古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第92話

 リラさんの花婿様はコーカサス地方の領主に仕えるレセップス家の三男坊、王都に本店を構える大商人の長女が嫁ぐには……

 幼なじみで小さい頃に交わした結婚の約束を守る為に随分と無理をしたそうだ、具体的には商売人としての実績をあげたんだろうな。

 地方領主に仕える貴族の三男では実家からの支援は殆ど無いから、自分独りの力で試練を達成しなければならない……

 リラさんの適齢期ギリギリ迄頑張った事を考えれば本当に大変だったのだろう。

 

 そして結婚式はモア教の教会にてレゴス司祭に挙げて貰う事になっている、レゴス司祭とはイルメラも面識が無いそうだが同じモア教徒だし問題無いと思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目的地少し手前で止まり衣裳を整える、既にルニーさんが先行して相手先に到着の報告に向かった。

 序でにレゴス司祭に結婚式でゴーレムポーンによるロングソードアーチが大丈夫か聞いて貰う様にお願いしてある。

 教会で挙げる結婚式に武装ゴーレムによるデモンストレーションが大丈夫なのか判断出来なかったから……

 地方の因習とか通例とか王都の常識が通じないかもしれないし。

 

「お前も疲れたろ?あと少し頑張ってくれ」

 

 此処まで僕を乗せてくれた馬、名前はチリで牝馬の鎧を脱がし念入りにブラッシングをする。この子には馬ゴーレムの制御を学ぶ為に色々とお世話になったので別れるのが辛い。

 

「チリは賢くて大人しい馬だけど相手を見て態度を変える狡賢さも持っているんだよ。この子がこんなに気を許すのは中々無いぞ」

 

 馬は繊細で賢い、故に嫌いな人間は背に乗せないのだがチリは誰にでも大人しく最低限の対応はしてくれるそうだ。だが気を許すとは僕の後ろ髪をモシャモシャと噛んで涎だらけにする事か?

 

「む、兜を被るから良いけど適当に止めてくれ」

 

 首を撫でてやんわりと頭から引き離す、首筋まで涎でベタベタだ……ブラッシングを終えて蹄の手入れをしてから馬用の鎧兜を着せる。うん、凛々しいぞ。

 空間創造から濡れタオルを取出し涎だらけの髪の毛や首筋を綺麗に拭き清めてから自分もパレードアーマーを着込む、そろそろ出発だろうか街の正門からルニーさんが此方に向かって来る。

 笑顔で頭上に両手で丸のゼスチャーをしてくれたので、ロングソードアーチはOKって事だな。

 

「どうやら出発ですね、有り難う御座いました」

 

 馬の世話係の人にお礼を言ってからチリに乗り込むと視界が高くなり遠く迄見渡せる……うん、街の方も準備が出来たみたいだ。門の周辺に人だかりが見える、百人以上居るかな?

 

「ゴーレムポーンよ整列しろ」

 

 周辺に待機させていた合計三十体のゴーレムポーンを二列に並べて出発を待つ。

 勿論ロングソードアーチの為にロングソードは腰に装備させているしラウンドシールドも持たせている。

 ラウンドシールドには五花弁のライラックをデザインして鎧兜も少しだけ華やかにしてみた。

 因みにレベルが一つ上がりレベル24になり魔力と制御力に余裕が出来たからだ、あと一つ二つ上がれば空間創造も第四段階になるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 街の正門の両脇は沢山の人々が集まりリラさんを祝福して迎えてくれる。

 街に入るだけなので移動中は先頭に居た冒険者ギルドの護衛達は後ろに下がり、変わりに着飾った使用人達五十人が先頭を歩く。

 途中で花弁を道に撒き花嫁の行進に華を添える。

 

「次は僕の出番か、緊張するな……」

 

 パレードアーマーを着込みチリに乗った僕はその後に続く、僕の後ろには二列に並んだゴーレムポーンが統制された動きで行進すると観客達から歓声が上がる。

 恥ずかしいのでフェイスガードを目深に下ろして顔は見えない様にする、僕は主役じゃないのに自意識過剰か?

 

 街の正門から大通りを通過し中心部に有る教会には30分程歩いた、既にリラさんは馬車の中で着替えを済ませている。

 

「リラ・ライラック嬢の到着です……」

 

 先導する案内人の口上に迎える側の代表が返事を返し長旅を労う。

 紋切り型のやり取りを終えると漸く花嫁が父親にエスコートされて馬車から教会へと向かうので、僕が先に進んでゴーレムポーンのロングソードアーチを作らねばならない。

 

「抜刀!」

 

 ゴーレムポーンにロングソードを抜かせて両手で持ち剣先を上に向けて胸元に引き寄せる。

 

「前進!」

 

 先ずは僕が馬に乗ったまま進み後ろに二列に並んだゴーレムが続く。教会入口の前に来たら僕は右側にズレてゴーレムポーンの前進を止める。

 

「構え!」

 

 ゴーレムポーンを向かい合わせてからロングソードを斜め上へと構えてクロスさせロングソードのアーチを作る、これで仕上げだ。

 小気味よい金属が当たる音がしてロングソードのアーチが完成し、観客も盛り上がる。

 

 そして本日の主役の片方である花嫁の登場だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「羨ましいですね、皆さんに祝福されて愛している人と結婚式出来るって……」

 

「そうね、今のご時世だと普通は親の決めた相手よね。

それ以外だと後妻ならマシ、側室やお妾さんとかも少なくない。恋愛結婚は全体としたら少ないし、確かに羨ましいわ」

 

 私だって女の子だから恋愛の末に結婚したいと思うけど、平民と違って私の相手はデオドラ男爵様が決めるか認めなければ無理。

 デオドラ男爵様にとってリーンハルト君は第一候補だけど断られてるらしいし……

 ジゼル様からは彼をアーシャ様が気に入ってるからそれとなく協力する様に頼まれてしまったけど、協力する気は全く無いわ。

 アーシャ様は深窓の令嬢の見本みたいな方だけどデオドラ男爵家の一員として模擬戦を見て強い彼に惹かれたのかしら?

 

「素敵な衣裳ですね、純白のドレスって中々着る機会は無いけど結婚式には合うと思うわ」

 

 貴族の結婚式は他者に財を見せ付ける機会でも有るから特に花嫁は飾り立てる傾向が有る。

 ライラックさんは花嫁行列にはお金を掛けたけどドレスはシンプルにして先方とのバランスを取ったのかしら?

 

「貴男の色に染まります、そんな意味が含まれているみたいよ。男尊女卑が遠因に有るみたいだけど、やはり愛している旦那様の色に染めて欲しいのが女心だと思うわ」

 

 煌めくフルプレートメイルのゴーレムが作るロングソードアーチを父親と共に歩いているリラさんは本当に輝いている。

 教会の入口で待つ新郎は初めて見たけど優しそうな感じ、幼い頃の約束を守る為に頑張ったのだから優しいだけじゃなくて努力と忍耐の人なのね。

 ロングソードアーチを潜り抜け新郎が新婦の手を握った所でゴーレム達がロングソードを鞘に収めた。

 この先は教会の中で行われるので私達の仕事は無事終了、後は王都に帰るだけね。

 

「三日間大変だったけど良いものが見れたね」

 

「一番大変だったのは、リーンハルト様ですけど……でも新しい力をゴーレムルークを得られて馬ゴーレムの制御にも目処が立ったと喜んでいました」

 

 ああ、あの巨大ゴーレムの事ね……でもアレは一寸不味いかも知れないわ。

 個人が攻城兵器級のゴーレムを持つとなれば今迄以上にリーンハルト君に関わりを持とうとする連中が出て来る。

 デオドラ男爵様でも抑えられない様な連中まで動き出すかも……

 

「リーンハルト君ってさ、ビックリ箱だよね?本当に何時も驚かされてばかり。でも今回のゴーレムルークは大勢に見られたから噂が広まるわよ、変な連中には注意しないと駄目ね」

 

 リーンハルト君、既に結婚式には出ない連中に囲まれてしまってる。

 ベリトリアさんなんて街に着いたら隠れちゃったし面倒臭い事から逃げ出したのね、実はあの人もAランクに一番近いって言われる程の実力者だからお近付きになりたい人はリーンハルト君以上に居ると思うし……

 

 鎧兜を脱がずにフェイスガードも下ろしたままの格好で群がる人の輪から何とか抜け出したリーンハルト君が馬に乗って街の外で野営しているライラック家の人達の方へ向かった。

 テントの中で着替えれば名前は知っていても顔は知らない連中からは逃げられるからね。

 

「私達も野営地に戻りましょう、少し休んだら街を散策しましょうか?」

 

「賛成!明日は朝早くから帰るから街を見れるのは今日だけだもんね」

 

 半分居眠りしているエレちゃんの手を引いて野営地へと向かう。この子って何時も眠そうだけど一日に何時間寝れるのかしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ライラック家の主要な方々は主と共に街の方に行っているので、野営地には護衛として雇われた冒険者ギルドの連中か旅の途中で世話をしていた人達しか居ない。

 引き出物は既に街に運び込まれているから気楽なものだ、焚き火を囲んで食事や酒を飲んだり昼寝をしたりと各々が旅の疲れを癒している。

 チリちゃんを世話人の方に引き渡したリーンハルト君はテントの中でパレードアーマーを脱いで普段着に着替えて昼寝の真っ最中、私とイルメラさんが膝枕をしようとしたが断られた。

 残念、膝枕をすれば状況的に周りから恋人認定されたのに流石にリーンハルト君も人目の有る所では気を遣っている。

 まぁ私達は昼寝中のリーンハルト君の周りに座ってるから幾ら気を遣っても状況は変わらないと思う、単独(恋人)か複数(ハーレム)かの違いだけでしょうね。

 エレちゃんはイルメラさんに膝枕をしてもらい熟睡中、たまに髪を梳いて嬉しそうにしているイルメラさんは母親みたいだ。

 

「はっ?リーンハルト君が旦那様でイルメラさんが本妻、エレちゃんが娘だと私は……お妾さん?」

 

「違います、良くてエレさんの姉、悪くて付き人かしら?」

 

 不満をグッと堪える、イルメラさんは偶に毒を吐くから注意が必要だ。何か有ると権杖で殴るし結構乱暴さんです、私よりランクもレベルも上なんですけどね。

 

「リーンハルト君、疲れてたのか熟睡だよね。こんなに無防備なのって珍しいわ、普通はゴーレムに護衛させるじゃない?」

 

 普段なら慎重派な彼は数体のゴーレムに護衛させるのに今は私達だけしかいない、野営地の中だけど少し不思議……

 

「此処でゴーレムポーンを侍らしたらパレードのゴーレム使いだってバレるだろ?只でさえ疲れてるのに変な連中に囲まれるのは嫌なんだよ……

じゃ街に遊びに行こうか?偶には何か小物でも買ってあげるよ、ライラックさんから追加報酬が貰えるからパーティに還元しないとね」

 

 むっくりと起き出したリーンハルト君から嬉しい提案が有った!

 まだ目を擦って眠そうだけど私達の話し声で起きてしまったのかな?でも追加報酬の殆どは彼の負担によるもので『ブレイクフリー』の仕事ではない。

 

「今回の追加報酬は野盗討伐にゴーレム達の仕事が増えた事だから私達が貰う訳にはいかないわ」

 

 仕事もせずに報酬だけ分けて貰う訳にはいかない、そんな依存体質は嫌だ。

 

「パーティとして依頼を請けたんだ、それに最初の取り決めを破るのはおかしい。

確かに端目から見れば僕の負担が大きかったかもしれないけど、リーダーとして多い報酬を貰うなら当たり前だ。

それに皆だって頑張ったのは知っている、だから気にせずに貰ってくれ。変に遠慮される方が悲しい」

 

 うっ……そんな悲しそうな顔をされると何も言い返せないじゃない。イルメラさんとエレちゃんを横目で見れば同じ様に困ったけど嬉しそうな顔をしている。

 これは問われた私が答えなければ駄目ね……

 

「それじゃ何か買って貰おうかな。私は指輪が欲しいな!」

 

「指輪?それは構わないが周りから変な誤解を受けない様にしてくれよ」

 

 思わず仰け反るリーンハルト君に追撃する。

 

「誤解?だって私はリーンハルト君に貰われた子だよ?誤解を受けるも何も……」

 

 もう少し踏み込もうとしたけど、イルメラさんの視線が怖過ぎて身体が固まった……

 でもイルメラさん、リーンハルト君って奥手っぽいからグイグイ押さないと落ちないと思うわ。

 そう言おうとしたが、両手で権杖を握り直しているのを見て止めた……


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