古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第900話

 フルフの街に来て二日目、増援の先触れが到着。補給部隊を含めた五千人が明日の午前中に到着予定との事だった。予定よりも若干遅いと思うが、まぁ想定の範囲内だろう。

 これでフルフの街の防衛も楽になる。一時的に七千人近い兵士が留まる事になるが、エムデン王国側に追加の陣地を構築しておいたので問題は無い。

 増援部隊は選りすぐりの精鋭部隊、王都侵攻の主力となるだろう。順次、後続部隊も派兵が決まっており既にスメタナの街とモレロフの街に常駐している。

 

 周辺の治安維持と領民対策で足を引っ張られているのは此処と同じらしい。先行で王都近くまで諜報部隊を送り込んでいるらしいが、報告は思わしくないらしい。

 つまり貴族も平民も等しく、僕等を好ましく思ってないのだろう。笑えない状況だが、不利ではない。逆に優勢ではある。だが侵攻作戦の根本を見直す情報を未だ伝えてない。

 王都を陥落し再度属国として扱うのか?辺境の連中と争わせて、エムデン王国に隔意有る連中の間引きを行うのか?当初の案が引っくり返る程の条件変更だよ。

 

 『十年で国土は森に浸食され、フルフの街にケルトウッドの森のエルフ族が移住してくる』

 

 エルフ族はバーリンゲン王国そのものを滅ぼすつもりだ。浸食のスピードは1日に約40mと早い。ケルトウッドの森が徐々に広がって行くのを見れば、普通なら半月と掛からずに気付くだろう。

 その噂がバーリンゲン王国全体に広がるのにどれ位掛かるのか?半年程度と予測する。国家がと言うか貴族が動かなければ、街から街への情報の伝播は行商人や旅人などから仕入れるしかない。

 それに最初から森が全てを覆いつくす為に増えているとは判断し辛い。最初は不審に思う位で特に騒がないだろう。そもそもケルトウッドの森周辺は人が近付かない。近付けばエルフ達に手酷く追い払われるから。

 

 クーデターを成功させた連中も王都周辺の把握を優先させているし、エムデン王国への対応だってある。そんな訳の分からない噂話に人員を送り込んで真剣に取り組むとは思えない。

 一ヶ月で1.2km、三ヶ月で3.6km。此処まで広がれば訝しんで本格的に調べるなり対応するなり動くだろう。だが三ヶ月も有れば、エムデン王国は王都を陥落させる事も難しくない。

 間引きを優先すれば、三ヶ月位はフルフの街に籠って様子見かもしれない。その為に、早めにアウレール王に情報を伝えて対策を練り新しい指示を出して貰う必要が有る。

 

 増援の指揮官殿にも漏らせない情報だが、今回のエルフ族との交渉の結果により侵攻作戦に大幅の変更が有ると伝えよう。暫く此処で待機して貰えば、無用な侵攻による被害も抑えられる。

 基本的に放置で難民対策の方が重要になってくるだろう。エムデン王国に入れちゃ駄目な連中が多過ぎるから、如何に選別して省くかが必要なんだ。

 フルフの街の後方で大きな街は、スメタナの街とモレロフの街。それと中小の村が散在しているだけ。この範囲に全てのバーリンゲン王国の連中が押し掛けたらどうなるか?

 

 考えただけでも無理難題だよね。仮に担当となった者の苦労は計り知れないだろうな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 フルフの街の領主の館を接収した臨時の執務室に御邪魔している。両殿下とキュラリス様が今回の話し合いのメンバーだ。紅一点の彼女は謀略を司る、ロンメール殿下の補佐も担っている才媛。

 特に参加に反対はないのだが、貴族には男尊女卑思考の連中も多い。彼女もバーリンゲン王国内では苦労しただろう。あと何故かストレス緩和の為に、僕との話し合いに参加したいとか。

 バーリンゲン王国の王宮に滞在していた時に相当のストレスを貯め込んでいたらしく、その発散も含めての事らしいが……仕事の話がストレスの発散ってさ。大分ワーカホリックだと思います。

 

 守備隊隊長のエイデン子爵は陣地構築で騒ぎだした領民への警戒と対応で現場に出張っていて欠席。彼はローラン公爵の派閥構成貴族なので信用出来るし能力も高いので任せても安心だ。

 

「常識が破壊された陣地構築という名の奇跡を目の当たりにした。報告では聞いていたが実際に目の前で起こった事なのに理解が追いつかないとは驚いた」

 

「確かに聞くと見るとでは全然違いますが、今迄の培ってきた常識って何だろう?と考えさせられる事は確かですね」

 

「素晴らしい錬金技術ですわ」

 

 大袈裟に驚く、グーデリアル殿下。もう諦めています的な、ロンメール殿下。言葉少なく賛辞を送ってくれる、キュラリス様。三者三様って事ですが、僕も今回は遣り過ぎたかな?って思います。

 此処まで魔力を大量消費したのって何時くらいだろう?って思ったよ。だが、エルフ族絡みの事も有る。このフルフの街を今回の作戦の最前線基地と定めるならば、未だ足りないと思います。

 明日到着する増援部隊に引継ぎを行う内容の確認が、今回の話し合いの議題だ。此処での話を書面に纏めて指示書として、両殿下と僕の連名で増援部隊の指揮官に渡す。

 

 彼等も王命にて指示を受けている。本来なら国王の指示が最優先だが、その行動に待ったを掛けるのだ。作戦内容の軌道修正には相応の説得力が必要、故に殿下二人と宮廷魔術師第二席の連名なんだ。

 これで軽んじられる事は無いと思う。直ぐに王都に戻り、アウレール王に報告して再度指示書を送らせるから暫くフルフの街で待機してくれって事だから。

 勿論だが、敵が攻めてきたら迎撃して貰うが積極的な侵攻は止めて欲しいって事だね。約半月位の足止めになるが、多分その頃には森の浸食の噂が広まって国中が混乱している最中だろう。

 

 難民対策の防波堤として此処で頑張って抑えて欲しい。

 

「大筋は、リーンハルト卿の報告に沿って対応するで良いでしょう。このフルフの街を最前線基地として運用して貰い、王都への侵攻は一旦中止」

 

「俺達が王都に戻り父王に報告し、新たな指示を出して貰う。もうこの国は終わった。無意味に被害を出す必要も無い。難民対策の方が頭が痛いな」

 

「倫理的、対外的に有る程度の難民を受け入れる必要は有るでしょう。ですが国益に沿わない方々を受け入れる事など出来ません。取捨選択、国益に沿える方々のみ受け入れる必要が有りますわ」

 

 酷い事を言っている意識は有るのだろう。キュラリス様の表情は暗いが、ここで下手な同情や正義心は不要と理解している。国益優先、この国の連中を無作為にエムデン王国内に入れれば被害は甚大だ。

 

「辺境の彼等は比較的、エムデン王国に対して正常な感覚を持っています。逆に中央の連中は貴族も平民も両方共に厳しいでしょう。

辺境の彼等に支援して内戦を支持し間引いた後で、フルフの街とソレスト平原の間を仮の領地として与えて様子見、その後に問題が無ければ受け入れるのが理想だと思います」

 

 約十年、実際は森の浸食に合わせて居住可能な場所がどんどんと無くなるから五年前後で結果を出さないと駄目だろうな。だが僕等には決定権が無く、あくまでも提案でしかない。

 アウレール王に報告し早急に方針を決めて貰うしかない。だが実は選択肢は殆ど無い。森の浸食は止められないし難民の無条件受け入れは出来ない。問題が有る連中は大地と共に眠って貰うしかない。

 自らの手で間引きという虐殺も出来ない。ならば因縁の有る者同士で生き残りを掛けて争って貰うしか無く、国益に沿った相手を支援するしかない。つまり提案と殆ど変わらない結果になる。

 

「それしかないな。下手に首を突っ込むと火傷じゃ済まない。最悪、内戦を嫌いエムデン王国に入ろうと攻めて来れば此処で迎撃すれば良い。敵対行動を起こした連中は殲滅しても問題は無い」

 

「グーデリアル兄上の言う通りですね。常識の通用しない連中ですし、エムデン王国憎しで彼我の戦力すら把握出来ずに攻め込んで来る可能性は高いでしょう」

 

「あとは謎の自信と根拠を以って堂々と移民させろと要求してくる可能性も有りますわ。私としては媚び諂いエムデン王国に入り込もうとする方々が一定数以上は居ると考えます」

 

 キュラリス様の意見に男性陣が思わず頷いた。そうだった。連中からすれば、自分達の苦難を無償で助けるのがエムデン王国の役目らしかった。ここの領民もそうだが、亡命して来た女王達もそうだった。

 陣地構築は終わったかと思ったけど、侵入防止対策をもっと厳重にしないと駄目かもしれない。対集団への防衛としては及第点だと自負しているけど、少数が入り込もうとすれば穴が有るかもしれない。

 コウ川を泳いで侵入とか、夜間に少人数だったら発見出来ないかも知れない。あとフルフの街の領民達もエムデン王国に断りも無く行く事も考えられる。うわぁ面倒臭いぞ。

 

「いえ、一番可能性が高いですね。バーリンゲン王国全土から家財道具一式を持った連中が此処を目指して集まって来る。そして連中の私財を狙う野盗達が急増、僕達に治安維持を要求。

序でに難民として受け入れて生活の面倒を手厚く見ろとか言い出すのでしょう。下手をすればクーデターに参加した貴族連中も恥ずかしげも無く亡命を受け入れろと言い出すでしょうね」

 

「最悪だな。そして受け入れを拒めば、フルフの街の前に貧民窟が広がり治安は悪化の一途を辿るのか?難民の虐殺は出来ず追い返すだけなら勝手に近くに居座るだろうな」

 

「流石に上から目線で酷い要求を突き付けて来る連中でも非武装の領民なら武力行使は出来ませんからね。それをしてしまえば、周辺諸国から突き上げを食らいます。大した事では有りませんが……」

 

 力ずくでも相手を無傷で追い返す事は出来る。だが友愛を教義とする、モア教の対応が分からない。一応だが、連中もモア教の敬虔ではないが信徒。救いの手を差し伸べる可能性は低いがゼロじゃない。

 長期に渡り国境付近で拒み続ければ、幾ら情報漏洩を頑張っても何れは近隣諸国にも知れ渡る。非道な国を非難するという名目で近隣諸国が連合を呼び掛ける可能性も有る。

 困った事に正統性は向こうに有る。『暴虐非道な行いをする国家に正義の鉄槌を!』建前としては十分だな。別に直接的にエムデン王国に攻め込まなくても圧を掛けて難民を受け入れさせれば良い。

 

 厄介者を背負い込めば負担が増して国力が落ちる。それだけで近隣諸国にとっては有益、正義の名の下に継続的な負担を強いる厄介者を押し付けられた。それだけで満足するだろう。

 

「モア教の動きが予想出来ないので危険でしょう」

 

「友愛が教義ですし、無辜の民を助けたいと言われれば断り辛いのも確かですね」

 

 深々と溜息を吐き出す。冷え切った紅茶を一気に飲み干す。参加者全員が厄介者の対応を苦々しく思っている。存在自体が害悪って相当な事だぞ。前王アレクシク三世を恨みたい。

 何故、こんな連中を優遇したの?子孫に仇名す連中に手を差し伸べたの?恨みを何百年も忘れないとか言う連中だよ。最悪の隣国、この機会に徹底的に間引くべきだ。後世に負債を残さない為にも、今ここで徹底的に対処するしかない。

 キュラリス様が自ら紅茶のお替りを淹れてくれたので気分転換の為に小休憩にする。暗い話題ばかりで気が滅入るが、国土を森が浸食するという異常事態だから、劇的な対応をしても悪くないと思うのです。

 

 時代の転換期って、こういう異常事態が発生する事に非常識な対応をするって事だよね。

 

「カシンチ連合、コリコとスアクに会いに行こうかな。早急に辺境を纏めさせて生き残りを掛けて王都を攻めさせれば二方向に対応出来ない中央の連中は全滅する。長年に渡りいがみ合っている連中だから……」

 

「私は反対です」

 

 独り言に、ロンメール殿下が反応した。反対ですって言われても、話し合いの中で争わせるのは決定ではなかったですか?助力は必須ならば、僕が多量の援助物資を持ち込んだ方が効率的じゃない?

 マジマジとロンメール殿下を見詰めてしまう。目が合ったが逸らさない。それ程、僕が辺境に行くのが反対なのだろうか?クリスと二人で急げば半月位で達成出来そうだけど?

 ん?扉の外が騒がしいぞ。気配を探れば、招かれざる御客様が押し掛けているみたいだな。亡国の女王と王女達が此処に押し掛けて来るって事は、また無理難題を押し付けようとしているのか?

 

「どうやら、パゥルム女王達が此処に押し掛けて来たみたいですね」

 

 もう言い争っている声も聞こえる距離まで迫っている。流石に護衛を任せた連中も他国とは言え女王や王女達が押し掛けてくれば止められないか。物理的に止めるには身体に触れるしかない。

 流石にそれは戸惑わせる。故にグィグィと迫って来れば後退するしかなく、本当に困り切ってるだろう。下手に触れば不敬案件で処罰対象、モラルのしっかりしたウチだからこその危機ですか?

 やり過ごすにしてもこの部屋の出入口は一ヵ所しか無く、今出れば目の前で鉢合わせる事になるだろう。黒縄を使って窓から逃走するか?いや、悪くない僕達が逃げ出す事は立場的にも出来ないだろう。

 

「本当に、あの方々ときたら困ったものです」

 

「早くエムデン王国に連れて行け。此処に置いて行くな。とかだろうな。安全な場所で国賓待遇で暮らしたいのが亡命した本音だろ?」

 

「私達の帰国に同行させるつもりは有りません。今後の事も考えて、此処に軟禁しておくのが最上策でしょう。ですが、彼女達はそれでは困るのでしょうね」

 

 あ?これはフルフの街に滞在中に他にも色々やらかして呆れを通り越した状態って事だろうな。死んだ魚の目になった三人をみて理解した。多分だが、僕が対応しないと駄目なヤツだコレ。

 

 


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