古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第881話

 エルフの里の『聖樹』を利用した長距離移動は、何度経験しても新鮮な感じがする。『聖樹の指輪』を嵌めて聖樹に触れると周囲が眩しい位に光り輝く。

 そして僅かな浮遊感を感じながら背中に強風が当たる様な感じで全体的に押される。勢いに負けて数歩前に歩くと徐々に光が収まり周囲の景色が変わっている。

 体感的には数秒、それで長距離移動が終わる。原理は全く分からないし魔力も感じない、精霊の力とでもいうのだろうか?それとも最初に感じた通りに神聖魔法だろうか?不思議体験はワクワクするが、今回の状況を考えると微妙だ。

 

「おお、本当に人間が聖樹の加護を授かっているとは驚いたな」

 

「本当に珍事だぞ。それに人間にしては内包する魔力が高い、レティシア殿のお気に入りだけの事はある」

 

「ふん。人間にしてはであって、我々からすれば微々たるもの……とは言わぬが、それなりだな」

 

「だが、水の精霊に受け入れられているぞ。我等が若輩共より飛魚(ひぎょ)が懐いている」

 

 レティシア、話は通しておいてくれたのは感謝するけどさ。一人で最初に交渉先(敵地)に向かわせるって何だよ。客寄せの珍獣みたいになってるぞ。

 幸いというか、物珍しさが先行しているのか敵意は薄いが見下されてはいる。まぁ種族的な能力を考えれば当然だろう。序にバーリンゲン王国の連中のやらかした事を考えれば余計にだ。

 ケルトウッドの森のエルフの集落もゼロリックスの森の集落と同じく、聖樹を中心に建物を配している。そして殆どの住人が集まっているのだろう。目視でも二百人位居る。

 

「お初にお目に掛かります。リーンハルト・ローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラ・フォン・バーレイと申します。宮廷魔術師第二席の任に就いています。本日はエムデン王国を代表して使者として参りました」

 

 長ったらしい正式な名前を名乗り貴族的礼節に則り軽く頭を下げる。言葉使いは相手を立てる事を選び、失礼のない様に配慮する。知識欲が高いエルフならば、人間界の礼儀作法も理解はしているだろう。

 それを僕に対して用いるかは別問題として、此方もエルフの正式な作法など知らないからな。あと挨拶を始める前から、僕に飛魚達が纏わりついてくる。正直、羽根の部分がモコモコで擽ったい。

 この子達は、ゼロリックスの森の子達と同じなのかケルトウッドの森の子達なのか区別がつかない。まぁ精霊界から呼ばれてくるなら一緒か?呼ばれて?呼んだっけ?

 

「随分と礼儀正しいのだな。始末したアレと同族とは思えないが、我が王の言葉が真実だったのだろう。歓迎しよう、リーンハルト殿」

 

 アレ?随分と友好的というか何というか……聖樹を取り巻いていたエルフ達の中から進み出た、三人のエルフの内の一人が右手を差し出してきたが握手なのか?

 

「私はケルトウッドの森のエルフ族の代表、クロレスです」

 

 外見は二十代の美青年だが、身に纏う魔力が膨大過ぎて自分との差が全く分からない。レティシアよりも多いのが辛うじて分かる位だ。エルフの森の代表というだけの実力者なのだろう。

 待たせる訳にも行かず、半ば思考を放棄して笑顔を添えて握手に応える。ひんやりとした細い指に固いタコを感じる。物作りが好きで器用な種族なので、何かしらの物を作っているのだろう。

 この段階で漸く背後に、レティシア達の気配を感じた。感覚的に一分位は遅れて来たのだろうか?出来るならば、もう少し早く来て欲しかった。リゼルの紹介とかも未だなのに、先方の代表と挨拶しちゃったよ。

 

「クロレス殿、待たせたな。彼がリーンハルト、私のお気に入りだ」

 

 レティシア、遅いぞ。そしてお気に入りとか変に煽る言い回しをしないで下さい。初めて言われたので困惑しかないのですが!

 

「私達、のな。レティシアだけが模擬戦を待っている訳ではないのだぞ」

 

 ファティ殿、ブレないですね。そんなに模擬戦が待ち遠しいのですか?でも直ぐにはやりませんよ。完敗する未来しか見えないし、善戦など出来ないし。

 

「先に挨拶は済ませたみたいだな。彼女の事も紹介しておこう。リーンハルト殿の配下で今回の同行者である……」

 

 ディース殿、リゼルの名前を憶えていなかったのか?軽く背中を押して自分で挨拶しろって急かしたよね?

 

「リーンハルト様の配下として同行を許されました、リゼルです」

 

 見事なカーテシーを披露して挨拶をする。正式に賜った領地もありフォンを名乗れるのだが、今回は僕の配下としての立場を尊重し名前だけ名乗った。事前の打合せ通りだ。

 バーリンゲン王国の貴族達がやらかしたので、敢えて貴族だと主張せずに名乗る。それと悪い言い方かもしれないが、エルフ達はリゼルに興味を示さないと考えたから。

 あくまでも人間の亜種として、僕が捉えられたからの状況なので変に貴族だとか人間界の権力を示しても無意味と判断したんだ。僕等の目的は不可侵条約、それだけで良いのだから。

 

 それにしても周囲のエルフ達の敵意が薄い、本当に薄い。若いエルフ達は人間達の殲滅を訴えたというのに、多分だが若手と思われる連中も固まって此方を見ているが、あからさまな敵意は感じられない。

 

「うむ、まぁ立ったままでは話も出来ぬ。付いて来られよ」

 

 そう言ってスタスタと歩き始めたので、慌てずに後を追う。自然な動きで、リゼルが左側の少し後ろを歩き三人娘は真後ろに並んで付いて来る形となる。緩い対応だが、堅苦しいよりもマシだと思おう。

 僕の周囲には相変わらず飛魚達が泳ぎ回っているが、リゼルは顔色一つ変えずに歩いている事に驚いた。彼女には水の精霊である、飛魚達の事は言ってないのだが、近くを飛んでも特に怯えたりの反応も無い。

 肝が据わっているとかの段階じゃないと思います。因みにリゼルが見えてない訳ではない。『あらあら可愛い精霊さんですわね』とか言っている時点で可笑しいと気付くべき事だぞ。

 

 集まっていたエルフ達も散っていった。最初は全員で集まって注目したけれど、一目見たら特に興味も失せた。とかだろうか?最悪は問答無用で攻撃されると覚悟はしていたので拍子抜けではある。

 すこしだけ気が楽になったが、帰ってからの説明が大変な事になると本能が訴えてきている。リゼルさんの考えとは如何に?それだけが気に掛かります。

 少し歩くと小川が見えて来た。川幅は2mもなく水面から底が見えている。水深は50cmも無いだろうが、キラキラと反射する魚影が見えている。魚が住んでいるのか、自然を好むエルフの里らしいな。

 

 クロレス殿が何かを唱えると、草がニュルニュルと生えて来て絡み合い何かを形成し始めた。成る程、テーブルと椅子を形作るのか。流石は魔法特化種族、初めて見る魔法だ。

 感動していると数秒で見事な会談場が出来上がった。クロレス殿が率先して座り、大丈夫だと証明してくれたので勧められるままに座る。

 因みにだが円形テーブルなので、僕がクロレス殿の真向かいに座り右側にエルフ三人、左側にリゼルは座った。座ると直ぐに樹呪童と思われる疑似生命体が、硝子の器を配り始めた。

 

 コレって、アレだ。デュース殿に振舞われた謎の栄養飲料だ。エルフには普通らしいが人間の味覚からすれば微妙な評価のアレだ。僕は苦手ではないが、リゼルはどうだろう?

 気になって横目で見れば、ニッコリと微笑まれた。つまり手は付けませんって事だろうか?マナーが分からない場合、手を付けないでスルーする事が正解って事だろうか?

 野外の所為か微風が気持ちよく日差しも優しい。最初に考えていたよりは友好的だし、心配し過ぎただろうか?このまま何事も無く交渉が終わってくれれば良いのだけれど……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 特に急かされる事もなく穏やかな時間が流れる。本来の長寿種であるエルフ族の時間の使い方だな。焦らず急かさず、物事を早急に運ぶ事を嫌う。時の流れの捉え方が圧倒的に違うから、時間が解決するという考え方も多い。

 薬草風味の強い飲み物をチビチビと味わうように飲む。さて種族間会談の筈なのだが、まったりし過ぎている。僕は嫌いじゃないし、横目で見るリゼルも穏やかな時間の流れを楽しんでいる。

 クロレス殿は終始笑顔なのだが、表面上だけ捉えるのは危険でしかない。少なくとも三百歳、いや四百歳を超えているだろう。転生分を含めても圧倒的な年上で経験も段違いだろう。

 

「最初は疑っていました。我が王の言葉とはいえ、人間を信じる事に抵抗を感じていました」

 

 なんの前振りも無く人間不信を訴えて来たが、バーリンゲン王国の事を考えれば仕方無いと思うしかない。あれと一緒くたにしないで貰えただけでも幸せだと思うしかない。

 下手な言い訳は意味が無いと思い、頷くだけで同意を示す。僕だって逆の立場だったら同じ考え方をする。アレ等と同一視される事は耐えがたい苦痛だが、同じ人間だと言われれば反論は出来ない。

 苦言を呈する、クロレス殿の表情も口調も穏やかだ。バーリンゲン王国の連中をダシに僕等を責めようという感じはしない。ただ事実を淡々と述べているみたいだな。

 

「妖狼族と魔牛族からの口添えも有ったのです。我等が面倒をみている種族ですが、共にアレ等には不快感を強要されたのですが……彼等が、リーンハルト殿には配慮して欲しいと願い出たのですよ」

 

「妖狼族?ウルフェル殿か?フェルリル殿か?魔牛族は?ミルフィナ殿?まさかな」

 

 ユエ殿は僕の屋敷に入り浸っていたが、ウルフェル殿は新しい領地の里作りで会っていなかったが気を利かせてくれたのだろうか?元々、ケルトウッドの森のエルフ達とは交流は有った筈だし。

 魔牛族は分からない。ミルフィナ殿位しか接点が無いし、友好的かと言われれば不可侵を結んだ程度の関係だし?口添えしてくれる程の関係は築いてないと思うけれど?

 そんな疑問を浮かべている僕を見て、クロレス殿が自然な笑みを浮かべる。物凄い美青年の自然な笑顔に、リゼルもドキドキしているかと思って盗み見たが目が合って驚いた。

 

 つまり美青年の笑顔をガン無視して、僕の横顔というかギフトで思考を読む方を優先したんだね。それって淑女としてどうなの?

 

「ウルフェル・ガーフィー殿とミルフィナ・ラーラム殿ですよ。妖狼族は自分達の新しい支配者が如何に良くしてくれている事を語り、始末した連中と違うと力説してくれました。

魔牛族は単純に数が多い人間は国別に認識を分けるべきだと言っていましたが、ミルフィナ殿はリーンハルト殿に個人的な借りが有るので配慮して欲しいとね。珍しい事が続いて驚き疲れました」

 

「ミルフィナ殿が?あの件を借りだと思っていてくれたとは驚いたが、レティシア絡みだからかな?」

 

「善意しかありませんでしたよ。特にミルフィナ殿は、恥ずかしそうでしたが私は恩知らずではないので嫌でも何でも行動を止める事はしないとかなんとか。自分を偽る建前をですね。ふふふ……

同性好きの変質者扱いをしていましたが、可愛い一面が見れて考え方を変えさせられました」

 

「まぁレティシアを御姉様扱いで慕っていたのは事実ですが、同性好きかどうかは如何ともし難くてですね」

 

 ミルフィナさん、貴女はエルフの代表からも散々な評価を受けていましたよ。変質者扱いが無くなった事は良い事だと思いますが、それって淑女としての評価は……

 

 ケルトウッドの森のエルフ達を盟主と掲げていた他種族の重鎮達からの口添えが有ったからの対応か。確かに彼等はバーリンゲン王国の連中に苦労をさせられていたから、余計に信憑性が増したんだな。

 同じか、それ以上に毛嫌いしていた連中がエムデン王国は違うと力説してくれれば聞き入れるか。それが自分達を慕ってくれている連中なら余計にだ。

 予定には無かったが、魔牛族にも配慮が必要になったな。特に暴走した連中が見目麗しい彼女達に邪な行動を起こす事は間違いないし、防げるとは思っているが全くの放置は駄目だ。

 

 恩を受けたら即座に返す。エルフ達に信用して貰う為にも必要な行動だ。

 

「その同族の困った連中の対応について、我々の方で対処させて頂きます。エルフの方々には不干渉でお願いしたいのですが……」

 

「構いませんよ。リーンハルト殿が今後の折衝役をして頂けるのであれば、アレ等の事は別物と考える事としましょう。ですがアレ等の標的が、魔牛族に向かっています。対応にしくじれば、この話は白紙に戻します」

 

 えっと?あの連中がエルフ族に一蹴されたから、懲りずに今度は魔牛族の里に押し掛けるって事?エルフが駄目なら魔牛族でって事?思わず頭を抱えてしまう。

 アレを同じ種族と思わないと駄目なら、僕は亜種でも良いと本気で思ってしまった。遺恨が皆無になるまで滅ぼそう。迷惑しか掛けない様な同族の恥など滅ぼそう。

 クロレス殿も良く我慢してくれたと思う。これが事実ならば普通に人間は誰でも拒絶しても不思議じゃないのに、友好的に扱ってくれた事が奇跡だよ。

 

「今から魔牛族の里に行きます。建前は、ミルフィナ殿への感謝を伝える為にですが……恥ずべき者達が居れば、僕の方で責任を持って対処致します」

 

「それで構いません。貴方が今後の折衝役として相応しいかどうか、私達に分かり易く示して下さい」

 

 席を立ち握手をして会談を終える。レティシア達は事前に知っていたのだろう。特に何も言わなかったのが証拠だ。そうでなければ、妹分のミルフィナ殿が襲われそうと言われて黙っている訳がない。

 全ては段取りされていたんだ。そしてエムデン王国がバーリンゲン王国と違う事を証明しろと言われた。これで同族だからと手心を加えたら、エルフ達からの信用はゼロからマイナスになる訳だな。

 嗚呼、同族四千人殺しが加算されてしまうが仕方無い。同族の恥部を殲滅する事に躊躇する意味が無い。それで同族から恐れられても、飲み込める。

 

「慌しくて申し訳有りませんが、今から魔牛族の里へ赴こうと思います」

 

「ええ、案内に風の下級精霊の空鼬(からいたち)を用意しています。この子の案内に従って下さい。飛魚が見えるのですから問題は無いでしょう?」

 

 空鼬?クロレス殿の指さす先に真っ白なフェレットに似た生き物が浮いている。体長の半分程の大きさの尻尾が膨らみ風を纏っているみたいに体毛が靡いている。これが風の下級精霊。

 僕は水の下級精霊である、飛魚としか心が通じて無いので見えないと思っていたのだが?目を凝らせば普通に見えるけど?あれ、違ったかな?そう思い、ディース殿を見ると笑顔でサムズアップされた。

 だれですか?エルフの御姉様に、そんな仕草を教え込んだのは?テヘペロもそうだけれど、俗世に塗れてないですか?どうやら案内役に問題は無さそうで良かったです。

 

 


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