古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

880 / 999
新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
新章というか最終章に突入します。
目指せ完結、年内に!


第874話

 表向きはエムデン王国の王都での平和な時間が流れている。いや流れていた。凶報が届くまでは……

 

『バーリンゲン王国内に反乱の兆し有り。王都にてクーデターが勃発し、各城塞都市は非常事態宣言を行い独立自治を掲げた。バーリンゲン王国周辺に反乱軍が集結している』

 

 この第一報はエムデン王国の王家の秘儀である『伝書鳩』により齎された。その後も続報が届き、詳細が明らかに成りつつある。しかし、いかに訓練されているとはいえ、鳩は中型の鳥類。

 積載量の問題により、一度に多くの情報を伝えられないため複数の伝書鳩を飛ばす必要が有る。さらに、今は伝書鳩の他に帰国した密偵や諜報員達が持ち帰った情報と擦り合わせを行い、内容の精度を高めている最中だな。

 だが事前に予測し準備をしていたので、粛々と行動に移る事となった。先ずはソレスト平原に集めていた諸侯軍を動かし、バーリンゲン王国側の国境警備軍を鎮圧。

 

 属国化の際に国境線に張り付けられていた戦力は大幅に引き抜いて弱体化させていたし、配置されていた部隊も練度の低い新兵が殆どだった。

 それに情報も行動も制限されていたのでエムデン王国側に戦力が集まっている事すら知らなかった。それが準備万端整えられた精鋭に一斉に襲い掛かられたら何も出来ないだろう。

 実際に戦闘の時間は一時間も無く、直ぐに降伏した。向こうも殆ど戦死者など無く、危険だと思い日和った一兵卒に指揮官が殺されたり無力化されたりして直ぐに白旗を上げたのが実情。情けないというか何というか……

 

 本当に自分本位な連中が殆どだな。最悪な連中だが、余計な手間を掛けさせなかっただけマシだと評価すべきなのだろうか?

 

 その後直ぐに軍を進めてモレロフの街を包囲、即日陥落させた。そこでも殆ど被害は無かったが、負傷兵を下げて部隊を再編成し、補給を済ませて約20km先のスメタナの街へと侵攻する準備を整えている。

 周辺の村や小さな街も同時に制圧したが、反抗する連中は少ないが皆無ではない。やはり国民性が現れたと言うか尊大な病気が広まったというか……エムデン王国軍に対して上から目線な要求を突き付けるらしい。愚かすぎて笑えない。

 曰く『お前達が守ってくれないから被害が出た。補償しろ謝罪しろ』とか『自分は関係ない誰それが反乱軍らしい。密告するから賞金を寄越せ』とか『助力するから報酬寄越せ』とか……

 

 兎に角、ダメダメらしい。エムデン王国も彼等の扱いに慣れてきており、問答無用で正統性の無い要求は却下し、誤情報を売りつける連中は懲罰、怪しい武装集団は捕縛して武装解除。

 まともに取合う事はせず、移動を禁止して市場の監視を行い、不当な物資の価格吊り上げを取り締まっている。借金をしてまで物資を買い漁り、転売で儲けようとする不届き者が多くて嫌になるそうだ。

 自国民の不幸も自分にとっては金儲けの手段でしかない。それを商人でなく一般の平民が行うのだ。更に窃盗が多く、最初は街を閉鎖して放置する予定だったが余りにも治安が悪く、現在は相当数の治安維持部隊を投入している。

 

 これで最悪じゃないんだ。最悪なのは、フルフの街にパゥルム女王にミッテルト王女とオルフェイス王女がクーデター発生よりも前に逃亡してきた事だ。最初は視察だと建前を述べたがクーデター発生と同時に亡命を表明。

 ロンメール殿下がフルフの街に反乱の兆し有りで調査に向かった直後、政務を放り出し私財を搔き集めて追って来たのだろう。パゥルム女王が王都不在であったならば、クーデターも簡単だったろうな。

 何たって『売国の女王』を追い出した。我々の勝利だ!って宣言すればクーデターは成功。だが国庫は空、金貨は高価で持ち運びが安易な宝石類に換金して全て持ち去ったらしいんだ。

 

 ロンメール殿下もグーデリアル殿下も属国とはいえ一国の女王の荷物を調べる事は控えたらしいが、侍女を買収して凡その中身は把握したらしい。国家予算を根こそぎ横領したぞ、このロイヤル姉妹はっ!

 

 信用のおける侍女や影の護衛、それと同行する他の護衛は冒険者ギルド本部を通じて高位の冒険者を雇ったそうだ。自国の兵士は信用しない、騎士団も元殿下の兄達の手駒だったから信用に値しない。

 無いない尽くしだが、自分達が助かる最善手を打って来ている。多分だが、オルフェイス王女の差し金だろう。何故なら、パゥルム女王も祖国奪還の願いを一言も言わない。

 祖国を残す為に簒奪までしたパゥルム女王を心変わりさせられるのは……祖国に裏切られたと思っているオルフェイス王女だけだろう。ミッテルト王女なら早く反乱軍を鎮圧してくれって頼みそうだし。

 

 その女王陛下御一行は、フルフの街で足止めしている。両殿下がエムデン王国に招く事などしないって判断を下したのだろう。それにどうなるか分からない状況では、彼女達の身柄は近くに置いておいた方が都合が良い。

 安全な後方のエムデン王国になど行かせないのは、正しい判断だと思います。少しは祖国の事を考えれば良いのに、完全に見放したか見切ったか切り捨てたか。未練は全く無いと考えた方が良いだろう。

 そして僕は、ニーレンス公爵の屋敷に呼ばれた。エルフ対策をしている彼が僕を呼び出すとなれば、初回の交渉は難航したか失敗したかだな。

 

 やれやれ、どう動くのが正解か悩ましいな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 久し振りの訪問、エムデン王国で最高に財力の有る公爵家は、何時訪ねても素晴らしく手入れが行き届いている。馬車の窓から見える景色は四季折々の草花が最高の状態で出迎えてくれる。本当に凄い事だよな。

 僕も自分の屋敷の庭の整備には相応の予算を掛けてはいるが、比べるのも烏滸がましい程の差が有る。その代わり、僕の屋敷の防衛設備は王宮だって抜いてエムデン王国で一番と思っている。

 実際に失われた技術を注ぎ込んでいるから、例えエムデン王国の王都が陥落しても我が屋敷は数年は耐えられる筈だ。まぁその前に外敵は殲滅するから、王都が炎に巻かれる事などないけどね。

 

「私も同行して宜しかったのでしょうか?」

 

「うん。エルフ絡みの事だから、裏も表も理解して対応しないと駄目だと思うんだ。でも、ディース殿達エルフが同席していたら、ギフトの使用は止めてくれ。彼等は察知出来るからね」

 

 今回は、リゼルを伴って訪問すると事前に伝えてある。理由は僕の副官にして補佐を一任しているから。表向きの理由だが、エルフ対策を講じるなら共に行動する仲間だからね。

 ニーレンス公爵も特に拒絶はしなかったが、向こうもメディア嬢は同席させるそうだ。妖怪婆さんことリザレスク様は今回も欠席、もしかしなくても一線は退いたから息子任せなのかも知れないな。

 エルフ絡みだから出張ってくると思っていたが違うらしい。まぁ難敵は少ない方が良いけどね。多分だがニーレンス公爵よりも権謀術数に長けた魑魅魍魎の類だと思う。僕では未だ敵わない相手だ……

 

「到着したね」

 

 乗って来た馬車を玄関前に横付けとか、格下相手の対応じゃない。相手は公爵で僕は伯爵、二つも下の爵位相手に最上の対応とか胃が痛くなるが腹を押さえずに我慢。先に馬車を降りて、リゼル嬢をエスコートする。

 

「ありがとうございますわ。リーンハルト様」

 

 差し出された手を軽く握り、馬車から降りる手助けをする。リゼルも男爵位を賜った爵位持ちの貴族、配下といえども相応の扱いをする。

 出迎えに左右に整列していたメイド達からは、何故か息を呑む気配を感じたけれど変だった?いや変じゃないよね普通だよね?リゼルが小声で『羨ましいのでしょう』とか言ったけれど本当かな?

 そのまま執事殿に案内されて屋敷に入る。玄関を潜れば室内にも使用人が左右に並び出迎えてくれたし、隅の方に例の二人の令嬢……バーバラ嬢とフェンディ嬢も控え目ながら出迎えてくれた。

 

 出会った当時は高飛車で我儘一杯な令嬢だったが、その後相当絞られたのだろう。丁寧な詫び状も貰ったので特に思う所は無い。本人達も一応出迎えてくれはしたが、僕と関わりたくないのが本音だろうね。

 妹として軽く見ていた、メディア嬢の力が増した事により、彼女達の地位も影響力も下がり捲ったのだろう。今は政略結婚の駒として厳しく礼儀作法を学んでいるそうだ。

 僕は政略結婚を否定したが貴族の間では今も普通の事で、それを否定する事も出来ないししない。その貴族社会の恩恵を受け捲っているのが自分だから……

 

「あれ?室内に、ディース殿だけでなく、レティシア殿とファティ殿の魔力反応も有るけど?」

 

 わざわざ探査しなくても分かる独特の魔力の反応を感じ取り歩みを止める。案内をしてくれていた執事殿が不安そうな顔で見てきたけどさ、彼女達が居る事は内緒で連れ込もうとしたの?

 ケルトウッドの森のエルフ達とゼロリックスの森のエルフ達は良好な関係を築いている筈だから、伝手として話を通すだけなら問題は少ないと思ったけれど古参の三人が来ているとなれば話が拗れたのか?

 思わず立ち止まり思考に耽ってしまったが、リゼルが右腕に抱き着いた事で思考の海から浮き上がる事が出来た。でも年頃の淑女が異性の腕に抱き着くとかはしたないから止めて下さい。執事殿に誤解されますから。

 

「その、旦那様からは特に口止めなどはされておりません。ですがわざわざ教える事も無いと自分が勝手に判断してしまい、申し訳なく存じます」

 

 主人の所為では無く自分の勝手な判断で教えなかったって事だが、エルフが三人も居る事が屋敷の使用人達にも知れ渡っているって事の方が問題では?屋敷の使用人の中には他家に情報を流して小遣いを稼ぐ連中も少なくない。

 ニーレンス公爵家に契約で雇われているエルフ以外にもエルフが二人も来ているとか問題になりそうなんだけれど大丈夫なの?

 自分の罪だと謝罪する執事殿に問題無いと手を振って示す。別に知らない女性陣では無いので何か有っても大事にはならないと思うし、責任は自分がって言う執事殿の忠誠心にも応えたいし……

 

 そのまま僕の来訪を室内に知らせて応接室に招かれた。室内の雰囲気は悪くはないのが救いかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニーレンス公爵とメディア嬢が正面、右側にエルフの女性陣というコの字の配置で座る。先ずはニーレンス公爵に挨拶をして、その後レティシア達にリゼルの事を紹介して……

 

「久しいな、リーンハルト。また少し強くなったか?」

 

 レティシア、座るなり探査魔法を掛けて話し掛けてこないで!先ずは挨拶から、貴女だってエルフ族の古参の重鎮として人間界のしきたりやルール位は熟知してますよね?

 

「あのエルフというゴーレムは何だ?ゴーレムクィーンとは仕様が違うが防御力だけで考えても破格の性能だぞ。私の樹呪童(きじゅわらし)でも倒しきれるかどうか?」

 

 ファティ殿も好戦的な笑顔で模擬戦の検討を始めないで。エルフを舐め回す様に見ても、彼女は防御特化なんだから模擬戦はしないから。パンター達の事も見てあげて。

 

「リーンハルト殿。自主訓練の方はどうかな?次のステップに進んでも問題無さそうだが?」

 

 ディース殿、貴女が一番駄目です。エルフの工房の責任者として人間界に長く居たわりには、対応が適当で杜撰過ぎません?しかも秘密の教えの事まで堂々とバラしてくれちゃって、どうするの?どうしてくれるの?

 

「何だと?」

 

「おい、勝手に決めるな」

 

 挨拶もなくいきなり三人から話し掛けられたが、内容に問題を含み過ぎる。エルフの連中ってこうだよな。忘れていたけれど、少しは僕の立場とか考えて発言して欲しい。

 レティシアは未だ良い。模擬戦を待たせている相手だから、僕の成長に興味が有るのが普通だ。ファティ殿も許容範囲だろう。メディア嬢の護衛として、エルフを間近で見る機会も多かっただろうし。

 だが、ディースさん?貴女は駄目ですダメダメです。いきなり危険球を放り込まないで下さい。ニーレンス公爵とメディア嬢がポカンとした顔を晒してしまっています。

 

 当然だろう。どう見ても聞いても僕が彼女に教えを乞うている最中だと認識される言い回しです。その後の二人の返しも駄目です。どう見ても聞いても御三方から学んでいると思われる言動です。

 思わず目の間を摘んで揉んでしまう。どう言い訳したら良い?いや言い訳しなくても大丈夫?精霊魔法の件だけバレなければ大丈夫?現役公爵本人を前に無礼極まりない事をしてますけど大丈夫?

 辛うじて思考の防御は間に合ったからリゼルに精霊魔法の事はバレなかったが、エルフの女性三人から教えを乞うている事はバレた。向かい側に座る連中からは見えない所を抓られているのは内緒にしていた罰ですか?

 

 そうだ!デオドラ男爵に倣って無かった事にしよう。

 

「ニーレンス公爵、お招き頂き有難う御座います。本日はリゼルの同行も許可して頂き有難う御座います。エルフの方々、彼女は僕の副官のリゼルです。宜しくお願いします」

 

 驚いた表情を浮かべるリゼルを無視して紹介する。彼女も気持ちを切り替えて澄ました顔で普通に挨拶を返した。だが僕の脇腹の肉を摘んだ指は放してくれないので、内緒の罰は終わってないのか?

 

「いえいえいえ、サラッと流すのは無理ではありませんか?」

 

「そうだ。たった今、大陸最強で人間最強の魔術師であるリーンハルト殿がエルフ族の三人の女性に弟子入りしている事が発覚したんだぞ!」

 

 え?僕は知りませんって無垢な顔をして首を傾げたが、騙されてはくれないらしい。エルフ族との付き合いと伝手の多さは自分の家が一番だと自負していたが、さらっと超えられた事について説明をしろって事かな?

 いや、メディア嬢は頬が赤くなって目を逸らしてくれたから半分成功か?その分、脇腹を抓る力が増えたから半分失敗で差し引きゼロか?

 レティシアがしまった的な顔をして、ファティ殿が不機嫌になり、ディース殿が腹を抱えて笑っている。なんてカオスな状況だろうか?誰か僕を助けて下さい。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。