古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第909話

 久し振りの爽快感を伴う目覚め、大切な人達との添い寝は精神を大いに高揚させる。多幸感、本当に幸せを噛み締められるひと時だ。安眠出来ているのだが、何故か夜中に目が覚めてしまう。

 昨夜も四時頃に一度目が覚めてしまった。年を取ると睡眠時間が減ったり熟睡が出来難いと聞くが、僕は肉体的には未だ十代、精神的には転生前を足せば……

 いや睡眠は肉体の方が重要で、精神的な方は関係が少ないと思う思いたい。それに昨夜起きたのは、ユエ殿の揺らす尻尾がくすぐったかっただけだな。うん、そういう事にしよう。

 

 理由を付けて転生した事による肉体と精神の微妙な関係性を思考の隅に追いやってベッドから起き上がる。今朝のアーリーモーニングティーは食堂に用意する様にと昨夜の内に話している。

 本来は起き掛けにベッドの上で飲み覚醒を促すのだが、久々なので全員で楽しむ為に食堂に用意する様に頼んである。これは、アーシャからの提案だった。

 本来は唯一の側室である彼女か、僕のお世話の全権を握っているイルメラのどちらかなのだが……長期の単身赴任の後だから、皆さんを交えて交流しましょうって事らしい。

 

 アーシャには気を遣わせていると思う。唯一の側室であり、本妻予定は妹のジゼル嬢。だが諸々の事情が有り彼女との結婚は延び延びになっている。僕の立場での結婚は国家的な催しになってしまったから。

 国策の一部にも盛り込まれてしまっているので、今回の騒動が落ち着かないとお預けだろう。本当にバーリンゲン王国の連中には困らされているが、今回でケリが付くだろう。

 迷惑国家そのものが言葉の通り存在しなくなるのだから、もうひと踏ん張りするしかない。大丈夫、まだ十代半ばだから結婚だって急がなくたって余裕がある筈だ。

 

 これが王族……殿下や妃殿下達の婚姻の予定があるとかだったら順番的に先に譲らないと駄目なのだが、今の所その様な話は無い。故に待たされる心配は少ないのだが、派閥や親族間の調整が手付かずなんだよな。

 僕自身は伯爵だが、父親は新貴族の男爵。所属する派閥の長である、バーナム伯爵にも相談というか調整が必要。一応は高位貴族の婚姻なので、事前に各方面への調整が必要となるそうだ。

 まぁ最大の頭痛の種というか問題は、僕の挙げる結婚式の内容に国王自らが強く干渉してくる事かな。あと後見人筆頭の、サリアリス様も色々と関わりたい気持ちが端から見ても溢れてるから……

 

 気持ちは物凄く嬉しい。転生前は本妻も側室も娶ったが、お仕着せだったので準備とかには関わらせて貰えなかった。だから一つずつ手順を踏んでいく過程が楽しくて嬉しい。

 国家的な催しになるのは予想外だった。各方面からも準備の連絡が来ている。僕の領地の最初の代官である、レグルス殿が複数ある領地の代表として王都に来る事になっている。

 王都で挙式をした後に、順次各領地を巡る事になるそうだ。新婚旅行?だが全て回ると一ヶ月以上の旅程になるのでは?まぁ働き過ぎだったから休養を兼ねてなのだろうか?

 

 この複雑怪奇な調整役に名乗りを上げてくれたのは、ザスキア公爵だった。ニーレンス公爵やローラン公爵も立候補してくれたのだが、彼等を一睨みで黙らせた彼女に逆らう事は出来なかった。

 いやいやいや、自分の結婚式が国家的な開催となり責任者が現役公爵ってなんなのだろう?誰も、それこそ国王でも文句が言えないらしいのだが……僕?文句など言えません。その場で了承しました。

 色々と口出ししてくる連中を黙らせる意味でも最上の相手だし、両親や所属派閥の長も何も言えない相手だけどさ。その事を伝えた時の、ジゼル嬢の表情が能面の様になったのは秘密だ。

 

「さて、アーリーモーニングティーを飲んで気持ちを切り替えよう。暫くは王都に滞在して溜まった仕事を片付けないとな」

 

 両手を上げて身体を伸ばし勢いを付けてベッドから起き上がる。部屋の外で様子を伺っていたのだろう、イルメラが着替えや洗顔用の湯が入ったボウルがのったカートを押して部屋に入って来た。

 

「おはよう、イルメラ」

 

「おはようございます。リーンハルト様」

 

 優しく微笑む彼女のお世話に身を任せて一日が始まる幸せに浸る。これが僕が望んだ在り来たりな、だけどかけがえのない幸せな日常。

 

「食堂で皆様がお待ちになっております」

 

 身嗜みを整え終わったのだろう。イルメラから食堂へ行くように促される。鏡を見て確認すれば代わり映えの無い顔が確認出来るが、寝ぐせとかは直っている。流石はイルメラだ。

 

「朝食のメニューは何かな?今朝は特にお腹が空いているかな」

 

「厨房を覗きましたが、スープはレバークネーデル・ズッペでした。ウィンディアのお勧めですね」

 

 ああ、レバーを団子状にした具材のスープか。すっきりしたスープは朝には合うね。でもレバー団子が思いの外大きいので、それだけでお腹が一杯になるんだよな。

 ウィンディアの料理の好みは、デオドラ男爵家に影響されてか、結構ガッツリ系を好む。僕は見た目相応の普通か小食寄りだから、完食が厳しい事が多い。腹ごなしに身体を動かす必要が有るかな?

 健康には気を遣っているけど、自分の屋敷だと結構食べ過ぎてしまう事が多い。他人の目を気にせず安らげるからだと思う。高位貴族として、外では無様な事は出来ないからね。

 

「あとメインは、リーンハルト様の大好きなシュニッツェルです。私がリクエストしておきました」

 

「シュニッツェルかぁ、確かに大好物だね」

 

 にっこり微笑む彼女に、朝からガッツリなメニューは控えて欲しいとは言えなかった。これで朝食後は一休みしてから運動する事が決定した。今日は出掛けずに屋敷にいるから、昼食も同じ系統だろう。

 偶にしか屋敷で食事をしないから、コック達も張り切っているのが目に見えるようだよ。体調は万全、空腹度合いも普段よりは多い。ならば皆の期待に応えるしかあるまい。

 グッと両手に力を入れてる。朝から戦場に赴くみたいな気持ちだが、こんなお遊びも出来る事自体が幸せの証拠なんだね。わくわくが止まらないよ。

 

「デザートはアップルシュトゥルーデルとシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテの両方を御用意しています」

 

 え?ウチのコックのアップルシュトゥルーデルって生クリーム山盛りの林檎パイだよね?シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテもチョコレートケーキだけど、ウチ特製のは大量のフルーツが挟み込まれているヤツじゃん。

 悪魔の様に糖分摂取が出来る、男性でも一皿で胸もお腹も一杯になるヤツだぞ。不思議と女性陣は問題無く食べられるようなのだが、人体の神秘というか女体の神秘?

 怖くて詳細は調べられないが、完食すれば余剰な分を消費する為の運動量ってどれくらい必要になるのかな?屋敷の庭を何周も走れば良い?それとも、ニールと剣術で模擬戦?うわぁ不必要なカロリー計算が出来ないや。

 

「そ、それは豪華だね」

 

 高カロリーのデザート2種とは驚かされる。バランス、栄養のバランスは……いや、貴族って見栄に命を懸ける生き物だから間違いでは無い。ウチは普段でもこういうモノを食べていますって富の象徴みたいな……

 無い事は無いけど『ウチはウチ、ヨソはヨソ』の精神を持って下さい。昔は富と権力の象徴として、当時は希少で高価な香辛料を味付け度外視で大量投入する料理とは言えない香辛料漬け料理が持て囃された事があった。

 でも直ぐに廃れた。何故なら健康被害が著しかったから。そもそも見栄の為だけに美味しくない苦行を毎食科せられる意味が分からない。お腹を下す事が頻発したそうだし舌が麻痺して鈍感になるから余計に摂取量が増える。つまり依存性が有り消化器系に悪影響を及ぼす訳だね。

 

 香辛料もそうだが甘味だって過剰摂取は身体に悪影響を及ぼすと思います。まぁ一説に身体に悪影響を及ぼす物ほど美味しいって言われるけどね。僕はそこ迄グルメを探求していないです。

 

「ニールさんとユエさんのリクエストです。意外に思いますが、ニールさんは甘党なのです。ユエさんは事の他フルーツが好きですわね」

 

 予想外な人物のお薦めだったぞ。ユエ殿のフルーツ好きは知っている。狼は肉食系だから、それはどうかとも思ったが好みは人それぞれ。だが、ニールが甘党とは知らなかった。

 

「た、食べ切れるかな?」

 

 残しても使用人達が食べるから無駄にはならないし、他の貴族と比べれば驚くほど質素な生活らしいけどさ。だが久し振りの当主の帰還に喜ぶ使用人達の気持ちを蔑ろには出来ない。

 大丈夫、大食漢ではないが未だ若い肉体ならば多少の無理は利く筈だ。だが、昼食は控え目にして貰い夕食に力を入れて貰う様にお願い……いや、当主権限でリクエストしよう。

 フェルリルとサーフィルも居るし、アシュタルやナナルにグレースとニルギも居る。ハンナは戦力的に心許ないが、コレットも……彼は小食だった。運動しても殆ど筋肉が付かないと零していたが、そういう体質なのだろうか?

 

 まぁ大丈夫、全員で残さず美味しく頂きましただな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 言葉通り種類豊富で山盛りの朝食を平らげ、デザート2種も完食し重くなった胃と怠くなった身体を何とか動かして少し仕事が有る執務室に逃げ込む。少し休めば消化して楽になるだろう。

 食べ過ぎて苦しんでいる所を皆に見せる訳にはいかない。だからね、イルメラさん。紅茶の差し入れとかも不要です。これ以上は水分だってキツいので、お願いします。笑顔の圧が強いです。

 因みに仕事については半分本当、セイン殿とカーム殿の件について両家との調整が進み正式に婚約を結べた。国難続きで一時期は慶事を控える風潮が有ったのだが、旧ウルム王国の支配も順調。

 

 この時期に結婚をする貴族が増えている。旧バーリンゲン王国領で一波乱有るのだが、森が広まる事について緘口令が敷かれているので一般には知られてない。エムデン王国は戦勝景気に沸いている。

 祝い事をするなら今でしょ!みたいな感じで宮廷魔術師団員からも数名が結婚をする。当然だが上司として結婚式に呼ばれる事になる訳で、その殆どが主賓の一人として迎えてくれる。

 派閥の長に仕事の上司、お世話になった者や付き合いの有る高位貴族。この辺りが主賓として呼ばれる事になる。僕は四つの内の三つに該当する。本来なら新郎側の主賓が僕で新婦側がユリエル殿となる。

 

 だが今回は少し事情が変わった。覚醒したセイン殿の活躍によって彼の派閥の長である、ニーレンス公爵本人とメディア嬢も結婚式に参加する事になった。有能な若手宮廷魔術師団員の抱え込みと褒美も込みの参加だな。

 それに僕が加わってしまえば、新婦側の主賓はユリエル殿と父親の上司のライル団長になってしまう。聖騎士団の団長と宮廷魔術師、現役公爵と宮廷魔術師、少しバランスが悪いそうだ。

 まぁそれだけ公爵四家筆頭、ニーレンス公爵本人が出席する事の影響力が大き過ぎるって事だな。同格かそれに近いのが、今回は僕という事になる。サリアリス様が参加してくれれば問題無いのだが、彼女はその手の誘いは殆ど断っている。

 

 見栄を張る事も必要な貴族としての判断なのだろう。当然だが父親であるジョシー副団長が上司である、ライル団長と話し合って決めた事に反対はしない。この手の事を甘く見ると致命傷になり得るのが貴族社会なのだから……

 だから僕の結婚式を国家行事として扱い、熾烈な主賓争いをアウレール王が引き受けてくれたのだろう。伯爵の僕と男爵令嬢のジゼル嬢、端から見れば釣り合ってないのは事実。前代未聞といっても良い。

 何故か他国からも大使級を呼ばねばならないらしい。僕が結婚を挙げる事のハードルって高過ぎない?好きにさせてよ結婚くらいって言えない立場なんだと自覚はしている。

 

「はぁ、どれだけ条件を付けられるのか分からない」

 

 まぁ今は幸せ絶頂期の二人を迎えて、主賓の件を受け入れる事が優先だな。フレイナル殿も本妻殿との結婚式に出席して欲しいと依頼されている。僕だけ取り残されているみたいで嫌なのだが仕方無い。

 深々と椅子に座り思考に耽っていれば少しは消化が進んだみたいで腹回りが楽になってきた。馬の嘶(いなな)きも聞こえたし馬車が来たのだろう。立ち上がって窓まで移動し庭を見れば丁度、セイン殿がカーム殿に手を差し伸べて馬車から降りる所が見えた。

 出迎える準備をしようと思えば、音も無くイルメラさんが直ぐ前に居て身嗜みを整えてくれる。彼女も知り合いが結婚式を挙げる事は嬉しいのだろう。慈愛に溢れた優しい笑み、本当に聖母みたいだと思えるのだが……

 

 僕は知っている。初期の頃、カーム殿が仕出かした僕に対する無礼な事を忘れていない事と許してない事を……

 

 


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