古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第908話

 王宮から解放されたのは二日後だった。漸く自分の屋敷に帰れると思うと心が躍る。もうイルメラ達の匂いが切れ掛けてきている、限界が近いのでそろそろ抑え切れずヤバい。

 バーリンゲン王国の連中の性癖関係の事を散々貶したが、僕だって他人に迷惑を掛けていないだけで結構重く深い性癖を拗らせている自覚は有ります。

 ロンメール殿下の『バブみ』も、有る意味ではイルメラに母性を求めている自覚は有るから惹かれはしたが『おぎゃる』を聞いて正直萎えました。それは冷静に考えて無理です。

 

 いや恋人に母性を求める点は共感出来ますが、自分が幼児退行して疑似母子プレイは……不敬と取られても無理だと言い切ります。流石にそれは無理、僕の心の中の一線を越えます。

 

 書類を選り分けて本日決済印を押したものは配下に渡し、未決済の書類や閲覧制限の有る物は書庫にしまい施錠する。防犯対策は厳重にしているが、不用心に机の上に置きっぱなしには出来ない。

 空間創造に収納する方が安全だが流石に閲覧制限の有る書類を自分の屋敷に持ち帰る事と同じだと気付いて、最近は書庫を用意して収納する事にした。因みにだが毎回錬金で施錠するので鍵は無い。

 只の扉の無い鉄の箱だな。僕が居ないと取り出せない不便さは有るが安心だ。僕が王都を離れる時は錬金で鍵を取付けて管理をゴーレムクィーンの誰かに預けて貸し出しをラビエル子爵に一任している。

 

 ゴーレムクィーンに政務を押し付ける事は心苦しいが、安全面で言えば一番安心確実。だが、ロイス殿がゴーレムクィーン達に御執心な事が一抹の不安。貴方は跡継ぎなのだから、生産性の無い愛は認められませんよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕刻を過ぎてしまったが、漸く自分の屋敷に帰る事が出来た。王宮から上級貴族街にある屋敷迄の距離は近い。馴染みの有る他の貴族の屋敷を眺めて漸く帰って来た実感を噛み締めていれば直ぐに到着した。

 正門にはメルカッツ殿とニールが何故か完全武装で待ち構えている、その後ろには同じく完全武装の私兵達。物々しくない?久し振りに自分の屋敷に帰って来れば、配下が完全武装でお出迎えってナニ?

 毎回だが彼等の僕を見る目はキラキラしている。今回は裏は他種族との交渉で表は両殿下の護衛だから、それ程の活躍はしていない。実際に帰国の時は戦闘など無かったし第四軍団の翠玉(すいぎょく)軍も居たし。

 

「旦那様。凱旋帰国、おめでとうございます」

 

 一斉に頭を下げて出迎えてくれたけれど、凱旋じゃないからね。仮に裏の事も知れ渡っていたとしても、野盗や略奪部隊を殲滅して持ち物を強奪しただけだからね。何方かと言えば褒められる事でもないからね。

 戦争の暗部を体験し自分も実行しただけだからね。エルフ族との交渉の方は外交的な成功ではあるけれど、凱旋ではない。凱旋って「戦いに勝利して帰る事」だけど、確かに戦ったけど相手が微妙過ぎてさ。

 「成功して帰って来る事」って意味ならば、エルフ族相手に困難な外交を纏めてきたって事で該当はするかもだけどさ。これも一方的な通達事項の詳細を聞いて、今後の外交の窓口を一任されただけで交渉は微妙にしていない。

 

 そもそもの話の凱旋の意味って『凱』は戦いに勝った時に奏する音楽、転じて『勝鬨(かちどき)』で『旋』は帰るって意味だから。合わせて勝利を祝う歌を歌いながら帰る事らしい。

 

「うん?今回は凱旋じゃないからね。それと、ただいま。メルカッツ殿もニールも変わりは無いかな?」

 

 毎回思うが一糸乱れぬ行動、一斉に頭を下げられた。さらにキレが良くなっているのは鍛錬を欠かしてない事が分かる。もう戦いたくて仕方無いって感じだが、久し振りに模擬戦でもしようかな。

 メルカッツ殿達の次は、メイド長のサラと執事のタイラントを中心に使用人達が並んでいる。リィナとナルサも控えている、メイド達の服装が変わった?より一層、僕の好みに近付いているのは誰の淹れ知恵かな?

 ベリトリアさんとクリスは違うメイド服を着ている。家事じゃなくて戦闘寄りだから他よりも少し動きやすい感じかな。あとベリトリアさんは少しふっくらしてきたような……太った?

 

 アシュタルとナナルとハンナは貴族子女が着るドレス、グレースとニルギも同じくドレス。何故かコレットは中性的というか……何と言うか裾の太いズボンに襟が広くて、ゆったりとした上着を羽織っている。

 色合いは暖色系、ウエストを上げ目にしている為か全体的に足元が膨らむ三角形なスタイルなのだろうか?男性は逆三角形がデザインの基本って聞いた事が有る。おぃおぃ、コレット。君はどの方向性に進んでいるんだ?

 いや、コレットに熱い視線を向ける、リィナ達を見て何となく理解した。うん、男らしくなりたい筈の彼に何が有ったかは聞かない事にしよう。聞けば深みに嵌る気がするからスルーしよう。

 

 同性愛主義者じゃ無いみたいだし本人の自由を尊重する事にして、暖かく見守る事が雇用者としての責務かな?自分の外見を生かした『自分らしさを追求した先に有る中性的な可能性』の表現って事で飲み込もう。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。使用人一同、リーンハルト様の帰国を心待ちにしておりました」

 

「うん、有難う。今回も王命を達成、でも半月位したら妖狼族を率いてバーリンゲン王国に行く事になるけどね」

 

 一人一人に言葉を掛けながら、漸く屋敷の中に入る。正面玄関には、ジゼル嬢を中心に右側にアーシャ、左側にイルメラ。その後ろにウィンディアやエレさん達が並んでいる。それと当然の様に、リゼルとユエ殿が居るね。

 呆れると言うか可笑しさが込み上げてくるので思わず我慢出来ずに笑ってしまった。リゼルはブレないし、妖狼族にも仕事を頼むのでユエ殿が居てくれた方が話が通し易い。『御神託に沿います』で一族への行動の全てが許容されるってさ。

 少し離れた所に、フェルリルとサーフィルが控えている。ウルフェル殿は新しい里の造営と運営で掛かり切りらしいのに、肝心の巫女であるユエ殿が王都に入り浸りって大丈夫なのだろうか?

 

「「「「お帰りなさいませ、旦那様!」」」」

 

 うわぁ圧が強いぞ。また半月後に王都を離れるって事だからか?年間の半分以上を単身赴任しているからか?でももう少しで落ち着くから、この仕事を終えたら長期休暇を勝ち取るからっ!

 

「うん、ただいま。留守中に何か問題は無かったかな?それと次の仕事を終えたら長期休暇を申請するから、皆とゆっくり出来ると思うんだ」

 

 だから今は不足分の匂いを補給させて下さい。そろそろストックが切れて禁断症状がですね?ヤバいのです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 毎回恒例の全員との添い寝、素晴らしい一夜を過ごしている。四方から身体が拘束されて全く動けないが、それが何だと言うのだろうか?そんな事は些細な事でしかない。寝室に充満した彼女達の匂いを胸一杯に吸い込む。

 左腕にジゼル嬢と唯一の側室のアーシャ。右腕にイルメラとウィンディア。左足はニールで右足はユエ殿と場所は前回同様に固定されている。リゼルは別の客室にて就寝、彼女は配下だから同衾は認められていない。

 クリスは視界の隅で毛布に包まって寝ている。何時もの事だし、護衛は対象者から付かず離れずだそうで納得しているし実際に心強い。その内にベッドに潜り込んできそうな気がするが、未だ大丈夫だろう。

 

 神獣形態のユエ殿は自由自在に動き廻り、最初は右足だったが今は胸の上で丸くなっている。ゆっくりと尻尾が左右に揺れていて擽ったい。

 

「未だ眠れるかな?」

 

 カーテンの隙間から朝日は差し込んできていない。外は未だ完全に闇に包まれている、体感的には四時前後だろうか?早朝特有の肌寒い空気、それを胸一杯に吸い込めばクラクラと陶酔する匂いが身体中を駆け巡る。

 ああ、不足していた匂い成分を存分に吸収している。この全能感と幸福感を味わう為に仕事をしているのだと実感する。思わずロンメール殿下に教えてしまおうかとも考えたが踏み止まっている。

 ロンメール殿下も普通でない性癖をキュラリス様と共に育んでいる。何時かお互いの性癖によって衝突する事になりそうな予感がするが、僕は負けない。

 

 だが世界に発信する程の事でもない。性癖は自由だし、他人に迷惑を掛けなければ許容する器の大きさが施政者には必要だと思う。つまり性の喜びは自由、そういう事だね。

 

 この状態の時が一番思考が冴えるので今後の事について考える。魔牛族の移住について、既にアウレール王にも許可を取ったので問題は無い。護衛は妖狼族に任せるし家財道具の移動も僕の空間創造を使えば問題は少ない。

 対外的には倉庫五棟分と言ったが、実際は三倍以上は収納出来る。馬車も併用すれば一回の移動でも可能な気がする。敢えて問題点を挙げるとすれば、集団で魔牛族達が移動する事による野盗の活性化かな。

 領主が黒幕で私掠免状を発行する位、あの国は麻の様に乱れている。必ず襲ってくるだろう。馬鹿みたいに何も考えずに襲い続ける事は無い、何処かであくどい搦め手を仕掛けて来る。

 

 その対処を間違えない様にすれば良い。最悪は護衛に妖狼族と共にゴーレム軍団を千体ほど錬金して同行させれば大丈夫だろう。軍隊に喧嘩を売れるのは軍隊だけ、その軍隊も弱体化してるので問題は少ないというか負ける要素は限りなく低い。

 集団行動に徹して単独行動さえ許さなければ、襲われても返り討ちに出来る。そもそも妖狼族も魔牛族も人間より遥かに強力な種族だから、不意を突かれたりしなければ負ける事は無いな。油断が大敵なだけか……

 そうだ!エルフ謹製の防衛システムについてどうするか聞くのを忘れてた。移設するのか返却するのか、そのまま設置して里の警備をするのか?だが魔牛族の里も早い段階で森に呑まれるし……荒らされるのを嫌がって自ら壊すか、それともそのままにして森に呑まれるのを受け入れるのか?

 

 それは、ミルフィナ殿と相談してクロレス殿に伺いを立てるしかないかな?

 

 カシンチ連合へのテコ入れだが、武器や防具に食料品等の物資の用意を急がせている。接触するタイミングとしては魔牛族の里に到着して護衛を妖狼族に引き継いで、荷造りしている最中に単独行動かな。

 ゴーレムキングを使用して全力で移動すれば片道約七日、往復で余裕を見ても二十日前後だろうか?もう少し短いか?半月もあれば移住とはいえ荷造りは終わるだろうし、最悪の場合は少し待たせる事にもなるかな?

 だが僕が行かないと空間創造に収納出来ないから待機して貰うしかない。里の防衛については問題は無い、過剰戦力な位だと思う。だが愚か者が多いから里への襲撃は何回かは必ず有ると思う。返り討ちに出来る戦力は用意するけどね。

 

 僕の責任と仕事の範囲は此処まで、難民対策や国境の壁の整備はバニシード公爵の仕事だから少しは気が楽になった。難民対策は大変な労力を伴うだろう。無断で侵入してくる連中は貴族・平民・老若男女に関わらず問答無用で追い返すのだから。

 末端の兵士の心情的なストレスは膨大だろう。エムデン王国は民度が高い、故に不幸な連中に対しての同情心が強い傾向にある。それは自身に余裕があるから、他者も慮れる。

 幸いというか不幸というか、隣国の連中は我々に対して酷い感情を持って接してくるから同情心は限りなく低いか全く無い。なんなら滅んで貰って構わない位に思っているから、子供とかが相手で無ければ酷くはならないと思う。

 

 それは、バニシード公爵の手腕に期待するしかない。他の公爵達も作戦に参加するからフォローはすると思うけれど、政敵との足の引っ張り合いは普通だから安心は正直出来ない。

 

 でもバニシード公爵を失脚させる為に流入してくる難民を見逃す事はしないだろう。アイツ等を受け入れてしまえば獅子身中の虫として後世に必ず迷惑を掛けるので、この機会に一掃するしかないし、するのが正解だろう。

 その為にも、カシンチ連合への援助は成功させなければならない。彼等に連中を駆逐して貰うのが、今回の作戦のキモなのだから。民族間の抗争に終止符をうつのが彼等の望みであり、我々の利益でも有るのだから。

 あのエムデン王国は自分達に特別な配慮をすべきという謎の思考に染まった連中の放置とか危険極まりないし、受け入れなど論外だ。自分達が辺境の蛮族と見下した連中に滅ぼさせるが良い。もう我々(エムデン王国)に関わってくるな!

 

 凡その方針が決まったら眠くなってきた。起床時間までには未だ余裕があるので、もう少し寝れるだろう。二度寝と洒落込む事にしようかな。高ぶった気持ちも、イルメラ達の匂いを胸一杯に吸い込めば不思議と落ち着くのだから……

 

 おやすみなさい。

 

 


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