古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

916 / 1000
第910話

 結婚を控えた幸せ一杯なカップルを出迎える為に玄関ホールに向かう。訪ねて来たのは宮廷魔術師団員のセイン殿とカーム殿、紆余曲折を経て結ばれた問題児同士のカップルだ。

 セイン殿はM属性を持っていたし、カーム殿はジゼル嬢を性的に狙っていた同性愛で露出狂と普通ならざる性癖を持っていた二人が結ばれる奇跡。共に改心したので、僕的には問題にしていない。

 だがイルメラさんは違ったのだろう。先行して出迎えに向かった彼女の圧が強すぎたのだろうか?玄関ホールで待つ幸せ一杯な筈のカップルの態度が緊張に溢れている。

 

 イルメラは僕絡みだと上級貴族にも一歩も引かない事も有るし、冒険者としても僧侶としても高レベルで一流の域に居る。普段は人当りも良く優しい美人さん、だけど普通に常人離れした存在になっているんだよな……

 

「「その節は大変申し訳有りませんでした。反省しております」」

 

 直立不動からの腰を90度に曲げたお辞儀とかさ。イルメラさんは叱責などしていなかった筈だが、圧の強い笑顔に自身の負い目を刺激させたのか見事な程に二人揃った行動で謝罪してくれた。まぁ二人掛かりでも普通に勝てない存在だし。

 それに満足そうに頷く、イルメラさんを見れば謝罪は合格なのだろう。ならば僕から言う事は無い。特殊な性癖を持った二人が奇跡の出会いを果たして結ばれた事を素直に喜ぼう。

 まぁ知り合いというか僕の周辺には特殊性癖を持った者が多過ぎる気がする。貴族には拗らせた性癖を持つ者も多い、自分も含めてだが。最近だと、ロンメール殿下とかさ。「バブみ」も「おぎゃる」も理解不能なので適度な距離を置いています。

 

 まぁロンメール殿下の性癖を受け入れるキュラリス殿も変わり者なのだろうか?いや、性癖は人それぞれ。他人に迷惑を掛けないならば自由に謳歌して貰えば良い。他人に迷惑さえ掛けなければね。

 

「謝罪を受け入れます。もう気にしてませんから、そこまで畏まらなくても良いですよ」

 

 既に宮廷魔術師団員の中核を担う存在にまで成長している二人は、その責務に応じて態度も人格も良くなっている。まぁカーム殿は僕の派閥でも配下でもないけど、ユリエル殿が……いや、それは良いや。

 

「「はい。有難う御座います。今日は俺達二人の正式な結婚の報告に参りました」」

 

 頭を上げずに声を揃えて本日の訪問の目的を告げたけどさ。貴族的には短絡過ぎて失敗、手順ってモノが有るじゃないですか。僕は五月蠅く言わないけれども、使用人達の前で言ってしまえばさ。

 人の口には戸が立てられないっていうか、良いも悪いも噂話ってさ。それなりの速さで広まるのが貴族社会ってヤツですよ。イルメラさんもしまった的な顔をした後に苦笑いを浮かべたけど、僕を見て小さく頷いたので後は任せても大丈夫だろう。

 彼女は我が家の実質的な支配権を持っているので、此処で働く使用人達の事も掌握している。多分だが執事のタイラントやメイド長のサラよりも……その彼女が頷いたので情報漏洩は無いと思って良いので安心だな。

 

 幸せの門出を迎える二人に変な噂話とかは必要無いんだ。

 

「頭を上げて下さい。さて、玄関先で話す事でも無いですし、応接室に行きましょう。内装を新しくしたのに殆ど自分の屋敷に居ないから新鮮で楽しみなんですよ」

 

 早く応接室に案内するか。玄関先で延々と立ち話する関係でも内容でもない。喜ばしき慶事だからね。

 

「それは、何と言うか……」

 

「その、王命ですが酷使させ過ぎと言いますか……」

 

「まぁ気にしないで下さい。国難続きでしたが漸く落ち着いてきたのですから、喜ばしい事です」

 

 もう一つバーリンゲン王国とエルフ族絡みで、ヤバい問題を対処しなければ駄目なんだけどさ。今は彼等にも教えられないが、その対応には宮廷魔術師団員も駆り出される事になるだろう。

 

 さて、貴族として屋敷を構えたならば前の主人の痕跡を消す事が普通らしい。僕は別に気にしないが慣例ならば従うだけで、タイラントが張り切って模様替えをしている。

 まぁ此方の新しい屋敷の方だけで、フレイザーの屋敷の方は手付かずだけどね。でもそろそろお披露目をしないと駄目かな。ルトライン帝国時代の貴重な屋敷だから、話題性も関心も高い。

 未だ恐縮する二人の背中を押して屋敷の奥へと招き入れる。丁度、宮廷魔術師団員の件で相談したい事もあったので丁度良いかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ふんだんに陽光が差し込む改装した応接室、応接室は複数あるので実は改装後に初めて入ったよ。自分の屋敷なのに知らない部屋が有るって変な感じだ。でも当主が屋敷内を徘徊するのも問題だし仕方無いね。

 僕の好みを反映した華美でなく落ち着いた意匠になっている。高位貴族としては地味だが、だからと言って安っぽい訳でもない。流石に某国や某元侯爵の屋敷みたいに下品よりな絢爛豪華さは嫌だし。

 通された二人も失礼にならない程度に室内を観察している。雑談のネタとして改装した応接室を褒める為だろう。この辺は流石に貴族令息と令嬢だけありしっかりしているんだよな。

 

「未だ若いですのに落ち着いた雰囲気を好まれるのですわね」

 

 実年齢は貴女の父親世代ですから。ですが若い貴族が派手好きとは限らないと思います。魔術師は冷静たれ!落ち着かずにどうするのです?

 まぁイケイケ火属性の魔術師には派手好きも多いですが、貴方は風属性と水属性の二つ持ちですよね。比較的、落ち着いた人が多い傾向の属性でしょう?

 貴女の旦那になる、セイン殿も僕と同じく土属性なので比較的、落ち着いた装飾を好む筈ですよ。新居の意匠で揉める夫婦も居ない訳では有りませんが、大抵は旦那側の好みが反映されます。

 

 ですが貴方達の場合、主導権は何方にあるのでしょう?M属性の方々って相手を尊重するらしいですよ?

 

「俺は好みだな。新居の意匠の参考にしたいので、是非とも御教授願いたいですね」

 

 ふむ、流石に妻を娶る事になるだけあって落ち着いたみたいだな。さり気無く上司の趣味嗜好を褒めるとか、少し前では考えられない位だよ。メディア嬢も褒めていたが、人間的にも魔術師的にも成長したんだね。

 そんな旦那を眩しいみたいな目で見ている貴女も、初期の露出狂の痴女から一人前の淑女に成長したのですね。少し前にジョシー副団長と一緒に呑んだ時に、本当に嬉しそうに話してくれましたよ。夫を立てる良妻賢母になりそうですね。

 実子として宮廷魔術師団員になってくれた事は嬉しいが痴女みたいな恰好で出歩く貴女の事に心を痛めてましたので、普通に貞淑な装いになっただけでも大喜びでした。それが淑女として何処に出しても恥ずかしくない程の成長をしたのです。

 

 しかも良縁に恵まれた訳ですし。最終的に新郎側の主賓は上司の僕と派閥の長のニーレンス公爵、新婦側の主賓は父親の上司のライル団長と師匠であるユリエル殿で落ち着いた。

 バランスもそうだが、やはり関りの深い者が主賓として呼ばれる事が大事って事だな。少し問題になったのが主賓で僕だけ独身だから、メディア嬢をエスコートする事になったんだ。私のナイト様設定が未だ生きているとはね。

 まぁ彼女もセイン殿は自分の派閥(お友達)の中で一番の魔法の使い手だから結婚式に参加したいってお願いされてしまえば断れなかった。保護者として父親同伴だし問題は無いと思いたい。

 

「華美にならず質素でもなく落ち着いて高級感を出すという、難しい注文に応えてくれた家臣達には感謝していますよ」

 

 適度に時事ネタを挟みつつ談笑する。性急に本題に入らないのが貴族、正直面倒臭いと思うけどコレが高貴なる者の務めらしい。魔術師としては効率を重視したいけど我慢だな。

 後半はお互いの近状報告みたいな事になった。王都を離れていたので共通の話題も少ないし、守秘義務の有る任務の内容は話せないし。飲み干した紅茶を淹れかえるタイミングで本題の話をする。

 

「さて、ニーレンス公爵から下話は伺っています。漸く結婚の許可が下りたそうですね。おめでとうございます」

 

 程よいタイミングで話を振る事が難しい。本来は結婚する当人が話す事だが、最初に結婚するって聞いてしまったので僕の方から話す事にした。実際、根回しは既に終わっている。

 ジョシー副団長がライル団長と共にお願いに来たし、ユリエル殿も挨拶に来た。その後で僕が、ニーレンス公爵を訪ねて話を纏める時にメディア嬢のエスコート話が出て了承したんだ。

 あの場で断る事は出来なかったよ。ザスキア公爵とジゼル嬢にも報告して事後承諾だけど了解を得ているから大丈夫です。珍しいけど非常識な訳でもないそうです。簡単に言えば、メディア嬢をエスコート出来る相手が僕以外に居なかった。

 

 父親は本妻と一緒だし、親族で釣り合う年齢の者も居ない。後は格の問題で、下手な男にエスコートを頼んでしまっては、メディア嬢の結婚相手と邪推されてしまう。

 その点で言えば、僕は健全な交友関係を築いているので後から何か言われる事も無いし、言える相手も限られる。イチャモンを付けるって事は、僕とニーレンス公爵を敵に回す事と同じ。そういう事だね。

 

「ありがとうございます。色々と根回しをしてくれた事も聞いています」

 

「御父様が頭を抱えていた主賓の件も、ニーレンス公爵様に直談判して割り振りを決めてくれたとか。御父様も感激していましたわ」

 

 ん?そんな話じゃなかった筈だが、まぁ祝い事だし態々訂正するもの変だしスルーするか……

 

「セイン殿も妻帯者となる訳ですし、宮廷魔術師団員として更なる活躍を期待される事になるでしょう。ですが現状の我々の組織というか構成員は人数的にも厳しい状況です」

 

 正直、人手が足りない。補充しようにも魔術師は希少な存在だから早々には集まらない。

 

「そうですね。戦争に勝って終わりでは無い。勝った後の方が大変だと言われた意味を漸く理解しました。人手が足りない、国土や国力に見合ってはいない。厳しい状況です」

 

 そう。旧ウルム王国領を併合し大陸随一の大国となったが戦争前と人員は殆ど変わっていない。逆に名誉の負傷で退役する者も数名居るので減ってしまった。とてもじゃないが健全な活動など出来ない。

 そこで宮廷魔術師団員の組織改編を行う必要が有る訳だが、本来はサリアリス様がアウレール王に上申すべき案件。つまり実質的には僕の仕事の範疇な訳だ。

 なので纏めていた草案をセイン殿に渡す。いきなり渡された書類を訝しげに読み出して、途中で内容を理解して真剣に読み耽りだした。そんな旦那の様子を微笑ましそうに見るカーム殿。

 

「これは組織の改革案ですね」

 

 それなりの時間を掛けて隅々まで確認し、壮大な内容に興奮状態となっている。自分が所属する組織の拡大なのだから、興奮しない方が変だよね。

 

「大所帯になります。国力に見合った規模の組織として改革しなければならない。総括は僕ですが、また王命で王都を離れる事になります。なのでセイン殿が中心となり進めていって下さい」

 

 もう少ししたら、再度バーリンゲン王国領の奥深くまで単独侵攻をしなければならない。僕がこの件に直接携わる事は不可能だが、帰国まで伸ばす事も出来ない。そんな余裕も無い。

 

「これを俺が中心となって進めていくのか?この俺が?」

 

「おめでとうございますわ。大仕事を任命されたのです。リーンハルト様の期待に応える為にも更なる奮起をするのですわ」

 

 結婚祝いの大仕事を託された事で、セイン殿は身体を震わせている。そんな彼の背中を優しく撫でて言葉を掛けるカーム殿、本当に良い夫婦になるね。羨ましい位だよ。僕だって、早く結婚したい。でも出来ない。

 

「先ずは新規隊員の選別からだね。貴賤を問わず使える者を国中から集めなくてはならない。魔術師は希少な人材だし集めるだけでも大変だけど、適正も確認しなければならない。

先ずは手の空いている宮廷魔術師団員を集めて意見を募る事から始めよう。新婚早々忙しくなると思うが頑張って欲しい!」

 

 これが僕からの結婚祝いです。実績を積んで早く出世して、新婦殿に楽をさせてあげなさい。いや、新婦殿も宮廷魔術師団員だから共に忙しくなるのかな。初めての夫婦の共同任務?

 

 

 

 新生エムデン王国宮廷魔術師団の組織改編について(草案)

 

 

1.組織名を「宮廷魔導兵団」に改める。「兵」の文字を採用することで、軍事組織であることを強調する。

 

2.定数を400名とする。地水火風それぞれ100名から編成する。

 

3.採用は実技試験と筆記試験を行い、貴賤を問わないものとする。真に実力ある部隊とするため、また再びの増上慢を防ぐ為とする。

 

4.部隊編成は、それぞれの属性魔術師50名で1個小隊とし、地水火風4個小隊を合わせて1個中隊、計2個中隊をもって編成する。

 

5.複数の小隊で合同作戦を行う場合、作戦の内容によりその都度中隊長を選別する。中隊長は任務の内容によって適正の高い部隊の小隊長を任命する。

 

6.兵団員の階級を新たに新設する。下から二等魔導兵、一等魔導兵、上等魔導兵、二等魔導士、一等魔導士とする。小隊長以上は一等魔導士から任命する。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。