古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第868話

 ニーレンス公爵達との話し合いを終えて自分の執務室に帰る。ザスキア公爵は用が有ると言って途中で別れた。公爵本人が自ら向かう用事って何だろう?気になるが知る事で不利益を被りそうなので聞かない。

 王宮の廊下を一人で歩くが、擦れ違う人も居ないのは珍しい。何時もは侍女や警備の近衛騎士達と擦れ違う事が多いが、今は窓のない石造りの廊下を歩く。魔法の光で照らされた廊下にコツコツと自分の足音が響く。

 王宮の重要な場所に通じる通路には色々な仕掛けが有り、防諜や防犯対策も施されている。魔法を用いる防御や防衛対策は廃れて久しく、自分の屋敷の仕掛けを調べて流用したらどうだろうか?

 

 制御球による全体制御は厳しいだろうが、侵入者に対する感知魔法とかなら可能じゃないかな?

 

 過去に自分が錬金して整備した、アスカロン砦と呼ばれていた軍事拠点。公に調べる事が出来れば色々と失った魔法技術が得られて、面白い事になるだろう。制御球による全体制御も、調べれば使えると思われる事も出来る。

 僕は完全に理解しているが、何故に理解しているかの理由が欲しい。古代の遺跡から見つかった制御球を調べて実用化の段階まで持って行くには、何年位かければ疑問を持たれないかな?数年は必要かな?

 今後の軍事拠点の管理方法として有効だが、急ぎ過ぎる技術の流出って危険かな?まぁフルフの街の地下に何か有る事は前回の時に、ロンメール様には報告してるから、調べる事は大丈夫だろう。

 

「ただいま。今戻ったよ」

 

「お帰りなさいませ。リーンハルト様」

 

 考え事をしながら自分の執務室に戻ると、ラビエル子爵が出迎えてくれた。リゼルはザスキア公爵の呼び出しが有り出て行ったそうだ。怪しい、何事だろうか?いや、危険な事には触れないぞ。

 自分の机に座り、鍵の掛かった引き出しから『正規軍の再編計画』のファイルを取り出す。自分に与えられた仕事だが、エムデン王国の全戦力を把握できる危険な資料だ。

 新しく領地を貰った貴族が自分の領地を把握し、抽出可能な戦力を纏めて各派閥のトップに報告。地方ごとに纏められて僕の下に届く。予備役や徴兵・志願兵の動員可能人数、貴族の私兵等の戦力が自己申告制だが全て分かる。

 

 王都を離れた数ヶ月の間に膨大な報告書が送られてきて、それを集計するだけでも大仕事だよ。軍属として自国の戦力の把握は必須、だが無暗に資料を見せる訳にもいかないから自分で集計する必要が有る。

 提出用の雛形を配っているので集計はし易い。だが、バニシード公爵の報告書だけは書式がバラバラだよ。これは嫌味なのか嫌がらせか正確な戦力を政敵に知らせたくない作戦なのか?本当に困るんだよな……

 

「バニシード公爵に指定の書式に纏めて再提出しろって伝えてくれ」

 

「む?我々で纏め直しますが、宜しいでしょうか?あまり協力的でもありませんし、雛形書式は正式なモノでなく此方の押し付けなので……」

 

 ラビエル子爵が申し訳なさそうにしてるが、落ち目でも現役公爵にゴリ押しは出来ないだろう。それに彼の派閥構成貴族達の離脱も多いそうで、ベッケラン子爵とか既に行動を起こしている。

 元々武人で聖戦で活躍した彼は数人の仲間と共に、ローラン公爵の派閥へ鞍替えを打診中。与えられた領地の周辺はバニシード公爵の派閥構成貴族で固められているが、代官が苦労するだけで問題は少ないのか?

 逆にバニシード公爵の派閥構成貴族の領地に撃ち込まれた楔(くさび)になるのか?暫くマインツ領はキナ臭くなるのかな?派閥争い、公爵四家の争い。いやだいやだ、でも知らぬ存ぜぬは通用しない。

 

「拒否されても強要は出来ないって?地味な嫌がらせで面倒臭いけど効果は、それなりか?では此方で纏めてくれ」

 

「はい」

 

 ラビエル子爵が嬉しそうなのは、やったぜ!仕事が増えたぜ!じゃないよね?王都に戻って伸び伸びだった懇親会の予定も組んだし、勤務時間の把握もしている。無理な仕事はしていないから、大丈夫だよね?

 効率良く配下に仕事を割り振っているのをぼんやりと眺める。また直ぐに王都からバーリンゲン王国に行かないと駄目なんだよな。任せていく仕事に不安は無いが、別の意味での不安は有る。

 過労死とか止めて欲しい。此処はブラックでなくホワイトな職場なんだ。手際良く僕の書類を裁く、アインとツヴァイがポンと軽く肩を叩いて労わってくれたが……

 

 ゴーレムまで仕事に駆り出す此処は、本当にホワイトな職場なのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 急いで王都に帰り、そのまま王宮で直行。謁見室での御前会議に参加し、新たに与えられた仕事に対して根回しを行い漸く執務室で一息つけた。ケルトウッドの森のエルフ族との交渉は、ニーレンス公爵の結果待ち。

 下手に、レティシアに連絡を取るのは悪手だろう。任せる時は任せないと、ニーレンス公爵の面子を潰す事にもなりかねない。故に別の参戦理由を考えておく必要が有るかな?

 さて、どうしよう?椅子の背もたれに身体を預けて天井を見上げる。無駄に豪華な執務室の天井は格子状になっていて見事な草木が彫り込まれている。元々は空席だった宰相の執務室だったんだよな。

 

 僕の事を未来の最年少宰相とか陰で言う連中も多い。誉め言葉なのだろうが、それを快く思わない連中も多い。大臣連中とか高級官僚とか、自分が目指す椅子だからポッと出の僕が出しゃばるなって事らしい。

 官僚派閥のトップである、ニーレンス公爵が許容しても、彼等は表や裏で反発するだろう。僕は宰相の椅子なんて欲しくも無いし座りたくも無い。苦労に見合うメリットが無い、僕は軍属で最前線で戦う事を表明しているから。

 今回の件が収まれば、エムデン王国は軍拡、軍備拡張は無くなる軍備縮小というか組織の改革と整理に入る筈だ。大陸の配置上、後方の不安が無くなり一方面の対応が可能となる。

 

 そういう意味でも、アウレール王は今回を機にバーリンゲン王国を徹底的に叩いて不安材料を無くしたいのだろう。70年前の群雄割拠時代に戻して、エムデン王国に敵対心を持つ連中を徐々に削いで何れは消滅させる。

 主要な兵力は僕が間引いたから小規模な部族間紛争しか起こらず、それすらも裏から手を回し自国に有利な部族にテコ入れ位はする。パゥルム女王やミッテルト王女達の扱いも、我が国で保護するという形で囲ってしまえばよい。

 その要の仕事が、僕に与えられた『正規軍の再編計画』の本当の意味。何故なら今後のエムデン王国の方針を知らずに軍隊の再編など出来ないから。配置する戦力を考えられるって事は、国家の中長期計画を全て理解しないと駄目だから。

 

「やれやれ、アウレール王も厳しい御方だな。少しも楽はさせてくれないのだろう」

 

 バーリンゲン王国への対応は決まった。あとは隣接するバルト王国とデンバー帝国、ウルム王国を併呑した事により隣接した、シグ王国とレネント王国への対応。その先の隣接しないマゼンダ王国とルクソール帝国への対応。

 リズリット王妃の祖国はマゼンダ王国、寵姫マリオン様の祖国はバルト王国。この二国は友好国として扱って良い。特にバルト王国は、ベアトリクス姫将軍関連で熱いアプローチを受けているので扱いさえ間違えなければ味方として扱える。

 シグ王国は微妙、デンバー帝国とルクソール帝国は仮想敵国として対応が必要。特にデンバー帝国は国境線に相応の戦力を張り付ける必要が有る。周辺諸国の離間工作とかは、ザスキア公爵が担当しているから問題は少ないな。

 

 エムデン王国の全戦力及び派閥関連の報告書が纏まったら、戦力の再配置を考えよう。場合によっては領地の配置換えも検討するし、相応の理由が有れば政敵への牽制や弱体化も視野に入れる。それ位のグレーな事はする。

 清廉潔白で優しい?ははは、何を言っているのですか?僕と敵対した連中の末路は知っているでしょう?僕は大切な人達との幸せな人生を妨害する連中は徹底的に排除する冷酷非情の自己中心的な男なのです。

 建前も用意しますし配慮もしますが、一定のラインを越えたら噛み付きます。故にバニシード公爵の僕に対する評価は正しいのですよ?

 

「リーンハルト様?何やら楽しそうに微笑んでいますが、何か良い事でも有りましたか?」

 

 ロイス殿が嬉しそうに話しかけてきたが、僕の薄笑いも幸せそうに見えたのなら良かった。黒い笑みは封印しているし、意図的に柔らかい笑みを浮かべる努力もしているので効果が有ったみたいだ。

 この職場はホワイトだから部下とか上司とかの垣根を越えて雑談も出来るのです。まぁリゼルが居れば取り繕った笑みなどバレバレだろうが、外交要員でもない官吏の、ロイス殿は騙せたのかな?

 上司が仕事の手を止めて薄笑いを浮かべていれば気になるのも仕方が無いし当り前だな。その疑問を建前だけ教えてあげよう。君も父親である、ラビエル子爵も身内認定だから安心して下さいね。

 

「ええ、エムデン王国の未来は明るい。僕達は皆を幸せにする為に働きましょう。でも皆の中には自分達も含まれるのです」

 

 ニコリと自然に思える様な笑みを意図的に浮かべる。自分の幸せは自分で用意して掴むのです。貴方の本妻も最高に相性の良い淑女を選びますから、先ずはお見合いから始めましょう。

 

「はい。今でも信じられない位に幸せなのですが、更に幸せになるとか少しですが怖くも有ります。皆も同じ気持ちです。リーンハルト様には感謝が尽きません」

 

「ふふふ、大丈夫です。ですが幸せを共に享受する本妻を早く娶りましょうね?」

 

 え?いやそれは、しかし……と口籠る、ロイス殿に釘をさす。取り合えず、貴方のお見合いは近日中に設定します。慎み深くて経済観念が確りしていて見目好く性格も良い。

 理想は高いけれど、エムデン王国の未婚の淑女の層は厚いので、候補は何人か居ますので大丈夫です。後は実際に会ってみての相性ですね。

 僕の派閥の重鎮なのですから、何時までも独身貴族を満喫とかは許さないので、そのつもりでいて下さい。他の皆もですからね!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 漸く自分の屋敷に帰る事が出来る。エムデン王国が用意してくれた専用の馬車に乗り込み久し振りに会う事が出来る大切な人達の事を考える。早く、早く匂いを嗅ぎたい。胸いっぱいに吸い込みたい衝動が抑えられない。

 僕ってこんなにも欲望に忠実だったかな?だったっけ?時刻は既に午後八時少し前、御者が気を利かせて少し速度を速めてくれているが安全運転でお願いします。接車事故とかは勘弁して欲しい。

 久々に会う酒好きの御者と言葉を交わしながら、僕が不在時の噂とかを聞く。彼の情報は正確で助かるし、御礼は酒で済むので此方も助かる。贈り物の酒が大量に余って消費出来ないから。

 

 王宮から貴族街に有る、僕の屋敷は距離が近い。御者と話し込み漸く帰って来た感慨に耽る前に到着してしまった。正門にはメルカッツ殿とニールが完全武装で待ち構えているし、その後ろには同じく完全武装の私兵達が整列している。

 留守番組だったから不満も有るだろうし、後で何か別の形で労おう。因みに、ニールの匂いは未だ嗅いでいない。頑なに、本妻であるジゼル嬢の後で側室になるので今は配下として扱って欲しいそうだ。

 まぁ添い寝には参加するので微妙なのだが、女心って難しい。下手な事を言っては藪蛇なので何も言わない、多分それが正解なのだろう。

 

「旦那様。凱旋帰国、おめでとうございます」

 

「いや凱旋帰国じゃないよ。領地改革だからね」

 

「流石は我が主殿ですな、少数で一国の農地改革を行う。中々出来る事ではないですぞ、武人としての本懐とは違いますが、多くの領民達の生活の向上に繋がった事は確かですからな。王都中がリーンハルト殿を褒め称える言葉に溢れていますぞ」

 

 仰々しい言葉に態度、確かに僕の帰国を祝う国民達の様子は見たけど改めて言葉にされると恥ずかしい。まぁ僕は今回は武人じゃなくて魔術師としての仕事だったけど、王命達成には間違い無いから……

 旧クリストハルト侯爵領での灌漑事業を思い出しますな!とも言われたが、土属性魔術師の本領発揮は土弄りだから、確かに今回の領地改革は大いに魔術師としての力の底上げにもなったな。レベルも幾つか上がったし、大規模錬金は経験値が大きい。

 戦うだけでなく地味に経験値を得られた今回の王命も、僕にとってはプラスだった。アウレール王に感謝しないと駄目だろう。

 

「ただいま。メルカッツ殿もニールも変わりは無いかな?今回は留守番で悪かったので、活躍する機会を他で設けるよ」

 

 一糸乱れぬ行動、一斉に頭を下げられた。鍛錬を欠かしてない事は、こんな何気ない動作からも良く分かる。もう戦いたくて仕方無いって感じだし、条件付けで模擬戦を行うかな?

 どうせ、デオドラ男爵達からも模擬戦の申し込みが有るだろうし、条件付けで団体戦とか計画してみよう。兵士は集団戦が基本だから、冒険者稼業と二足の草鞋を履いている彼等に集団戦の経験を積んで貰う良い機会かな。

 メルカッツ殿の元門下生達にとっては名誉の回復と汚名返上のチャンスな訳だし、デオドラ男爵達との個人的な模擬戦に明け暮れるのも問題だし、ザスキア公爵も巻き込んで計画しようかな。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。使用人一同、リーンハルト様の凱旋帰国を心待ちにしておりました」

 

 メルカッツ殿達の後は、メイド長のサラと執事のタイラントを筆頭とした使用人達の出迎えだ。此方も一糸乱れぬ行動で驚かされる。リィナやナルサに、アシュタルとナナル。

 ベリトリアさんにヒルデガードまで出迎えてくれた。貴族としての体裁だから仕方ないとは言え、早くイルメラ達に会いたい。だが屋敷の主として、長期不在をしたのだから使用人達に労わりの声を掛ける事は必須だ。

 だが、だがもう待てない待てないんだ。早く、早く彼女達の匂いを嗅がせてくれ!禁断症状で手が震えそうで、抑える為に相応の精神力を使っているんだぞ。

 

 嗚呼、早くイルメラの甘いミルクみたいな匂いを嗅ぎたいんだ……

 

 


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