古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第875話

 ニーレンス公爵の屋敷に呼ばれた。バーリンゲン王国内にあるケルトウッドの森のエルフ族対策についてだが、少々話が拗れて変な方向に向かってしまった。

 何故か、レティシアを含めたエルフ娘三人が同席していて色々と隠さなければならない事を暴露してくれた。これがエルフって生き物だった、油断した。

 僕の事情に少しは配慮して欲しかったが、聞かれてしまっては後の祭り。そう、僕は人間ながらエルフに師事している。主に『精霊魔法』について……

 

 女神ルナの御神託で『精霊魔法』の事も関係すると教えて貰っていたけれど、もしかして敵対する者に対して使うんじゃなくてエルフ族関連で必要になるって事なのだろうか?

 女神から直接授かる御神託って凄いな、これが神職とかの第三者を介しての『神の言葉』って言われたら半信半疑だけど、女神ルナの存在を認めているとなると全く違う。

 何故なら、女神ルナは実在する。証拠も根拠も有る。この状態で疑う余地はないのだが、それはあくまでも自分の中での事であり他の連中に信じさせる証拠や根拠にはならない。

 

 思考に耽っていると、全員の視線が向けられている事に気付いた。この癖は本当に治らないな……

 

「なっ何でしょうか?」

 

「いや、我々を放置して思考に耽るとはな。魔術師とは業が深いのだな」

 

「前にも思ったが、我等三人を放置して他の事を考えられるって凄い事だぞ」

 

「まぁ欲望に塗れた視線を向けられるよりは万倍もマシだが、女性としての自信が僅かながら揺らぐぞ」

 

 は?エルフ族に欲情の視線を向けるとか死ぬの?死にたいの?死ぬ気なの?笑えない冗談が聞こえたが、これが噂に聞く『エルフジョーク』なのか?

 確かにエルフとは全員が眉目秀麗という不思議種族だが、過去に彼等を性的目的でどうこうしようとした連中など居ない。正確には居たが実行すれば居なくなる。何故なら問答無用で排除されるから。

 そういう危険な生き物に対して、欲望塗れの視線を向ける連中など……嗚呼、居たわ。バーリンゲン王国の連中がそうで、彼等がエルフ族に対して暴走した時の対策をするのが目的だったよ。

 

 うわぁ、そんな命知らず(愚か者)な連中と同列に見られない為の相談だった。はぁ面倒臭い関わりたくない。

 

「それは違うぞ。あと声に出ているぞ」

 

「私に関わりたいくないとか、本心だったら悲しいぞ」

 

「愚か者とはバーリンゲン王国の連中ですね。確かに根拠の無い物凄く高い自尊心を持っているそうですね。人間とは不思議な生き物、他の自然界の生き物ならば相手との力量差くらいは理解出来るだろうに……」

 

 もう挨拶とか紹介とかの手順を素っ飛ばしてしまったけれど、ニーレンス公爵やメディア嬢の何かを達観したような世界の神秘に思いを馳せるような顔を見れば何も言うまい。

 あと、レティシアさん?その泣きそうな顔は止めて下さい心が痛いです。勿論ですが関わり合いたくないのは、バーリンゲン王国の連中の事ですから貴女は別ですから。

 うぉ?尻が痛いのは隣に座っている、リゼルさんの抓り攻撃ですか?そうですか。油断した、思考を読まれたか。使うなと言ったのは、エルフ族に対してだから僕には関係無いって事ですね。

 

 グダグダ感が凄いけれどさ。この話し合いって参加者も内容も結構凄いのに、現状の流れがコレってさ。どうしたら良いのか僕でも分からない。だが放置は駄目だし、進行役をやらないと駄目なんだよな。

 思わず胃の当たりを擦ってしまう。比喩でも嘘でもなくストレスって胃にクる。シクシクと差し込む痛み、でも無視して話を正常に戻さないとならない。これが僕の役目とは、涙が流れそうだよ。

 まぁ冗談は兎も角として、エルフに現役公爵まで参加してるのだから、司会進行は普通に一番下の僕の役目だよね。お腹を擦る手を止めて両手に力を入れて握り込み気合を入れる。

 

 さて、話し合いを進めますか。

 

「僕がレティシアと関わり合いになりたくないなど有り得ないでしょう?それは愚か者の隣国の事ですが……ディース殿の話だと、もしかしなくても既にやらかした後でしょうか?」

 

 レティシアの機嫌が回復し、ディース殿がニタリとした笑みを浮かべた。ファティ殿は我関せずで、この話し合いに少し飽きたのかもしれない。フリーダムな御姉様方め。

 

「そうだ。ケルトウッドの森のエルフに対して、何人も使者を送ったが悉く弾き出された事に腹を立てたのだろう。最後は使者に護衛を付けて一戦交えてでも要求を通すと意気込んでいたらしいのだが」

 

 だが?その先は?そのニタリとした笑みってなに?わざとらしく言葉を止めたのってなに?もう既にケルトウッドの森のエルフ族は人間に対して敵対した?

 手遅れって事は無いと思いたいし、彼女達が居るって事は最悪は回避出来ていると思って良い?僕を面白そうに見詰める、ディース殿の思惑って何となく予想は出来るけれど当たって欲しくないな。

 ニーレンス公爵に視線を向ければ未だ現実世界に帰ってきてないし、メディア嬢は表情が消えて能面みたいで怖いし。横目で見た、リゼルは……うわぁ僕の方に顔を向けてガン見してるし、どういう状況だよ。

 

「人間が、しかもバーリンゲン王国の兵力でエルフをどうこう出来ないのは分かり切っています。結末は行動を起こす前に捕縛されて武装解除されて思惑も全て読まれて捨てられた、かな?」

 

「概ね間違いでは無い。いや殆どその通り、ケルトウッドの森の前で使者が騒いで対応が無いと逆上、森に入り込もうとして処分された。問題は奴等の思考を読んだのだが内容が酷すぎた事だな」

 

「内容、予想は付きますがアレですよね。個人の欲望と命じられた交渉内容の差が酷かったって事でしょうか?」

 

 使者殿の個人的な欲望は酷かったと思う。少ししか触れてないけれど連中って中身が酷いのは理解してるし。だが腹の中の欲望が命じられた交渉内容と同じ訳が無い。

 それを露わにしたら交渉になどならない。相手は圧倒的に立場が上なのだから、腹の中で見下して欲望をぶつけ捲るが表面上は嫌らしい程に下手に出ると思うんだ。

 まぁ圧倒的に上位のエムデン王国に対しては、謎の優越感を持ってるけどさ。それは過去の捏造的な欲望の表れであり、流石にエルフ相手にするのは自殺志願者でしかない。そこ迄、愚かじゃないと思いたい。

 

 だが僕の細やかな希望は叶う事が無いらしい。少し位は夢を見させて欲しいのだが、最悪な予想を裏切らないのが、バーリンゲン王国クオリティなのか?

 

「助力の対価がだな。エルフ族の人口減少の改善らしかったそうだ。らしかったというのは、途中まで思考を読んだ奴が耐え切れずに処分してしまったからだ。その後、全員を処分した」

 

「は?人口の減少の緩和?そんな事が可能な訳が……いや、耐え切れずって事で理解しました。それは処分されて当然というか、良く使者達だけで我慢してくれたって言うか……」

 

 その心底嫌そうな顔で察した。どうせ欲望に塗れて『子種を提供する』とか言ったんだろうな。馬鹿だな。それじゃハーフエルフかハーフヒューマンが生まれるだけで改善などしない。

 現実問題として、人間とエルフとの種の強さは相当離れている。魔法特化種族と汎用劣化種族位の差が有る。勝っているのは総人口と繁殖率、いや言葉を替えればバイタリティだな。

 どんな環境下でも適合し人口を増やし繁栄出来るのが人間という種族だ。森に拘り進化を嫌い伝統を重んじるエルフ族では考えられないだろう。

 

「正直に言えば、ケルトウッドの森の若いエルフ達は下賤な人間を滅ぼそうと声高々に訴える者も多かった。だが我等の王が待ったを掛けた」

 

「下賤ですか……」

 

「人間を滅ぼそうとは物騒な意見だな」

 

 メディア嬢とニーレンス公爵が独り言の様に抗議というか、思った事をポロリと呟いてしまったというか。レティシア達が特に反応しなかったのが救いかな。

 まぁ下賤といわれても仕方無い事を思っている連中が実在していたから、反論が難しいのも事実。本当にバーリンゲン王国の連中って迷惑以外の何者でもないな。

 今回の件が片付けば縁切り出来るけれど、僕等の負担が大き過ぎて笑えない。好感度がゼロどころかマイナスに振り切れた状態での交渉とか、難易度が半端無い。

 

 いっその事、エムデン王国がバーリンゲン王国を代わりに滅ぼす。じゃ何の解決にもならないんだよな。殆どが愚か者達だが、そうでない者達も居る。そして僕は彼等と縁が有る。

 恩義も感じているし世話にもなった。嫌いな連中じゃない、彼等を一緒くたに滅ぼす事は出来ない。無慈悲とかじゃなく、個人的な好き嫌いの感情で区別したい助けたいと思っている。

 完全な個人的な我儘を王命に持ち込もうとしている度し難い奴だな。でも、ディース殿の態度からして、何かしらの救済措置が有ると思うんだ。

 

 あのエルフの王が待ったを掛けたって事が物凄く不穏ですけど……

 

「一度最初から話を整理して宜しいでしょうか?」

 

 取り合えず不穏な話を聞く前に、僕等の立ち位置を明確にしておこう。挨拶もソコソコに酷い話を聞いてしまっては気が滅入るし何をして良いか分からなくなる。

 方針がブレるし皆との共通認識を持つ事も大切だし。貴族的なマナーというか最低限の礼節も大切だと思います。

 参加者全員を順番に見ると、全員が頷くとかして同意してくれた。今回の話し合いのホストは、ニーレンス公爵なんだけどレティシア達絡みだと厳しいだろうし。

 

「当初、この話し合いは愚かな属国である隣国が宗主国に反旗を翻した事に端を発しています。本来ならば対応すべき女王と王族達は既に我が国に亡命済みという奇妙な状況。

クーデターを成功させた連中を鎮圧する為に、エムデン王国の精鋭達が既に侵攻しています。通常なら何とでもなる問題だったが、彼の国には人間以外の種族が居る」

 

 ここで一旦言葉を切り、何故かカラカラに乾いている喉を潤す為に紅茶を飲む。飲み干す。思った以上に緊張しているみたいだ。

 

「妖狼族は問題無く、魔牛族も対応次第ですが何とかなるでしょう。ですがケルトウッドの森に棲む、エルフの方々が懸案事項だった。愚かな連中が何かしらの無礼を働いた時に、全ての人間を一緒くたに考えて対処される事を恐れ、愚か者達が動く前に説明というか釈明をしたかった。その伝手探しに、ニーレンス公爵が動いてくれていたのですが……」

 

「遅かった。想像以上に愚か者共の行動が早く愚か過ぎた」

 

 僕の言葉を引き継いで、ニーレンス公爵が最悪な行動の結果を語ってくれた。本当に最悪な行動の斜め上を行ってくれる。どういう精神構造をしているのか、頭の中を割って調べたいくらいだ。

 

「だが、ディース殿の最後の言葉。我等が王が待ったを掛けたとは?」

 

 唯一の希望というか最悪を回避出来るかも知れない方法が有るような含みを持たせた思わせぶりな台詞。あのエルフの王が人間に配慮するとは思えないのが正直な感想なんだよね。

 結局、バイカルリーズ殿との遣り取りの結果もさ。僕が人間の亜種みたいだから特別だぞって事になったし。多分だが、彼は人間と言う種族に期待も希望も抱いていない。

 絶滅しても『そうか』の一言で済ませちゃうと思うんだ。間違いなくね。そのエルフの王が、無礼を働いたバーリンゲン王国の連中の虐殺を同族に思いとどまらせる真意って?

 

 嫌な汗が背中をつたう。まさかな、そんな事じゃないよな?

 

「我等が王も成長なされた。人間という種族には色々な者が居るので、一緒くたに判断する事は下策だと……」

 

 はい、確定。ディース殿が言葉を止めて、僕を見詰めている事で当たって欲しくない予想が大当たりって事ですよね?深呼吸をして、次に紡ぎ出させるだろう衝撃の言葉に備える。

 

「人間の中にも特殊な者が居り、たとえ一部であっても我等に勝る可能性の有る者の存在が、我等が王の見識を広めたのだ。故に短慮にはしらず、我等に下劣な劣情を抱いた愚か者達への早まった処分を諫めたのだ」

 

 その言葉を聞いて、ニーレンス公爵とメディア嬢の視線が僕に突き刺さる。いえ、僕はエルフ族から人間の亜種として特別扱いされていますが良い意味では有りませんから。

 リゼルさん、キラキラした瞳で見詰めても何も出ませんよ。貴女は全てを理解して『私、貴方に憧れます』的な態度をしてるだけですよね。そんな彼女を見て満足に頷く、レティシアも簡単に騙されるなよな。

 ファティ殿は自分の髪の毛を弄り始めた。これが全種族の女性に共通した『この話は飽きた』って態度ですね分かります。

 

「つまり?」

 

 もう焦らさずに結論を教えて下さい。

 

「我等が王がケルトウッドの森のエルフ達に通達した。人間族の代表として、リーンハルト殿が向かうので良きに計らえと!」

 

 この言葉に、ニーレンス公爵とメディア嬢が天井を見上げて放心状態となり、リゼルは下を向いて笑いを堪えている。何という両極端な反応、リゼルさん肝が据わり過ぎて怖いです。

 嗚呼、人間族の代表ってさ。僕はエムデン王国に仕える宮廷魔術師第二席でしかないのだけれど?仕方無く人間最強の魔術師を公言してますけど!

 ニーレンス公爵が回復し、この難題を対応する者が自分から僕に移った事を理解して安堵の息を吐いていますけどね。最後まで協力して貰いますから、逃がしませんから。

 

「流石は私のご主人様です。さすごしゅです」

 

 リゼルさん、それ用途が違うから……

 


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