古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第917話

 自分の屋敷に妖狼族の崇める女神ルナ様が御降臨なされた。何を言っているのか分からないと思うが、実際に実体を伴って目の前に浮いています。

 

 ユエ殿の心配事の殆どは解消したと思える。新しい里と神殿の件を報告したが、特に反発も無いし逆に喜ばしいと言われた。つまり最低限は受け入れてくれたと考えて良い。

 

 大陸の末端の弱小国家であるバーリンゲン王国領内に居た時とは違う。大陸最大規模を誇るエムデン王国の一員として迎え入れられたのだから、その発展性は比較にならない。

 

 

 

 流石に王都に国教以外の宗派の神殿を建設は出来ないので、僕の預かる領地の一部を妖狼族の里として提供し開発を行い完了した。後は新しい神殿に、巫女であるユエ殿を迎え入れるだけ。

 

 ユエ殿は、女神ルナ様が王都の僕の屋敷を気に入っているので新しい里の神殿では御神託を貰えるか分からないと不安になっていた。だがそれは杞憂に終わった。

 

 女神ルナ様に新しい里と神殿を受け入れて貰えたとして、問題は妖狼族から僕へと移った。

 

 

 

『リーンハルトよ、現世で妖狼族を率いる者よ』

 

 

 

 女神ルナ様から直々に御言葉を戴けた訳だが、これがどれ程異常な事か理解しないと危険だ。ウルフェル殿達は単純に喜んでいるが、喜び過ぎているが……もう少し良く考えて欲しい。

 

 彼等は脳筋が多い。元々は御神託を最優先として、一族の指標としていたので深く考える事が無かった弊害かな?いや、御神託に異を唱える事など考えられないから仕方無いのか?

 

 彼等の事は置いておいて、今は僕の問題を進める事にしよう。どうやら、女神ルナ様は僕との話し合いを望んでいるみたいだし。

 

 

 

 深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着けようとするが、あまり落ち着かない。でも、イルメラさんがそっと手を握ってくれたので漸く落ち着く事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふむ、リーンハルトには、ユエ殿を娶って貰おうとしたのですが既に連れ合いが居るのですね』

 

 

 

 手を握り合う、僕とイルメラをみて僕等の関係性を悟ったのだろうが驚くべき言葉を聞かされた。いやいやいや、妖狼族の巫女を嫁に貰うとか問題しか無いのだが?

 

 でも直ぐに考えを改めるとなれば、そこまで本気ではなかったのだろう。本気だったら、ユエ殿が何が何でも僕に嫁ぐとか言い出しかねなかった。流石に見た目が幼女の嫁は無い。

 

 勿論だが、本来の姿になっても結果は変わらない。それを行うと、魔牛族のミルフィナ殿も便乗しそうで怖いから。幼女嫁が三人も増える事になりかねないから却下です。

 

 

 

「はい、そうです。あとエムデン王国に所属する貴族としても難しいと思われます。勿論ですが、妖狼族の面倒は婚姻が無くとも変わらずに見ます」

 

 

 

 そう言うと、女神ルナ様は曖昧な笑みを浮かべてユエ殿を見た。それは例えるならば、駄目な娘を見る親の視線とでも言えば良いのだろうか?

 

 なんとも微妙な感じがするけど、深く突っ込むと話が拗れそうだから此処で終わり。それが正解、横目で見たイルメラさんもニッコリなので大丈夫だろう。

 

 女神ルナ様がイルメラに向ける視線が、ユエ殿と違い感心した様に感じられる。他宗教を崇める僧侶なのに、特に思う事も無いのだろうか?

 

 

 

 それとも神たる自分を前にしても落ち着いている事に対して感心してるとか?

 

 

 

『それを聞いて安心しました。我が子たる妖狼族の未来は落ち着いています。今迄は揺らぎが多く、神託を授けて方向性を示さねば危険な時も多かったのです』

 

 

 

 この女神様、結構表情や仕草が分かり易いというか何というか……女神様に肩を落とさせて溜息を吐かせるとかさ。どうなんだろうか?

 

 

 

 まぁ確かにそうだよな。御神託で方向性を示しても、その通りに動く事は難しい。分かっていても外的要因というか、自分達以外が絡む事があると例え最適解を知っていてもその通りに動いてくれるかは未定。

 

 特に何を仕出かすか分からない、バーリンゲン王国の連中が絡むと予測不能な行動を取る事も有るから余計に未来を見通すのは難しいのだろう。常に最悪を選択するような連中だしね。

 

 前に妖狼族の未来が何通りにも見える事が有ると、ユエ殿は言っていた。最悪のパターンとか何とか……つまり御神託を授けた者の行動によって未来は変動する。

 

 

 

『そうです。最適な行動を教えても、それを正確に実行出来る者は少ない。リーンハルト、貴方はその例外です。用意周到で臨機応変、最終的には望んだ結果に辿り着く手腕は素晴らしいです』

 

 

 

「有難う御座います」

 

 

 

 褒め殺し?僕は女神に褒め殺しを仕掛けられているの?イルメラさん?女神ルナ様に対して僕の評価は正しいです的なドヤ顔は止めなさい。恐れ多くて胃が痛いです。

 

 褒めた後にはですね。大抵、ハードルを上げてからの難題を押し付けるっていう王道的なパターンが多いのです。最近多いので少しやさぐれています。

 

 心の声が聞こえたのか、女神ルナ様が苦笑した。女神の微笑みには色々有ると思うけど、苦笑された事が有るのは僕くらいだろうな。

 

 

 

 いや、本当に分かり易い表情をする女神様だね。敢えてだろうけどね。神秘的でも無表情や高圧的な態度より、親しみ易い方が良いのかな?その辺は考え方次第かな?

 

 神は神聖で厳格で有り、触れ難いものでなければならないとか?崇め奉る存在に対して不敬過ぎるとか?宗教問題の難しさだな。

 

 基本的に神様と対話出来る事など有り得ないし、神の代弁者を語る連中にとっては身近な存在では困るし。

 

 

 

『そう身構えなくても宜しいでしょう。貴方は珍しいのですが心を読まれる事に慣れているのですね。裏表なく心情を吐露してくれる事は嬉しく思います』

 

 

 

 しまった、何時もの失敗だ。女神ルナ様を目の前にしても考え込んでしまう悪癖は全く治らない。

 

 

 

「愚痴っぽくて申し訳御座いません」

 

 

 

 慣れって怖い。ジゼル嬢にリゼル、エルフ族とかギフトや魔法で心を読まれて慣れている弊害が出た。女神ルナ様に対してまで、思考に耽り心の中で愚痴ってしまった反省。

 

 流石に不味かったのだろう。ユエ殿やウルフェル殿達も予想外の展開に付いて行けず目を白黒させて固まっているよ。まぁ崇めし女神様との遣り取りが気安過ぎて驚きだろう。

 

 感動から立ち直ったら、僕と女神ルナ様の遣り取りを聞いて混乱気味なのだろう。サーフィルが一番最初に復活して心配になりオロオロしだした。

 

 

 

 崇めし女神様と日常っぽい会話をしていれば当然だろうね。

 

 

 

『リーンハルト。貴方にお願いが有ります』

 

 

 

「承ります」

 

 

 

 漸く本題に辿り着いたので、精一杯真面目な顔をする。さて、何をお望みなのででしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 女神ルナ様は、先程すっきりした顔で天界と思われる場所に帰られた。神の一柱との交渉に臨むので身構えていたが、それ程の無茶振りでは無かった。

 

 言われた言葉の中に込められた謎のピースを拾い出して組み上げると、多数の宗教が崇める神という方々は同じ場所に存在していると思われる。

 

 勿論だが直接言われた訳ではないが、同等と思われる存在との交流が有ると匂わされた。まぁ簡単に言えば要望とは、その存在するかもしれない方々とのマウントの取合いの援助かな?

 

 

 

「神の一柱としての高位存在でも意外と会話が成立するんだな。もっと一方的なものかと思ったけど、此方の立場にも理解が有るのは正直驚いたよ」

 

 

 

「流石は私のリーンハルト様です。さすごしゅです。女神ルナ様に対しても毅然とした態度で一方的に受けるだけでなく、此方の要求も通すなど凄いです」

 

 

 

 うん、イルメラさん?僕は女神ルナ様に対して要求など突き付けていないからね。誤解の無い様にお願いします。ウルフェル殿達は疲労困憊でソファーに深く座り込んで目を閉じている。

 

 ユエ殿は御不満だな。その不満の先は女神ルナ様に対してじゃないよね?女神に仕えし巫女が不満を表してないよね?確かに君の要求の殆どは通らなかったけど、それはそれで良いのでは?

 

 前代未聞の神殿でなく僕の屋敷で満月でなくても、御神託じゃなく御降臨なされた件は一応終わった。参加者全員を労わる為に、僕が紅茶を淹れようとしたらサーフィルが代わってくれた。

 

 

 

 仕えし主様の手を煩わす事は出来ないとの事だが、イルメラさんも笑顔で頷いたので許容範囲なのだろう。彼女は僕の世話に関して、一定の基準を設けている。

 

 

 

「今回の件を纏めると、新しい里と神殿については問題は無い。女神ルナ様は新しい神殿でも、御神託を授けてくれるそうだ」

 

 

 

 そう、新しい神殿『でも』ね『御神託』を授けてくれる。つまり今迄通り、僕の屋敷では御神託どころか御降臨もしてくれるそうだ。既にこの屋敷は女神ルナ様の神域らしい。

 

 その辺は詳しく教えてくれなかったが、他の神々と争う事にはならないらしい。神様同士で下話が済んでいる様な事を匂わせてきたけど、それはそれで相当ヤバい情報なので考えないでスルーした。

 

 女神ルナ様にとって御神託を授ける巫女の存在が重要であり、信仰心が高まった事で御神託や御降臨の条件が緩和されたらしい。つまり女神ルナ様の力が増したって事だろう。

 

 

 

「ユエ殿も新しい里と此処を往復する事になるけど、神殿の奥に籠らなくて大丈夫なのは良かったよね」

 

 

 

 御神託は新しい神殿で、御降臨は僕の屋敷で。そういう分け方をされたのだが、僕の屋敷の中に簡易神殿とか祭壇とかは不要だそうだ。

 

 その辺は後々問題になるので詳細な条件というか簡易神殿や祭壇の設置は無理ですと念押しした。それが、イルメラさん的には女神ルナ様に此方の要求を呑ませたと判断したのだろう。

 

 女神ルナ様も無理強いはしなかったが、考えればユエ殿さえいれば特定の場所で御神託や御降臨を行えるって凄い。これがバレたら大騒ぎなので、ウルフェル殿達には厳重に口止めした。

 

 

 

 流石に無いとは思うが、自慢げに自分達が崇める女神が御神託どころか御降臨するとか話されたら噂は爆発的に広まる。貴族連中に知られたら何を仕出かすか分からない。

 

 御神託なら未だ良い。過去にも神の代弁者として御神託を授かったという例は有る。真実かどうかは別としても、まぁそんな事も有るのか?程度で噂話を上書きして薄める事は可能だ。

 

 だが御降臨は不味い。この情報は秘匿して墓場まで持って行く内容だ。僕だって誰にも言えない、アウレール王にさえもだ。ウチの連中にも厳重に口止めをしなければならない。

 

 

 

「私は少し不満です。私は三ヶ月毎に移動を繰り返すのに、フェルリルとサーフィルは王都に滞在って酷くないですか?」

 

 

 

 何時もはアーシャの膝の上が定位置だが、今はフェルリルの膝の上で可愛く拗ねている。でもずっと神殿の奥に籠るのが、三ヶ月毎に王都に来れるならば良くないかな?

 

 一年の半分を里と王都で交互に暮らすって事だし、そもそも妖狼族の巫女なんだから本来は神殿にいるべきじゃないのかな?

 

 そう思ったら、ユエ殿に睨まれた。やはり女性陣ってギフトに頼らずとも、僕の考えを察する事が出来るんじゃないのかな?

 

 

 

「いえ、移動の時は護衛として同行します。里の警備は族長と一族の者が担いますので問題無いかと思います」

 

 

 

「そうです。それに私達は外貨を稼がねばならないのです。何時までもリーンハルト様に負担を掛ける訳には行きません」

 

 

 

「「私達、王都の冒険者ギルド本部でも新進気鋭の冒険者として評判なんです。それにリーンハルト様の命令を素早く聞く為には、王都に滞在する事が必要なのです」」

 

 

 

 フェルリルとサーフィルがドヤ顔を浮かべて、ユエ殿を見た。下剋上なのか、単にマウントを取りたいのか分からないが妖狼族の中での関係性も徐々に変わって来ている。

 

 今迄は女神ルナ様が最上位で、その言葉を御神託として授かれる巫女と族長が同列で二番という支配体制だった。それが女神ルナ様の下に僕がいて、その下に巫女と族長という体制となった。

 

 そして女神ルナ様がウルフェル殿達の前で『現世で妖狼族を率いる者よ』と言ってしまった。女神ルナ様の御墨付きを得た事で、フェルリルとサーフィルがユエ殿よりも僕を優先しだした。

 

 

 

 この関係性の変化が悪い方向に行かなければ良いのだが……

 

 

 

 今もサーフィルの膝の上でフェルリルと言い争っている二人を見て思う。あと、ウルフェル殿が何処からか干し肉を取り出して齧り始めた。現実逃避なのだろうが酷い。

 

 

 

「最後に御供物にたいしての要求だが、これは問題無いね。ライラック商会にも依頼して季節の果物を定期的に取寄せれば良いし、後は御神酒だけど果実酒を御所望とはね」

 

 

 

 果物が好きなんだ。『月の女神に愛されし人と獣の申し子』と言われている妖狼族の崇める女神様なので、もっと御供物は肉的な物かと思ったけどね。

 

 見た目で判断するなら、肉よりも果物だろう。女神ルナ様が骨付き肉を齧る姿は想像出来ないし、ナイフとフォークを使い行儀良くステーキを食べる姿も想像出来ない。

 

 果物なら季節のモノを大陸中から取り寄せる事も可能だし、果実酒も探せばそれなりの品質の物も見付けられるだろう。何方にしても今の僕ならば難しくも無い。

 

 

 

「可愛い言い合いは終わりにして、もう遅いから解散して休もう」

 

 

 

 既に日付が変わる時間だし、明日も仕事だから夜更かしは辛い。フェルリルとサーフィルが夜伽をしますと言って、イルメラさんに分からせられる迄が一連の流れだな。

 

 正直懲りない連中だと思うが、本人達も本気では無くリップサービス位の感覚だろう。こんな気安い関係の方が、僕には合っている。

 

 ガチガチの上下関係など嫌だし、貴族至上主義者でも人間至上主義者でもない。僕は僕と大切な人達だけが幸せなら良いので、自ら波風を立てる事はしない。

 

 

 

 それに僕は今夜もイルメラ達と健全な添い寝だから忙しいのです。

 


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