古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第886話

 ミルフィナ殿と二人きりで応接室での密談。昼前に氏族の代表達との話し合いの前に聞き出さねばならない。国家間の交渉としては全く有り得ない駄目な事前交渉だが、どうにも魔牛族との交渉はやり辛い。

 ラーラム氏族の方々には受け入れられた。他種族間交渉としては良いスタートだとは思う。人間だって国家・地域・部族等の違う集団との交渉は本来難しい。反発し合う事柄の摺り寄せから始まるし、それを対価にして押し通すからだ。

 互いのメリットを調整するなら良い方で、一方的な力関係で押し通す事も有る。妥協を迫れる戦力比って奴で、国家間の交渉は殆どが国力差(軍事力)によって決まる。

 

 双方に国力の差が無い場合に、互いのメリットを擦り合わせて妥協という調整をする。双方にメリットが有るならば問題は無いが、ウィンウィンの関係って言っても良くて四・六か悪ければ三・七だよ。

 エムデン王国は大陸最大最強の国家、普通なら他国も自国との国力差に応じた対応をしてくる。だがバーリンゲン王国は例外中の例外なのか、属国で弱小国家なのに上から目線で交渉と言う名の集りをする。

 そのバーリンゲン王国をエムデン王国は無用と切り捨てた。多少遅いかと思ったが、その判断は正しいと自分は思っている。国の名前が消えるだけで済まそうと思っていたが……

 

 エルフ族は違った。国土そのものを無くすつもりだ。

 

 バーリンゲン王国は大陸の端部だから、仮にこの地が森に飲まれても困りはしない。難民の扱いをどうするか?は大きな問題だがウルム王国を下した後なので、未開の土地は割と余っている。

 難民を各領地に振り分けて未開の土地を開発させる事は可能だが、腐った国民性を考えると国中にこいつ等をばら撒く事はマイナスでしかなさそうだ。うん。きっと各地で小さなコロニーを作って反エムデン運動をするな。

 そうなれば他国に押し付けるか?駄目だ、エムデン王国の領地を通らなければ他国には移動出来ない。そもそも面倒臭い連中を受け入れてくれる国なんてない。こいつ等の性根の悪さは結婚式に招待された時に広まっているから、受け入れ先など無い。

 

 ミルフィナ殿の爆弾発言だが、これってエムデン王国としても大問題だぞ。

 

 バーリンゲン王国の反乱分子の一掃は確定だが、残された連中の扱いにも関わる。群雄割拠時代に戻して争わせて数を減らさせて、生き残りを優遇し傀儡政権を樹立する案は却下だな。

 森の浸食のスピード如何では時間が無いかもしれない。それは戻ってからレティシアに確認するとして、今はミルフィナ殿から出来るだけ情報を吸い出さなければならない。正式な会談の前に知らないと不味いだろう。対応を間違える可能性が高い。

 エルフ族には色々とお膳立てして貰っていたが、最後の最後で大きな問題を齎せてくれたな。ああ、どうしようか?今から胃がシクシクと痛くなってきたが、お腹を押さえて蹲る訳にはいかないんだ。

 

 僕は交渉事とか半人前なのに、その場で国家の方針に関わる事の判断を下す事が多過ぎない?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それなりに広い応接室、窓から差し込む暖かい日差し。風も無く過ごし易そうな一日となるだろう。向かい側には居辛そうに座る、ミルフィナ殿。何だろう、尋問じゃないが変な気分になる。まぁ半分近くは尋問みたいなものか?

 昨夜は暖かいベッドで十分な睡眠を取れたから体調は万全、魔力も最大量まで回復している。対愚か者共対策は万全、来たら早急に殲滅する。それは大した問題ではない。

 何となくだが、元宮廷魔術師筆頭のマドックス殿が散り散りとなった元宮廷魔術師団員達を集めているらしいので、一緒に来そうな気がする。ミルフィナ殿への執着を考えれば、必ず来る。じゃないと他人に奪われるとか考える筈だから。

 

 時間的な余裕が有るか無いか分からないので、ミルフィナ殿との話し合いは最短で終わらせたい。

 

「ふふふ、大国の重鎮様なのに堅苦しい慣例とかしきたりを守れとは言わないのですね。バーリンゲン王国の方々など対応一つでも違うと大騒ぎでしたわ」

 

「公式な使者としての肩書は有りますが、今回は緊急を要する問題ですので自分の権限の範疇で簡略化しています。そもそも他種族間との交渉事に人間の都合だけ押し付けても無理でしょ?」

 

 そう微笑んで答える。正直に思えば、魔牛族や妖狼族という少数民族との交渉ならば単純な人口比で強気に出る国は多いと思う。バーリンゲン王国も自国の貴族位を与える事で懐柔し組み込んだ。

 最初の頃の妖狼族も立場上は、バーリンゲン王国の下に組み込まれていた。僕の暗殺の片棒を担がされる理由も、ダーブスの裏切りやユエ殿の身柄を抑えられていた事もそうだが待遇改善の意味も大きかった。

 だが考えて欲しい。彼等の後ろにはエルフ族が居て、酷い扱いをすれば最終的には彼等が出張ってくるんだよ。大陸中の人間の国家が団結しても、一つの森に住むエルフ族には敵わない。

 

 それ位の力の差が有る。仮に僕が百人居ても、良くて善戦して負けだな。笑えない力量差を良く考えないで行動する馬鹿共が多過ぎて困る。人間至上主義者とか、何を根拠に強気に出れるのか?

 人口?生産品?繁殖力?全く意味が分からない。僕と言うかエムデン王国を巻き込まないで欲しいよ。必ず負ける戦いに挑む理由がさ、何かを守る。家族や恋人、尊厳とかなら理解出来るけど見栄や利益じゃ納得出来ない。

 利益といっても既得権を奪われるとかなら未だ分かるけど、有りもしない特権とか根拠の無い自分の方が高位な存在だからとかさ。自己中心的過ぎる、他人を巻き込まずに勝手に死ね。

 

 ああ、あいつ等の事を考えると幾らでも文句が湧いて来る。それはそれで凄い。全く羨ましくも無いが、存在が奇跡だな。険悪の塊、最低最悪の国家か……

 

「異種族に理解が有る。理解とは尊重してくれるって事ですわ。妖狼族との付き合い方を知れば余計に思います」

 

「相互理解って難しいです。それが人間同士でも至難なのに他種族の方々となれば……ですが交渉とは、本来そういうものです。勿論ですが自国の利益の優先も含まれていますよ」

 

 今回は内緒ですが、クロレス殿というかエルフ族からの信用問題に関する事だから妥協出来る事は全て妥協するつもりです。最大の目的は、エルフ族が今回の騒動には不干渉である事。この達成が一番重要なのです。

 その対価としての、魔牛族の完全確保なのです。その為ならば、僕の扱いが雑とかは二の次三の次。雑と言っても普通に友人としての歓待で十分。国交を樹立した後に、正式な使者の連中に丁寧な対応をしてくれれば良い。

 だが少し雲行きが怪しい。その違和感というか問題点の洗い出しをしておかないと、アウレール王への報告にも差し支える。何となくだが、魔牛族はエムデン王国領に移住したいのではないかな?

 

「利益ですか?お馬鹿さん方の抹殺?でも彼等は幾らでも沸いて出ますわよ。人間の繁殖力って凄いじゃないですか?」

 

 不快生物扱いだ。ミルフィナ殿は結構な毒を吐く。それだけ嫌な思いをさせられていたって事だが、アレと僕を同じと思わないで下さいね。

 

「否定します。元を断てば大丈夫な筈ですし、今回はその元を断つ為に動いてますから。変な連中は全体の一部だけですから、アレを人間の標準とは思わないで下さいね」

 

 チクリと釘を刺す。アレと僕と同一視しないで欲しいのです。奴等は特殊だから異常個体だから。

 

「あらあら?そうですか?そうですね。分かりましたわ。今後は気を付けます」

 

 首を傾げて可愛らしく言っていますが、その内容は人間という種を貶していますよ。あと淑女が人口増加を繁殖力とか言わないで下さい。確かに何時でも何処でも発情する人は居ます。結構居ます。

 その結果、子孫繁栄というか子宝が沢山というか数が揃うと大きな力を発揮する種族だからです。個人的には個の力は弱くても一致団結すれば大きな力を発揮する、良い種族だと思います。

 その人間という種の中で異端視されているのが、僕らしいのですが……それが、エルフ族との交渉の力になるなら利用するだけ。僕個人の目的に沿っていれば受け入れる、沿わないなら反発する。

 

 僕はイルメラ達との幸せな結婚生活を送る為に行動している。それが叶わないとか邪魔をするなら磨り潰すだけ、簡単な事だ。

 

 いかんいかん。イルメラ成分が枯渇しているからか、考え方が物騒な方に傾いている気がする。国家の代表の交渉役としては、いけない思考だった反省。でも襲って来る奴等は磨り潰す。

 これは決定事項だ。誰にも変えさせない自分で行う誰にも頼まない任せない。同族殺し、また何千人も追加されるけど構わない。英雄という呼ばれ方をする上での対価みたいなモノだ。

 直球で問い質す事を思い直し、ミルフィナ殿と少し近状報告や雑談を挟んで歓談する。余裕が無さ過ぎるのは問題だった。話し易い雰囲気作りって大切だよね。

 

「ふふふ、まさか貴方とこの様な関係になるとは思いもしませんでしたわ」

 

 微笑みを浮かべての流し目とは高度なコンボ技ですが、僕に効果は無いです。貴女の本性(異種族の同性好きという性癖)を知っていますからね。

 普通なら勘違いしそうな事を平然と仕掛けてくるけれど、まさか本当に僕を篭絡するつもりか?なんて思ってしまう程には露骨だな。だが彼女には、そんなつもりは毛ほども無さそうだ。

 では一族の誰かを嗾けるのか?って話に戻る。側近は『それは自分の役目ではない』と言った。ならば三人の幼女か?それも無いだろう。そろそろ探りというか本題に入るかな。

 

「不適切な表現です。お互いに国家や一族を代表して話し合う関係、そういう事ですからね」

 

「もう少し淑女的な扱いをして欲しいと願うのは悪い事かしら?」

 

 え?今更?無理でしょ。お互いに一般人から見れば変態的な性癖持ちですよね?同性大好き、異性の匂い大好き。その本性を知っているのに、普通の淑女の扱い?無理でしょ?

 

「まぁそれはそれとして。さて本題ですが二つ有ります。キリキリ答えて下さいね」

 

 引き攣った顔の彼女に向けて、出来得る限りの笑顔を向ける。納得のいく説明をして下さいね!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先ずは一番大事になりそうな『バーリンゲン王国と呼ばれた土地が森に飲まれる』って話だ。エルフ絡みでも有るので、国家規模どころか大陸中の国々にも関わる大問題だよ。

 エルフ族とは森に棲み森と共に歩む種族なのは広く知れ渡っている。自分達の森を害する者に苛烈な報復をする事もだ。だからエルフの森とその周辺の自然に人間は干渉しない出来ない。

 だがエルフ達も一定の距離の有る森に人間が入り込んで、木々を倒したり植物を採取しても文句は言わない。どこに線引きが有るか分からないが、大体10km以上の距離は置いている。

 

 転生前も、エルフが森を自分達で広げる事など聞かなかった。今ある森を慈しむ、そういう種族だと思っていたが……自らの意思で森を広げる事が出来るのは、人間からすれば脅威だ。

 人間だって森で生活する事は可能だが、平地だって必要。仮に大陸全てを森と化せるとなれば、人間という種は激減する。今の人口を賄える食料が生産出来ないから……この情報は広められない。

 アウレール王には報告するが、公爵達にだって教えられるかどうかって話だぞ。落ち着いて考えれば大問題だったが、今は脇に置いておこう。情報収集の方が今は大事だから。

 

「その、私達もこの土地には愛着が有ります。先祖代々受け継いできた大切な土地です」

 

 ミルフィナ殿が言葉を止めたので黙って頷く。例え戦乱等により支配する国が変われど生まれた土地、故郷とは特別な意味を持つ。土地と共に生きるのが普通だろう。

 だが例外もある。妖狼族とかは信仰の方が重要で、エムデン王国への移住に対して文句など無かった。女神ルナの御神託という強力な強制力が働いた特殊な結果だとは思う。

 では、魔牛族は?女神ルナの御神託の代わりに、エルフ族から言われたら?故郷が森に埋まるから移住しろ。丁度良いタイミングでエムデン王国というか、僕との関係が出来たから頼れ。

 

 嫌とは言わないだろう。いや、言えないだろう。土地への愛着はあるが周辺環境が劣悪だったし、そもそも魔牛族は森には住めない種族だし。

 人間と関わり合う事が止められないならば、バーリンゲン王国よりエムデン王国の方に切り替えるが正解だけどね。そもそもバーリンゲン王国は無くなるから、エムデン王国一択だな。

 自慢じゃないが、エムデン王国は大陸で一番の国家だし、他種族にも寛容だし。わざわざ他を頼る必要など無い。ああ、その交渉の手段の一つに問い質したい話が絡んでくるのか?

 

「ケルトウッドの森のエルフ達も、今回の件について思う所が相当ありまして……バーリンゲン王国自体の存続にまで怒りが及んでいます。居てはならぬ存在だと、抹消するべき存在だと決めました」

 

 ええっ!そこ迄の話なの?これって腐った貴族だけでなく国民全体って話まで及んでいる?これって相当不味いぞ。問題の無い連中とは共存するつもりが、ここの連中全てにまで及んだら……

 エルフならやりかねない。出来るだけの能力も有るし相応の理由も有る。だが国家丸ごと殲滅となれば、人間に恐怖心とか不信感とか色々抱かせる。これはヤバいなんてものじゃない。

 暴走している連中を殲滅して洗脳された連中も殲滅して間引いた後で、群雄割拠時代に戻して勝ち残った比較的にまともな連中で傀儡政権を樹立させる予定が狂った。

 

 ミルフィナ殿が心配そうに声を掛けて背中を擦ってくれている。僕は自分でも気付かない内に頭を抱えていたのか。状況がドンドン悪い方へ加速している。

 モリエスティ侯爵夫人、不味い、不味いですよ。モンテローザ嬢を破滅させる為に洗脳して『はらいせに共犯者を募りエムデン王国に反旗を翻し殲滅されて破滅しろ』って命令が偉い事になりました。

 確かに不義理で嘘吐きで傲慢で自己中心的でどうしようもない最低な連中ですが、須らく殲滅は話が大き過ぎて……だが誰にも言えないし相談も出来ない。

 

「ははは、ヤるしかないのか最後までヤるしか」

 

「リーンハルト殿?どうしたのですか?何故、虚ろな目をして何かを呟くのですか?別に彼等が全滅するのは自業自得ですから、リーンハルト殿が心を痛める事は無いのですよ」

 

 うん、自業自得。そうなんですが切っ掛けを作ったのは僕の共犯者なんです。もう一度、ケルトウッドの森のエルフ達と、クロレス殿と詳細を詰めないと駄目だな。

 流石に黙って受け入れるには問題が有り過ぎて、彼等を庇う訳ではないが何処かで線引きして貰わないと……これもエルフ族との交渉の範囲だから、僕の仕事なんだよな。

 最後まで面倒を掛けてくれる連中めっ!もうエムデン王国に何かしたら絶対に許さないからな!

 

 でも苦労しても報われない。奴等は感謝なんかしないし、もっと好条件を引き出せなかったとか責めてくるんだろうな。貧乏くじを引いたと諦めるしかないのかな。

 

 


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