古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第888話

 魔牛族との本交渉を行う前に、ミルフィナ殿と先に話を詰めていたのだが色々と考えないと駄目な事が多過ぎて困ってしまった。エルフ族絡みだから、魔牛族的には殆ど決定事項なのも困る。

 無下には出来ないが困る。結果的に話を引き伸ばすしか出来なかった。一度エムデン王国に持ち帰って改めて返事をする事にしよう。気が重いし胃が痛い。どう考えても妙案は浮かばない。

 だが魔牛族は比較的に友好的な事が分かっただけでも良しとしよう。どの道、この地が森に埋まれば彼等も移住するしかない。その移住先が隣国で伝手の有るエムデン王国というだけだ。

 

 あとは、アウレール王の判断に任せれば良いのだが……エルフ族絡みだし、極力希望を叶えろ!とか言われて終わりな気がする。

 

 そんな微妙な雰囲気をブチ壊してくれたのが、待ちに待っていたバーリンゲン王国の連中だ。魔牛族は集落の周辺以外にも見張りを放っていたらしく、街道沿いに此方に向かって来る武装勢力を発見。

 その数、約五百人。先頭には、マドックス殿と複数の魔術師が見受けられるとの事。パゥルム女王が起こしたクーデターの時に一緒に逃げ出したという元宮廷魔術師団員達だろうか?

 それとも、マドックス殿の一族か門下生か?戦力として魔術師は強力な存在だ。遠距離攻撃が可能な連中が居ると分かっただけでも良しとしよう。まぁ僕に対して効果が有るかどうかは疑問だけどね。

 

 それでもわざわざやって来てくれたのだから歓迎しなければならない。一応、属国の元宮廷魔術師筆頭殿だし、宗主国の重鎮として相応の礼儀を以ってもてなしてあげようかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 情報通りならば、あと三十分程度で視界に捉える事が出来るだろう。一応出迎えるに当たり、魔牛族の里の少し前の街道で待ち受ける。街道は真っ直ぐ伸びていて高低差も無い。

 僕が来た方向とは逆から来るとかさ。途中で鉢合わせるかと思って注意を払っていたけれど、全くの取り越し苦労だった。まぁ前日に来れたので間に合ったと思おう。間に合わないのが最悪だからね。

 余裕を持って待ち構えられる。しかし元魔術師筆頭を含む五百人からの武装勢力、今のバーリンゲン王国だと城塞都市の防衛戦力と同等以上だな。よくも集めたものだ。

 

「ミルフィナ殿は立ち会わなくても良いですよ。マドックス殿が居るそうなので、会いたくないでしょ?」

 

 彼の性癖では、ミルフィナ殿に女王様な事をして欲しいらしいし。そんな倒錯した性癖を拗らせた老人に会う必要など無いと思うんだ。本人だって会うのは嫌だって言っていた筈だし、僕に任せて欲しいってお願いしたよね?

 

「いえ、一応とはいえ私達、魔牛族に会いに来る訳ですから話位は聞いてあげるべきでしょう。その内容如何によって、リーンハルト殿に対処して貰う形が良いと思います」

 

 一応正装というか着飾った、ミルフィナ殿が何故か小さ目のメイスを持って隣に立っている。自分で一発殴らないと気持ちが収まらないとかなの?出来れば話を聞いて、断ってそのまま殲滅したいのです。

 メイスで殴るには接近しないと駄目ですよ。流石に五百人だと初手を間違うと取り逃がしが出そうなので、敵対の意思を確認したら即殲滅したい。具体的には、広範囲にゴーレムで囲んでの包囲殲滅?

 まぁ自惚れでないが、五百人程度なら何とでもなるし、それでミルフィナ殿の気持ちが収まるなら構わないけどさ。あの爺さん、殴ったら逆に喜ぶんじゃないかな?

 

「何ですか?その目は?これは魔法発動の為の触媒、人間で言えば杖かロッドですからね。逆に喜びそうなので殴りませんよ」

 

 やはり喜ぶのか。奥が深いな……

 

 でも嬉しそうに振り回していません?確かに微妙な大きさのロッドって言えばそうかも知れないけれど、打撃武器にしか見えません。魔牛族の男性陣も打撃武器を好むと聞いていましたから、余計にです。

 まぁ確かにじっくりと見ればマジックアイテムには間違いないし、魔法発動の補助として変わり種として短剣やナックルなんかも有るから少し変なくらいだろうか?

 全金属性、長さは50cm程度、先端が丸くなっている。それなりの重さも有りそうだが、軽々と持っている。デザインもシンプルというか飾りは全くない、実用的過ぎる。絶対に普段使いの打撃武器だと思う。言わないけど……

 

「そんな要求までしていたのですね。何となく予想はしてましたが、当たって欲しくはなかったです」

 

 痛みを伴う快楽か……上級者過ぎて理解も納得も出来ない未知の領域だな。

 

 これだから人間は性欲の権化とか多種多様な性癖持ちばかりとか言われるんだよ。汎用性が高い?いやいやいや全く自重と自粛をして欲しい。真面目な女性の匂い好きとして、忸怩たる思いだ。

 

「私だってそうです。普通に性的対象に見られるだけでも嫌なのに、更に特殊な性癖で見られていたなんて……人間って」

 

「人それぞれです。特殊な性癖を持つ一部の連中を基に、全ての人間が変質者と思われるのは心外ですよ。まぁこの国の連中は、その特殊な連中の比重が大きいのは嫌ですが認めます」

 

「でも私が会う殆どの人達がそうでしたわ。貴族の方々も裕福な平民の方々も、等しく私達に欲望の目を向けてきます。リーンハルト殿だけが例外中の例外でした」

 

 いやいやいや、ロンメール殿下だって同じでしたよ。確かにダンスを申し込んで来た連中の欲望に塗れた視線はアレだったけれど、ウチの連中は取り敢えず自重する事は出来た筈です。

 あと、モア教の関係者とかシモンズ司祭達とかは聖職者だから当たり前か。失礼な考えだったな。裕福な平民の方々とは、魔牛族と直接的な関りが持てるとなれば商人達とかかな?

 魔牛族は人間との関わり合いを必要最低限に抑えていた。妖狼族も同じとは思うが、彼等は若い世代が積極的に都会に出たがった。そこに付け込まれて、僕の暗殺計画を持ち込まれた。

 

 結果的に妖狼族は先にエムデン王国への移籍と移住が出来た訳だが、一歩間違えれば一族全滅の可能性も有った。まぁ女神ルナの御神託が強力だったから、暗殺計画自体が読まれて仕組まれていたのだろうが……

 ん?妖狼族は女神ルナを信奉しているけれど、魔牛族って信仰する神っているのかな?宗教問題は気を遣わないと拗れるから、先に聞いておくべきだな。

 

「そう言えば、魔牛族って崇める神様とかいるの?信仰する宗教って何かな?」

 

「今更ですか?私達は精霊を信仰の対象としています。森羅万象に宿る精霊を敬うという形でしょうか?その事も有り精霊を使役するエルフ族の方々に従っています」

 

 精霊信仰か。なんて言ったっけ?アニミズム?違うかな?全てのモノに宿る精霊が信仰の対象って、結構幅広いよな。僕も下級精霊の飛魚(ひぎょ)は呼び出せるけど、今回の件はそれも影響しているとか?

 

「妖狼族達とは違って緩いですよ。彼方は女神ルナ様という人ならざる力を持つ存在を崇めていますし、実際に御神託という具体的な指示が出るそうですわね。だからいち早くエムデン王国に移住出来た訳です」

 

「うん。実際に御神託って凄いと思う。僕の秘密とか思惑とかも丸分かりだったし。流石にさ、自分の信仰対象でなくても神様に逆らう真似は出来ないよね」

 

 魔牛族は宗教観は割と緩やかなのか。それは良かった。信仰にガンギマリな連中って、信念を曲げないし何が有っても何を犠牲にしても思いを遂げようとするし。正直手に負えない感じがするんだ。

 まぁ女神ルナの代わりにエルフ族を信奉してるって事で良いのかな。つまり、クロレス殿の依頼を達成しないと駄目って最初の話に戻る訳だ。多分だがモア教に改宗しろとか言わなければ平気だな。

 エムデン王国は国教としてモア教を崇めているが、他宗教にも割と寛容だし。そもそもモア教が他宗教に寛容だから、余程の事がなければ宗教間で諍いは起きないし……起きれば信徒達が容赦しないから、それはそれで問題だけどね。

 

「本当に細かい所まで配慮してくれるのですね。フェルリルやサーフィルの自慢を何度手紙で読んだ事か……あれ程悔しい思いをした事は最近では有りませんでした」

 

「そうですか、情報漏洩は身内からだったよ」

 

「ふふ、一度敵対して暗殺を仕掛けて来た方々を身内扱いとか。本当に、リーンハルト殿は変わっていますわ」

 

 肩をすくめて、どうしようもない気持ちを表す。いい加減、人間の亜種や突然変異扱いは堪えます。僕はいたって普通の魔術師です。まぁ転生という反則で人生二回目ですがね。

 

 最近はって事はアレだな。異種族あるあるで、長寿種故の最近は数年とか十年単位でって事だよな。そこに突っ込むと実年齢の話にまで波及するからしない。聞き流すのが正解、実地で学んだよ。

 そうこうしている内に視線の先に人影が見えて来た。先頭の馬に乗っているのが、マドックス殿かな?高齢だから騎乗せず馬車かなにかに乗って来るかと思ったよ。街道の幅一杯に四列で広がって歩いている。それなりに統制が取れている?

 騎乗しているのは一人だけで後は全員徒歩、物資運搬の輜重隊が居ないのは徒歩圏内に拠点が有るからか?彼の領地の事は調べてないから分からないが、クーデターに反対しないで隠居したから領地は没収されてない筈だっけ?

 

 その後ろにいるのが魔術師だな。合計で、八人か。それなりの戦力、全員が火属性魔術師みたいだな。僕が魔力の放出を極力抑えているのに向こうは垂れ流しているが、ペチェット殿を思い出す。

 彼も一歩間違えれば敵対行動と捉えられる魔力の完全開放をしていたっけ。理由が『自分との力量差を教える為』だっけ?確かに魔力の隠蔽は一部では褒められた行動ではないらしいが、むやみやたらと力を誇示してもね。

 自己主張など行動と実績で示せば良いんだよ。まぁ彼はミッテルト王女の命で、フローラ殿が粛清しちゃったんだよな。それで彼女が病んだ、つまり病み女が生まれた原因はマドックス殿だな。

 

「全く、元宮廷魔術師筆頭として、国家の為に忠義を捧げず後継者が処刑されたら気落ちして隠居するとかさ。宮廷魔術師筆頭としての責任感が無いんだよ」

 

「どうしました?いきなり叫び出したりして?」

 

 その、両手で肩を抱いてイヤイヤしながら離れないで下さい。僕が危険人物みたいじゃないですか。職務についての責任と影響力について、思う所が有ったのです。

 気落ちして隠居した筈なのに、ミルフィナ殿に対して性癖全開で迫るって何なの?老いて益々お盛んですね?って小粋に返せば良いのですか?良い訳無いですよね?

 貴方の無責任な行動のお陰で、折角引き抜いた同僚が病み女になって色々と面倒臭いのです。しかも同性の年下の少女に懸想してるしって、あれ?同好の士が、こんな身近に居ましたよ。

 

「因みにですが、ミルフィナ殿は元バーリンゲン王国宮廷魔術師のフローラ殿の事を知っていますか?」

 

「ええ、知っています。幸薄い苦労人の方ですよね。彼等にしては珍しい常識を弁えた方ですが……フローラ殿が何か?」

 

 思った以上に高評価だった。しかも幸薄い苦労人って昔からそうだったのか。真面目な性格だから、損な役回りとか押し付けられていたんだろうな。今じゃ我が国で同性で年下の、ウェラー嬢を性的に狙う変態だよ。

 同じ性癖を志す者だから、会わせたら自然な成り行きでくっ付くかな?駄目かな?試してみる価値は有りそうだが、出来れば病み女とは接したくないし。でも折角の出会いをセッティングしないのも勿体ないし。

 でも万が一にもカップル成立した場合って、僕の苦労が増えるような気がする。同僚が異種族の同性とカップルになった件に対して、出会いをセッティングした上司の責任とは?

 

 『生産性の無い不毛な出会いの斡旋は貴族的に駄目です』跡継ぎが必要な貴族として同性婚は許容出来なかった。

 

「何ですか?百面相ですか?喜んだり悔やんだり悲しんだり、この緊急事態のさなかに何がしたいのですか?」

 

 一応、緊急事態の認識は有ったのですね?良かった、随分と気が抜けていたみたいで反省しよう。これからが本番、失敗は今回の交渉全てに影響を及ぼすのだから……

 

「いや、なんでも有りません。なんでも無いのです」

 

「そうですか?今の態度は微妙に信用なりませんわ」

 

 そんな話をしていたら、連中が50m位の距離に到達、此方を確認して左右に扇状に広がった。どうやら全員が弓矢を装備した弓兵だったみたいだ。

 珍しい。魔術師が同行する部隊は、基本的に歩兵は防御重視。防御力の低い弓兵は殆ど配置されない。そもそも遠距離攻撃を魔術師が担うから、同じ遠距離攻撃が出来る弓兵の同行を嫌がるんだ。

 理由はプライド、遠距離攻撃は自分達に任せろって事なんだろうな。後は防御を任せるのだから、守備力の高い盾持ちの兵士を好む傾向が高い。エムデン王国も少し前はそうだった。

 

 今は改善して臨機応変に応えられる構成に変えつつあるが、基本は騎兵・歩兵・槍兵・弓兵で構成されて騎兵以外は歩兵で一括りだな。

 

「最初から敵対行動を取っていますわね」

 

 落ち着いてますね。矢こそつがえていませんが、普通は怖いと感じませんか?

 

「威嚇を兼ねているのでは?まぁ無駄ですけどね」

 

 50m、微妙な距離だな。僕のゴーレムは45度で山なりに射てば500mは届くが、普通なら100m程度。一見50mは近いが、多分火属性魔術師の魔法攻撃の範囲が50mなのだろう。

 弓兵は接近されると弱いから、最大射程距離を保つのが常道だと思うけどね。後は弓矢の性能かな?クロスボゥなら連射は出来ないが距離と威力は稼げる。彼等の装備している弓は……なんだ?

 丈が短くM字型に屈曲しているから短弓か。携帯性に優れて連射もし易い、良い装備じゃないか。よく見れば鎧とかの装備も統一されてるし、正規軍みたいだな。

 

 マドックス殿の私兵ではない。そうなれば領主軍か有力な貴族の私兵か、まさか正規軍が出張って来たとか?違うとも言い切れないのがアレな感じの連中なんだよな。

 

 


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