古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第892話

 魔牛族の里を襲いに来た部隊を返り討ちにして、序でに輜重部隊も襲って物資を根こそぎ奪って来た。輜重部隊は後方1kmの所で待機していたが、護衛は二十人程度しか居なかったので問答無用で倒した。

 自国民から徴発という略奪を行ったので、予想以上の物資が手に入った。主に食料品と予備の武器や防具、回復ポーション等の消耗品。五百人規模の部隊としては潤沢だが王都防衛部隊という精鋭だからだろう。

 一般の部隊よりも品質の良いものばかりだった。困った物は略奪品であろう美術品とかだな。村の権力者の邸宅に飾ってあっただろう、絵画や壺とかは鑑定しないと価値が分からない。

 

 軍事行動に不必要な嵩張る物まで徴発するとは、軍紀に問題無い範囲とか言いながら根こそぎ奪って来たのではないだろうか?

 

 輜重部隊の連中にも簡単な尋問は行ったが、後続の増援部隊は居ないそうだ。そもそも五百人も王都の防衛部隊から引き抜いたので、それ以上の人員は割ける事は出来ないのが一つ。

 もう一つの理由が権力争い。クーデターは複数の有力貴族が行ったので、誰が一番だとか決めかねているそうだ。なので自分達の力を誇示する為の私兵は手放せない。

 だが他の競争相手の息の掛かった連中を差し向けたら分け前が減る。そもそも権力争いの最中に戦力など割けない。だが魔牛族の女性や子供達は欲しくて堪らない。

 

 ならば直接的に誰の支配下にも居ない、王都防衛部隊から人員を割いた。序にお目付け役として、マドックス殿が率いる事になったそうだ。

 彼には作戦成功後に宮廷魔術師筆頭に返り咲く事と、ミルフィナ殿の身柄を引き渡す事を条件に派遣した部隊が好き勝手しない様に監視させた。

 徴発時に略奪を許した背景は、締め続ければ反発して言う事を聞かなくなる可能性を考慮しての飴だったのだろう。そうか、クーデターを起こしたのは複数の有力貴族で統一はされて無いのか。

 

 これは直ぐに引っ繰り返せる惰弱な基盤だな。

 

 まぁ予想通りの御粗末な展開だが、自制心が無い連中の枷を取り払った状態だから放置は危険だな。そもそもエルフ族や魔牛族に襲い掛かるとか、理解不能の蛮行を繰り返しているんだ。

 王命は達成、幾つかの課題を抱えてしまったが達成不可能な事も無い。事前の調整や根回しは必要だが、問題は少ないだろう。アウレール王の判断次第では、再度この国に来る事になる。

 急いで両殿下と合流して、エムデン王国まで護衛して……その前にケルトウッドの森に戻って、クロレス殿に魔牛族の事を報告しながら森の浸食の段取りの確認かな。

 

 魔牛族の里の引っ越しを理由に、出来れば十年単位の余裕を貰いたいというかお願いしたい。難民問題とかは、エルフ的には考慮の理由にもならないから言わない。無駄な事は言わない。

 速攻で森に浸食させるぜっ!って言われても反対せずに何処からどういう順序で始めるかを聞いて対応するしかないな。長寿種故に気の長い百年計画とかだと楽なのだが、そう甘くも無いだろう。

 無駄に能力は高いので下手をすれば即日実行だぁ!とか言い出しそうで怖い。実際に、ファティ殿が植物を操る魔法を行使するのを見ているからさ。その気になれば直ぐに可能だって分かっちゃうんだよね。

 

「クロレス殿の依頼を達成。報告しにケルトウッドの森に戻りますか」

 

 聖樹の力を借りて一旦王都に戻って、アウレール王に報告した方が良い案件だな。その後、再度聖樹を利用させて貰いクロレス殿にアウレール王の意向を伝えてから、両殿下と合流。

 妖狼族の精鋭達は通常のルートでバーリンゲン王国領に進軍して、フルフの街で合流すれば良いかな。元々交流の有った妖狼族に魔牛族の移動の手伝いをさせても良い。

 ミルフィナ殿達は早急にエムデン王国領に移動させた方が安全だ。仮の里の手配は……ザスキア公爵に丸投げした方が良いかも知れないが、リゼルとは事前調整をしよう。

 

 何となくだが、僕の勘が囁いている。『この件は選定事項に積極的に関わると危険、丸投げで事後承諾が安全』だと……女性絡みだから、女性陣に任せた方が良いって事にしよう。

 

「私も報告の為に一緒に行きますから、連れて行って下さいね」

 

 ん?思考に耽っていたら風の下級精霊である空鼬(からいたち)を肩に乗せた、ミルフィナ殿が微笑んでいる。だが、空鼬の案内による強行軍に同行させて大丈夫なのかな?結構キツかったよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 流石に輜重部隊を殲滅後、直ぐにケルトウッドの森に向かう事は出来なかった。魔牛族の里で一晩明かして、翌日の早朝より出発する事になった。因みに移動方法はゴーレム馬に二人乗りだ。

 流石にゴーレムキングで抱えて行く訳にも行かず、馬車の場合は僕が御者になりミルフィナ殿が一人で馬車に乗り続ける事になる。僕としては構わなかったのだが、ミルフィナ殿が嫌がった。

 流石に里の恩人に御者をやらせて自分だけ居住空間の良い馬車に乗っているのは体面が悪いとの事だが、異性と二人乗りって逆に嫌じゃない?だって後ろに乗るって事は身体を支える為に掴まるんだよ。

 

 普通に歩けば四日程の距離、強行軍だと一日半。ゴーレム馬で二人乗りで進めば、常歩(なみあし)で時速6km位。騎乗者にはごく軽い前後の揺れが伝わる程度の快適な移動だ。

 少し早めて速歩(はやあし)にすれば、時速は12km位。常歩の倍の速さだが、騎乗者には強い上下の揺れが伝わる。快適とは言えないし二人乗りだと姿勢の制御も難しい。

 全速力の駈歩(かけあし)は、時速20km位。騎乗者はブランコで遊ぶ様な大きくゆったりとした前後の揺れが伝わる。二人乗りでは厳しく、最悪は同乗者を振り落としそうで怖い。

 

 勿論だが生きた馬では一人乗り前提の速度で、無限のスタミナを持つゴーレム馬だからこそ可能な事だ。

 

 ゴーレムキングの場合は駈歩(かけあし)よりももう少し早くて立体的な機動が可能。より早く移動出来るのだが、ミルフィナ殿をお姫様抱っこをしながらの移動となるので丁寧に拒否されました。

 まぁ急いではいるが一刻を争うとかじゃないので、ゴーレム馬を常歩(なみあし)の速度で歩かせる。揺れは少ないが、自分達の足腰に疲労が溜まらないという訳ではないので1時間に十分程度の休憩は挟む事にする。

 よく考えたら三泊四日の二人旅なのだが、ミルフィナ殿相手に何をする訳でもなく他の同行者も要らないと言われた。実際は後続で帰りの護衛の方々は追ってくるのだが1日程度は遅れそうだ。

 

 此方は馬車に護衛の騎馬を従えての移動となるので、相応の準備に時間が必要なので後追いとして貰った。流石に丸々1日の遅れは厳しい。

 

「長閑ですね」

 

 昨日の愚か者達に対する陰惨な殺戮を思い出せば、なんて長閑だろうか。澄み渡った青空、程度に頬に当たる風。命溢れる青々しい草木の匂い。一応、絶世の美女と二人乗りだとも言っておこう。

 ゴーレム馬の歩みに合わせて軽く身体が前後に動くが、逆にそれが眠気を誘発する。まるで揺り籠だな。ミルフィナ殿が小さな声で何かを口遊(くちずさ)む。どうやら、魔牛族に伝わる歌の様だ。

 内容は自然に感謝し共に生きる。万物には精霊が宿り、自分達に幸せをもたらしてくれるとかだと思うが歌唱法が独特だ。聞けば『喉歌(のどうた)』という伝統的な技法を用いているらしい。

 

 喉を詰めた発声から生じる笛のような特徴的な音。聞けば習得は難しいが、魔牛族の女性の嗜みらしい。独特の喉頭調節による喉を詰めた声による喉頭音源の生成と、舌や口唇の形状を調音運動によって調節し声道の共鳴周波数を制御する。

 技術的な事は分からないが、ミルフィナ殿の話しぶりからすれば自慢なのは分かる。ドヤって感じが鬱陶しいのだが、確かに珍しく素晴らしかったので褒めておいた。僕だって、それ位の空気は読めるんだ。

 

「人に会わないのも珍しいですわ。余り里の外には出ないのですが、出掛ける時は通行人がいてジロジロと見られるのです。今日は快適です」

 

 一応、クーデターという内戦の最中だから、呑気に出歩いたりしないで家に引き籠って守りを固めていると思います。そしてそんな彼等から搾取しようとする連中は、僕が倒したし…… 

 

「まぁ怪しい連中は倒しながら来ましたから。流石に、この国の連中でも不埒な輩は直ぐには湧いて出ないと思いますよ」

 

 そう言えば行きに遭遇した野生のモンスターや野盗や怪しい武装勢力の連中は、倒した後に死体や持ち物を空間創造の中に収納したままだった。まぁ今は確認する手間も方法も無いから良いか。

 でも確かに今迄は順調で快調だったけれど、僕等を見れば襲い易いっていうか襲って下さいって感じだよな。魔牛族の美女を後ろに乗せているのは少年、ゴーレム馬は一見普通の馬と見分けはつかない。

 護衛も居ないとなれば、見付けた奴は良からぬ事を考えそうだ。見通しが甘かったし、油断のし過ぎだった。今からでは遅いと思うが、ゴーレムナイトを騎乗させたゴーレム馬を前後に四騎ずつ錬金し護衛させる。

 

 見た目だけなら、魔牛族の女性を護衛しながら進む騎士団と見えるだろう。

 

「どうしたのですか?いきなり護衛の騎馬兵を錬金したりして?折角、長閑に進んでいるのに急に厳つく仰々しくなりましたわ」

 

 自分達だけなら気にしなかったが、九騎に増えれば足音だけでもそれなりの音も出す。静かな移動が急に軍事行動っぽくなった事がお気に召さなかったのだろうか?脇腹を軽く突かれた。

 

「嫌な思いをさせない為の視覚的な威圧かな。よく考えれば護衛無しで二人乗りの僕等なんて野盗とかからすれば、絶好の獲物じゃないですか?」

 

「女性と少年だけ、馬に二人乗りだから逃げるにしても速度は出せない。確かに襲って来る連中からすれば良いカモですわね。でも撃退は簡単なのでしょう?」

 

「ええ、行きは少年一人だからカモと思われたのでしょう。結構な数の襲撃が有りましたが、全て倒してそのまま空間創造に入れっぱなしでした。落ち着いたら取り出して整理しないと駄目だな」

 

 ミルフィナ殿と別れたら盗賊の死体は装備を剥ぎ取って埋葬、モンスターの死体や戦利品は冒険者ギルド本部に格安で流せば良いかな。お小遣い程度にはなるか?

 

「確かに見縊られて襲われるのは嫌ですわね」

 

 警戒を緩めたつもりはないが、前後を塞がれたな。後ろの連中は距離を置いていたが襲撃予定の場所に近付いたら急いで来たって感じか。感知はしていたが、特に襲って来なかったから放置したのが失敗だったか? 

 しかし最初に視認した時は一騎で今は九騎なのだが、何時何処で増えたかとかは考えないのか?最初の予定を崩さないとか崩したくないとか?通行税を寄越せ程度か、全てを奪うつもりか?

 特に速度を変えずに近付けば、襲撃者の全貌が確認出来た。装備がバラバラだから正規兵ではない。武器もロングソードやハンドアックスとか統一性も無い。だが体格は良いから貧困に喘ぐ農民がって事でも無い。

 

 この地を縄張りにする野盗だな……

 

「でも少し遅かったみたいです。この先の街道を塞いでいるガラの悪い武装した連中、目視で確認出来るのは十五人かな?伏兵を配置する死角となる場所は無いけれど、逃走防止に後ろからも同数程度が近付いて来ている」

 

「合計で三十人位ですか?ああ、確かに嫌な笑みを浮かべた方々が居ますわね」

 

 奴等との距離は約30m、もう一分もしないで近付くだろう。さて、どうしようか?襲われる迄は様子見とか甘い考えは駄目だが、騎馬兵をみても動じないって事は僕等に勝てる自信が有る?

 挟み撃ちの状況は有るが、伏兵は居ない。騎士四人が十五人程度に苦戦するかと思えば有り得ない。バーリンゲン王国の騎士は弱いから?いやいや、一対五なら危ういが四対十五なら連携する騎士は普通は負けない。

 残りの可能性は、罠かな?周辺に罠と思える場所は無い。落とし穴?街道に?無理だな。ああ、伏兵が居たよ。左右の草むらに伏せて弓を構えた奴が四人いる。つまり腕に自信が有る狙撃者だな。

 

 通せんぼして動きを止めて半数を倒し、残りを全員で挟撃すれば勝てると思ったのか。確かに良い作戦ではあるし、伏兵の偽装も分かり辛い。多分狙う相手も事前に打合せして被らない様にしているな。

 全身鎧を着こんだ騎士に弓矢が通用するかって思うけど、騎士が駄目なら馬を狙うとか腕が良ければ面の隙間を狙うとか方法は有る。鎧が絶対防御って訳じゃない、落馬すれば隙が出来るから可動部の隙間から刃物を押し込む事も可能だ。

 こいつ等、見た目よりも騎士を襲い慣れている感じがする。危険だから、会話をする前にさっさと倒す事にしよう。相手のペースに合わせる必要など無いのだから。

 

「嫌なら目を瞑っておいて下さい。なに、五分も掛かりませんからね」

 

「折角の弾んだ気持ちが萎えます。嫌ですから、さっさと終わらせて下さい」

 

 まぁ資金を持ったカモが向こうから来てくれたって事で納得して下さい。こいつ等を倒した後で、アジトも襲撃して溜め込んだ財貨を根こそぎ奪いましょう!

 

 


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