古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第894話

 ケルトウッドの森に移動中の野営の方法について、ミルフィナ殿から『地下室』について並々ならぬ熱意を感じた。彼女は地下構造物に強い興味と関心は有るらしい。

 その熱意に押し負ける感じで、今夜の宿泊は崖に開放的な横穴でスペースを錬金するのではなく地下の閉塞空間に宿泊スペースを錬金する事になった。

 ここは街道沿いの平原、周囲は荒地。少し先に林と崖は有るが却下されたので別の場所を考える。人間って野外で宿泊する場合、周囲に何も無い場所よりも何かの近くに行きたがるよね。

 

 それが川だったり池だったり、大岩だったり木だったりと一部でも周囲から視界を遮りたいとか侵入出来ない背後の守りとかを求めるのだろうか?

 

 周辺を見渡す。なだらかな起伏は有るがそれだけで部分的に草が生い茂っている場所は有るが精々膝下位の高さだ。あとは倒木位だな。ふむ、倒木か……

 街道を逸れて倒木に近付く。結構古くて大半が朽ちているが、近くに幹が残っているので切り倒されたみたいだな。近くに石で囲んだ竈の跡もあるが、様子から見て最近ではないか。

 切り口からすれば斧を用いたのだろう、幹の太さは30cm程度。枝の一部が払われているから薪として利用したのか?いや生木は燃えないし、大半が残ってるし何がしたかったのかな?

 

「倒木をじっと見て、どうかしましたか?」

 

 ゴーレム馬から降りて倒木周辺を調べてたら、ミルフィナ殿も気になったのか倒木を人差し指で突いて調べている。いや倒木自体はどうでも良いのです。

 女性が指で押したくらいで表面がグズグズと崩れるのを見れば、腐敗が進んでいるのだろう。内部は昆虫の幼虫とか居そうだな。ミルフィナ殿は虫とか平気なのだろうか?

 女性一般なら苦手かも知れないが、昆虫食という文化もあるし栄養源としては優秀らしい。生活環境にもよるが、昆虫を食べなければ生きて行けない訳でもないし……

 

 下手な事を聞かない方が良いな。

 

「ええと、何も無い所に換気の為の空気穴とか作るよりも何かの陰に作った方が目立たないし偽装し易いのです。なのでこの下に地下室を作ろうかと思います」

 

 地下室の言葉に物凄く反応しましたよ、この御嬢様は!そんなに地下室大好きなのか?まぁそれなら接待の意味も込めて豪華な地下神殿を錬金してあげます。

 魔力は有り余っているし、一晩寝れば回復するしね。倒木の脇に入口を作る。勿論だが後で塞いでしまうが、最初に入る場所としてそれなりに興味を引く程度には作り込む。

 両手を大地に付けて魔力を浸透させて周辺の地面を支配下に置く。その後地下に降りる為の階段を二人が並んでも通れる1.5m程の幅で錬金する。

 

 この段階で彼女の興奮は最高潮みたいだ。後ろで見えないが、物凄く興奮している事は気配で分かる。

 

 薄暗いので魔法の光球を複数作り出して先に飛ばせば、角度30度で作り込んだ階段が地下に真っ直ぐ降りているのが見える。

 その様子に後ろから覗き込んでいる、ミルフィナ殿が更に興奮して正直ウザいです。首が痛いので両手で肩を掴んでガクガクと揺すらないで下さい。

 僕だけなら45度の急角度にするのだが、女性に合わせて比較的ゆったりとした角度にした。その分、深く潜るには長い距離を降りなければならない。

 

 だが、その心配は不要みたいだ。

 

「凄いですね。錬金術って、こんなにも精度が高いのですか?もっと手掘りの洞窟みたいな凸凹で急なトンネルを降りるかと思いましたが、普通に石造りの建物みたいな内装ですよ」

 

 普通は無駄に内装に拘る事など魔力の消費を抑える為にもやらないだろう。あとで防犯上の関係で埋めてしまうのならば尚更だ。だが、僕は拘るべきだと決めた。

 ストレスの解消の意味も有るが、ミルフィナ殿が喜んでいるのを見るのも嬉しい。本来の土属性魔術師の仕事を行い、それを見て喜んでくれるのだから土属性魔術師冥利に尽きるというものだ。

 旧ウルム王国領の復興支援でそれなりに大規模な錬金を行いすっきりとしたが、灌漑事業の他にも色々と政治的な事もしたので、そこまでの爽快感は無かったんだ。

 

 そもそも部下の尻拭いも兼ねていたし、暗殺者の襲来に敵国の元王族の捕縛。モンスターの討伐や未知のモンスターに襲われた事も有ったな。盛り沢山でお腹一杯だったよ。

 

「僕は土属性魔術師、本業は錬金でこう言ったものを作る事なのです。大規模な灌漑事業とか造成工事とか得意分野なのですが、最近は戦争以外にも外交まで指示されるんですよ」

 

 本来の宮廷魔術師としての国家の最大戦力としての仕事の範疇は軍事、そう僕は軍属なのだが、他の連中は官僚みたいな扱いをするんだ。最年少宰相?知らない役職ですね。

 

「サーフィルがエムデン王国の戦力の要、王都防衛の要、外交関連の要って手紙に書いてましたわ。今回の件も指名だったのですし、今の立場で呑気に開発事業に携わるのは無理ではないですか?」

 

 また手紙ですか?フェルリルやサーフィルには良く話を聞かないと駄目かもしれない。他にどんな相手にどんな情報を流したというか教えたのかを知らないと、対応に困るんだよな。

 構えて接している相手にさ、一方的に内輪な情報を知られていると困るよね。物事の判断の根拠に使える情報になるから、微妙に不利になるんだよ。

 そんな事を言っても実は……とかね。性格の一部を把握される事になる。でも任務に私情を挟まない程度の判断は出来るよ。

 

「手紙での遣り取りに危険な情報が溢れてないかな?」

 

「後は料理の好みとか位ですよ。仕事の絡みの内容はぼかすし教えてはくれないですもの。その辺の情報管理はされているみたいね。一応、検閲というか本妻予定殿がチェックしてるらしいわ」

 

 え?ジゼル嬢って手紙の検閲とかもしちゃってるの?それは少し遣り過ぎじゃないかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 地下室に向かう階段を降りる。正確には先頭の僕が歩きながら錬金している。地上から15m程度降りた所で止まる。ここからは居住スペースの錬金に切り替える。

 圧迫感を抑える為に天井高は5mとし10mの土の層を防御の為の層とする。ビッグバンを撃ち込んでも掘り返せる厚みじゃない。そもそもビックバンは地面を掘り返す魔法じゃないけどね。それに近くで発動すれば感知出来るから対応出来る。

 勿論だが、居住空間の上部は錬金により強度を高めている。上部の土を掘り返えそうとしても鍬(くわ)も鋤(すき)も歯が立たない岩石程度の強度を持たせている。

 

 居住スペースは三部屋構成とし、中央に食堂で左右に個室を設ける。個室にはトイレと風呂を完備、使用するお湯は錬金したバスタブに湯を張った物を複数用意しているので空間創造から出せば直ぐに使用出来る。

 トイレは直下に20m程度の穴を開けているだけだが出発時には埋め戻すから大丈夫。匂いについては、芳香剤として隅に花を添えている。見た目も良いし好評だ。

 家具類、ベッドやナイトテーブルも全て空間創造に数セット単位で収納している。流石にふかふかな材質の物は錬金出来ない。用意出来るのは革製のハンモックとかかな。

 

 食卓も全て空間創造から取り出し、用意しておいた出来立ての料理をテーブルの上に並べれば簡易な晩餐の準備が整った。

 寝室の点検に余念がない、ミルフィナ殿に声を掛ける。興奮が最高潮に高まったのだろうか?ベッドにダイブする魔牛族の淑女という珍しいモノが見れた。そんなに興奮してどうしたの?

 因みに彼女の着替えとかの旅支度は全て僕が空間創造に預かっている。ゴーレム馬に荷台を引かせる訳には行かなかったからね。馬車の利用を承諾してくれれば、馬車自体が簡易な宿泊施設になるのだが……

 

 そういう移動する寝室兼用の高級馬車も用意したのに使う事が無い。ニーレンス公爵の持っていたものを参考にして改良した自信作だったんだけど残念だ。使用して不具合等を調べて欲しかったのにね。

 

「凄いです!旅ってもっと不都合の塊で我慢を強いられる筈なのに、自分の館と同じ様な設備に泊まれるって有り得ない事です」

 

「そうですか?ですが王族の外遊ともなれば、もっと凄いレベルですよ。悪いですが今回は時間的な制約で簡易的なもので済ませてます」

 

 ロンメール殿下の外遊の時は、もっと凄かった。勿論だが専門の担当者が複数で対応するからだし、持ち込んだ家具のグレードも王族対応用とライラック商会が手配した上級貴族用との差も有る。

 単純に持ち込む手間が不要な事が一番の理由だろう。なにが大変って運搬が凄く大変なんだ。振動で壊れる事も雨に濡れて汚れる事も無い。空間創造のギフト持ちが国に囲われる理由の遠因ってさ。

 絶対に自分達の快適さを求める為だと思う。人の欲望は際限知らずとは良く言ったものだな。

 

「氏族の代表の私でさえ、こういう場合は天幕があれば良い方で普通は焚火を囲んで地面に毛布に包まって横になる事も有るのですよ」

 

 いやいや、それは幾ら何でも酷すぎない?旅程を組めば宿泊場所を前もって設定して事前に宿屋とかの確保をすれば良いと思う。まぁ、急だったり予算の関係とか色々有るとは思うけど、国内移動でその制限は酷い。

 

「泊まれる村とか宿泊施設が有れば良いのですが、こういう不安な情勢ですと野営の方が安全ですからね。後は最大積載量との調整ですが、大荷物だと人手が多く速度が遅くなりますし悩ましい問題です」

 

 そう言って席に座らせてワイングラスを持たせる。本来のマナーは脇に置いておいて、僕の酌で悪いけど乾杯といきましょう。貰い物のワインですが質は良いですよ。

 勘違いですが酒豪の僕宛てに贈る物ですから、相手も厳選して相応の価格帯のワインを贈ってくれます。具体的には一本金貨100枚以上、平民の家庭なら三ヶ月位は暮らせる金額です。

 それが三桁の単位で空間創造の中に眠っています。貰い物を他所に贈るわけにもいかないから、死蔵品が増えていく一方です。金額が金額だから来客を持て成す時に飲むにしても、相手の家格も関係するし。

 

 だからこういう機会に飲むのです。自分の分は手酌で素早く注ぐ。まさかミルフィナ殿に酌婦の真似事などさせられない。二杯目からはお互い手酌ですからと断りを入れる。

 

「あら?私を密室に閉じ込めて酔わせてどうするのです?」

 

 いや貴女の希望でしょ!だから開放的な横穴式にしようとしたのに、地下室が良いって騒いだのは誰でしたっけ?

 

「だから崖の中腹に横穴で野営場所を錬金しようと言ったのです。まぁどうもしませんから安心して下さい。なんなら護衛にゴーレムクィーンを貸し出しますよ」

 

 お約束の冗談を言える程度には気を許してくれたと思おう。警戒しているという感じじゃなくて揶揄う的な感じだし、そもそも同性愛好の方をどうこうしようとも思いません。

 軽くグラスを持ち上げて乾杯する。一口、口に含めば流石は高級品。ガバガバ飲むには勿体ない、味わって飲むべきワインだ。このクラスでも、デオドラ男爵達と飲み比べるとガバガバ飲むんだよな。

 飲み比べ用は一本金貨30枚前後のモノにしているけど、最初の乾杯は見栄を張って高級品を用意する。それが飲み比べで一瞬で空になる。予算を管理する者は胃が痛くて堪らないだろう。

 

「私を襲ってくれるなら、それはそれで楽で良いのですが……私としても、レティシア様と近付けるならば悪くはないというか。でも、エアレー達に申し訳が立たないというか……」

 

 真顔でボソボソと不安な言葉を呟かないで欲しいのですが?エアレー達って幼女達の事でしょ?断りましたし、一族の為に子供に責任を押し付けないで下さい。まぁ冗談なんだろうけどさ。

 最低限のマナーで料理を楽しむ。こういう気楽な夕食は楽しい。お互い相応な身分なんだけど、二人きりだと問題は無いって事で。まぁ公式な時は相応の対応をしますから、今夜はこれでいきましょう。

 流石にナイトバーガーを用意して手掴みで食べろとは言わない。それなりの数はストックしているが、イルメラ謹製のナイトバーガーは僕だけの大切な愛情たっぷりの料理なのだから。

 

「冗談でも何を言っているのです?」

 

「其方も冗談と言う割に随分と優しい笑みを浮かべていましたわね?私以外の異性の事を考えていたのでしょう?」

 

 私と比べて微笑むってどういう状況を想像していたのですか?って聞かれてドキッとした。この辺は流石に女性だと思う。女性って異性の考えを読めるのかって思う事が偶にあるから怖いんだ。

 読心術とかそういう技術やスキルじゃなくて、女性特有の『勘』だと思う。そして大体が正確に読んで来る。恐ろしい事だが、確認のしようもないので誤魔化す事は難しくない。

 変に動揺せずに普通に言い返せばよい。まぁ不意打ちみたいに言われると、動揺するなって方が難しいけどね。魔術師は冷静たれ!って教訓が生かされるんだ。

 

「ははは、まさか何を言っているのです?」

 

「動揺が隠し切れてないですわ。どうせ愛しのジゼル様の事でも考えていたのでしょう?有名ですわよ。伯爵様が男爵令嬢に入れ込んでいると、バーリンゲン王国の貴族の方々が嘲笑う様に教えてくれましたわ」

 

「まぁ普通じゃないのは理解しています。僕は彼女(達)と幸せに暮らせる為に、今の地位と力を最短で手に入れたのです。だから側室はもう増やさないですからね。序に邪魔する者には相応の対応もします」

 

 故に、幼女達で困らせないで下さい。そういう意味で言ったのに『純愛ですね』で済まされたよ。まぁ釘を刺せたって意味なら良いけど……効果は薄そうだな。

 

 

 


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