古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第906話

 カシンチ族連合への物資の供給について、御前会議で揉めている。提案は三択で船団による海路輸送か馬車輸送部隊による陸路輸送、そして僕の陸路での単独移動。

 まぁ最後の案は却下されたけれど、他の二案も現実的ではない。他に考えたのは少数の工作部隊に資金を与えて現地調達しながら物資を送るとかも考えたけど……

 それも現地民が野盗化するから無理なんだ。相応の護衛を雇っても、そいつ等が野盗化する確率が高い。でもエムデン王国側から多数の護衛を送り込む事も難しい。

 

 冒険者ギルド本部に依頼を出すにしても、基本的に彼等は国家間戦争には不介入。冒険者ギルド本部を通さず個人的に依頼する事も出来るが数は集まらない。

 または傭兵を雇う。これはハイゼルン砦の奪還の時に、バニシード公爵が行った方法だが結果は惨憺たるものだった。金で雇えたのは下級の冒険者で大した戦力にはならない。

 傭兵団の方は自国から略奪するし敵前逃亡もするし最悪だった。旧コトプス帝国の謀略に唆された国内の質の悪い傭兵団は殲滅したが、残りの傭兵団が信用出来るかと言えばそうでもない。

 

 海路輸送はもっと見通しが立たない。エムデン王国も海運業者は居るが安全の確保された航路しか使用していない。新規航路の開拓とかは無理というか、それはもう国家事業の範疇だろうな。

 確かに遠方の国、大陸の反対側にあるユグドル神聖樹帝国との交易の為の航路は管理している。だがその間には七つの国が有り各々が自国の範囲の航路の安全に過大な費用を投じている。

 バーリンゲン王国は、大切な筈の航路の維持管理など最初からしていない。だから殆ど新規開拓に近いし、その後に使用するかと思えばしない。つまり費用対効果はマイナスだね。

 

 エルフ族の管轄下の森に呑み込まれる場所への移動手段など、持ってる方が危険だよ。そもそも継続的な維持管理など出来ないし、開拓するにも時間が足りない。つまり無理で無駄。

 

「結論から言えば陸路も海路も無理が有ります。何故、僕の単独行動が許可されないのですか?」

 

 最初から結論の出ない会議など時間の無駄だと思う。今迄だって、僕は殆どを単独ないし少数で行動して成果を上げている。今回の件については、難易度も低い。手間は掛かるが簡単ですらある。

 カシンチ族連合の上層部とは面識も有るし、物資の運搬だって空間創造のギフトが有るから相当数を持ち込める。それこそ倉庫十棟分位は可能だ。そして拘束期間も一ヶ月程度だろう。

 功績を独り占めさせたくないとかだろうか?だが目に見える功績でいえば、フルフの街の国境を守る方が上じゃないかな?辺境の武装勢力に物資を与えて内乱を煽るのは褒められた功績じゃない。

 

 だから秘匿で構わない筈だぞ。公にしてしまえば内政干渉になる。まぁ有名人の僕が一ヶ月も姿を現さない事が不味いのか?適当な任務中とかにすれば良くない?或いは領地の視察中とか?

 

「それは毎回、お前の負担が大きいからだ」

 

「そうですな。働かせ過ぎでしょう」

 

 アウレール王から予想外の言葉が来たし、ニーレンス公爵も追従したけど?負担が大きい?そこ迄酷使されてない筈だが?確かに長期休暇が欲しいとは思っているが、大きな仕事の合間には適当な休みを貰っている。

 王都に居る時も出仕は一週間に五日で休みも二日有る。まぁ適切じゃないのか?もっと過酷な労働条件を強いられている人など沢山居ますけど?ラビエル子爵とかロイス殿とか、僕が引き抜いた下級官吏の連中の方が酷かったぞ。

 今は改善している最中だが、彼等と比べれば負担は少ないと思う。まぁ結構な難易度の王命が多いが、それは仕事を与える方が相手の能力に見合った仕事を割り振るのだから当然だと思う。

 

 楽な仕事ばかり与えられるのは、自身の能力が相応に低いと判断されている事と同じだと思うんだけど?

 

「何を分からない様な顔をしている?確かに王命として高難易度の仕事を与えている自覚は有るが、成果と対価との釣り合いがだな……」

 

 アウレール王の説明によると、本来仕事を達成した後には当然報酬が与えられる。その報酬には評価もそうだが金銭的な報酬の他にも休息の意味も含めた長期休暇など複数ある。

 僕の場合、王命達成後には相応の報酬を貰っている。それは領地だったり金貨や宝物とか、愚弟の対処とか妖狼族の件とか……他にもリゼルの事とかネクタルの件とか色々なお願い事も叶えて貰っている。

 逆にアウレール王の胃が痛くなる様な事すらして貰っているんだ。特にネクタルの件とか、リズリット王妃の猛烈な要求を抑えて貰ったりとか普通に有り得ない対応もして貰っている。

 

 嗚呼、対外的には言えない事が多いから、端から見れば酷使されているのに見返りが少ないと思われている?

 

「いえ、十分に報われていると思いますが……」

 

 言えない部分は多々ありますが、それでも十分な報酬を貰えてます。なんたって伯爵なのに侯爵と同等以上の領地を拝領していますし俸給だって破格ですよ。

 

「違う。全然足りてないのだ。成果に見合った報酬を与えられない事は、色々な所で問題になる。正当な評価も出来ない、報酬が適切でない、我が国は待遇が悪いとなる」

 

 真面目な顔で凄い事を言われたのだが、僕に隔意が有るバニシード公爵ですら頷いているとなると参加者全員の共通認識なの?僕の報酬が足りないって事が?そんな事が有り得るのか?

 

「例えば今回の辺境の蛮族への援助物資の件だが、海路の場合だと海軍の軍艦を五隻前後動員する事になる。同行する兵士は二千人前後、それが数回は往復する」

 

「陸路の場合は輜重部隊として馬車百台に同行する兵士も同じく二千人前後、将軍級が率いる事になる。同じく数回は往復するだろう。リーンハルト卿の場合は一人で済むのだが……」

 

 ニーレンス公爵とローラン公爵が説明してくれたけど、仲が良いですね。流石は幼馴染って事ですか?ウチの海軍って殆ど知らないし接点も無いけど、それは有りますよね。

 僕も海軍増強計画に少し携わっているけど『魔力砲』については試射を何時するかで止まっているんだよな。リゼルの情報だと、僕をリズリット王妃に絡ませない為らしい。ネクタル問題は根が深い。

 リズリット王妃は王族の女性陣を率いて、ザスキア公爵を盟主と崇める『新しき世界』の信奉者である御姉様方と戦っている。戦局は限りなく、後者が有利らしい

 

「任務に従事する方々には相応の評価と報酬を与えなければならないのよ。陸路でも海路でも指揮官に将軍級が最低一人、従事する兵士達は数千人に及ぶわ。

その全てを一人で賄えてしまう事の危険性に今更ながら気付き始めたのよ」

 

 危険性?万が一にも、僕が死んだり大怪我を負った場合のリスクが大きくなり過ぎたとか?いやいやいや、そんな事がある訳が無い。我が国は人材も豊富だし、仮に僕が長期療養に入っても問題は少ない。

 同じ事をしろってのは無理だけれど、代替案で同じ結果を出す事は可能。多少の費用と期間が増えるか、普通はそうだから批判される事も無いと思うけど……違うのかな?

 皆が真剣な顔で僕を見ているけれど、僕の都合の割合も大きいから渡りに船なのです。特に妖狼族とか女神ルナ様絡みとか、バーリンゲン王国に行く事が叶わないのは逆に困る。

 

「そういう事だ。大陸一の大国であるエムデン王国が、その繁栄の礎を一人の若者に押し付けて良いのか?良い訳が無いだろう。一人の英雄に依存する国など先が知れている」

 

「楽だから、費用が抑えられるから、効率的だから。リスクを避ける為にと建前を作っても駄目なのよ。それは依存といって停滞と変わらない、いえ退化してしまっているわ」

 

「存在意義と仕事に対する意識の問題でも有る。自分達の仕事が楽になると思うような連中が増えるのは困るのだ」

 

 うーん?イマイチ理解が出来ないというか、僕の関わる事など軍事関連と一部の政務ですよね?外交とか多少の越権行為に近いものもあるけれどさ。

 最年少宰相とか騒がれているけど、万が一に間違って就任してしまったら、更に仕事の範囲が広がるけど?それについては問題無いのかな?昇進して仕事が減る?そんな事は無いだろう。

 爵位や職務に対する膨大な権利には相応の義務が発生するし、侯爵級の領地持ちの僕が背負う義務も膨大な筈だ。今でさえ釣り合っているか微妙だと思っているのに?

 

「何となく越権行為に対する担当部署からの苦情というか何と言うかは……分かりますが、今回の件についてはエルフ族のクロレス殿からの依頼も有ります。魔牛族の移住の補助に

妖狼族を使いたいのです。当然、僕の管理下の連中を動かすのですから同行もしますし、バーリンゲン王国内に潜り込むのですから、序でに援助物資を運び込む事は効率的ですし最良です。

彼の国の地理にも詳しい連中も配下に居ますし、空間創造のギフトを使えば倉庫五棟分位の物資も収納出来ます。更に、カシンチ族連合の指導者との面識が……」

 

 アウレール王が手を挙げて言葉を遮られた。その浮かべる表情は怒りではなく悲しみに近いのですが、何か発言に失言が有ったのかな?

 

「そうだな。効率重視なら確かにその通りだ。エルフ族や魔牛族との交渉や妖狼族の引込みの件、更に言えばカシンチ族連合の仕込みも全てお前が行った事だ。俺はお前の膨大な成果に報いる為に、何をすれば良い?」

 

「いえ、もう十分に報われています。僕の希望は、僕と大切な人達と幸せに暮らす事が望みなのです。なので十分に報われています」

 

 これ以上は無いって位に報われている。強いて言えば長期休暇が欲しい位です。領地も膨大で管理しきれてないし、資産なんてネクタル効果で恐ろしい勢いで増えている。役職も最上に近い。

 逆に、これ以上なにを望めば良いの?って位ですが?強欲過ぎるのも問題だと思います。あれ、深々と溜息を吐かれたけど、何故か妙に居たたまれないです。

 この雰囲気、僕の勘違いでなければ結構重たい状況に置かれていると考えないと駄目みたいだぞ。でも何が問題なのだろう?それが全く分からないから困る、要はもう少し楽をさせろ的な?

 

「お前は何時もそれだ。欲が無いのは美徳だが、他の者達に示しがつかない事も有る。今回の件もだが、関係部署から上申が来ている」

 

 上申?それって、アウレール王に直接的に意見とか申し入れる方法だよね?でも結構な覚悟が必要な方法だぞ。関係各所って言われたが何処だろう?未だ僕に反発する連中が居るのか?

 急に不安になってきた。アウレール王に処罰覚悟で意見する連中って事は、それなりに覚悟を決めている筈だ。そんな骨太な連中が未だ居たとは、僕も覚悟を決めないと駄目だぞ。

 表情に出そうになるのをグッと拳を握り締める事で我慢する。未だ挽回は可能な筈、だが少し足元を疎かにした事は反省。宮廷内工作、ザスキア公爵とリゼルに協力を頼んで……

 

「何を覚悟が決まった様な顔をしているのだ?お前にばかり押し付ける事を良しとしない連中が、お前に頼り切りにせずに自分達にも仕事を回して欲しいと言ってきてるのだぞ。

臣下の発奮をおざなりに出来る訳が無い。故に今回、お前は少し……いやかなり大人しくしろ。他の連中の意気込みを無駄にするな。本当に珍しい事なのだぞ」

 

 え?予想外の言葉が返ってきたけど?皆がヤル気になっているから邪魔をせずに大人しくしていろって事?

 

「ですが今回の件は……」

 

 僕以外では効率的じゃないし被害が甚大になりませんか?って言った事を後悔した。何故なら参加者全員の顔が悔しさで歪んだから、皆の中では僕に全てを押し付けている感じなのだろうか?

 

「まぁ確かにな。エルフ族絡みの事だから、魔牛族と物資の供給の件は遺憾ながら任せるしかない。だがそれだけだ。難民対策や国境線の構築と維持については、他の連中に任せる事にする」

 

 最低限の要求は通ったって事だろうか?僕的には魔牛族の移住が終わり、妖狼族が活躍出来れば構わない。物資の運搬だって難しくないし、途中でクーデターを企てた連中の間引きを行えば良い。

 それ以外は関係各所に割り振られるって認識で良いのだろう。国境線の強化は錬金が必須だと思うが、代案が有るなら従えば良い。

 その後の会議は参加してるだけで発言はしなかったが、バニシード公爵の責任と負担が結構大きかった事は分かった。あの強気な男が半分涙目になっていたし……

 

 ご苦労様です!って声を掛けるしか出来なかったよ。本気で嫌そうな顔で睨まれたけれどね。

 


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