古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第876話

 ケルトウッドの森のエルフ族対策について話し合いの場を設けたのだが、予想以上の事に参加者全員が一瞬で呆けてしまった。予想外っていうか、普通に有り得ない珍事だと思う。

 『人間族の代表として、僕が向かうから良きに計らえ!』

 この言葉ってさ、上の者がいちいち詳細まで指示するのが面倒臭いからお前に任せた!って意味だよね?ある意味での『権限移譲』だと思う。

 

 流石は長寿種族のエルフ族っぽい時代がかった古風な言い回しだけれどもコレってさ、相手が僕に配慮しろって意味で捉えられているかが問題なんだよな。

 普通に考えてエルフ族は人間族を下に見ている。事実、種族的な能力からすれば天と地ほども離されている。

 良きに計らえって『王の思惑から外れない範囲で自分の良いようにしていいぞ』って捉えられていたら問題だと思う。つまり見下す種族に対して好きにしろ、それじゃ困るんだ。

 

 話の流れ的には、人間にも異端はいるから侮らずに対応しろ。だと思うし思いたい。そうじゃなければ、本当に好きに判断して良い様にやられてしまう。

 元々、ケルトウッドの森のエルフ達はバーリンゲン王国の所為で人間に対して悪感情を抱いていて、今回の件で爆発した。つまり好感度はマイナス方面に振り切っている。

 自分達の王が待ったをかけたけれども『良きに計らえ』って言われたら、どう受け取るかだよな。困ったな、排斥に加速が掛かる未来しか思い浮かばない。

 

 両手を組んで考え込むが打開案が浮かばない。いや、先ず最初に、王の命令の真意がどう伝わっているかの確認をしないと駄目だろう。最悪、会ってその場で魔法で攻撃されそうで怖い。

 配下自身の独自の判断に任せるので、そのようにやっておくようにって意味で捉えられていたらさ。嫌いな人間の代表がのこのこ来たから立場を思い知らせてやる!は勘弁して欲しい。

 エルフの王の人間に対してっていうか、僕に対しての感情ってどんなのだろう?

 

「その、ケルトウッドの森のエルフ族ですが『人間大嫌い、絶対ブッ殺すぜっ!』って感じですよね?彼等に良きに計らえは、僕を好きにして良いって意味で捉えてないでしょうか?」

 

 その言葉に、ニーレンス公爵もメディア嬢も問題に思い至ったのだろう。普段は使う側で、自分の意思を尊重して有る程度の自由裁量で対処しろって事だから。

 エルフの王が大多数の人間に対して悪感情しか抱いてないって事が未だに公になっていれば、視野が広くなったとか成長したとかって関係無い。実際に、今はどう思っているの?

 また模擬戦という嬲り殺しは嫌です。前回は200歳以下って縛りが有ったから善戦できたけれど、今回は分からないし違うかも知れない。レティシアクラスが出てくれば即負けが決まる。

 

 そしてバーリンゲン王国の人間は全滅し、その後にエムデン王国にまで侵攻して来ましたじゃ笑えない。正直『良きに計らえ』じゃなく『配慮しろ』って直球で言って欲しかった。

 

「ん?ああ、そんな事を心配していたのか。全く昔から心配症だな。ちゃんとリーンハルト殿だけには配慮しろって言い含めてあるぞ。勿論だが私も同行するから安心しろ」

 

「私も同行するぞ。ゼロリックスの森の穏やかな生活も良いのだが、如何せん時間が過ぎるのが緩やかすぎて暇を持て余す。外の世界に染まる弊害だな」

 

「ならば私も同行しましょう。リーンハルト殿の仕事ぶりは見た事がないので楽しみです」

 

 御三方?同行するの?あと不穏な台詞が聞こえましたが?やはり僕は人間の亜種って認定されて区別されてるのですね?地味にショック、自分では未だ人外の範囲じゃないつもりだったのに……

 飽き始めていた、ファティ殿も目が爛々として前屈みになってるし。それに比べて、ニーレンス公爵とメディア嬢は思考を放棄して紅茶を楽しんでいるし。リゼルさん?僕を無表情にガン見してますね。

 ギフトで思考の一粒も漏らさない様にって集中しているみたいです。色々とバレたら面倒な事が駄々洩れだし、この後少し時間を作って話し合い(口止め)しないと駄目だろうな。

 

 今回のエルフ族絡みの件も、ニーレンス公爵経由で色々と広まるだろう。勿論、悪意ある意味ではなくてだ。ある程度の情報を流さないと、エルフが三人も屋敷に来てる事に邪推する連中も居るだろう。

 お互いの安全の為にも秘匿せずに厳選した情報を意図的に流して有利な状況に持って行くのだが、リゼルさんの追求を躱す事は無理だろうな。あと、メディア嬢が居るからザスキア公爵もだな。

 350歳の保護者達を同伴で、人間代表としてケルトウッドの森のエルフ達と交渉するのか?想像以上の大役、これって事前にアウレール王に報告しないと駄目な気がする。嫌だな、此方も保護者の同意とか思われそうだ。

 

「早急に段取りを組みましょう。贈り物とかの用意も必要ですし、長期間エムデン王国を離れるとなれば手続きも必要になります。アウレール王にも報告して……」

 

 急いで準備して先にフルフの街に居る、ロンメール殿下達と合流して……それからバーリンゲン王国内を妖狼族を率いて進軍すれば、半月位で辿り着けるだろうか?途中のトラブルも見込めば、もう少し掛かるかな?

 その前に、また長期の王命で王都を留守にするから関係各所に引継ぎを行ってって想像以上に忙しいぞ。元々準備はしていたが、来週に行くとなれば時間が限られる。猶予なんて無い。

 イルメラ達にも相談しないと駄目だし、王立錬金術研究所の次の課題とかも出してないし。政務の方は、ニーレンス公爵に引き継げば良いのかな?兎に角、時間が全く無い。無いったら無い。

 

「聖樹にお願いすれば移動など一瞬だろう。リーンハルトも我が王から『聖樹の指輪』を与えられているのだから問題無く使用出来るだろ?時間を無駄にするな」

 

 うわぁ、レティシアさん!何言ってるの?みたいな顔して重大な秘密をばらさないで!それ秘密にしてくれってお願いした筈だよね?エルフの指輪って色々と問題があるから内緒にして欲しいってお願いしたよね!

 それに長寿種なのに時間を無駄にするなってお叱りは納得出来ません。それって面白い事でワクワクするから待たせずに早くしろって事ですか?違いますよね?根回しや準備って大切なんです。

 僕は嫌だけど嫌々だけど軍属の要に位置して宰相っぽい立ち位置なので、国を空けるって事は結構影響が有るらしくてですね……じゃなくて!

 

「いやそれって、いやその……あ、アレです。軍規に触れる秘匿事項ですよ」

 

「いやいや、そんな軍規は無いだろう?誤魔化すにしても、もう少しマシな嘘を吐いた方が信憑性が有ると思うぞ」

 

 ニーレンス公爵の突っ込みが痛い。貴方は此方側でしょ?何故、邪魔をするのですか?普通に考えて時間を稼いで対策を講じるが正解の筈です。

 

「リーンハルト様?異種族の異性から指輪を貰ったのですか?それは深い意味が有りませんか?」

 

 貴女もですか?捉える問題点が違います。エルフの王は男性、異種族ですが異性では有りません同性です。それに性別は重要では有りません。

 

 贈られた指輪に深い意味など有りません。性能は破格ですが問題事を解決した手間賃くらいの感じでくれたんです。未だ数回しか使ってません。

 もぅいやだ。ポンコツエルフのレティシアめ。貴女まで舌を出してテヘペロ?無表情に何の罪悪感も申し訳なさも醸し出さずにテヘペロ?エルフがテヘペロ?どうなっているんだ?

 メディア嬢が謎の自信を滲ませてドヤ顔して頷いているけれど、もしかしなくてもテヘペロを教えたの?エルフにしょうもないテヘペロを教えたの?何故さっ?

 

「その指輪を与えられた時に説明した筈だぞ。他種族に渡すのは数百年振りだが『他のエルフ族にも見せれば敵意無しの証明と有る程度の助力が得られる』とな。今、それを使わずにどうする?」

 

「その指輪の真偽を示す為にも聖樹で移動する所を見せる必要が有るのだ。聖樹は我等エルフ族が崇める聖なる象徴、それを使い移動出来る事は何よりの証拠となろう」

 

「その指輪が偽物かどうかなど、我等エルフならば見れば誰でも分かるが様式美って必要だろ?リーンハルトが一人で聖樹を使いケルトウッドの森に現れる事が必要なのだよ」

 

 うん、聞いたけれど今思い出した。確かに説明を受けた。空間創造より『聖樹の指輪』を取り出し手の平の上に乗せて改めて見る。貰って直ぐに収納したのでマジマジと見るのは初めてだった。だって誰かに見られると不味い品物だから……

 金の台座に聖樹の小さな花が水晶でコーティングされて収まっている。内包する膨大な魔力、治癒の力を宿していて身に着けているだけで大抵の怪我は治ってしまう。仮に手足がもげてもくっ付けておけば一晩位で治るだろう。

 ゼロリックスの森のエルフ族以外に見せれば、敵意無しの証明と有る程度の助力が得られる貴重な指輪。まさか今回使う事になるとは思わなかったけれど、バラすタイミングは最悪から考えても三つ目位だと思います。

 

 あれ?確か僕が『聖樹の指輪』を託された事は、既に通達されているって言ってたな。それってゼロリックスの森のエルフ達だけじゃなくて全てのエルフにとか?その時の連絡には、僕の事はどう知らされたのだろうか?人間の亜種?

 

「確かに『聖樹の指輪』は装備者だけしか効果が発揮されないから、真偽の証明って意味なら確実だろうけど様式美って何です?僕が一人で聖樹から現れるのが様式美?恥ずかしいだけなんですが……」

 

 なにその晒し者みたいな扱い。演出って必要なの?普通に要らないですよね?

 

「今更か?リーンハルトはエルフ界で結構な有名人だぞ。レティシアやファティが事有る毎に吹聴している。『我が王も認めた男』だとな。故にこれ以上の効果的な演出はないだろう?」

 

「そうだな。これを機に大々的に、リーンハルトの事を知らしめるべきだろう」

 

「ふむ、それも良い考えだな。どの道、これからも我々に関わる事になるのだから、他の森のエルフ達にも広める事は良いだろうな」

 

 盛り上がるエルフの女性陣を見て何かが冷める。確かに、レティシアとファティ殿との模擬戦は約束しているけれど、これからも関わるって忘れていたけど大きな問題が有ったよ。

 僕はドワーフ族とエルフ族と両方に関わりが有り、敵対している二種族に配慮して友好の幅を狭めたんだ。具体的にはドワーフ族のグリモア王の謁見を辞退する事にした位に。

 今の状況って不味くない?一方的にエルフ族とばかり縁を持つ事になってない?信義的に不味い方向に進んでない?

 

「えっと、前にも少し話しましたがエルフ族との関わりの件ですが……その、前に少し揉めたと言うか、レティシアがデオドラ男爵の屋敷に使者として来た時の件なのですけれど」

 

 どうしても他国の王絡みなので直接的な言葉には出来ないので、それとなく分かる様な言葉を選んでいるのでたどたどしくなってしまう。だがレティシアが何度か頷いたので通じたようだ。

 そう、そうなんだよ。多種族の友好関係とか敵対関係とかの問題ってさ。個人ではどうしようもできないから、出来るだけ配慮するしかないよね?何方か片方にって事は控えるべきだよね?

 ヴァン殿の工房を訪ねる事も自粛してるのに、頻繁にエルフ族にだけ関わるのも問題なんです。レティシアの事だから忘れた訳でもないし、何かしらの対策を講じているよね?信じて良いよね?

 

「嗚呼、グリモア王の件か?それは問題無い。ちゃんと先方には使者を送って説明はした。一方的にだがな」

 

「リーンハルトは若いのに気遣いが凄いな。あまり気にし過ぎると禿げるらしいぞ?」

 

「全くだ。余り気にし過ぎて若禿になられては此方も困るのだ。程々にすると良いと忠告しよう」

 

 わざわざ席を立って近付いて肩を叩いてくれたけれどさ。エルフ族とドワーフ族が敵対関係な事は理解している。一方的に説明したとか、それ説明になってなくない?

 いや敵対関係なのに、僕の為に使者を送って連絡してくれただけでも良しとしないと駄目かな?後は僕の方でドワーフ工房『ブラックスミス』の、ヴァン殿経由でフォローを入れれば何とかなるか?

 いやするしかない。種族間の揉め事は甘く見る訳にもいかないけれど、適切な距離でフォローをいれるしかない。ドワーフ族と敵対すれば、鍛冶ギルド本部の連中との関係も拗れる。

 

「毛生え薬は錬金できるから大丈夫ですし、未だ使う必要は有りません。ですが少し時間を下さい。僕が国外に行くって事は結構な手続きが必要なので、今から直ぐには勘弁して下さい」

 

 そう言って頭を下げる。公的な役職に就いている以上、気軽に他国に行くって事は無理なのです。でもエルフの御姉様方は納得してない様子だな。

 これは説得に時間が掛かりそうなのだが、立場的に力関係的には、お願いする立場なんだよな。どうしよう?準備も無しに今から行くとか無理だよ。

 ニーレンス公爵にチラリと視線を送ったが、また思考がフリーズしてるみたいで反応が無い。隣のメディア嬢も同じ、ではリゼルは……

 

「私も一緒に行きます。ええ、同行します。居残りなどしませんから」

 

 いや、リゼルさん。ここは引き延ばし作戦に協力して欲しいのです。僕の思考をリアルタイムに読んでるよね?何故、その発言に繋がるの?おかしくない?

 それに『聖樹の指輪』は装備者のみ有効でして、貴女を伴っての移動は出来ないのです。どうする?どうしたらよい?心の中のイルメラさんに祈ったら、良い笑顔で両手を胸の前でクロスしました。

 

 

 


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