古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第889話

 マドックス殿が率いているだろう、バーリンゲン王国の連中の軍勢と向かい合っている。連中は魔術師と弓兵の混合部隊で、既に弓兵は扇状に広がって戦闘態勢を整えている。

 中心には騎乗した、マドックス殿と数名の魔術師達。お互いの距離は約50m、普通に考えれば連中の方が優位で必殺の布陣だろう。ここは街道沿いで周囲に遮蔽物は無い。

 戦闘になれば一方的に攻撃出来る。まぁ50mの距離ならば完全武装した重装歩兵なら20秒程度で接近出来るが、魔術師の存在が心強いのだろう。矢は防げても魔法は防げない。

 

 そんな常識的な事を考えているなら愚か過ぎる、僕は戦争関連では悉く常識をブッ壊してきた。その情報は誰でも入手出来る位に広まっている。

 

「どうやら、マドックス殿と魔術師連中が近付いて来ますね」

 

「私達の存在を視認している筈ですのに、少なくとも敵対した場合に貴方の存在を確認したら、普通は逃げ出すのではないかしら?」

 

「僕は対外的には、一応は温厚で誠実、慈悲深く優しいらしいのです。本当は敵対すれば殲滅が基本なのですが、噂話の信憑性の低さと英雄の看板が大き過ぎるのが原因かな?」

 

 敵対しても謝れば許してくれる。そんな都市伝説じみた噂話を信じている連中なのだろうか?

 

 いやいやいや、有り得ない根拠を基に謎の自信が満々な連中だからな。もしかしなくても自分達の方が有利だから一方的な要求を突き付ける為に近付いているとか?

 有り得るのかな?いや有り得るな。何故なら、ミルフィナ殿を見詰めるマドックス殿の表情を見れば丸分かりだよ。自分の欲望が叶う事を信じて疑わない顔をしている。

 正直に言えば欲望丸出しで醜く歪んだ顔。普通に見たくないのだが、ミルフィナ殿の様子を横目で確認すれば……汚物を見る目だな。これだから人間は、って話に戻ってしまうんだよ。

 

「全く嫌になる。きっと面白くも無い要求を突き付けられますよ。アレが人間のスタンダードとか思わないで下さい。特殊な事例です」

 

「人間の特別変異の貴方が言っても信用性は低いと思います。ですが今回は少し違います。前は少しは欲望を隠して取り繕っていたのですが、今回は全く隠す素振りが有りません」

 

「隠す必要が無くなった。最初から魔牛族の里を襲撃するつもりだった。そんな所でしょうか?」

 

 未だ伏兵でも居るのかと、広範囲に魔力探査を行ったが特に伏兵は居ない。自分では練度の高い兵士を五百人も率いて来たから負けないとか考えているんだろうな。

 10m程近付いて止まった。一応使者としての体裁ならば馬を降りる筈だが、乗ったままだな。僕の存在を認めていないっていうか視界に入れないっていうか、周囲の魔術師達が気付いて騒いでいる。

 まぁ自分達の国の宮廷魔術師達が模擬戦とは言え複数で挑んでボロ負けした相手が居れば驚くのが普通だが、特に仲間内で小声で話すだけでマドックス殿に何か意見するとかは無いのか。

 

 まぁ欲望を滾らせている老人に話し掛けるのは嫌だよな。僕も嫌なのだが、もしかしなくても僕の存在を認めてなくない?認識してなくない?

 

「リーンハルト殿の存在に気付いてないのでしょうか?」

 

 ミルフィナ殿が小声で聞いてきたが、僕もそう思います。人間、欲望に忠実過ぎると周囲が見えないって事か?恋は盲目?近いけど違うかな?

 

「ミルフィナよ。我が物となる決心は付きましたかな?」

 

 いやいやいや、いきなりソレか?欲望から入るの?挨拶とか来訪の目的とか、もう少し飾らないの?年を取るとせっかちになるって聞いた事は有るけど、ソレでも酷くない?

 

「何度もお断りした筈ですし、一生涯心変わりも有りませんわ。有り得ません。きっぱりはっきりお断りさせて頂きます。二度と顔を見せに来ないで下さいませ!」

 

 メイスを振り下ろしながら言い切りました。一生涯ときたか、二度と来るなか。まぁ当り前だけどね。だが断られた、マドックス殿が身を震わせて喜んでいる様に感じるのは見間違いかな?

 あっそうだった。そういう性癖だった。女王様的な物言いとか拒絶とか、きっと彼等の業界では御褒美ってヤツだな。なんとも恐ろしいというか怖いもの知らずというか……

 同行している魔術師の連中の態度は分かれた。ぞんざいに扱われて憤る連中と、恥ずかしい事を仕出かしたと羞恥する連中。もっとも恥ずかしいと思っているのは一人だけ、残りは怒ってるよ。

 

「ですが里を滅ぼされても同じ事が言えますかな?」

 

 この脅迫に、ミルフィナ殿は僕の背に隠れる事で答えた。『敵対するという決定的な言質は取りましたので、後はお任せします』だと思うけど、マドックス殿はそうは思わなかったみたいだな。

 この段階で漸く僕という存在に気付いたみたいだ。器用な事に今迄は視界にすら入って無かったって事だろうか?ブルブルと震えているが、先程とは違い喜びじゃなく怒りでだな。

 身に纏う魔力が漲っているのが分かる。火属性魔術師って怒りとかの感情の起伏によって魔力が上下するんだよな。魔術師は冷静たれって意味は魔力は常に一定に保てって事だぞ。

 

 まぁ高ぶる感情で魔力も上がるなら、それはそれで有りって事らしい。でもそれって魔力制御が出来ませんって事で、僕は自慢じゃないが、任意に魔力を高めたり抑えたり出来るぞ。

 でもそれって魔術師として最初に教わる魔力の制御であって、それを突き詰めただけだから自慢にはならないし出来ない方がおかしいと思うんだ。

 フレイナル殿とかもそうだったが、最近の彼は精神が老齢したっていうか枯れ果てたっていうか。落ち着いていて感情で魔力が変化する事が少なくなっている。技術と同じく心構えも関係する?

 

 まぁ魔力量の変動についての考察は別の機会にして、今はこの状況に対応しよう。

 

「小僧っ!貴様、バーレイ伯爵だなっ!後継者だけでなく俺の女まで奪うつもりかっ!」

 

「俺の女って、淑女をモノ扱いには賛成しかねます。それと後継者のペチェット殿を粛清したのは、ミッテルト王女の命令で実行犯はフローラ殿。僕は模擬戦で負かせただけです」

 

 まぁ模擬戦も多対一と不利な条件で圧勝したから、宮廷魔術師としての役職の息の根を止めたって意味では間違いないですね。って続けた。

 一応、周囲は警戒している。取り巻き達は特に反応せず、弓兵達も矢をつがえるとかもせずに待機。全く緊張感が無いのは、未だ自分達が有利だからと思ってるのだろうか?

 あと久し振りに、バーレイ伯爵って呼ばれた。最近はリーンハルト殿って言われる事が多かったから、なんか不思議と新鮮な気持ちになったよ。まぁ名前で呼ばれたら嫌だけどさ。

 

「売女共の事など知らんっ!俺は属国化の件も認めてはいないのだぞ」

 

「いや、国の要職に就いていたのに勝手に辞めて隠居した、貴方に言う資格など有りません。残された者の苦労が分かりますか?」

 

 病み女を押し付けられた、僕の気持ちが分かりますか?分からないでしょう?色事に現を抜かしているから、時世を正確に読めないのですよ。

 もっとも今回の奇行は、モンテローザ嬢に洗脳された可能性もあるけどね。魔牛族を勝手に攻めるとか、属国にはそんな自由な軍事行動を容認していない。

 今更だが独断専行か、他にも賛同者か協力者が居るのか?落ち着いて考えれば、単純に殲滅させただけじゃ終わらないかも知れない。魔牛族の脅威を取り去るとは、根本からって事だし。

 

 暫く厄介になって、襲って来る連中を順次殲滅?それは単純で簡単で魅力的だが、そういう訳にもいかないんだ。

 

「知らぬわ、そんな些細な事などっ!勝手に宗主国を名乗り、我等を支配出来ると思い上がるな。そもそもエムデン王国は我々に配慮する義務が有るのだぞ。それを圧政を強いるとは恥知らずも甚だしい」

 

 謎の昔話が始まった。アブドルの街を任せた、タマル殿が教えてくれた通りの連中だな。恨みを何時までも忘れない、百年でも千年でも過去の出来事を引き摺る民族。

 そして内容を良い様に改竄して、さも事実の様に振舞う。時には声を大にして騒ぎ要求を通そうとする困った連中、付き合い方を考えねば駄目な連中。そもそも付き合いたくもない。

 長い話が始まったが、まぁ最後だから我慢して聞いてあげよう。一応だが、元とは言え宮廷魔術師筆頭を務めた人物の考えが分かるのだから損は無いだろう。

 

 マドックス殿の長い話を要約すると、前大戦の裏切り行為にも絡む問題だった。

 

 エムデン王国の前王であるアレクシク三世の政権の時に、属国化に近かったバーリンゲン王国との関係を支配から友好国へと引き上げた。色々な融資や援助もしたが、マドックス殿達は恩義を感じたり感謝する事は無かった。

 過去に自分達を属国化扱いして、今更援助されても感謝などする訳が無い。表面上は喜んで見せて更なる援助や融資を引き出す、只それだけだった。笑顔で感謝の言葉は言うが、腹の中では酷い罵声を浴びせていた。

 そして旧コトプス帝国やウルム王国の提案に乗り、秘密裏に同盟を組みエムデン王国に戦争を仕掛けた旧コトプス帝国を陰ながら協力した。彼等からすれば当然の理屈、もう自分達はエムデン王国と対等以上の関係なのだから。

 

 逆に征服し支配下に置いて今迄の復讐をする権利が誰よりも有ると本気で思っている。融資や援助の恩?そんなモノは無い、依頼もしてないのに勝手に自己満足でしただけで頼んでも無いのだからと……

 そんな自分達の悪だくみも、アウレール王が即位し旧コトプス帝国が滅ぼされたので潰えてしまった。そして前王と同様に変わらぬ融資や援助を望んでも、戦後の復興で厳しい財政のエムデン王国が行う筈もない。

 最低限の外交のみで、後は放置された。なんたる不義理で不条理な扱いだっ!

 

 こんな感じで憤っているのだが、自業自得だろ?敵国と裏同盟で裏切り行為を行っていたのだから、関係が潜在的敵国にまで下がったのは普通だろう。エムデン王国に余裕が有れば攻められていたぞ。

 だが、その中途半端な対応も気に入らないらしい。先に其方が裏切ったのに、裏切られたとか本気で思っている。更に恨みが募ったそうだ。聞いているだけで痛々しいのだが、本人的には真剣なのだろう。

 

「故に、エムデン王国は我々の要求に対して無条件に飲み込むべきなのだ!理解したか?理解したのならば、ミルフィナを引き渡せ。今なら命だけは助けてやる。捕虜として身代金と引き換えにだがな」

 

 良く分からない結論だが、僕は降伏して捕虜になれって事なのだろうか?イマイチ理解出来なかったので、一緒に聞いていたミルフィナ殿を見る。彼女も何とも言えない微妙な顔をしている。同じく理解出来てないのだろう。

 

「だそうですよ?」

 

 最後が疑問形だし、全く理解出来なかったのだろう。僕も同じですと肩をすくめる。これが元とはいえ宮廷魔術師筆頭として、国王を補佐する役職に就いていた者の考え方か。駄目だな、時間の無駄だったよ。

 

「長い長い創作話でしたね。何かしらの参考になるかと我慢して聞いていましたが、途中から聞き流してしまいました。妄想も此処まで来れば、有る意味で感動しますよね」

 

 道化師って言えば良いのかな?だが本人は真剣に創作話を実話だと認識しているのだろう。事実が歪曲どころか作り変えられている次元の話だぞ。コレってさ。

 

「人の女と仲睦まじくしているんじゃないぞ!やはり貴様はこの場で殺してやる」

 

「だそうですよ?」

 

「違います。それは私の役目では有りません」

 

 誰の役目なんですかね?その点については、僕とミルフィナ殿との相互理解もイマイチなのだろうな。あと、マドックス殿の暴言が流石に不味いと思ったのだろう。取り巻き達が取り押さえて後ろに下がろうとしている。

 堂々と敵対宣言をしておいて、それでも自分達では絶対に勝てないと理解していた連中が逃げ出しもせずにマドックス殿を助けようとしている。その点だけは認めてあげよう。

 でもね?属国の元宮廷魔術師がさ。宗主国の宮廷魔術師に対して放って良い言葉じゃないよね?それ位は理解していたんだと、奇妙な安心感が芽生えた。

 

「弓兵よ。攻撃しろっ!ミルフィナ殿が居ても構わない。一斉攻撃だっ!」

 

 動揺しているが、僕の気を逸らす為にミルフィナ殿も巻き込む判断を下せたのか。欲望に忠実だから、女子供は殺さず後で楽しむとか言い出さないだけマシだが……

 

「傷付けても構わないって判断は駄目だな。僕が彼女を守る事に専念すれば逃げられるとか、甘過ぎる考えだな」

 

 さて、僕の我慢も限界に近い。そろそろ反撃しても構わないだろう。茶番に付き合うのも飽きたから……

 

 


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