古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第898話

 フルフの街にて籠城し、エムデン王国側からの増援を待っている時に予想外の増援の報告が舞い込んできました。旧ウルム王国領の復興支援に向かっていた、リーンハルト卿が単独で増援に駆け付けてくれたのです。

 彼はゴーレム兵団という反則級の一軍に相当する戦力を生み出して『個人で国家に戦争を吹っ掛けて勝てる』という非常識な存在。眉唾でなく実際に無敗を誇るエムデン王国の英雄。

 その彼が連絡も無く増援に来てくれたのは、隠密行動なのだろうか?彼が来ると言う情報が流れれば抑止力にもなりますが、逆に時間的に追い詰められて暴走を引き起こす事を恐れたのか?

 

 兎も角、エムデン王国が派兵した援軍を追い越して来てくれたのですから、残りの増援の情報も持っているでしょう。場合によっては、増援と合流するまで待つのも有りでしょうね。

 

 つらつらと考え込んでいたら、扉をノックする音で我に返る。待ちに待った、リーンハルト卿の到着。直ぐに入室の許可を与える。

 

「良く来て下さいました。リーンハルト卿。歓迎致します」

 

 敵国の中を一人で進軍して来たというのに落ち着いていますね。本国で会って以来の久し振りなのですが、思わず感動で涙が出そうです。歩み寄って手を差し出せば、力強く握り返してくれました。

 コホンという、グーデリアル兄上の咳払いにお互い苦笑してしまいました。グーデリアル兄上を無視した形になってしまいましたが、気を悪くした感じは有りません。望みうる最高の援軍なのですから。

 少し確執が有るかな?とも思いますが、リーンハルト卿はグーデリアル兄上とも握手をして言葉を交わしています。我々の関係で握手をするのは変なのですが、思わず手を差し伸べてしまったのです。

 

 少し後で、キュラリスと守備隊隊長のエイデン子爵も来たので持て成しの用意をさせてから許可をするまで誰一人として執務室に近付けない様に指示をする。

 

 グーデリアル兄上が強行軍で来てくれただろう、リーンハルト卿に労わりの言葉を掛けますが……未だ少し遠慮というか距離を感じますね。

 お互いに顔を合わせる機会が極端に少なかったですし、現国王の腹心と次期国王との関係は確かに微妙でしょう。リーンハルト卿は、父王に絶対の忠誠を誓っています。

 故に二人が不用意に接触する事は、お互いが要らぬ誤解を生みますから。その点で言えば、私は問題が有りません。グーデリアル兄上の予備なので、そこ迄は警戒されないでしょう。

 

 そもそも父王は未だ四十代、王位を譲る事は当分有り得ない。下手をすれば、王位を継承するのは兄上でなくその子供かも知れません。いえ、その可能性の方が高いでしょう。

 あと三十年以上は現役でしょうし、その時に私達は五十代を過ぎています。新しき王が老王と言うのは余り前例が無いです。その時に、リーンハルト卿は脂の乗った四十代。

 彼を抱え込んだ者が次期国王となるでしょうね。だからお互いが無意識に距離を置いている状況だったのでしょう。リーンハルト卿を抱き込めば簒奪は成功します。

 

 ですが、彼は父王に絶対の忠誠を捧げていますので簒奪も引込みも不可能なのです。だから気にしないで付き合っても構わないと思いますよ。

 

「それで事前に報告は無かったが、リーンハルト卿が増援に駆け付けてくれたという解釈で良いのだな?」

 

 グーデリアル兄上も少しは慣れたのでしょう。未だ少しぎこちないですが普通に話し掛けています。

 

「増援については、僕の独断です。ケルトウッドの森のエルフ族との交渉の命を受け、達成して参りましたので帰国の途中で立ち寄らせて頂きました」

 

「独断?貴殿が?」

 

 少し困った感じで教えてくれましたが、エルフ族との交渉?リーンハルト卿を行かせるだけの重要度が?人間の事には不干渉を貫く連中に敢えて何かを望むというのでしょうか?

 バーリンゲン王国は完全無視な対応だった筈ですし、エムデン王国でも変わりは無いでしょうし。今更、この国が麻の様に乱れるから静観して欲しいとでも言うのでしょうか?

 余り意味が無い行動だと思いますね。リーンハルト卿を差し向けるとなれば、多分ですが王命。父王の事ですから、何かしらの理由が有るとは思いますが思い当たる事が有りませんね。

 

「ケルトウッドの森のエルフ族?何故この時期に交渉をしたのだ?この反乱だが我等だけでも十分に対応出来るぞ。エルフ族の助力など不要というか問題しかないだろう?」

 

「バーリンゲン王国の愚か者達ですが、エルフ族と魔牛族に対して考えられない要求を突き付けたのです。エルフ族の報復が僕達に向かない様に伝えるのが今回の任務でした」

 

 グーデリアル兄上は頭を抱え、キュラリスは珍しく舌打ちをしましたね。そういう私もコメカミを押えています。あの愚か者共と一緒くたにされない為の交渉?エルフ族とですか?

 人間全てを見下す彼等に、同じ人間を区別して判断して欲しいと認めさせたのですか?それって、最高難易度の外交ですよ!そもそも対等と思われていない連中に要求を呑ませたのですか?

 確か、リーンハルト卿は個人的にエルフ族と交流があるとは聞いていました。ですがそれはゼロリックスの森のエルフ族の一部、他の森のエルフ族との交渉の伝手にはならないでしょう。

 

「それは何と言うか大変な任務を達成しましたね。流石というしかありません」

 

「あの馬鹿共は、エルフ族に何を要求したんだ?そもそも相手にもされていないのに、また謎の自信と理由で馬鹿な要求をしたんだな?アレと同類に見られて一緒くたに対応されるのは嫌だぞ」

 

 自分は有能で上に立つ存在だと謎の理由と根拠を持つ不思議な連中だが、同族だけでなくエルフ族や魔牛族にまで謎パワーを発揮してトンデモない事を仕出かしたのですね。

 よくもまあ超難解な任務を達成したものです。要求内容は教えて貰えませんでしたが、欲望に忠実過ぎて駄目だったと言っていたので何となく想像出来ました。婚姻外交でも求めたのでしょう。

 魔牛族も同じでしょうね。最初から性的な目で見ている連中でしたし、クーデターを成功させて有頂天となり薄汚い欲望を押し付けようとした。都合の良い婚姻外交で味方に引き込むとか?

 

 確かに私達は別物と認識して貰う必要はあります。馬鹿とは違うのです馬鹿とは!

 

 実際はもっと酷そうです。リーンハルト卿は下を向いて左右に首を振り息を長く吐き出しましたし、相当の事を思い出したのでしょう。グーデリアル兄上が何度か詳細を聞きたがったので、渋々ですが教えてくれました。

 バーリンゲン王国という存在自体が消し去られる迄、エルフ族を怒らせた理由。それは想像以上に胸糞の悪い出来事でした。アレはどこ迄も愚かになる。そういう事ですか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 小一時間かけて、リーンハルト卿が行った今回の王命の内容を知りました。ニーレンス公爵も絡んでいますが、リーンハルト卿の独力に近い成果ですよ。貴殿は本当に凄い。

 魔牛族の引き抜き、エルフ族との交渉の窓口の一任。妖狼族の件もそうですが異種族との交渉の殆どの権限を持っていますね。ドワーフ族とも関りが有りそうですし、貴方は本当に凄い。

 しかし、この地が十年で森に浸食されるですか。大問題ですが、この情報を王都に報告する事より私達の安全を優先してくれた事が本当に嬉しく思います。グーデリアル兄上も同じ気持ちでしょうね。

 

 これで二人の間の僅かな蟠りが無くなってくれれば良いのですが、心配しなくても良さそうです。

 

「エムデン王国側からの増援、予定では二日から三日後位に到着予定なのですが……此処で合流を待ってから帰国した方が良いでしょうか?」

 

 出来れば直ぐにでも帰国したいのですが、三日も待てば戦力が増えるならば待つべきでしょうか?それとも少しでもエムデン王国側に近付いた方が良いのでしょうか?

 

「増援本隊の任務ですが、フルフの街迄の確保だったと思います。増援部隊を受け入れ引継ぎを行ってからの帰国でしょう。一時的にも此処を空ける訳には行かないでしょう」

 

 む、そうでした。バーリンゲン王国の王都からの撤退はしましたが、この地を明け渡す事は出来ないのでした。つまり、厄介者のお客様方も此処に残しておいても大丈夫ですね。

 下手にエムデン王国領に入れるよりは国境付近で押し留めている方が利用価値は有りますね。ただ監視の強化をしないと何を仕出かすか分からない厭らしさが有ります。

 手駒が多く相応の資金力も有ります。油断しているつもりは有りませんが、放置は危険。ですが国内に入れるのも危険。やはり此処に留め置くべきでしょう。

 

「放棄せず、このフルフの街を最前線として敵と対峙するという訳だな」

 

「私達と入替で増援本隊に常駐して貰う事になりますね。確かに色々と引継ぎは必要です。例の御客様の件も含めてです」

 

 御客様?の言葉に、リーンハルト卿が不思議そうな顔をしました。確かに王族の私達が言う御客様というと、相応の身分の者になりますから。ですが何となく予想出来たのでしょう。

 物凄く嫌そうな顔をしました。縁が切れたと思った相手が、予想外に同じ街に居るとなれば嫌な気持ちにもなりますね。それは同意します。彼女達は何と言うか図々しいのです。

 全力でしがみ付いて来る気持ちが伝わってくるのも苛つきます。貴女方と私達は一蓮托生では有りません。一方的に切り捨てても良い上下関係なのです。

 

 温情で匿っているだけで、本来ならば自分達でクーデターを防がないと駄目だったのですよ。それを亡命したから関係無いとか余生はエムデン王国で暮らしたいとか、何を勝手な事を言っているのですか?

 

「パゥルム女王と妹王女二人。それと最低限の配下の者達が居ます。本人達は亡命だと言ってますが、実際は国を捨てて逃げて来たのです。亡命と言っていますが、祖国を奪還する気持ちは無いみたいですね」

 

「エムデン王国の国費で国賓扱いにしろって言ってるぞ。俺達二人で対応はしているが、まぁ御察しの通りだな。リーンハルト卿は会わない方が良いだろう」

 

 あの三人がですか……と小さく呟いた後に物凄く嫌な顔をしましたが、貴方の苦労は理解出来ます。私達も体験しましたから、アレは酷いです。良くもまぁ我慢したと、自分を褒めたい位です。

 この後、お互いの置かれた情報を詳しく話し合いました。ですがエルフ絡みの情報は漏れた場合の被害の予想が出来ませんので、王家の秘術である『伝書鳩』でも漏れる可能性が有る限り迂闊に使えません。

 なので、私達の護衛として同行しながら帰国する事になりました。元々も護衛の半数と増援はフルフの街に常駐して、更に増援を待ち徐々に勢力を拡大していく事になります。

 

 あと、リーンハルト卿がフルフの街の周辺の拡張を得意の錬金術で行ってくれたので戦力が増員されても野外での天幕生活が無くなり、ちゃんとした屋根付きの家が出来ました。

 周辺の城壁も堀も完備されたので、防衛力は桁違いに高まりました。ですが領主の館からでも見える範囲で大規模錬金を見れば、御客様方も彼の存在に気付いたみたいです。

 まぁ余程の馬鹿でなければ気付くでしょう。エムデン王国側からの増援の先触れもきましたし、今日中にも引継ぎは完了するでしょう。これで思い残す事なく、帰国出来ます。

 

 リーンハルト卿への面会依頼が一日に何度も来ます。緊急事態故に不可と断っていますが、ミッテルト王女自身が先程は押し込めていた区画から出て来ようとして警備の連中に押し戻されたそうです。

 彼女達に会わせるつもりなど毛程も有りません。これは強行する可能性も捨て切れませんので、今夜にでも出発した方が良いかも知れません。

 宗主国の王族である、私が駄目だと言ったら駄目なのです。それを会えば分かりますからとか、リーンハルト卿が自分に会いたがっているとか、自意識過剰も酷いです。酷過ぎますね。

 

 パゥルム女王。いえ元女王様ですが、少し分からせる必要が有るかも知れないですね。

 

 


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