古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

908 / 1000
第902話

 エムデン王国から派遣された増援部隊が到着した。予想以上の精鋭兵達だ。先行部隊な事と各貴族からの選抜兵の為、指揮官は将軍級でなく各派閥ごとに纏まって軍籍の最上位が部隊長だった。

 将軍級は後続の本隊を率いて来るのだろう。現状の大きな派閥は公爵四家の四つ、そして今回の増援で最大なのは、武門のプライドなのかローラン公爵。次が何故か内政派の筈のニーレンス公爵。

 次が最近バーナム伯爵を傘下に置いた、ザスキア公爵。最後に落ち目のバニシード公爵。落ち目でも侯爵連合よりも多いのは流石なのだろう。四人の部隊長が引継ぎの相手となる。

 

 基本的に最大戦力を持ち、更に軍籍の最上位で爵位も子爵家当主のローラン公爵派閥の……の?あれ、ベッケラン子爵だよね?バニシード公爵の派閥構成貴族で、マインツ領の復興支援の時に会いましたよね?

 

「お久し振り、と言う程の期間ではないですな。此度、ローラン公爵の派閥へ移籍しましたので今後とも宜しくお願いしますぞ」

 

 凄い晴れ晴れとした顔をしているけど、落ち目のバニシード公爵の派閥からローラン公爵の派閥に移籍出来た事が嬉しいのだろうか?まぁ嬉しいだろうな。家の繁栄から考えれば最上の対応だろう。

 同じ武門の家柄だが、バニシード公爵は失敗続き。ローラン公爵は順調に功績を積み上げている。泥船に乗って一緒に沈む事はお断りだろうし。今後も敵対するならば、政敵として追い込むしかないし。

 派閥争いの一環で有力な貴族の引き抜きを行っているので、ローラン公爵は有能だと判断し引き抜いた。そして今回の作戦で功績を積ませたいのだろう。

 

「ええ、公爵四家の連合軍ですが、最大戦力を持つ貴殿が纏めて下さい」

 

 その返しにニヤリと笑った。僕が増援の統括をベッケラン子爵と認めたからだ。それ位の助力はしますよ。

 

 確かリゼルが思考を読んだ時の報告でも移籍希望って言っていたが直ぐに実行したのか。凄い行動力だな。そして、バニシード公爵の部隊を束ねているのが、ハイモ男爵か。

 確かバニシード公爵の側近で、騎士職レベル30程度の武闘派では有る。時間的に厳しいとは思うが、マインツ領から呼び寄せたのか?国境付近の領地を与えられたのは防衛要員だからでは?

 単純に人材が手薄だからか、領地自体が小規模な鉄を産出する鉱山と鉱員と彼等の家族が暮らす300人程の村という小規模だから代官にでも任せて来たのか?或いは手柄を求めてか?

 

 同じ公爵家から派遣されていても子爵と男爵、爵位の差もあれば派閥の勢力関係も有る。普通に考えれば、ハイモ男爵はベッケラン子爵に従うしかない。

 

 だが怪しい。あの嫉妬を含んだ視線を向けている、ハイモ男爵の動向には監視が必要だろう。落ち目の連中の一発逆転の行動って、大抵周囲に被害を撒き散らして失敗するんだよ。

 独自判断、単独行動、軍属として最悪なのだが結果を出せば良いみたいな風潮も有る。主に僕が大きな功績をあげれば好き勝手出来るみたいな誤解が多い。

 僕はそんなに自分勝手に動いてない。少数の利が即決即断を可能にしているだけなのだが、政敵は微妙に事実を曲げて話を広めるから困る。真実と嘘を混ぜると判断が難しくなる。

 

 嫌らしい手段だが、有効なのは事実。そんな嘘に踊らされて、下手な事を仕出かすなよ。この国の置かれている状況は微妙、手順を間違えば火傷じゃすまない。

 

 もう既に、モンテローザ嬢の暗躍も大した問題では無くなった。彼女の捕縛ないし殺害が第一目標だったのだが、今は大分優先度が下がってきている。見付ければ序でに捕まえれば良い位だよ。

 逆に裏庭で暗躍する隣人の最終的な処分に踏み切れた事がエムデン王国の国益に叶ったって事で良いのか?モリエスティ侯爵夫人の功績は公に出来ないが物凄く大きい。

 理由はアレだが、最終的に厄介な隣人が居なくなり、エルフ族と正式な交渉権を持てて妖狼族や魔牛族という有力な種族を取り込む事が出来た。エムデン王国の国益には大きなプラスだろう。

 

 まぁ僕の負担も山盛りだが、幸せな未来の為にと割り切ろう。

 

 引継ぎを終えて両殿下が連名で臨時の司令官に、ベッケラン子爵を指名。フルフの街を最前線基地と定めて現状維持を確約させた。帰国後直ぐに、アウレール王に報告し新たな指示書を出す。

 両殿下の護衛として同行していたエムデン王国軍第四軍団翠玉(すいぎょく)軍も疲労が無視できないレベルになっているので一緒に護衛をして貰い帰国させる事にする。

 だが引継ぎしたら全てお任せして全員帰国する訳にはいかないので、中隊長と割と元気な一部隊は暫く残って貰う事にした。領民達の対応とか、知らないと混乱するだろうから……

 

 全ての引継ぎ業務を終えてフルフの街を発ったのは、増援が来て二日後の早朝になった。漸く帰国出来る。イルメラ達の匂いストックも切れ掛けているし早く帰りたいんだ。ああ、インナーに顔を埋めて深く深く吸い込めば……

 あと、ロンメール殿下から新しき性癖の話を真面目に振られて困った。未だ若々しいキュラリス様に母性を見出しての幼児プレイとか、ハードルが高過ぎて困ります。僕は異性の体臭嗅ぎたい派なのです。

 『バブみ』って何ですか?『おぎゃる』ってエムデン王国の公用語にはないですが造語ですか?この件について、グーデリアル殿下に相談しましたが、黙って肩を叩かれて労わられて終わり。

 

 王族の闇は深い。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 両殿下と共にエムデン王国に帰国する旨を伝令兵や伝書鳩等の複数の方法で送った。リゼルを先に帰しているので凡その報告は済んでいると思うが、やはり直接報告しないと駄目な部分も多い。

 今回はエムデン王国軍第四軍団翠玉(すいぎょく)軍と共に移動なので、ゴーレム馬にての強行軍ではない。僕謹製の移動用の馬車を提供した。曳く馬は生きた馬だ。流石にゴーレム馬の乱用は避けるべきだろう。

 王族には専属の御者や馬が用意されているので、彼等の仕事は奪えない。だが馬車は交換しても問題は少ない。勿論だが使用しない馬車は空間創造に収納して置いてはいかない。

 

 提供した馬車は3台、1台はグーデリアル殿下、2台目はロンメール殿下とキュラリス様、3台目は、パゥルム女王と二人の王女。僕はゴーレム馬に騎乗しているが、偶にグーデリアル殿下の馬車を休憩用に使わせて貰っている。

 万が一、襲撃された時に両殿下が一緒だと最悪二人共に危害が加わるからという建前だが、本当はキュラリス様のストレスが思った以上に大きかったのでロンメール殿下と二人きりにさせる為です。

 まぁ馬車の中という密室で『バブみ』だか『おぎゃる』だかのプレイをしても大丈夫な防音性能は有りますと伝えては有る。グーデリアル殿下は……その、大変羨ましそうにしていた。

 

 パゥルム女王達は1台の馬車に押し込めて監視しているが、今の所は大人しくしている。バーリンゲン王国から連れて来た連中も同行させているが、エムデン王国に着いたら隔離されるだろうな。

 どう見ても影の護衛か、それに相当する人材。少数だが脅威には変わりない。多分だが、パゥルム女王を人質として扱い、彼女等に公に出来ない仕事をさせるのだろう。主にバーリンゲン王国の主要な連中の……

 エムデン王国に鞍替えしてくれれば楽なのだが、忠誠心は高そうだ。あの国の連中としては珍しいのだが、権力者の護衛なのだから幼少の頃から教育しているのだろう。嫌な国家の闇だね。

 

「バーレイ伯爵様。パゥルム女王が馬車で休んでは如何とおっしゃられています」

 

「うん?淑女しか居ない馬車に同席など出来ない。適時、休憩は取っているから心配しないで大丈夫ですと伝えて下さい」

 

 今の影の護衛と思われる女官がさ。ゴーレム馬と並走して伝言を伝えに来るんだよ。常歩(なみあし)で時速6km位だけどさ。淑女が息も切らさず平然と並走出来る事は無理、つまり身分と言うか正体を隠す必要すら無いって事か?

 王宮に到着すれば軟禁される事が分かっているからだろう。色々と接触を試みているが、僕は会うつもりなど毛ほども無い。だが接触は難しい。それは単純で効率的な方法、近付いてきたら逃げるか隠れるから。

 土属性魔術師の僕にしか出来ない方法で色々と接触を試みる連中を全て煙に巻いている。休憩や宿泊時の天幕に誰か近付いて来れば地中に潜り込む。分かっていても探し出せない。

 

 何故なら地中深くにいる僕に会いに来れないから。昼間とかに接触に来るが、公務を理由に全て断っている。

 

 だから、ロンメール殿下の馬車に同乗しないで自由に動けるゴーレム馬に騎乗してるのだが……遂に痺れを切らして直接女官を送り付けてきたよ。形振り構っていられません!って事かな?

 不満そうな女官から、ゴーレム馬を操作し全速力の駈歩(かけあし)で離れる。貴女達に構っている暇など無いのです。アウレール王に報告して、直ぐに妖狼族を率いて魔牛族を迎えに行かなければならない。

 その時に襲って来る連中の間引きも行うし、カシンチ族連合への援助とか直ぐにトンボ帰りだと思う。だが、この問題の多い国との決着が付けられるならば頑張るしかない。

 

「その前に、公爵四家との調整もか……両殿下を味方に引き込んで何とか……」

 

 胃が痛い。今回も間違いなく、ザスキア公爵は国境付近で出迎えてくれるだろう。パゥルム女王達とも衝突する。スプリト伯爵がストレスで胃を押えているかもしれないな。

 もしかしたら、パゥルム女王達とは、国境を越えたらお別れかも知れない。ザスキア公爵の手腕を考えれば、王宮まで一緒に行動させる事などさせないだろう。

 だから、オルフェイス王女辺りがそれを理解して焦っているのかな?だが彼女の望みに近い結末だぞ。姉妹三人で安心して一緒に暮らせる。そこには僅かな自由しかないが、責任も義務も無い。

 

 少しだけ羨ましい。有り余る自由な時間を過ごせるのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ソレスト平原を越えて、エムデン王国領内に入る。国境を隔てる城壁の大門の扉は左右に開かれ、内部の整列した兵士の群れが見える。そうだった。此処はバーリンゲン王国に送り込む兵士達を一旦集めて再編成する場所だった。

 今この砦には、エムデン王国中から集められた精鋭達が詰めている。相当数の戦力が集まっている。此処の領主である、スプリト伯爵と参謀役のネロ殿。そして何故か、サナッシュ嬢が出迎えてくれた。

 確か、サナッシュ嬢はスリプト伯爵の親族だが軍事に関りは無かった筈。気配りの出来る令嬢だった位の記憶しかないが、何故に一緒に出迎えに?

 

 先触れとして先にゴーレム馬で向かう。大門の少し手前でゴーレム馬から降りて徒歩で近付くと、特に警戒もさせてなく顔も見せているので問題無いと判断されたのだろう。

 特に咎められる事も無く待ち構えていた、スリプト伯爵の前まで辿り着いた。どうやら今回は、ザスキア公爵は居ないみたいだ。流石に行動力が有るとは言え、毎回国境付近まで来れないか?

 

「両殿下と共に護衛として同行して来ましたので、入国の許可を頂きたい」

 

「先触れの報告は受けています。両殿下を連れての無事の帰還、困難な任務でしたが流石ですな」

 

 予定外の任務であり公式には国境を越えていないので、バーリンゲン王国側から僕が来る事は事前に知らせている。さもなくば無断で国境を越えた事になる。流石にエルフ族の『聖樹』を使わせて貰った事は伏せている。

 やむを得ずゴーレムキングで山間部の国境を越えた事にした。『聖樹』の力が知れ渡れば、自分も使わせろとか馬鹿な事を仕出かさす連中が居るかもしれないし。流通問題が根底から狂う情報など教えられない。

 流石にエルフ族に『聖樹』を他の人間達にも使わせて欲しいとか頼めない。『聖樹』を神聖視しているエルフ達に、そんな事を言ったら『人類は滅亡しました』だよ。

 

「有難う御座います」

 

「厄介な客人については、此方で引き受ける様に指示されているので任せて下さい。これが命令書です。彼女達の対応は、サナッシュが担当します」

 

 え?此処で引き渡す事は予想していましたが、アレの担当がサナッシュ嬢なの?思わず彼女をマジマジと見てしまう。普通に蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢だと思っていたが、大丈夫なの?

 一応、他国の王族だから一定の配慮をするけどさ。アレだよ?常識とか通じないアレだよ?本当に大丈夫なの?僕の視線を受けて居辛そうにモジモジしている、サナッシュ嬢を心配する。

 此処で逃げられたり……いや、逃げはしないだろう。逃走先など無いのだから。言い包められたりしない?アレは理不尽の極致だよ。失敗すれば、スリプト伯爵やザスキア公爵にも類が及ぶよ?

 

 そんな僕の心情を慮ってくれたのだろう。スリプト伯爵が、サナッシュ嬢のギフトについて教えてくれた。曰く『白の牢獄』という一種の結界術らしい。有無を言わさず隔離して移動出来る。

 制限は有るが、流石にそれは教えられない。だが、早急に王宮に戻らないと駄目な僕等の為に厄介な連中の移送を肩代わりしてくれるそうだ。勿論だが、命令書を読めばちゃんと条件に書かれていた。

 

「タイロンとコンビとなれば更に成功率が上がるので、安心して任せて欲しい」

 

「重ね重ね有難う御座います。助かります」

 

 馬車ごとギフトの効果は発動するらしく、このまま引き継いでくれるそうで助かる。パゥルム女王達とは、もう会う事もないだろう。これで負担の七割以上が減ったよ。

 後は速やかに王都に向かうだけ。だがエムデン王国内に入ったので問題は殆どない。流石に僕だけ先に帰る訳にもいかない。何故なら、両殿下には報告と交渉の時に味方になって欲しいから。

 この事を報告して一番喜んだのは驚く事に、キュラリス様だった。パゥルム女王達の事を相当嫌っていたのだろう。妙に清々しい顔をして、彼女達の乗っている馬車にドヤ顔を向けていた。

 

 最近の高貴な淑女達にだが、ドヤ顔やらテヘペロやらが流行っているのだろうか?

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。