古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第893話

 襲撃慣れ、嫌な言葉だな。この国で襲われた事が数知れず、いい加減にして欲しいと正直に思う。治安の悪さは為政者の失策だと思うんだ。健全な領地経営、最低限の義務だろ。

 治安が悪いから民度が下がり、生活に困窮した連中が悪事に手を染める。だが今回は農民崩れとかでなく野盗、それも挟撃するとか罠を張るとか襲撃慣れをしているみたいだ。

 まぁ文句が言えるだろう立場の、パゥルム女王は元だし亡命中だから関係が無いと言われれば微妙だな。もう彼女は祖国だって思いは薄そうだし……

 

 何度も思うけど、本当に嫌になる。にやけ顔の男が目の前に立ち塞がってショートスピアを向けて来る。穂先が良く手入れがされている事を考えれば日常的に武器を扱っている事が分かる。

 

「ほぅ?餓鬼に魔牛族のお嬢ちゃんと護衛かよ。こんな時期に護衛を連れての移動、理由は何だ。俺達は領主に仕える者だが、理由を教えてくれよ。あと悪いが確認の為に護衛共は顔を見せな」

 

 領主に仕える?言い回しが妙なのは正式な配下ではないって事か?領民だって領主に仕えているって言っても間違いじゃないし。後、狙撃がし易い様に面を上げろって事だろうか?

 統一された装備じゃないから、領主軍だって言い張るのは無理と思ったのだろう。この時点で追って来た連中が後ろに展開し逃げ道を塞いだ。周囲に伏せる狙撃者達は未だ動かない。

 会話で油断させて顔を狙撃し易い様に見せろとか、一応は考えてはいるのだろう。普通なら領主の名前を出せば、貴族でも無下には出来ない。ここで逃げても後から難癖付けられるのは避けたいだろうし……

 

「ほら、早くしな。こっちだって仕事なんだから、無駄にごねるなって……おぃ、乗ってる馬はゴーレム?魔牛族のお嬢ちゃんは魔術師か?」

 

「いえ、僕が魔術師ですよ。野盗の皆さん?」

 

 この問い掛けに伏せていた連中が僕に向けて一斉に矢を放った。成る程、統制が取れている。全てが顔に向かって飛んできてるのは、反撃されると怖い魔術師は最初に確実に殺すって事だろう。

 多分だが襲撃された連中は女性以外は皆殺されているのかもな。目撃者は少ない程良く、身代金目当てじゃなければ邪魔になる男とか殺しちゃうよね。

 魔法障壁で弾かれた矢を見た瞬間に、正面の男がショートスピアを投げ付けた後で後ろを向いて全力で駆け出した。残りの連中は一瞬の事に動きが止まった。甘いよ、僕から逃げられると思うな。

 

「ゴーレムナイトよ、やれ」

 

 リトルキングダム(瞳の中の王国)を使うまでも無い。騎乗したゴーレムナイトが周囲の野盗を切り伏せる。逃げだした奴には、アイアンランスで両足を撃ち抜く。お前には未だ用が有るから殺さない。

 周囲を囲んでいる奴はロングソードで切り伏せ、狙撃者はゴーレム馬が前足で踏み潰す。今回の生き残りは、最初に逃走した一人だけだ。指示をだしていたし、野盗の中でも上の方の奴だろう。

 痛いと喚きながらもズリズリと距離を置こうと逃げ出す。だが直ぐにも失血で死にそうだな。野盗が着ていたシャツを引き裂いて簡易的な包帯にして、傷口を縛るのを黙って見る。

 

 簡単な治療が出来る位の知識は有るのか。

 

「お前、何者なんだ?俺達は冒険者ギルドから正式な依頼を請けているんだぞ。王都冒険者ギルド本部を敵に回すのか?嫌なら俺を逃がせ、追って来るな!」

 

 尻もちを付いたまま、ズリズリと後ろに下がる男を馬上から見下ろす。いきなり弓矢の一斉攻撃に晒されたんだぞ。殺されそうになって、見逃す奴なんて居るかよ。

 

「正式ね?街道を封鎖し出入りする奴が居れば拘束しろってか?」

 

 女神ルナの御神託によれば王都冒険者ギルド本部の、フリンガ代表はモンテローザ嬢に洗脳されているんだっけ?ゴーレム馬から飛び降りて、捕まえた男に近付く。

 自分達は襲った連中が逃げ出しても見逃さず、命乞いをしても止めなかったんだろ?何を言っても見逃さないし許さない。同じ事をされているのだから諦めてくれ。

 こういう連中は見逃しても改心などせず同じ事を繰り返す。ここで情報を抜き出して殺すのが一番良いと思う。これ以上の被害を食い止める意味でも。非情と言われてもさ。

 

「妙に襲い慣れているから、野盗として対処する。今回襲って来た以外の連中は何処に居る?お前達のアジトは何処だ?」

 

「りょ領主様の指示だぞ。依頼書だって有るんだぞ」

 

 属国の領主?クーデターを支持した連中か?僕は宗主国の重鎮なので、無視しても全く関係は無いんだよ。言わないけどね。嫌な予想だが、領主と癒着しているのかも知れないな。

 僕が領主の名前を出しても怯まない事に驚いたみたいだ。この国の連中は上の者には絶対服従みたいだから驚いたのか?

 此処の領主って誰だったっけ?覚えてない。そもそも案内付きの強行軍で来たから、此処が何処だかも分からなかったんだ。まぁ聖樹の力を借りて移動する予定だから迷子じゃないよ?

 

「領主の指示?そんな事、知らないよ。襲われたから倒しただけだ。それで質問に答える気が無いなら、この場で殺すけど……話す気は有るかい?」

 

 この言葉に呆然となるが、虎の威を借る狐じゃないのだから領主の威光が利かないからって驚くなよな。あと出血が酷いのか顔色が青白くなって来たから、残された尋問時間も少ないか?

 まぁ最悪は回復ポーションを飲ませて最低限の延命をすれば良いか?だがこの狼狽え様からして、本当に領主の依頼なのかも知れないな。でも自分の領地で追剥ぎ行為を認めるとか有り得なくない?

 末期だな。思えば国家の滅亡って呆気なく始まるのかも知れない。あと、そろそろミルフィナ殿が飽きて来たので早めに終わらせよう。

 

「そんな馬鹿な!領主の言う事を聞かないだと?お前達、この先殺される覚悟は有るのだろうな?嘘じゃないぞ、本当だぞ」

 

「良いから質問に答えろ」

 

 ゴーレムナイトにロングソードを突き付けさせて急かす。凡その予想は付くが、当たって欲しくは無いな。

 

「それは……」

 

 野盗の答えは、当たって欲しくない予想の通りだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 少しだけゴーレム馬の速度を速める。この領地からは早く抜け出した方が良い。ミルフィナ殿も無言で僕の腰を掴んでいる。太陽は遠くに見える山々に掛かっている。

 あと二時間もすれば、周囲は闇に包まれるだろう。街道の途中には野営に適した場所が整備されているが、逆に言えば襲撃者達の狩場の可能性が高い。この国では特にだ。

 街道には宿泊出来る村や施設が有るのだが、そいつ等も信用出来ない。村全体とか宿屋の経営者が野盗の場合も多い。本当に旅人に優しくない国だな。

 

 いや、自衛が当たり前って事か。自己責任ね、皮肉が利いているよ。

 

「まさか野盗が本当に領主に雇われていたとは驚きですわ。自分の領民すら襲撃の対象とか信じられません」

 

 只の野盗じゃないとは思ったけど、まさか私掠免状持ちとはね。普通は戦争状態にある敵国に対しての筈だが、自国民からも容赦なく略奪するとかさ。当たって欲しくない予想だったよ。彼等らしいって言えば、らしいのか?

 

「王都の冒険者ギルド本部発行の依頼書も持っていたし、領主直筆の私掠免状も持っていましたので事実なのでしょう。この依頼書だけでも不正の証拠にはなりますが、普通なら有り得ない事です」

 

 領地から逃げ出したり入り込んで来る連中は身包み剥いで追い返す。裕福な商人や下級の貴族達からは所持金の一割程度を通行税として奪う。身元のはっきりしない連中の処遇は一任する。

 そして僕等は依頼書によれば襲撃には該当しない、魔牛族と貴族と思われる武装集団。奴等もミルフィナ殿を見て欲をかいたのだろう。見目麗しい女性の場合、乱暴せずに連れて来いって指示も有ったな。

 彼女を連れて行って奴隷として売れば、それこそ人生を何度も遊んで暮らせるだけの金貨を得られるのだから。欲をかいて返り討ちにあって全滅、愚か者の末路としては相応しい。

 

「しかも毎日の成果を領主の館に届けるとか、徹底し過ぎてます。お陰で近くに隠していた今日の略奪品しか奪えませんでしたわ」

 

 そうですね。金貨にして五十枚も無いし、後は僅かな食料と毛皮に木製の食器とかの価値が有るか微妙な物ばかりだった。それ程裕福な連中は通ってないって事だ。つまり僕等は良い獲物な訳だね。

 

「奴等が帰って来ない事を怪しんだ領主が調査の人手を差し向ける前に、この領地から出てしまうのが面倒が無いです。まさか領主の館に乗り込んで戦利品を強奪とか、時間が掛かり過ぎます」

 

 組織的、体系的だった。つまりこの領地には複数の私掠団が徘徊している可能性が高い。流石に他の領主もそうだとは思いたくは無いが、その可能性の方が高い。だから人のいる場所には立ち寄れない。

 今も周囲を警戒しているが、見通しの良い街道沿いだからか。あの連中以外の私掠団は居ないみたいだ。まだ安心は出来ないし油断もしないが、あんなのがゴロゴロ居るのは勘弁して欲しい。

 この証拠が有れば領主を罰せるかと言えば微妙なんだよな。エムデン王国の紐付き政権は転覆しクーデターが成功、現政権は属国じゃないから内政干渉とか言われる可能性も有る。

 

 まぁ力の差を思い知らせて言う事を聞かせる事は可能。だが森に飲まれる連中に対して、そこ迄して分からせる必要が有るかと思えば微妙だ。それは強く干渉するって意味で、出来れば関わり合いたくない。

 

「でも悪どい領主は放置なのですか?それはそれでモヤモヤします」

 

「何れ地上から消え去る連中です。今は関わり合いになる事の方が、正直面倒臭くて嫌です。襲ってきたら返り討ちにして全てを奪う。それで良いでしょう。それより後から追って来る方々は大丈夫ですか?」

 

「相応の武力を持つ者達で編成していますから問題は有りません。そもそも私の帰りの護衛ですわ。弱い連中を寄越す事など有り得ませんわ」

 

 まぁ彼等なら大丈夫だろう。夜襲とか罠とか卑劣な事も平気でする様な連中だが、僕よりもずっと付き合いが長いのだから。彼等の本性など知り尽くしているだろうしね。

 そうこうしているうちに、もう少しで日も暮れる時間になった。今夜の野営地を探していたが林の先に適度に切り立った崖が見えたので、あそこを本日の宿泊地にしよう。

 街道沿いに陣地を築く事も出来るが発見されやすい。かといって地下に籠るのは閉鎖的で嫌がる場合も有る。特に女性と二人で籠るのは適切とは言えない。

 

「あの先の崖の中腹に錬金で居住スペースを作ります」

 

「えっと、横穴式住居ですか?寒暖の激しい場所では有効と聞きますが、そんなに簡単に錬金出来るのでしょうか?別に平地に天幕でも構いませんわ」

 

 横穴式住居?人間が洞窟に住んでいたのって、結構前じゃないかな?倉庫としては室温が一定だから利用価値はあるけれど、エムデン王国ではもう洞窟に住んでいる人は居ないと思う。

 竪穴式住宅っていうか、地下室は大好きです。転生前の殆どの高名な魔術師は、自分の屋敷に地下室を設けて籠って実験に勤しんだ。僕だって大好きで色々と工夫を凝らしたな。

 今の屋敷だって趣味が高じて地下室が地下迷宮となり、王都の地下に張り巡らされた通路は秘密のプライベートダンジョンとなってしまった。まぁ緊急避難用だから、悪用とかしないから。

 

「警戒する意味で目の付きにくい場所が良いかと思います。地下に部屋を錬金する事も可能ですが、閉塞感が有りますし崖の中腹なら横穴が開いていて気になっても侵入は難しい。夜になれば余計にです」

 

「地下?地下室ですか?地中に居住空間を作るアレですよね?」

 

 ん?地下室って言葉に食付いた?あれ?

 

「ええ、まぁそうです。防犯上、地中深く作りますので閉塞感も圧迫感も有りお薦めは出来ません」

 

 二人乗りなので動かないで下さい。バランスが崩れて危険ですから。あと後ろから顔を突き出して来ると頬が触れ合うので、恥ずかしいので困ります。自重して下さい。

 

「何故です?お薦めでしょう?地下ですよ。古老達に子供の頃に何度も強請って聞いた地底神殿の話とか大好きでしたわっ!」

 

 危ないですから両手で肩を掴んで前後に動かさないで下さい。

 

「地下施設とか凄く面白いじゃないですか?私、前に聞いた事があるのですが、フルフの街には過去にルトライン帝国が運用していたアスカロン砦と呼ばれた巨大な地下軍事施設が眠っているらしいのです」

 

 え?思わずゴーレム馬を止めて後ろを振り返る。妙にキラキラした目をしているミルフィナ殿の顔が近かった。もう少しで額同士が当たりそうだった。お互い驚いて少し照れた。

 しかし過去のって、魔牛族って転生前のルトライン帝国時代を知っているのか?当時、エルフやドワーフは居たが魔牛族は居たのか?そして軍事機密が語り継がれているの?情報漏洩、駄目じゃない?

 興奮するミルフィナ殿とは逆にどんどんと冷静になっていく自分が分かる。三百年前の秘密など、長寿種にとっては最近の事なのかも知れないな……

 

「そうですか?ルトライン帝国時代の地下軍事施設ですか?確かに自分も前に領主のキャストン伯爵が、そのような事を言っていたのを思い出しましたよ」

 

「ええ、何時かは調べてみたいのですが流石に訪ねるのは無理でしたので……もしも調べる機会があれば、私にも教えて下さい」

 

 他意はないのだろう。本当に地下室というか、そういう施設が大好きなのだろう。だが良い事を聞けた。前回の調査と魔牛族の証言を合わせれば、あの地下軍事施設を調べる理由としては十分だな。

 だが全てはエルフ族の森の浸食のスケジュール次第になる。両殿下を迎えに行った時に調べる?フルフの街に籠城するなら有りだが、エムデン王国に逃がすのだから調べる意味は無いか?

 愛想笑いで聞き流しながら考える。もしかしたら、僕の知らない過去の秘密を魔牛族達は知っているのかもしれない。それはそれで警戒しないと駄目だ。

 

 『転生の秘密』これは墓場にまで持って行く程の内容なのだから……

 

 


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