古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第887話

 ケルトウッドの森のエルフ族の意気込みを知って驚いた。クロレス殿の単独の意見じゃなくエルフ族全体での統一な意見だと思う。レティシア達も知っているのだろうな。

 細かい所まで教えてくれなかったのは、知らなくても問題無いと思っているとか教える必要も無いとか。仮に知られても止められても受け入れないとかだろう。

 エルフ族の王の決定は覆せない。形振り構わずお願いすれば、万が一位な確率で妥協か延期はさせられると思うけれど止めてはくれない。

 

 だから自己満足みたいな無駄な事はしない。

 

 この土地は森に飲まれる事は決定している。問題は時期や進行速度、何処から森が浸食してくるのか。これ位なら、エルフ族も僕には教えてくれるだろう。

 事実確認としてで、止めてくれとか考え直してくれとかじゃなく、此方も準備が有るから詳細を知りたい。このスタンスなら大丈夫、場合によっては協力するとか言えば良いのかな?

 即日森に埋まる事は無いだろう。植物の成長速度を促進させてまで進める事じゃないと思うし、自然な形で森を広げていくと思いたい。希望的には十年位だと有難い。

 

 逆に半年で!とか言われたら避難も何も無いだろう。単純に地続きの隣国である、エムデン王国に難民が大挙して押し寄せるだけ……それはそれで大問題だな。

 

 モア教の教義的には、土地を追われた難民に手を差し伸べるだろう。それを只見ているだけは宜しく無い。難民問題、簡単に言えば保護と救済だろう。

 今回はバーリンゲン王国全土に関わる事だから、自国内で移動する国内避難民とは違い、他国へ避難する難民扱いになるのだろう。理由が理由だけに他国からの支援など望めない。

 エルフ族が排除すると決めた連中の救助など、エルフ達との友好関係のマイナス要因にしかならない。自国のモア教が動くならば、モア教に対して支援する程度だろう。

 

 では仕方無くエムデン王国が難民を受け入れた場合、僕がエルフ族に森の浸食は止めないが避難して来た連中は受け入れると言えば良い。流石に避難民を全て排除する事は、政治的にもモラル的にも出来ない。

 エルフ族は連中には無関心だと思うから、好きにしろ程度の感情だろう。いや、迷惑を掛ける連中を助けるとか物好きだな。位は思われるかな?エルフ族への対策としては、そう問題は無い。

 問題はエムデン王国というか、アウレール王の方針次第だな。難民を受け入れろ!っていうだけでは終わらない。面倒臭い手続き・調整・予算・膨大な人手と時間が必要になる。

 

 ぶっちゃければ、モア教に膨大な資金と物資を渡してお任せするのが効率的だと思う。友愛を教義とする国教だから、貰った資金や物資は効率的に運用してくれる。そこに横領などの不正はない。

 宗教とは心の拠り所でもあるから、不安な環境でのストレスの軽減にもなる。先の見えない不安からくるメンタル面の回復が難しいのだが、モア教ならば大丈夫。それは信頼して良い素晴らしい宗教なんだ。

 エムデン王国としては治安維持の為の人員を送る事、一時的な避難場所の提供。短期的にはこれで問題は無い。だが何十万人もの非労働者を長期に抱え込むのは、大陸一の大国でも無理。

 

 ではどうする?公共事業を斡旋して職を与える、住居を与えて自活を促す。言うは簡単だが国費で賄うのは非常に厳しい。難民がエムデン王国に溶け込んで税収が取れるまで何年掛かるか分からない。

 そこで不安なのが、バーリンゲン王国の国民性だ。彼等は理解不能な独自の理屈で、エムデン王国は自分達を優遇する責任が有ると信じ込んでいる。つまり難民の自分達を手厚く保護するのは当然だって思うだろう。

 最悪の寄生虫、つまり難民として受け入れたら最後、生涯の面倒を見ろって考える連中の集団だ。自活・自立などしない絶対にしない。する訳が無い。そこは嫌だが信用している。そういう連中だから心情的には受け入れはしたくない。

 

 現実的には国境のソレスト荒野を提供し、エムデン王国内には入れない。いや一定の審査を経てからの入国か?他国から人道的・人権的な問題で難癖を付ける口実としては弱いが、モア教に対しても弱い。

 変な思考に凝り固まった大人は別として、子供達は早急に助ける必要が有るけど親から引き離す事は出来ない。衛生と健康と教育と必要な事が多過ぎて、頭が痛くなってきた。

 それに余り優遇すれば、自国民達からも不満が噴き出すだろう。自分達が納めた税収を使われる事に、もろ手を挙げて賛成など無理。そもそも嫌っていた連中だから余計に……

 

「あの、リーンハルト殿?私を前にして思考に耽られても困るので、覚醒して下さい」

 

「え?あ、申し訳有りません。難民対策まで考えを進めたら、もうどうして良いか分からなくなってしまって……」

 

 気が付いたら、ミルフィナ殿が隣に座り袖口を引いて覚醒を促していた。距離が近いのだが、彼女は特に何か思う所とかは無いのだろうな。でも何故か難民って言葉に凄く反応したな。

 

「その、言い難いというかお願いというか……」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 畏まった顔をした、ミルフィナ殿がモジモジと内股を擦り合わせている。何か悪いモノでも食べたか、虫にでも刺されたのか?対外的に見られれば良い状況ではないが、どうしよう。

 誰かに見られたら誤解させそうで怖い。男女が密室で隣り合って座っているだけでアウト、外交的にもアウト。やんわりと注意して席を立って離れれば良いのだろうか?

 嫌ではないが好きでもない。正直な気持ちを言えば『気まずい』と『困った』だな。妙齢の美女なのに他の感情は全く浮かばないのが凄い。もしかして僕って十代半ばで既に枯れてるのか?

 

「リーンハルト殿に、私達というか魔牛族の面倒も妖狼族と同じように見て頂きたいのです」

 

 はい?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ミルフィナ殿の要望を纏めると、エルフ族の王と(一応)懇意であり、人間ながら(亜種として)認められている僕の庇護下に入りたいとの事。妖狼族から色々と情報が入って来るので、不安が少ない事。

 どの道、人間とは距離を置いても交易等で付き合っていく必要が有るので、僕と言う種族全体が崇めるエルフ族とも良好な関係を築いている事も大きなプラス要素だそうだ。

 実際に森が浸食してくれば平地を居住場所としている魔牛族は拠点を移さねばならず、他国には居住地を提供して欲しいと頼む相手も居ない。普通に僕一択な訳だが、不利な条件を押し付けられても困る。

 

 一族で暗殺騒ぎを起こした妖狼族でも受け入れているし、大陸最大国家の重鎮で所有する領地も広いので移住先も困らない。最優の交渉先である、僕がエルフ族の依頼で自分達の所に来る最大の好機。

 魔牛族全ての氏族達が納得し賛成、是が非でもこの機会に話を纏めたい。エアレー達、幼女三人は僕の側室候補としての顔見せの意味合いも有ったらしい。流石に気に入らない相手に一族の為に嫁げとは言えない。

 だが懐いたのを見て、一安心した。ミルフィナ殿と側近殿が言った『ちゃんとした理由があるのです』と『それは私の役目では無い』って言葉通りの意味だったのかよ。

 

「僕は幼女愛好家ではないので、彼女達を受け入れる事は出来ません」

 

 じゃ育つまで待ちますからとか適齢期の娘を差し出しますとかも無しです。これ以上、側室を増やす事は嫌なので勘弁して下さい。

 

「あの子達の前で同じ事をいったら悲しみますので止めて下さい」

 

 いやいやいや、流石に未だ幼い娘に、そんな酷い事を直接言いませんって。それを嗾ける大人に文句を言っているのです。しかも他種族に嫁げとか、もしかして前例を作って自分もレティシアと?

 それとミルフィナ殿自身が『私達もこの土地には愛着が有ります。先祖代々受け継いできた大切な土地です』って言いましたよね?流石に土属性魔術師の僕でも土地ごとの移住は出来ません。

 深く息を吸い込み吐く動作を数回繰り返す。うん、すこしだけ落ち着いた。魔牛族の立場で考えて見れば、それが最善手だって事は理解出来る。彼等はエルフ族の決定には逆らわないので、移住は決定事項だ。

 

 なら移住先の面倒を見て貰う見返りというか対価として、大切に育てている一族の子供を差し出すって事もね。それが一族の結束が強い少数種族の最大限の行動なのも理解出来る。それ程の身を切られる様な対価を提示した。

 人間族では、僕以外は信用出来ないので大切な子供を三人も側室を宛がい関係性の強化を図りたい。もともと容姿に優れた種族だし、バーリンゲン王国の連中が散々求めた事だから、それが人間には有効だと考えたのだろう。

 バーリンゲン王国の連中め。余計な先入観を与えたから話がややこしくなるんだぞ。しかも元宮廷魔術師筆頭のマドックス殿が、ミルフィナ殿に御執心で真実味を持たせた。

 

「そんな酷い事は言いません。ですが彼女達に気に入られたからと言って、側室とかに迎え入れる事は出来ません。僕にも立場が有り、婚姻には一定の審査が入ります。魔牛族は強力な力を持つ一族。

そんな君達を取り込む事は国家として許可しないでしょう。僕個人が強力な魔術師なのに他にも戦力を宛がえる筈がない。簒奪するとか騒ぎ出す政敵が必ず居ますから、付け入る隙は与えられない」

 

「ですが、妖狼族は配下として受け入れたでは有りませんか?逃げ出すだろう、バーリンゲン王国の連中も受け入れようとしていませんか?私達と何が違うのでしょうか?」

 

 え?難民問題の件って言ったかな?言ってないよね?もしかしなくても考え中に口に出してたりしてたのかな?いや、うっかり難民対策って言ったな。またやってしまったのか?この思考に耽る癖は全然治らない。

 意識して注意していても全く効果が無い。もう個性かっていう位に大事な所でやらかしている。

 

「えっと妖狼族は広義では移民扱い、逃げ出して来るバーリンゲン王国の連中は難民扱い。魔牛族の場合も恒久的な移民扱いになるのかな?領主は国内難民の受け入れには権限を持っているけど、国外からだとどうだったかな?

妖狼族の場合は、アウレール王の許可が有ったから可能だったので普通なら無理だったと思います。多分だけど戦時中の特例的な何かで許可が下りたと思います」

 

 実際は敵対するバーリンゲン王国の戦力を減らす為、だが妖狼族はエムデン王国には忠誠心を向けてないからの特別措置。戦闘民族である妖狼族には首に付ける鈴が必要で、それが僕だった。

 だが魔牛族の場合はどうだろうか?余り詳細が知られてない種族だから、妖狼族みたいに手綱を握らないと暴走するって感じでもないし、ゆるやかな融和でも良さそうだし。

 一番説明がし易いのは、王家直轄領内に移住先を決めて、そこに移り住んでくれれば良いけどね。でも感じからして、例え大陸最大国家の国王でも嫌って感じがする。それはそれで不敬で困ります。僕にも立場が有りまして……

 

「ではエムデン王国の国王に申し入れをすれば良いのでしょうか?その時に、リーンハルト殿は口添えをして頂けますか?」

 

 エルフの庇護下にある少数種族を受け入れる事は、正直に言えば難しくない。アウレール王ならば許可するだろう。色々と都合が良いし、そもそも魔牛族は問題を起こしそうな連中じゃないし。

 人間至上主義の連中からしたら度し難い行為だとおもうけれど、僕が殆どを閑職に追い込んだので国内外への影響力も減っている。それに妖狼族と魔牛族を傘下に取り込んだ事は他国への良い牽制にもなる。

 その分、不要な難民の対応も強いられるのは業腹だがモア教対策の関係で受け入れるしか無いだろうな。でもその扱いについては、色々と考える必要があるけど……

 

「下話は通しておきますし、内部調整も根回しもしておきます。多分ですが、いきなり話を持って行くよりは事前に調整を済ませた方が確実です。というか、先に下話をさせて下さい」

 

「有難う御座いますわ。良い返事をお待ちしております。それと、あの子達を他の方々に嫁がせるという代案は拒否します。リーンハルト殿以外では、私達も納得出来ませんから」

 

 いえいえいえ、その謎の信頼感って何なの?聞いてませんし知りませんよ。その真意を問い質そうとした時、周囲が騒がしい事に気付いた。どうやら招かれざる者達が現れたみたいだな。

 全くタイミングが悪くて嫌になる。とことん僕の邪魔をするんだな。元宮廷魔術師筆頭マドックス殿よ。この鬱憤を八つ当たりと理解しながらぶつけさせて頂きます。

 ストレス発散に大規模魔法の連打が爽快感を感じられて良いのです。僕の精神の安定の為にブッ飛ばされて下さい。

 

 


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