古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第877話

 馴染みのエルフの御姉様方の無茶振りに、シクシクと痛むお腹を擦りながら今の状況を纏める。エルフの王は僕に特別な評価を下した。それが大陸中に分散するエルフ族に既に伝わっている。

 人間の中の異端な亜種、年若いエルフ達には一部でも能力的に勝っている所が有るから区別しろ。人間を有象無象の下等種族と思っている連中からすれば、大いに驚くべき事だろう。

 それが自分達の王の判断だとすれば余計にね。しかもエルフ族の中でも古参である、レティシア達も同じ事を吹聴しているから余計に混乱したかもしれない。しかも『聖樹の指輪』まで貰っている。

 

 今迄は人間の判断基準がバーリンゲン王国の連中しか居なかった、ケルトウッドの森のエルフ達の混乱は想像に難しくない。その上で自分達の王から、僕が行くから良きに計らえとか言われたら混乱する。

 今迄なら見下している下等種族が身の程も弁えずに要求を突き付けてきたので、さっさと思い知らせるべきだろう。だと思う。それだけの事を仕出かしたのは、認めたくは無いが同じ人間。

 そういう前提で考えれば、僕が行くのは危険しかないのだが……善意で?レティシア達が同行してくれるらしい。一悶着あると思う。いや絶対にすんなりとはいかないだろう。でも行かないという選択肢は、悲しいかな無い。

 

 しかも、リゼルも同行するといっている。問題は移動方法がエルフ族の崇める聖樹を使う事、彼等が僕以外の同行者に使用を許すかは分からない。多分無理だろう。それに他種族とエムデン王国との公式な話し合いとなれば、僕だけ参加も不味い。

 邪推される可能性が高いというか、密談と言われても否定が出来ない。そして失敗した場合は、全ての責任を負う事になる。ハイリスクな上に直ぐに判断しなければならないとか、厳しいとしか言えない。

 チラリと、ニーレンス公爵を見る。漸く此方に意識が戻って来たみたいで、真剣な顔で状況を理解しようとしていると思う。だが、ニーレンス公爵が同行する事は難しいだろう。それでも立場上は、外交要員を同行させない訳にもいかない。

 

 だがエルフ族の抱く対人間の悪感情の程度を考えれば、少数で行く事が最適解なのも事実。此方の事情で必要だからと大人数で押し掛ける事は、元々下がり様のないマイナスな友好度が……

 

「ケルトウッドの森のエルフ族ですが、バーリンゲン王国の連中が最悪をやらかした訳ですが……エルフ的には使者達を殲滅しただけで溜飲は下がったのでしょうか?」

 

 僕は人間族代表として、一応彼等も同じ種族と言う事で一括りに判断を同じにされても困るし庇う気持ちなど微塵も無い。もしも彼等がバーリンゲン王国の連中を根絶やしにしたいと言った場合、どう対処したら良い?

 素直にOKして序に協力もする。元々自分で滅ぼしたい位に嫌悪しているから悪い気はしないのだが、最悪はエルフ側に侍って人間を裏切るのかとか言い掛かりを付けられそうだな。

 同じ人間族だし庇う為に反対する。それはエルフ族と敵対するのと近い反応だよな。貴族や軍属はともかく一般の領民には手を出さないで欲しいと頼むのが妥協点だろうか?

 

「言い方は悪いが、そこまで固執はしてないだろうな。羽虫を払うのと同じ様な感覚だから、わざわざ巣穴まで出向いて殲滅まではしないだろう」

 

「今は落ち着いているだろうから、多分そんな感じだろう」

 

「一時の感情の高ぶりは時間と共に落ち着いてくるものだ。ケルトウッドの森のエルフ達も今は落ち着いているだろう」

 

 うーん、そうかな?人間蔑視の感情が簡単に収まるとも思えないが、ここでエルフの彼女達にエルフの心情について聞いても無駄だろうな。レティシアがそう言うなら、そうなのだろうか?

 この後、何とか時間を貰う約束を取り付ける事に成功した。レティシア達は別室に移動して貰い、ニーレンス公爵と実務の話に移る。さて、リゼルが御立腹だけどどうするか?

 メディア嬢が途中で居なくなった事が少し気に掛かる。去り際に浮かべた笑みは良くない類のモノだったが、リゼルに後で聞けば良いか。多分だが、ザスキア公爵にでも情報を流しに行ったんだろうな……

 

 あれ、また胃がシクシクと痛み出したぞ。胃薬って持ってたかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 応接室には人払いをして話し合いの内容が外に漏れない対策を施す。参加者は、僕とリゼルとニーレンス公爵の三人だけだ。今回の話をアウレール王に報告して許可を貰わねばならない。

 流石に内緒で行うには問題が大き過ぎて無理、勿論だが僕が『聖樹の指輪』を所持していてエルフの森の聖樹を介して移動する事は秘匿しなければならない。一部の人しか知らなくて良い事だから。

 実は異種族交流を許容している貴族は少ない。エムデン王国ですら貴き青き血の一族とか、謎の選民思想が薄く広く蔓延しているのが現状。ニーレンス公爵みたいに他種族と盟約を結んでいる事は珍しい。公爵だから周囲も表だって反発しないだけだろう。

 

 その前提を踏まえて、僕がエルフと殆ど懇意にと言って良い程の関係を結んでいる事を報告すれば一部の者達に事実として広まる。そこから拡散する事は、幾ら口止めしても止められないだろうな。

 

「まぁ妖狼族を配下に組み込んでおいて今更か?ふぅ」

 

 身の回りが騒がしくなるし、人間至上主義者共からの敵意も更に集まるだろう。でも想定の範囲内だし、奴等の勢力は大幅に削いでいる。女神ルナの御神託という情報も貰えるし、油断しなければ大丈夫かな。

 

「む?なんだ、溜息など吐いて?」

 

 わざとらし過ぎたか?気落ちしている訳でもないけれど、色々と考えなければならない事が多過ぎて悩むのも事実なのです。

 あと、リゼルさん。隣に座っていますが距離が近いです。お互いの肘が当たる距離です離れて下さいませんか?最近知りましたが、これってガチ恋愛距離って言うらしいですよ。

 そんな気持ちなど皆無なのに不思議ですよね。あとニーレンス公爵から見えない様に太腿を抓るのは止めて下さい。跡が付かない程度の絶妙な力加減が素晴らしいですが、それなりに痛いです。

 

「エムデン王国と言うより、アウレール王への報告ですが……どうしましょう?」

 

 笑って許容して貰うには無理な問題が多い。『聖樹の指輪』の件は報告してないんだ。これって他種族が持つのは数百年振りとか何とか……つまり人間では僕が初めてと言っても間違いじゃない?マジックアイテム大好きな、セラス王女が知ったら騒ぎ出す?

 

「どうといっても事実を伝えるしかあるまい。レティシア殿曰く、ケルトウッドの森のエルフ達はリーンハルト殿が訪ねて来るのを待っている状況だぞ。移動は一瞬らしいが段取りがな」

 

 何を言っているんだ?みたいに真顔で言われた。確かにケルトウッドの森のエルフ達は、自分達の王からの通達が行っていて待ちの状態だった。長寿種故に週単位、下手をすれば月単位で待ってくれているかも知れない。

 だが我々に残された時間的な猶予は思ったよりも少ない。一度、手酷くあしらわれたからといって安心が出来ないのが愚か者の連中。一回くらい痛い目に合わされても、不思議な自信と謎のポジティブさを発揮するし。

 流石に二度目の愚行を犯されたら、今は静観しているとは言え分からないから。ケルトウッドの森のエルフ達がキレて侵攻して来ましたじゃ笑えない。

 

「楽観的に物事を捉えて、どんな状況でも事態が勝手に自分達の都合の良い方に好転すると信じている連中に時間を与えるのが怖いです」

 

 最悪なタイミングで最悪な選択をするのが、バーリンゲン王国の連中。嫌と言う程に学んだ事だが、それでもまさかソコまで愚かな選択はしまいと思う事を平然と行う。そこは嫌々だが信用しても良い。

 本当にまさかと思うのだが、自分達にはエルフ族も配慮させるだけの力が有るとか信じてないかな?送り込んだ使者達が殲滅させられた事実は綺麗さっぱり忘れてしまうのだろう。エルフ族に補償とか賠償とか求めるなよ?

 そしてエルフ族は自分達に対して失礼な連中だと憤り、失礼な行動を平気で行う。そういう未来が見える。それが人間族だと一括りに思われたら困った事になる。自分達だけ滅ぶなら良いのだが、普通に周囲を巻き込むんだ。生存が迷惑、それに尽きる。害虫共め。

 

「まぁそうだな。使者達が全滅させられた事が報告されて対処するとして、普通ならば国の上層部の判断を仰ぐ状況だな。だが今の奴等の上層部はクーデターを成功させた連中だぞ。はたして常識的な判断を下せるか?」

 

 常識?奴等には有りませんよ。そんなモノ。

 

「無理でしょうね。彼等の思考をなぞるならば、普通ならば盤石でない政権なのですから取れる手段は放置か強硬策。地盤固めを優先しての放置だと思いますが、間違いなく強硬策を選択するでしょうね」

 

 その言葉を聞いて物凄く嫌な顔をしましたね。でも信じたくないけど、それをやってしまうのが彼等なのです。多分ですが何かしらの病気を患っていると考えた方が気が楽になりますね。病気だから自分達とは違う、それに尽きるでしょう。

 

「兵を送り込む?自殺志願者だな。だが確かに謎の信頼感が、そうだと思いこませる。奴等とて生半可な戦力では負けると思う程度の知能は有るとして、勝てると思える戦力を搔き集めて送り込むのに半月程度か?」

 

「勝てる?ふふふ、そう思えるなら羨ましいですね。僕が百人居たって無理なのに?」

 

 軍属でない、ニーレンス公爵の判断で半月。多分だが自分の領地から兵力を抜き出して送り込む場合として半月と考えたのかな?だがバーリンゲン王国というか反乱軍として行動しているのだから兵力は今抱えている連中を割けばもっと早いと思う。

 王都に集まっている反乱軍を再編して送り出すだけならば半月は要らない。だが誰が指揮をするかで揉めると思う。普通なら負け戦だから押し付け合いだけれど、連中の謎の自信を考えれば『我こそが相応しいのだ!』とか騒いで争ったりしないかな?

 『エルフ族の里を思う存分略奪できるぜ!ひゃっほぅ』とかさ。思いかねないのが恐ろしい。そのまま滅んで欲しいけれど、そう上手くいかないのが世の常なんだよね。

 

「愚か者達の再侵攻の前に、ケルトウッドの森のエルフ族と話し合いを行うとして……余裕をみて出発は一週間以内でしょうか?」

 

「一週間か?残務整理や引継ぎに掛かる日数としては常識の範囲内だと思うが、レティシア殿達が納得するか?悪いが今直ぐにでもという感じだったぞ」

 

 いえ残務整理や引継ぎは殆ど無いのですが、一度バーリンゲン王国領に行けば帰って来るのは一月以上は掛かると思う。『聖樹の指輪』を利用して直ぐに帰る事は無理だと思う。

 確実に勘違いして戦力を纏めて押し掛けて来る連中の対処をしてから、フルフの街に駐留するロンメール殿下達と合流。そのまま王都に侵攻の流れだろう。フルフの街で妖狼族の精鋭と合流して……再度、女神ルナの御神託の確認も必要かな。

 王立錬金術研究所の次の課題を与えて、ロイス殿の見合いに同席してあわよくば婚約まで推し進めて、あとはイルメラ達の匂い成分が枯渇しない様に嗅ぎ溜めも重要。使用済みのインナーも新たに貰うとして……あっやべぇ。

 

「リーンハルト様?」

 

 リゼルさん?その件は後で話し合いましょうね。少し心の防壁がおざなりだった、反省します。

 

「うん?まぁなんだ。準備期間は必要ですので、僕からレティシア殿にお願いします。では、アウレール王への面会の手筈はお願いしても宜しいでしょうか?」

 

「早い方が良いだろう。明日の午前中で調整するので、明日は朝から王宮の執務室に待機しておいてくれ」

 

 僕に残された猶予は最長でも六日間かな。この期間で全ての事を行うのは無理が有りそうだけど、やるしかない。あとリゼルさん、太腿が抓ると痛いので力を弱めて貰えると助かります。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 別室で控えていた、レティシア達に何とか一週間の猶予を貰った。長寿種なのだから、もっと時間に余裕が有っても良いと思うのだけれど?まぁ愚か者共の暴走を考えたら一週間でも厳しいとは思うけどね。

 リゼルさんに僕の性癖がバレた。ユエ殿にも知られているし、もしかしなくても困った状況かもしれない。女性の体臭が好きとか、ニッチな性癖なのは認める。だが他の人に迷惑はかけてない当事者達だけの問題だと思います。

 貴族の紳士達は多種多様な性癖を持っているのだから、僕なんて無害な方だと思うんだ。そう思わない?

 

「思いますが、思考で質問されても困ります。まぁ夫婦や恋人の間での秘め事という意味では、確かに当事者以外の方々に迷惑は掛らないでしょう。ですが私の憧れは返して下さい」

 

「無責任に抱かれる憧れについては、僕は何も言えません」

 

 自分の屋敷に帰るのだが、リゼルさんが強引に同行している。このまま家族に会わせるのは不味いと思う。僕の性癖については、イルメラとウィンディア。それとユエ殿しか知らない筈だ。

 ジゼル嬢やアーシャには教えてない。でも、アーシャは何となく感づいているとは思う。夫婦の営みの最中に毎回クンクンしていれば、頭の良い彼女なら察しているだろう。知った上で何も言わないのだろうな。

 思いやりって大切って分かるんだ。ねぇ、リゼルさん?

 

「ふふふ、そうですわね。思いやりは確かに大切ですわね。私も思いやりの心で色々と、イルメラさんに相談したいのです。ええ、貴方の腹心の私としてです。

最近のリーンハルト様は少しガードが緩んでますから、一度引き締めるべきですわ。要らぬ害虫も多くなってきていますので、ここで仕切り直しが必要かと思います。悉く滅べ、お邪魔虫共め!勿論ですが、貴方に不利益な事にはなりませんのでご理解下さい」

 

 リゼルさん、お手柔らかにお願いしますです。

 

 


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