古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第878話

 フルフの街で兄上と合流して漸く落ち着いてきました。伝書鳩の連絡では既にエムデン王国から侵攻部隊が出陣、ソレスト平原の守備隊を一掃しモレロフの街に侵攻中。

 ソレスト平原の守備隊は属国化した際に弱体化させている二線級の部隊、勤務態度の悪い古参兵と新兵を組み合わせたので質も悪いし装備も悪い。

 しかも情報封鎖を行い、我が軍の動向も知らさせてなかったと聞く。精鋭部隊による奇襲攻撃、とてもじゃないが太刀打ちは出来ないでしょう。実際に完全敗北でしたし。

 

 開戦後、直ぐに自分達が不利だと理解すると愚か者の行動は早かった。指揮官クラスは無駄に自尊心が高く、根拠の無い自信を持って勝てると思い兵を進めた。

 末端で最前線の兵士達はどう足掻いても勝てない事を理解、突撃を命令する上官達を襲い指揮権を奪い早々に降伏したそうだ。それでもバーリンゲン王国側の被害は大きかった。

 初撃で大ダメージを与えた事は、自国の兵士を褒めるべきでしょう。流石は我が国が誇る精鋭部隊、彼等のやる気も大いに盛り上がっていたのも事実。

 

 正直鬱陶しい連中を思いっ切り攻撃した。それだけの事、効果は大きかった。まぁ彼等を憐れむ気持ちは微塵も無いですが……

 

「背中から味方に討たれるとは、最悪ですね」

 

 命令無視、独断専行、規律を重んじる軍属としての評価は最低。国防の意識は薄弱、自己中心的といえばそれまでですが、配下には絶対に欲しくない人材ですね。

 裏切り前提の連中に命を預ける事など出来ません。不利になったら、即裏切り命まで奪われるとか有り得ないでしょう。

 まぁそういう人材を集めていたのですが、間引くつもりが早々に降伏して捕虜として生き延びてしまった。彼等の処遇は戦後にどうするのか、頭の痛い問題ですね。

 

「軍人として最悪だな。自国の防衛や上官の命令よりも、己の命を優先して上官を殺し勝手に降伏するとはな」

 

 フルフの街の領主の館を接収し、元領主の執務室を臨時の作戦室として運用、構成員は私と兄上の二人しかいないのですが体裁は重要です。

 テーブルの上の地図に最新の勢力図を書き足します。我が国はソレスト平原の守備隊を壊滅させモレロフの街も平定、一旦軍を再編して20km先のスメタナの街の攻略に向かう準備の最中。

 半月も経たずに、フルフの街まで来てくれるでしょう。もう少しの辛抱です。私達もフルフの街を掌握し周辺の警戒網を敷いている最中、二千人の兵力でも心細いのです。

 

「自己中心的な連中の末路としては相応しいのでしょうね。不本意ながら降伏した者の処遇は取り決めに則った対応をする必要が有ります」

 

 物凄く嫌そうな顔で、兄上が吐き捨てましたが同感です。まぁその通りですし、出来れば程度の悪い連中をもっと間引いておきたかったのですが残念ですね。

 捕虜として拘束しているそうですが、味方殺しの連中が『自分達のお陰で勝てたのだから、もっと優遇しろ!』とか言い出しているそうです。呆れてなにも言えません。貴方達は味方殺しの裏切者。

 そんな連中の監視には、それなりの兵力を割かねばならなかった事が業腹です。悉く殲滅させれば後腐れが無かったのに、己の命可愛さに上官を殺して降伏した連中に足を引っ張られるとか有り得ませんよ。

 

「周辺の監視を怠らない様に再度念を押しておきましたが、兵士達の疲労も蓄積されていますね」

 

「四分の一しか城内に入れないので残りは野営だからな。敵地のド真ん中で緊張の連続だし、天幕での生活も楽ではない。簡易野営地を築いてはいるが、工兵じゃないから余計に疲労が溜まり負担となっている」

 

 リーンハルト卿の土属性魔法による野営地の構築が、如何に素晴らしかったか理解出来ます。工兵が百人単位で必要となる作業が、ものの数分で完了してしまうのだから……

 オルフェイス王女と、今は亡きウルム王国のシュトーム公爵の長男レンジュ殿との政略結婚に呼ばれた時の、彼の錬金によるサポートは素晴らしかった。あれが普通と思ってしまったのは間違い。

 今の状態が普通なのです。工兵を用意するなりしたかったのですが、不用意に本国から戦力を呼べなかったのが悔やまれます。周辺の住民を雇い入れて作業をさせる事も考えましたが…… 

 

 周辺住民も潜在的な敵だった事も誤算でした。

 

「難民の扱いも頭が痛いな。このフルフの街にも周辺の村々から難民が押し寄せている。我々は乱暴狼藉などしていないのに、周辺の貴族連中が私兵を率いて村々を荒らすとか。

何故、俺達が手厚く保護して補償をしなければならないのだ?自分達の国の支配階級の連中だろ?何故、宗主国だから我々の責任だと声高々に訴えるんだ?自業自得だろ?」

 

「何を言っても無駄と言う事です。出来れば野営地の構築の手伝いを有償で行わせたかったのですが、必ず手抜きをしますし下手をすれば内部の情報を敵に売りかねませんし頭が痛いです」

 

「討伐部隊を寄越せとか何様なのだ?少ない兵力を分散させる事など出来る訳がないだろう」

 

 宗主国の王族としては属国の領民の安全の確保は仕事の範疇では有る。これを蹴って追い返せば、後々騒ぎ出す事は確定。王族の責務も果たしてないとか言い出すのは目に見えている。

 その後で補償と賠償の流れだろうな。税制の優遇とか物資を寄越せとか、村々の代表が集まって今も勝手な話し合いを行い要求を突き付けてくる。フザケルナ!と言いたいが言えないのが実情。

 ですが私とて腹黒王族と言われ兄上の補佐として謀略担当を望まれた存在。愚かな者達の扱いも大分慣れてきたのです。あの者達は詰めが甘いのです。息を吸う様に嘘を吐くが、口だけで根回しをしない。

 

「ザスキア公爵が先行で少数ですが諜報部隊を送ってくれました。恐ろしい事に、彼女はこの状況を読んでいたのでしょうね。今、本当に彼等の言う事が正しいのか調査を行っています」

 

「流石は稀代の謀略公爵だな。女狐の本領発揮と言う事か。ニーレンス公爵達も子飼いの諜報部隊を送ってくれる手筈だし、其方も何とかなるか」

 

 安堵の息を深々と吐く、兄上を見て年上ながら可愛いと思ってしまいますね。ですが第一報は最悪でしたよ。貴族の私兵の略奪も確かに有りましたが、それは戦略物資の徴発でした。

 食料が主であり根こそぎ財貨を奪うとかではなかったのです。彼等も勝った後の統治を考えて全てを毟り取る事はしなかったのでしょう。まぁ我々に勝てると思う事が無理・無茶・無謀なのですがね。

 そして主だった村の代表達は全てを毟り取られたと偽り、我々から少しでも補償や賠償を捥ぎ取ろうと嘘をついた。これは明確な利敵行為、我が軍の力を間接的に削ごうとしていると判断出来ます。

 

 証拠が揃ったら、連中を捕縛して事実を大々的に公表。敵の姦計だと言い切ってしまえばよい。私としては、貴方達が戦後にどうなろうと知った事ではないのです。滅びろ、愚民共めっ!

 

「もう少しの辛抱です。領民達には最低限の炊き出しを振舞う必要が有りますが、数日中に居なくなるでしょう」

 

「はぁ。我々の数日分の物資が無くなってしまうな。俺達は王族なのに、こんなにせせこましい事を考えねばならないとは嫌になるな」

 

 せせこましい?兄上にしては珍しい表現ですね。確か地方の方言だったと思いますが、確か意味は『余裕がない・狭苦しい・窮屈である』でしたか?

 現状その通りですね。物資の余裕が無く、狭苦しいフルフの街に押し込められ、窮屈な思いを押し付けられているのですから。一番の心配は心にゆとりが無い事です。思考がギリギリですと一手間違えれば終わってしまいます。

 策士として綱渡りは最低、数手先を読み幾つものパターンを予測し何手も用意して事に当たるのが理想なのですから。現状は策士としては落第点でしょう。

 

「報告次第ですが、もしも虚偽報告ならば村の代表達は奪われたと嘘をついた財貨を隠し持って居る筈です。彼等の屋敷を家探しして横領した物資や財貨を根こそぎ奪うのも良いかも知れませんね。

補償と賠償、それは私達が行う権利があるのです。エムデン王国を舐め過ぎですので、痛い目を見せる必要があります。そうしないと何時まで経っても状況は改善しないでしょう」

 

「そうだな。物資の補充もそうだが、舐められっぱなしは性に合わないぜ。エムデン王国が簡単に騙せるなどと思いあがった連中にはキツいお仕置きが必要だな」

 

 こんな冗談を言い合える程に気心が知れてきましたね。この試練とも思える状況ですが、全く得る物が無いという訳では無かったのは良かったです。後は生き残る事だけ考えれば……

 

「そう言えば、パゥルム女王が面会を求めている件をどうする?緊急事態だからと拒否し続ける事も、そろそろ限界じゃないか?」

 

「己の国を見捨てて早々に亡命という迷惑を掛ける女性陣など軟禁していれば良いのではないでしょうか?今は緊急事態、身の程を弁えて大人しくしていて欲しいのです」

 

 兄上が序でみたいな感じで言いましたが、パゥルム女王と二人の王女の扱いには困っています。彼女達の要求は一貫して『安全確保の為に早々にエムデン王国領内に逃げ込みたい』です。

 私としては今回の件が収まるまでは、彼女達はバーリンゲン王国内に留めておく事に意味が有ると思っています。簡単に安全な場所でヌクヌクと暮らせると思わないで下さい。

 貴女は『ギリギリまで粘りたいのです。安易な逃げは、バーリンゲン王国の女王として認められないのです』と私達に決意を示したではないですか。それを早々に自己安全路線への切替は認めませんよ。

 

「ミッテルト王女は騒ぐだけだが、オルフェイス王女は侍女のミーティアに指示を出して動いている。何かしら良からぬ事を考えていると思って良いだろう」

 

「正直な所、私達も人員が不足気味で彼女達の動向を全て把握するには至ってませんから。本当に迷惑しか掛けない連中ですね。よくもまあ、リーンハルト卿は我慢して付き合っていたものです」

 

 何かと比較してきますが、私達は共に王族ですが宗主国と属国という越えられない壁が有るのですよ。配慮はしますが、全ての要望が叶えられるとは思わないで下さい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 フルフの街周辺の村々の調査を仰せつかったが、自国でクーデターが勃発した割には落ち着いているな。旅の商人と偽り馬車に日用品を積み込んでの聞き込み。

 戦乱の兆し有りと聞き及び商売のチャンスだとエムデン王国側から来たという体での行動なのだが、全く敵国の間者だと疑わないな。それ以上にエムデン王国の商人だと知った途端に見下しての強引な値引。

 先に商品を握り締めてからの値引き交渉、しかも複数人が同時に大声でがなりたてる。殆ど脅迫じゃないのか?何度も他国に潜入調査を行っているが、此処まで民度の低い連中は初めてだぞ。

 

「売れ、安く売れ。エムデン王国の商人なら、お前達が我々に行って来た悪行を考えれば無料でも良い位だろ?」

 

「そうだ。俺達に酷い事をしてきたのだから、謝って商品を全て置いていけよ」

 

「全く俺達の国が騒がしくなったから商売のチャンスだとか恥ずかしくないのか?普通なら援助に駆け付けるんじゃないの?」

 

 何だ、この強盗集団は?お前達にエムデン王国が何をしたっていうんだ?大人が数人で大声で罵倒して壁を作り、死角から子供が商品を盗み出す。こいつ等、慣れていやがる。

 エムデン王国の商人達が絶対にバーリンゲン王国には行商に行かないと聞いていたが、これをやられたら行く気になどならない。只の村ぐるみの強盗集団だ。此処は盗人村だぞ。

 旅の商人を偽る為に一人での行動が仇になったし、不信感を拭う為に武装も最低限にした事もだ。護衛の冒険者を雇うべきだったな。俺が本気になれば、こいつ等など皆殺しに出来る。

 

 だが任務優先だから、それも出来ない。ストレスが溜まる、糞共がっ!

 

「待て待て待てっ!兎に角、商品から手を放せ。それと子供が勝手に持ち出した商品は返せ。俺は領主様に賄賂を渡して来ているんだぞ。その賄賂分、領主様に働いて貰う事にするぞ!」

 

 普通なら全く通用しない嘘話だが、こいつ等には効果覿面だったみたいだな。バツの悪そうな顔をして掴んでいた商品を放し、子供達も持ち出した商品を戻した。それでも数個は戻って来ないとは……

 だが貴族の恐ろしさの理解はしているのだろう。本当は領主などに賄賂など渡していないが、今直ぐに確かめる手段はないからな。警戒するのは、口封じとして殺させない事だ。

 だから、もう一つ布石を打つ。欲に目が眩む連中は短慮な奴が多い。今も数人が農具や小刀を握り締めている。隙あらば殺す、それ位の事はする連中だな。

 

「俺は安全の為と強欲な領主様からの命令で売り上げの三割を更に納める事になっている。なので行く村の事も教えているんだ。お前等に商品を盗まれて売り上げが有りませんでしたと報告するぞ」

 

 この一言で武器に手を掛けていた連中が大人しくなった。ここの領主が強欲な事は調べが付いている。税の二重取りとか普通にやる。そんな領主が居るからこそ、領民達もこういう事を平気でする事になる。

 確かに同情する気持ちも有るが、自分達が困っているから他人から奪ってやるという考えには同意しない。襲われる側に、その理屈は通用しない。奪われたら奪い返すと言われても駄目だと言えないだろ?

 どうしようもない現実、これがこの国の実態。支配階級の連中が鬱憤の捌け口にエムデン王国を利用しているのだろう。それを単純に信じ込んでしまう。

 

 だがそういう話を聞かされているのに、何故に領主がエムデン王国の商人に賄賂を貰ったから配慮すると思った?矛盾しているだろう?領主が俺を襲わないと、何故に疑わない?

 歪な思考に凝り固まっている。まぁ今は個人的な感情など関係無い、情報を集めるのが仕事と割り切ろう。今夜は酒でも飲まないとやってられないけどな。飲む酒も無いけどな。

 奪えないと分かると、俺にも商品にも興味が無くなったのだろう。徐々にだが人垣が減っている。まぁ現状を見る限りでも、この村が強制徴発により立ち行かないと言うのは嘘だと分かる。

 

「領主様に、この村は未だ余裕が有ると聞いていたのだが?本当に商品は買わないのか?今なら二割位は、おまけしても良いぜ。不足している食い物と交換してくれるなら、更にまけるぜ」

 

 強欲な連中ならば、値引きの誘惑には逆らえないだろう?もし買うとか言ってきたら、それなりの余裕が有るって事だ。本当に食うにも困る位に困窮していれば、金は無いし食料も無い。

 集まった連中を見る限りでは、栄養失調で倒れそうな程に痩せている者は居ない。逆に栄養状態も良さそうに見える。身なりも質素で古いが定期的に洗っていると思える。つまり身嗜みを気遣える余裕は有る。

 まぁ村の中で虐げられている連中が居る可能性も捨てきれないが、村人の大多数に未だ余裕が有るならば……村長の援助要請は嘘だと分かる。最初から嘘だと分かっていたが、手間でも裏取りは必要だからな。

 

「よそ者にやる食い物なんて無いな。欲しければ村長にでも泣き付けば良いぜ。もっとも村長も、フルフの街にいるエムデン王国の殿下様に集りに行ったけどな」

 

「全く属国化しても、俺達の暮らしは変わらないな。貴族や有力者達だけが裕福で、俺達には恩恵など全く無い。この村では村長だけが私腹を肥やしているんだ。腹立たしい事にな」

 

「エムデン王国の殿下様は甘い御方だと評判らしいから、相当な量をふんだくって来るだろうな。もう少し待てば、村長が色々と買ってくれるんじゃないか?」

 

 そう言って村人達は去っていったが、捨て台詞と言えども色々な情報はくれた。

 

「成る程な……貴様等、エムデン王国を舐めるなよ。必ず後悔させてやるからな」

 

 


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