古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第890話

 決定的な敵対の言葉を吐いた、マドックス殿を守ろうと下がらせる取り巻き達。その指示で後方に布陣していた弓兵達が僕とミルフィナ殿に対して躊躇なく一斉に矢を放って来た。

 距離は50m、数は約五百本。普通なら敵とは言え二人に対して放つ数ではない。2m四方に五百本の矢が飛んでくる、しかも慣れているのか適度に狙いを左右に散らしている。

 矢を放ったタイムラグで避けても当たる様に広範囲に狙いを散らしている。しかも短弓は速射性が高く、慣れれば狙いを付けても数秒で射てる。腕も良く最初から殆どが命中コースで飛んで来る。

 

 日の光を浴びて矢の金属部分がキラキラと輝いて綺麗だなと、場違いな感想を抱きながら唱える。

 

「魔法障壁よっ!」

 

 一応不要なのだが、カッカラを突き出すポーズも忘れない。半円のドーム状に魔法障壁を三重で展開、無詠唱でも動作が無くても魔法の発動事態は可能。でも様式美って必要だと思う。

 何となく発動呪文を唱えたりポーズを決めた方が魔術師的には良いかなってだけの意味しかない。呪文と発動魔法が違うブラフを噛ます事も有るが、大抵の魔術師は正式な呪文名を唱える。

 無詠唱は一般的でないのか様式美なのか分からないが、まぁ良いだろう。隣にいる、ミルフィナ殿にも分かり易い防御をしますよって意味も含んでいるのだが関係無さそうだな。

 

 この御嬢様、欠伸を噛み殺しているよ。肝が据わっているというか、僕が魔牛族は絶対に傷付けないと確信しているんだ。勿論、相手との力量差も分かっての余裕の行動か?

 

 ドーム状の魔法障壁に当たった矢が、甲高い音を立てて跳ね返る。周辺の地面には雨後春筍(うごしゅんじゅん)の様に次々と矢が生える。少し知的に表現してみたが、物理攻撃は僕には効かないよ。

 相手も初弾が命中しても弾かれた事に動揺したみたいだが、次々と矢を射ってくる。多分だが効果は無いのは分かったが、マドックス殿を逃がす時間稼ぎは出来ると判断したのかな?

 確かに周辺の地面に何百本と矢が刺さっていれば、歩くだけでも大変だよな。妨害という意味では成果が有ると思うし、よく見れば粗悪品じゃなく中々程度の良い矢を使っているな。

 

「リーンハルト殿?五月蠅いですし、少し飽きましたわ」

 

「まぁカンカンと甲高い音が続くと嫌になりますよね。もう少しすれば、マドックス殿が向こうに合流するから止めると思いますよ。僕としても延々と効果の無い攻撃をされると飽きますね」

 

 何回斉射した?五回?六回?周辺には三千本以上の矢が所狭しと刺さっているので動けないので、足止めとしては正解。まるで麦畑みたいだな。結構な予算を掛けた練度の高い弓兵部隊、どこの所属だろうか?

 でも僕の空間創造はさ、有る程度の範囲は目視だけで指定の物を収納出来るんだ。兵站も担う者として、軍需物資をタダで貰えるなんてさ。こんなに嬉しい事は無い、有難く頂きますね。

 一応、僕が何かしたって事を分からせる意味で腕を左から右に水平に動かすと同時に、周辺の矢を空間創造に収納する。ざっと四千本位となれば、八回も射掛けてくれた訳か。

 

 足止めの為だけに、ご苦労様だな。

 

『おぃ、撃ち込んだ矢が一瞬で消えたぞ』

 

『どんな魔術だよ?魔法障壁って飽和攻撃をすれば壊れるんじゃないのか?』

 

『馬鹿な?効果の高い品質の良い矢を全て持ち込んだんだぞ。それが効果も無く消えて無くなるとか有り得ないだろ?』

 

 まぁ動揺するよな。一般的な歩兵なら何百人単位で倒せるだけの矢を撃ち込んだんだ。それが足止め以外の効果が無いとなれば、費用対効果の面でも最悪だろう。少しは兵站的な考えが出来る連中も居るのか。

 確かに魔法障壁は一定以上のダメージを受けると壊れる。それは込める魔力や制御によって個人差が有り、重複して張れる僕にとっては無意味だよ。デオドラ男爵達みたいな、野獣以上の攻撃力がないとね。

 後方に居るだろう補給部隊も殲滅する為に取り敢えず何人かは生かして尋問、残りは後腐れなく殲滅だな。取り敢えず五月蠅いから、マドックス殿と取り巻き達は殲滅で良いな。残りは間引けば恐れをなして喋るだろう。

 

「くたばれっ小僧!」

 

 ん?マドックス殿がサンアローを撃ち込んで来たが、僕とミルフィナ殿の両方に直撃コースなんだけど。ミルフィナ殿に懸想してなかった?殺しちゃ駄目だろ?それともやはり洗脳されてヤバい精神状況なのか?

 

「お前達も続けて魔法を撃ち込め!あの化け物は数で押さないと負ける。今なら守るべき者が居るから魔法障壁を張るしか出来ないから押し込め、押し込むんだ!」

 

「師よ。それでは、ミルフィナ殿も殺してしまいます」

 

「落ち着いて下さい。魔牛族との全面戦争は流石に不味いです」

 

「脅して言う事を聞かせるのでしょう?彼女を殺したら、奴等だって死に物狂いで抵抗してきます。それでは女子供を引き渡せという要求が……」

 

 師か、やはり魔術師達はマドックス殿の弟子達なのか。しかし発狂する老人を諫めるのは大変だな。それが自分の師匠ならば、無下にも扱えないし余計に手間が掛かるだろう。

 うわぁ取り押さえている連中を杖で殴ったよ。どうしようもないアレな状況だが、一応敵対している人間が目前に居るんだからさ。それなりの態度ってモノがあるでしょ?

 両手を振り回して騒ぎ散らしている。後ろに展開していた弓兵連中も攻撃の手を休めて事態を静観というか、呆れてどうしたらよいか分からなくなっている。あと魔牛族の女性や子供は攫う気だったのか、外道共め。

 

 一応、部隊長らしき男が何か呼び掛けているのか檄を飛ばしているのか分からないが取り纏めに動いている。どうやらマドックス殿と命令系統が違うのだろうか?借り物の部隊なのか?

 魔牛族の女性や子供を奪おうとしている事を考えたら、国家か複数の貴族が絡んでいそうだな。そうなれば、弓兵達は裏で手を引くか協力している連中が差し向けたとも考えられるな。

 元々バーリンゲン王国の連中は、魔牛族に執着していた。クーデターのどさくさで彼女達を纏めて攫おうって悪だくみをしても変ではない。そういう事だろう……本当に嫌な連中だな。

 

「五月蠅い、黙れ黙れ!あの餓鬼は絶対に殺さねばならないんだ。我が愛弟子、ぺチェットの無念を晴らす為にもだ。今なら守りで手一杯、最高のチャンスなんだぞ!」

 

 目の前の三文芝居に嫌気が差したのだろう。ミルフィナ殿が髪の毛を弄り出した。これは全種族の女性共通の『この状況は飽きた』だな。爺さん、いい加減に周囲の状況を確認した方が良い。流石に笑えない状況だぞ。

 僕も我慢しているというか、状況が把握出来ないから受け身に回っているというか、少し面白くなってきたので邪魔しないで見ているというか。緊迫した事態なんだけど笑えるというか。

 でもそろそろ終わりにしないと駄目かな。遊びが過ぎるのも問題だし、この状況で真面目に話を進めるのはどうにもならないというか。ミルフィナ殿に視線を向ける、何か言って下さい。

 

「最悪ですね。勝手に言い寄ってきたと思えば殺そうとして、更に私達を攫おうなどと不届きな考えをしています。それに最後は喚き散らしてみっともないと思わないのでしょうか?」

 

「常軌を逸している感じがしますね。まぁ愛弟子の仇を目の前にして元々少なかった自制心が無くなったのかな?今がチャンスとか攻撃が止まっているんですけどね。何がチャンスなんだか?」

 

 弓兵部隊が火矢の準備を始めている。マドックス殿の指示とは別の命令系統が有るみたいだ。予想通り借り物の部隊で、余りな痴態を見せられて呆れて見捨てたのかな?

 矢の先に油を染みこませた布を巻いた火矢と、半数が短弓から投石用のスリングに持ち替えた。石弾の代わりに小さな壺を持っている。中に油とかの可燃性の物が入っているのかな?

 火は無条件で恐怖を煽るし、煙は視界を塞ぐ。それと煙は視界だけでなく呼吸器系にも被害を及ぼす。何故か魔法障壁は空気や煙は防げないし、若干の風が背後から吹いている。

 

 つまり後方に着弾させて退路を断つと共に、流れる煙による二次被害も計算している?なかなかどうして考えている。

 

「ボーっと見ていない!リーンハルト殿は私達を守りに来たのでしょ?ならばさっさと脅威?を取り払って下さいな」

 

 脅威が疑問形だったけれど、まぁ確かに脅威じゃないからな。それと流石に街道の周辺を燃やす訳にも行かないか。

 

「遊びはお終いって事ですね。さて、どうしようかな?」

 

 此方の雰囲気が変わった事、弓兵達が独自で動き始めた事に気付いたのだろう。騒いでというか駄々を捏ねていた、マドックス殿と宥めていた取り巻き達が一斉に此方を見る。

 一瞬の内に対策と役割が纏まったのだろう。マドックス殿を中心に二人がサンアローを唱え出し、残りが牽制用のファイヤーボールの呪文を唱えている。弓兵達も魔術師とタイミングを合わせるのだろう。

 火矢よりもファイヤーボールの方が着火性が高い。火矢の連中が通常の矢に戻して、投石部隊の連中はスリングに小壺を挟んで振り回し始めた。ファイヤーボールと同時に当てる気だな。

 

「三文芝居の代金だ。愛弟子と同じ方法で倒してあげます。クリエイトゴーレム、ゴーレムルーク!」

 

 雷光装備のゴーレムルークを前方のマドックス殿達に一体、後方の弓兵部隊には横一列で並ばせて八体を数秒で錬金。驚き見上げている連中に対して、大上段に振りかぶる構えをする。

 マドックス殿はぺチェット殿と同じく詠唱を止めて、魔法障壁を張る為に両手をあげて構えた。でもね、そんな惰弱な魔法障壁では刀身に雷を纏う雷光の一撃は防げないよ。

 慈悲の心をもって魔法障壁を張るまで待つ。熟練すれば一瞬で最強強度で張れるのだが、動揺しているのか制御がままならず強度が弱いよ。弟子達もマドックス殿に縋りながら魔法障壁を張るが、お互いに干渉して邪魔し合ってるよ。

 

「ブッ叩けっ!」

 

 巨大雷光を目標に向かって全力で振り下ろす。一瞬だけ魔法障壁に干渉、パリンって甲高い音と共に魔法障壁が砕け散る。そのままマドックス殿を圧し潰し、地面を砕いて紫電を周囲に撒き散らす。

 弓兵達の方も同様、直接的な攻撃で倒された者は少ないが飛び散る瓦礫と紫電に当たった連中は致命傷を負っただろう。愛弟子と同じ方法で倒されたんだ。あの世で会えば話題には事欠かないだろう?

 僅かな生き残りが逃げ出したが、ゴーレムポーンを錬金して追いかけて拘束する。無傷の連中は二十人にも満たない、一撃で四百人以上が死傷した事になるのか。やるせないが、これも軍属の仕事と割り切ろう。

 

「随分とあっさりと倒しましたわね」

 

「模擬戦での、ぺチェット殿と同じ方法で倒しました。せめてもの手向けかな?」

 

 あっさりと倒してしまったが、フローラ殿の事とかの文句を言いたかった。貴方の無責任な行動で、どれだけ残された者が苦労したのかと。フローラ殿には親書にて報告しよう。直接会って話す事でもないし、会い辛いし嫌だし。

 その後、街道に大穴を開けた場所は錬金で補修し倒した弓兵達は大穴を掘って纏めて埋めた。技術的な参考に幾つかの装備品は集めたが、特に量産品であり目新しいものは無かった。

 小壺には質の悪い油と燃やすと毒を含んだ煙を出す乾燥した毒草が詰まっていた。砦とかの内側に放り込めば、それなりの効果は望めただろうが平地で使うにはイマイチだと思う。

 

 次の研究課題は投石弾の改良にしようかな?油の粘性を高めれば、飛び散って張り付いたら消火がし難いとか色々と改良の余地が有ると思うんだ。煙幕だって未だ改良の余地は有るし、アイデア次第で色々と作れるだろう。

 

「あの纏めて拘束している敵兵は、どうするのです?わざわざ生かして捕らえる意味などあるのでしょうか?」

 

「弓兵の連中、マドックス殿以外にも命令出来る者が居たのです。アレは借り物の兵、魔牛族の里の襲撃の黒幕というか協力者は他にも居ると思います。それと装備が上等の割には携帯品が少ない。

近くに補給部隊か拠点が有ると思うので、懇切丁寧に聞き出してから……まぁ脅して逃がすのも有かな。色々と騒ぎ回ってくれるでしょうし、大敗を喫したと知れ渡れば牽制位にはなるかな?」

 

「ならないと思いますわ。彼等の行動原理を考えれば『自分達は正々堂々と戦ったが罠に嵌められて負けてしまった。だが卑劣な罠を食い破り生きて情報を持って帰って来ました』位は言いますわ」

 

 ええ?それは無いよね?僕一人に対して一部隊が壊滅だよ?卑劣な罠って、具体的に聞かれたら何て言うんだよ?血の通わないゴーレムは邪道だ!とか?

 でもそれを嘘だと笑い飛ばせないのが、バーリンゲン王国って連中なんだよな。情報を抜き出したら始末しよう。序に補給部隊か拠点の連中も殲滅しよう。

 貰えるものは貰って、この苦労の対価を少しでも集めよう。勿論だが、集めた物資はエムデン王国に献上する。作戦行動中に接収した物資の権利は有るけれど、僕一人だから消費する事なんて微々たるものだし逆に要らないし。

 

 アウレール王が適切に分配してくれるから大丈夫だし、なんなら魔牛族に渡しても良い。彼等を攻めて来た連中だから、正当な貰う権利は有るだろう。弓兵の装備を思えば、それなりの物資は用意していると思うんだ。

 

「何か凄い黒い笑みですわね」

 

「連中の物資を奪った後の事を考えていたのです。実力の有る精鋭部隊っぽかったから、結構な物資を持ち込んでいると思うのです」

 

 根こそぎ毟り取るのですねっ!と笑顔で言われたよ。憐れみも同情も感じられないし、本当にバーリンゲン王国の連中が嫌いだったんだろうな。

 

 


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