七家の生き残りである、何を考えているか分からないモリエスティ侯爵と長いモノに巻かれろ主義のエルマー侯爵。最後はバセット公爵の取り巻きだったラデンブルグ侯爵。
奴の立ち位置は微妙、我等に与する事もできず、バニシード公爵にも頼れない。不気味なモリエスティ侯爵や損得勘定が強いエルマー侯爵とも合わないだろう。
意外だが領地経営が上手く資産も多いので、暫くは一人で様子見も出来るのが救いか。だが何時かは何処かの派閥に入れねば先細りだぞ。俺達の仲間に入る条件は相当厳しいがな。
武官からはエルムント団長とライル団長、それと今回はゲルバルド副団長にマリオン将軍も参加している。宮廷魔術師はサリアリス殿だけで、他の連中は参加していない。与えられた領地に行っていたり任務に就いていたりと色々だが……病み女や風魔法馬鹿は王宮内に詰めている筈だが?
国家の重要機密を話し合う場にだな、頭脳労働担当の連中の筈が筆頭だけ参加とはな。武官連中が多めに参加している事を考えると、今回の件で宮廷魔術師関係を動かす気はないのかもしれない。
多分だが、ザスキアの女狐が流してくれた情報によると……バーリンゲン王国での反乱発生の可能性についてだな。いや、反乱発生は確定で、その鎮圧についてだろうか?
今回は野戦が少なく都市攻略というか洗脳された裏切者の炙り出しと、その後の殲滅だからな。接近戦が惰弱な魔術師は動員されないのだろう。
正直な所、居残りの宮廷魔術師連中で政治的な意味と内政能力という意味で理解が深いのは筆頭殿とラミュール殿、それとユリエル殿位だな。他は微妙だが、派閥当主の方針に従う程度の理解力は有る。
リーンハルト卿が如何に異常かが分かる。本人は自分は普通程度とか思っているし言っているが、何でも標準以上の事が出来る異常性を理解しろ。いや、俺も助かってはいるが敢えて言わねばなるまい。
貴殿は異常、何故そのような人物が育ってしまったのか?誰も正確な説明など出来ないだろう、俺も無理だ。未だ一年程度の付き合いしかないが、その異常性は十分理解したよ。敵でないのが本当に幸運だったな。
ふむ、リーンハルト卿の口癖だが『思考の海に沈んでいたら中々浮上しない』のだな。既にアウレール王がいらっしゃるとは不敬と取られない内に周囲に合わせて頭を下げよう。
「皆、集まってくれてご苦労だった。楽にしてくれ」
席に座り女官達が配ってくれた資料を眺める。これは時系列が纏められた報告書?ロンメール殿下が寄越したバーリンゲン王国の内情か……流し読みするが、現状がヤバい。おぃおぃ、どういう事だ?
前回の報告よりも状況の悪化が速すぎるだろう?俺も諜報部隊を送っているが、ここまで状況が悪いとはな。報告には数日のタイムラグもあるし、進展しない場合は半月毎程度の定期報告だけなのだが……
ザスキアが旧ウルム王国領に行った事で情報の精度が落ちたのか?あの毒婦、自分の狙った男の側に行くのは良いが仕事は真面目にこなしてくれ。これは各貴族達も再度軍備を整えて討伐軍を組まねば駄目かもしれん。
「資料を読めば凡その事は分かるだろう。俺は未だ甘く見ていた、あの国の実情をな。モンテローザの洗脳は広く浅く屑国家に蔓延しているみたいだ。グーデリアル達の撤収を許可した」
あの女のギフトは『感情増幅』その効果範囲は狭い筈だが、反エムデン王国教育を施されていた連中の感情を増幅すれば宗主国と属国の関係も意味無しか。貴族連中どころか領民達もギフトの効果は覿面ってか。
これは危機的状況だが、資料を読み進めて両殿下の判断と行動の正しさを理解した。安全確保の為にも兎に角、エムデン王国側に移動は必須。何か有れば国全体が敵対するとか、どんな罰ゲームなのか。
成る程、理解した。少なくともフルフの街まで速やかに、エムデン王国の勢力下に置く事。その為の会議で有り、最初に動かすのは両騎士団でなく王家直轄軍を率いる、マリオン将軍か?
それに諸侯軍も同行だろうか?ここで軍備を疎かにして参戦が遅れたら大失態だな。殿下を見殺しにしたとか最悪だが、初動で動かせるのは派閥貴族の領地が隣接している、ザスキアだぞ。
早く王都に帰って来い!スプリト伯爵にも早急に伝令を送るべきだろう。ザスキアの了解を得るのを待てば間に合わない。俺達も騎兵部隊を中心とした増援の手配だが、先ずはアウレール王の指示待ちか。
両殿下の喪失は不味い。数居る王族の中で比較的まともな方々、残りはミュレージュ殿下位だぞ。ヘルカンプ殿下?馬鹿を言うな、国が傾くぞ。
「早急に増援を送るべきかと進言します」
「だが仮にも属国で、未だ反乱は起こしていない。大規模な軍隊の派遣は、反乱の引き金になりかねないぞ。開戦の理由は我々側だと被害者ぶって騒ぐだろう」
「先に少数精鋭を送り込み両殿下の身の安全の確保、その後に軍隊を送り込んで国境付近の街を制圧するのは?」
「端から見ればエムデン王国側から戦争を仕掛ける感じだな」
「大陸の末端の些細な出来事、我々で情報を掌握して都合の良い内容を流しても問題無いでしょう。他国は確認する術がないのですから」
「だが先手を譲る事は、両殿下の危機だぞ。身柄を拘束されて譲歩を引き出される位ならば、先制攻撃も有りだろう?」
「両殿下の撤収だが、上手く行くのか?移動途中に襲われたりすれば問題だぞ」
「資料には視察として、フルフの街まで移動するとある。反乱の兆し有りを理由にだな」
臣下達の進言に、アウレール王は腕を組んで黙って考えている。此処にリーンハルト殿が居れば、今直ぐバーリンゲン王国の王都に向かい両殿下の安全を確保しろで終わりだろうな。
本当に戦力を兵士を動かすには時間が掛かる。即日増援を送れる意味を再確認したよ。俺でさえ各領地に伝令を飛ばし準備をさせて物資を整えて最短で送り出すのに十日位か?もう少し掛かるか?
生半可な戦力では各個撃破されて御終い。相応の数を用意するには時間が掛かる。国王直轄の常備軍でさえ、最短でも移動は明後日。バーリンゲン王国の王都に着くには半月先か?
「今は確実な戦力を送り込む事が先決だ。各貴族の選抜兵力をソレスト平原に集めて編成し、順次送り出すのが順当かと。勿論だが国境に張り付けている常備軍は……」
「先ずはスプリト伯爵に伝令を出して選抜兵の受け入れの準備を整えさせましょう。直轄軍にも動いて欲しいのですが、敵に情報を与える事は不味い、伝令潰しの小隊を編成して先に送り込んでは?」
エルムント団長が堅実案を延べて、ライル団長が補足した。成る程、戦争担当だけあり脳筋でありながら納得する内容だな。特に情報封鎖の必要性を説いた事は評価する。
ザスキアの薫陶だろうか?それとも、リーンハルト殿が自身の強大な力を持ちながら情報の重要性を説いたからか?レズンの街の攻略で情報を上手く使い敵軍を籠城作戦から撤退に変更させた手腕。
ハイディアの街の攻略でもレズンの街の陥落の情報を流さない様にしたが、結果は助けた筈の商人が自分の利益の為に情報を流して苦労したそうだ。成功と失敗、その結果を考えても情報の扱いは重要。
「一番情報の扱いに長けた、ザスキア公爵の不在が問題ですな。俺とローラン公爵の諜報部隊を先に送り込んで情報の封鎖を行いますが宜しいか?」
ローラン公爵に視線を送れば頷いた。ザスキアの脅威に対抗する為に育てていた諜報部隊の活躍の場は此処だ。あの毒婦直属の諜報部隊を動かす前に、俺達で手柄を確保する。
ザスキアが王都に戻るのは、どんなに急いでも半月後だろう。先に伝令を送り指示を仰いで諜報部隊を動かすにしても時間が掛かる。あの毒婦のお気に入りの手駒の全てを同行させたのが失敗だったな。
イーリンにセシリア、それにミズーリ。リーンハルト殿がバーリンゲン王国から引き抜いた腹心候補のミクレッタとパーラメル、それとトレイシーまで全て連れて行ったからな。
あの三人は政略結婚の候補者の筈だが、毒婦の教育により腹黒参謀候補になった。アレを娶る連中が哀れ過ぎる。確かに、リーンハルト卿と親族関係にはなれるが毒婦の配下を伴侶に迎えるとか嫌過ぎる。
見目は良い。才媛なのも認める。元々はバーリンゲン王国の貴族子女だが、リーンハルト殿が養子縁組をして国王が政略結婚の相手を見定める筈だったのだが?何故、花嫁修業が腹黒参謀教育に変わった?
アウレール王に聞いても苦笑いで答えてはくれなかった。まさか俺の親族の嫁にとか言わないだろうな?獅子身中の虫だぞ、毒婦を身内にするのは断固拒否だぞ!
「俺も同意見だ。フルフの街まで一気に掌握するぞ。近隣諸国にも知られない様に情報の漏洩と扱いには注意が必要だな。軍の編成は、参謀達に任せる。それと、リーンハルトとザスキアを王都に戻す。
もはやバーリンゲン王国の存続に砂粒一つの価値も見出せない。あの国は存在する事自体が、我が国にとって害悪だった。良い機会だ……もう一度七十年前の群雄割拠時代に叩き落として蛮族からやり直して貰うぞ」
腕を組んで目を閉じたまま、吐き捨てる様に隣国を滅ぼすと公言した。つまり最終的な国境をフルフの街周辺に定めて、王都から辺境までの場所で蟲毒宜しく共食いの群雄割拠時代にするのか。
宗主国に逆らい内乱を始めた事にして、統制された情報を近隣諸国に広めるのだろう。一応属国だが主権を取り戻す為に蜂起する事は良く有るし、属国に価値を見出せれば存続を認めるが、不要ならば放置。
隣国と国境が接しているのは我が国だけで、情報の封鎖も統制も難しくない。両殿下の奪還は我々が行い、戻って来たザスキアが情報統制を行う。不穏分子の排除は、リーンハルト殿と諸侯軍が担当するのが最良か?
彼も自分で引導を渡したいだろうし、悪縁切りとして滅ぼしたいだろうし。現状の貴族連中は一掃して、比較的まともな地方の豪族連中を貴族階級に引上げだろうか?
「パゥルム女王と二人の姫殿下の扱いはどうされますか?配下を抑えられない様ですが、敵対行動はしていませんぞ」
「一度は助けた相手だし、見殺しは対外的に醜聞だな。亡命させて囲っておくのが最良かと。一応王家の血筋は残しておく優しさ位は見せましょう」
「群雄割拠を勝ち抜いた者に、伴侶として与えれば良いでしょう?まぁ何年掛かるか不明ですが、祖国の為に待てない事もありますまい。予備も含めて三人も居ますからな」
亡国の王族の扱いか。ウルム王国の王族連中よりはマシな扱いになるだろう。奴等は敵国の王族で祖国奪還の錦の御旗になりえる連中。パゥルム女王達は傀儡政権の駒にしかならない。
適当に贅沢をさせて隔離しておけば満足するだろう。あの腐った国のTOPとして苦労するより大国で賓客待遇で持て成されている方が万倍もマシだろう。それには同情はする。女三人程度、どうとでもなるだろう。
む、一つ大問題が有った。人間の国家間問題だが、そうじゃない連中も居ただろう。彼等を群雄割拠という人間の争いに巻き込んだ場合、責任を負うのは誰だ?奴等は誰に『何とかしろ!』と言えば効率的だと思う。
それはエムデン王国、我々だ。人間界の問題事を持ち込んで迷惑を掛けるなと言われたらどうする?妖狼族は問題無い、魔牛族も何とかなる。ではエルフ族は?奴等と敵対したらどうなる?
「アウレール王、一つだけ問題が……大問題が有ります」
「ニーレンスよ、何だ?」
会議も纏めに入っていた為か。俺が大問題とか言った所為か参加者全員が凄い非難する目で見て来やがった。というか、お前等も問題を探せ。確かに魔牛族との揉め事は内々で処理をしたが、エルフ族の里が有る事は周知の事実。
そして幾ら大国といえども、エルフ族と事を構えた事による結果と末路を知らないとは言わせないぞ。俺はゼロリックスの森のエルフ族とは多少なりとも交流が有るから詳しいのだが、エルフはエルフで不条理な連中。
盟約を交わす事が出来れば、約束さえさせれば裏切りはしない。だが見下す人間との交渉を交わす事自体が難しいのだ。特にケルトウッドの森のエルフ族はバーリンゲン王国の所為も有って人間を毛嫌いしている。
彼等に迷惑を掛けない様にしないと、最悪は我々とも敵対する事になる。リーンハルト卿ですら勝てない化け物連中が大挙して攻めて来るとか、エムデン王国でも滅亡一直線だぞ。
「かの国には人間以外の種族がいます。妖狼族は問題無く、魔牛族もなんとかなるでしょう。ですが、ケルトウッドの森のエルフ達に隣国の屑共が何かをした場合に……」
「その責任を俺達に求めてくる可能性か?エルフ族からすれば、バーリンゲン王国の屑共も俺達も一括りの人間族か。確かに最悪の選択を嬉々としてくる愚物共だから、エルフ共に何か仕出かすかと言われれば否定出来んな」
アウレール王が嫌そうに長々と溜息を吐いた。気持ちは十分に理解出来ますぞ。あの屑共の事だから、我等が悪いとエルフ族に有る事無い事吹き込んで助力を得ようとして敵対される。
考え込む、アウレール王を見て思う。その責任を共に取らされる?おいたわしや、フザケルナと叫びたい気持ちで溢れているのでしょうな。