古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第863話

 旧ウル厶王国領、最後の復興支援の場所であるナゥエン領に滞在中、アウレール王からの帰国命令が届いた。復興支援も八割程が完了して国境に近いコペルの街に滞在している時にだった。

 王命だから復興支援の途中だからと逆らえない逆らう気も無い。僕の担当する錬金絡みが殆ど終わっていた事が幸いだった。国王直轄領とはいえ、自分達だけ復興支援が中途半端で終わりとか不満が募るだろう。

 シルギ嬢を中心に四人の中年男性配下のダルシム達を残して急いで帰国する事にする。僕とリゼルに護衛のクリス、それとザスキア公爵と腹黒侍女達が錬金馬車に分乗して王都に直行。

 

 帰国の前に、妖狼族に指示を出して遠征の準備をさせる。女神ルナ様の御神託を守る意味でも、彼等の参戦は必須だ。勿論だが巫女である、ユエ殿にも事前に説明と打合せ済みだ。

 これから帰国して直ぐにバーリンゲン王国領に向かえば、御神託の時期とも合う。流石は女神様だと崇め祀れば良いのだろうか?超越的な存在だから存在を貴いものと見なして敬うで良いのか?

 モア教の敬虔な信者としては他宗教に祭られる女神様の扱いには苦労する。比較的に他宗教には大らかなモア教では有るが、僕が女神ルナに信仰を捧げるとかになれば不味いだろうな。

 

 だから『超越者に対する真摯な態度です!信仰的な意味は含まれません!』でいこう。大丈夫だよね?

 

 この件については一応だが、イルメラさんにもお伺いを立てているが問題無いと言われて安心してはいる。宗教絡みは慎重に対応しないと危険、僕は『参戦しないモア教の守護者』らしいし……

 因みにだがモア教の教皇について、『無意識』に調査を依頼しているが未だ報告が無いのも心配の種でもある。もう半年近いので、無理なら無理と諦めて連絡が欲しい。この件は早まったかな?

 此方から連絡は取れないし、下手に行動すればバレる可能性も有る。宗教との関係は難しい、それが民衆の為に有る素晴らしき宗教でもだ。疚しい気持ちは無いのだが、確認しなければ心が落ち着かない。

 

「難しい顔をして窓の外を眺めていますが、何を考えているのかしら?」

 

 向かい側に座る、ザスキア公爵から『私達を放置して何を考えているのかしら?』って意味の言葉が来た。スルーせずに意識出来たので良かった。偶に話し掛けられても現実世界に戻って来ない事も有るし。

 これが危害を加える様なものならば、魔法障壁が自動展開して身を守るので問題はない。だが親しき人達から話し掛けられたのに、結果的に無視する事は心苦しい。だが考える事は多い。

 復興支援の残りについては、シルギ嬢に任せたから問題は無い。何か有っても、バーリンゲン王国の問題事を片付けた後に戻ってくれば良い。残りの復興支援の内容に緊急性が高いものは無い。

 

 この馬車に乗っているのは、僕とザスキア公爵とリゼル。それに護衛のクリスで残りの連中は他の馬車に分乗している。腹黒侍女筆頭格のイーリンとセシリアも同乗させていない。

 因みにだが、ミクレッタ達と元々友好関係の有ったミズーリは御機嫌だ。人攫い達に誘拐された友人達と同僚として再会出来たのだから、仕事にも張り合いが出る事だろう。全員有能だし、ザスキア公爵が教育してるし。

 ザスキア公爵は、イーリンを筆頭に五人の腹黒侍女を従えている。正確には、セシリアはローラン公爵の配下だし、ミズーリも僕の配下でミクレッタ達は義理の娘なんですよ。

 

「今回の帰国命令ですが、その後の報告の内容が宜しくない。それと十日前後のタイムラグが有ります。確かに王宮に情報が集まり、僕等に流れて来るので仕方無いとは思いますが……」

 

「他国の出来事を一旦王宮に集めて精査して送られてくる時間が十日前後ならば早いのよ。しかも旧ウルム王国領なのですから二国間先の詳しい出来事が、半月も経たずに手に入るのは素晴らしい事なのよ」

 

 王家秘伝の情報伝達方法、たしか『伝書鳩』だったっけ?確かに空を飛ぶ鳥の移動能力は高いが積載量には問題が有る。数も少ないから何度かに分けるか簡潔に報告を纏めて、受け取った側が精査し肉付けをするのか?

 今手持ちの情報を纏めると、モンテローザが辺境に向かっているのはデマで、実際は王都周辺に潜伏し貴族や平民を問わずに洗脳してる。ロンメール殿下がフルフの街に反乱の兆し有りと護衛を伴い調査に向かった。

 アウレール王が反乱は確実と判断し、全貴族に通達し諸侯軍を動かしている。ザスキア公爵に個別の指示が出て、スプリト伯爵の領地に集結させているそうだ。アウレール王の考えでは、フルフの街まで勢力下に置く。

 

 王都周辺と辺境までの範囲には手を付けず、モンテローザに洗脳された連中の引き起こす乱痴気騒ぎを防衛線を敷いて内側から眺めるそうだ。そこに、パゥルム女王達の処遇は決められてない。

 臨機応変にというか、亡命すれば受け入れるし逆賊と共に歯向かうのならば容赦はしないそうだ。パゥルム女王とミッテルト王女の思考はエムデン王国に依存だから、仮に洗脳されても依存度が高まるだけ。つまり亡命だな。

 オルフェイス王女の内心は濁り過ぎていて分からない。僕の考えだと自国の貴族や平民達を見限って、姉達だけが大切なのだから。その感情が増幅されると、どうなるのだろうか?想像が出来ないな。

 

「次の報告が来る前に王都に到着出来るでしょう。多分ですが、ロンメール殿下がフルフの街に不穏分子が潜伏してると報告して……グーデリアル殿下が残りのエムデン王国軍第四軍団翠玉(すいぎょく)軍を引き連れて討伐に向かう」

 

「そうね。あの国の国内移動はスムーズにとはいかないでしょうが、両殿下は王都から出る事は出来るでしょう。道中での安全確保と増援が間に合うかは微妙というか、間に合わないでしょうね」

 

 属国が宗主国の軍隊相手に遅延妨害工作をする?ああ、そうですね。確かにやりそうな連中だった、両殿下も送り込まれた文官達も対策を講じるだろう。それを覆す約束破りをするのが連中だった、未だ甘く見積もっていた。

 焦っても仕方が無い。僕等が王宮に着く頃には既に増援部隊の編制も終わり、順次バーリンゲン王国に侵攻を開始する筈だ。両殿下さえ、フルフの街に逃げ込めさえすれば……いや、王族に対して逃げ込むとかは駄目だった。

 反乱分子を一掃し、フルフの街を勢力下に置いて増援を待つ。この言い回しが正しいだろう。

 

「直接的な戦力は護衛の第四軍団翠玉(すいぎょく)軍の二千人だけですか。単純な数なら本職軍人二千人に敵う筈もないのですが、どんな馬鹿な手を打つか分からない連中だけに怖いですね」

 

 嘘で誤魔化す事を悪びれない屑だし、予想の斜め上な事を平気でやらかすから。肺の中の空気を深々と吐き出す。縁が薄れたと思っていた、バーリンゲン王国とまた絡む事になるとはな。本当に早く縁切りがしたい。割と切実に本気でさ。

 アウレール王もバーリンゲン王国の本質を理解したのだろう。『一度底辺まで叩き落として全てを壊してから再構築させる』って報告書に書いて有るし、群雄割拠時代に戻して蛮族からやり直せとも言っていたそうだ。

 呆れを通り越して排除に向かったのだろう。まぁ辺境の部族達にも援助を持ち掛けて、反エムデン王国色に染まっていない部族連中を担ぎ出す準備も進めているとか。考えられる手を色々と使っているらしい、参謀連中に指示を出して。

 

「そう言えば、今回の件で参謀連中に色々な指示を出しているそうですね。アルドリック殿達が、どんな作戦を立案したか詳細が来ないので王宮に戻ったら教えて欲しいかな」

 

「そうね。私にも詳細は知らされてないのだけれど、楽しみには違いないわね」

 

 不謹慎とは思うがクスクスと笑い合う。ザスキア公爵には伝えてないが、女神ルナ様からの御神託でバーリンゲン王国の裏切者の事は凡そ掴んでいる。

 モンテローザが洗脳して手駒にしている連中で大物なのが、元宮廷魔術師筆頭のマドックス殿。生き残りの宮廷魔術師団員を集めて王宮襲撃の準備をしているそうだ。但し襲撃時に両殿下は既に居ない。脱出済みらしい。

 つまり、パゥルム女王達が王宮襲撃の対応をする訳だが、彼女達の未来の結果についての御神託は無かった。女神ルナ様としても妖狼族の行く末に関係の無い連中の事は教えてはくれない。分かれば或る程度の予測も対応も出来るのに残念。

 

 後はバーリンゲン王国の冒険者ギルド本部の代表、フリンガ殿も洗脳されている。つまり冒険者達も敵側に寝返る可能性が有る。正直、国家権力と距離を置いている冒険者連中に洗脳が効くのか不明だが……反エムデン王国教育の弊害だろうか?

 情報が無いので判断に困るのは、ハイディアの街の冒険者ギルド支部のヤールデイル殿と、レズンの街の冒険者ギルド支部のリリーデイル殿の存在だ。彼等は裏切るのか?それとも中立か?判断に迷うが情報がないから今は何も出来ない。

 しかしバーリンゲン王国に住まう連中は、貴族や平民を問わずにエムデン王国に悪意を抱いているのだろう。全く困った連中だな。魔術師ギルド本部や盗賊ギルド本部が敵対したという情報が無いだけマシと割り切ろう。

 

 魔術師ギルドと言えば、ロボロ殿やメッス殿はどうしているのだろうか?内心は分からないが、彼等は協力的だった。洗脳されても僕やエムデン王国憎しにはならないと思いたいけどね。

 

「未だ何か不安材料でも有るのかしら?」

 

「いえ、僕等はバーリンゲン王国に行き貴族や領民ともそれなりに接してきました。その中でも比較的マシな連中や、信頼に足る連中も居たのです。彼等の現状がどうなのかと思いまして」

 

 その答えに、ザスキア公爵は人差し指を頬に当てて上を向きながら考え始めた。外見に合った幼い仕草だが、考えている事はどうだろうか?大多数が反エムデン王国でも少数の良識の有る連中は居た。彼等の処遇を屑達と一緒は嫌だなと思う。

 良識的な連中の殆どは辺境に居る連中だが、そもそもバーリンゲン王国とは約七十年前は群雄割拠時代でバルゲンという部族が覇権争いに勝ち複数の部族を取り纏めて国家を名乗った。負かした部族の一番の美女を側室として要求したとか、占領政策としては疑問だけどね。

 最後まで抵抗したり中立を貫いた部族は、中央から締め出されて辺境に押し込められた。中央と辺境の隔意が有るから、反エムデン王国色に染まらなかったって事かな?エムデン王国憎しよりも過去の因縁でバーリンゲン王国憎しだったし。

 

「うーん、そうよね。カシンチ族は反エムデン王国色が薄かったわね。アブドルの街のタマルさんとか侍女達とか、普通に見込みの有る有能な者達もいたわね。引き抜きも有りかしら」

 

「アブドルの街は辺境ではありませんが、守備隊のミグニズ殿やブングル殿とかも武人としての心意気を持った方々でしたね。個人として良い連中は居ますが、国家として付き合うには問題有りでしょう」

 

 個人としての付き合いは可能だが、国家として付き合うにはね。あの国は問題が有り過ぎるので、アウレール王の判断に従うけど断交だろう。自国の王族を危険に晒す敵国って扱いだな。

 フルフの街を拠点とするらしいのだが、モレロフの街やスメタナの街を占領すれば直ぐにでも帰国して貰う流れだろうか?フルフの街に拘る必要は無いよね?あの街の地下にはルトライン帝国時代の要塞が有るけど、特に使用する事も無いか?

 バーリンゲン王国との付き合い方も最後の段階に来たって事だろう。未だ付き合い始めて一年にも満たないのに、こんなにも心乱されるとはね。パゥルム女王達とも会う事になるのか、その時の条件とかも事前に決めておかないと駄目だな。

 

「僕は帰国後直ぐにバーリンゲン王国に向かう事になりそうです。それなりの権限を持たされての単独ないし少数精鋭での行動になりそうなので、最低限の条件を先に決めて貰う必要が有りますね」

 

「そうね。交渉になるか問答無用で殲滅になるか最低限の条件を決めて貰い、後は現場で臨機応変にって事かしら?でも時間的には正規軍が先に侵攻するから、両殿下と合流して護衛しながら帰国かも知れないわよ?」

 

 僕の気が病まない様に笑顔で言ってくれたけれど、女神ルナ様の御神託を信じれば妖狼族の活躍の場が必ず有る。つまり敵との直接戦闘が前提条件の御神託だと思った方が良い。誰に対して戦うのか?そこ迄は教えて貰えなかったが、参戦時期を指定したんだ。

 つまり妖狼族が参戦するに当たり、それなりの成果を上げる事が出来る。モレロフの街やスメタナの街の占領程度じゃない、それは国軍が既に行っている。両殿下を守っての防衛戦か、若しくは弔い合戦か?それ位の想定は必要だろう。

 軍備を整えている妖狼族は三百人、人間の軍隊の戦力に換算すれば三千人以上になる。まぁ屋敷に帰れば、ユエ殿が新しい御神託を授かっているだろうし今は考えるのは無駄かな?

 

「どうしたのかしら?表情がクルクルと変わって、見ているだけで楽しかったわ」

 

「いえ、自分なりに予測したのですが、その過程で色々と想像してしまい悩んだり不安になったり呆れたりと色々と有りまして」

 

「主様と私とで敵を一人残らず殲滅、妨害する砦や街も破壊しながら進軍すれば解決です!」

 

 いや、クリスさん?むんって感じで力んで物凄い提案をしてくれましたが、そんな草木の一本も残さずに殲滅とかは駄目でしょう。それは両殿下が害された場合の報復で、流石にそれは無いと思いたい。

 アウレール王だって、モア教に配慮する関係上は殲滅戦は許可しないと思う思いたい。それが我が子を殺された報復でも……いやいやいや、両殿下には影の護衛に王家直轄軍が護衛に付いているのだから大丈夫ですよね?

 殲滅の命令が下される事は無いと思いたいが、あの連中の事だから斜め上の判断をして最悪を手繰り寄せそうな気がしてきた。思わず幻痛を感じて、お腹を両手で抱え込む様に押さえてしまう。

 

 いくらなんでも、まさかな。

 

 


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