古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第918話

 女神ルナ様が御降臨なされて世にも珍しい女神との対談は滞りなく終わった。ユエ殿の心配事は一応解決し、本人はウルフェル殿に確保されて新しい里に向かった。

 

 此方に戻ってくるのは三ヶ月後になる。本人は納得出来なかったみたいだが、女神ルナ様も御神託として三ヶ月毎での移動を認めたので、ウルフェル殿達も問答無用で連れて行った。

 

 その頃には僕もバーリンゲン王国から戻ってこれるだろう。だが、崇めし女神ルナ様との距離が大分縮まったというか何というか……この関係性の変化の影響は、僕にも分からない。

 

 

 

 魔牛族もエムデン王国に移民して来るし、その辺はザスキア公爵を含めての話し合いになるかな?僕の勘だと積極的に関わる事は不味い、全て丸投げで任せて事後承認が吉だろう。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 王都での細々した事の処理を終えて、そろそろ援助物資を運ぶ準備に入る。同時に魔牛族を迎えに行く準備も進めていたが、此方はフェルリルとサーフィルが中心に話が進んでいる。

 

 護衛と輸送の段取りだが、護衛は妖狼族から選抜し輸送についてはライラック商会を仲介して輸送部隊を集めた。エムデン王国軍関連の輜重部隊には流石に引っ越しの手伝いは頼めない。

 

 偽装の為の物資の輸送を任せているので、其方の軍務が終わったら順次休息と馬車等の整備になる。エムデン王国は街道整備に力を入れているので消耗は少ないがゼロではない。

 

 

 

 馬も休めなければならないし、輸送とは思った以上に大変だと実感する。空間創造のギフト持ちやゴーレムを運用した荷駄部隊のインチキ臭さが目立つが仕方無い。

 

 どの時代でも輸送に関わる事は大変なんだ。その辺の理解が薄いバーリンゲン王国領は主要街道も整備不良で、ガタガタな街道を通るだけで馬車が消耗する。

 

 整備予算を横領したり中抜きしたりするから当たり前なのだが、今回の件で森に呑まれて自然に還るから関係無くなるのかな。今敷いている石畳とかも跡形も無くなるのだろうか?

 

 

 

 その辺の進捗具合の確認を含めて先に、ケルトウッドの森のクロレス殿を訪ねる事にする。当初の想定で言えば1年で最大15kmで1日に換算すれば40m程が森に呑まれる。

 

 既に半月経っているので、大体600m前後は森が拡大しているだろう。現状では、ケルトウッドの森のエルフ達がこっぴどくバーリンゲン王国の連中を排除したから近付かないと思う。

 

 遠くから様子を見る分には、一時間で1m強しか森は広がらないから分からないだろう。奴等の索敵能力の程度は分からないが、そこ迄高くは無い。最初から監視してなければ、もう暫くは気付かれない。

 

 

 

 もしも、彼等が森の浸食に気付いたとしたら……どういう行動を起こすのか?

 

 

 

 知りたくはないが、先ずは監視を命令した者に報告。この時点で情報は漏洩していると考えて良い。緘口令を敷いても奴等が守るとは思えない。どうせ金儲けのネタとして情報を間違いなく売る。

 

 正規なルートでいえば、ケルトウッドの森と隣接している領地の領主から中央に情報が届けられる。早ければ数日、遅くとも半月。普通なら追加の情報を集めろと指示が出る筈だが、出すかな?出すよな?

 

 そこ迄愚かじゃないと思うけど、その最低の期待を常に裏切らないのが奴等なんだ。最悪の選択を嬉々として選ぶ、つまり考えられるのは怠慢で追加情報を探らないじゃなくて……不用意にエルフ族を糾弾する、だな。

 

 

 

 『自分達の国土を森に変えるなどけしからん!謝罪と保障と賠償を請求する!』くらいは言いそうで怖い。

 

 

 

 そして懲りずに軍勢を派遣して、前回と同じ様にエルフ族に返り討ちにあって全滅。その悲惨な結果を脚色して都合の良い内容でわざと国内に広める。

 

 そうしないとクーデターを起こして国を乗っ取った自分達への求心力が無くなるから。支配体制が崩れるから、他に責任を擦り付けて自分は悪くないと言いたがるから。

 

 つまりバーリンゲン王国内での噂の広まりは予想よりも早いと想定した方が良いかも知れないな。難民対策、フルフの街の防衛拠点の整備。バニシード公爵の手腕に頼るだけでは不安だぞ。

 

 

 

 バニシード公爵はプライドの関係で助力は拒む可能性が高いし、そもそも他の公爵の方々との兼ね合いで簡単に助力など出来ない。バニシード公爵が失敗してから、立場を貶めてからの援助なんだ。

 

 

 

 他の公爵の方々も助力はしないが邪魔もしない。だが万が一の場合の対策は準備する。そうして公爵五家、今は四家だが派閥争いを繰り返している。その関係性の善悪は置いておいて、僕は公爵三家と協力体制で取り込まれた。

 

 故に歩調を合わす必要が有る。まぁバニシード公爵も最近は良い所が無いし、御前会議でも微妙だったから全力で当たるとは思う。費用を持ち出してもやるだろう。

 

 心配なのは配下の連中に無茶振りさせる事だろう。勢力が弱まって全体数が少なくなっているならば、今居る連中を酷使するしかない。序に派遣される国軍にも無茶振りをするだろう。

 

 

 

 僕は軍属の上位陣として、兵士の負担の軽減を指示しなければならないのだが反発は必至。対立は確定、それを見越して動いている公爵三家。これを機会にエムデン王国の貴族のパワーバランスは大きく崩れるかもしれないな……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 供給する物資について予定数量が集まったとの連絡が有り、王都の外れの倉庫群を訪ねた。武器や防具は僕が暇を見付けては廉価な品質の物を錬金して用意した。

 

 武器はロングソードとショートスピア、防具は革鎧とラウンドシールド。それを予備も含めて三千人分。捨て値で売っても一セット金貨45枚、三千人分で金貨135000枚。

 

 無償でも良かったが、実費として二割の金貨27000枚を貰ったので全て女神ルナ様の御供物費用としてライラック商会に預けた。これで大陸中から変わった果実を定期的に集めてもらう。

 

 

 

 倉庫街の場所は街外れだが王都に攻め込まれた時の備蓄基地でも有るので、二重の城壁の内側に有り兵士も常駐して巡回している。この様な場所が王都内に幾つも有る。

 

 城壁の外側にある倉庫群の他にも中心部分と王宮の内にも備蓄はしている。まぁ王都が敵に囲まれてしまう状況ならば敗戦濃厚、時間の問題だとは思う。

 

 僕も緊急事態に備えて、自分の屋敷は要塞化して地下に脱出通路も張り巡らせている。最悪僕が居なくても数年は籠城出来る設備も物資も用意した。使う事が無い事が理想だが、準備は怠れない。

 

 

 

 レンガ造りの巨大倉庫が連なっている姿は壮観だ。倉庫間の道幅は広く、搬入出にも配慮されているし楊重用の移動式楊重機も複数見える。一時期は殆どの倉庫が空だったが今は八割程埋まっている。

 

 主に主食の小麦を保管している。今回は幾つかの倉庫群を回って供給する物資を集める事になる。一ヵ所で集めると補充の量でどれだけの物資が無くなったか分かってしまうが、分散して補充時期をずらせば有る程度は誤魔化せる。

 

 手間は掛かるし、やらないよりはマシ程度だが防諜対策を疎かには出来ない。こんな苦労もバーリンゲン王国が消滅する手伝いだと思えば頑張れる。僕は相応のストレスを感じていたんだな。

 

 

 

「ようこそ、この様な場所までお越しいただきまして恐縮です。バーレイ伯爵」

 

 

 

 整然と並ぶ警備兵と倉庫の担当者達が一斉に頭を下げた。あまり目立つ行動は控えて欲しい。今回は備蓄品の保存方法の抜き打ち検査の名目で、各倉庫群を巡っているのだから。

 

 僕の空間創造の収納量が予測出来なければ、どれだけ運び出したかの予想は出来ないだろう。帳簿も細工させるので、書類を調べても全体数量は把握できない。物資の移動で凡その軍事行動は予測出来る。

 

 僕は、その常識を壊した悪しき前例だ。補給要らず、増援要らず、単独で敵国内を移動する事が出来る非常識な存在。噂話だけなら信じない、信じられない存在。

 

 

 

 まぁブラフという意味で信じて貰えない方が都合が良い。そんな事は無いと無警戒で油断してくれれば儲けモノだね。

 

 

 

「うん。早速だけど案内を頼みます」

 

 

 

 そう言って指示書を差し出す。物資の受け取りには指示書が必要で、今回は二重になるけど帳簿に記載する必要が有る。無断での持ち出し防止対策だね。

 

 エムデン王国では簡単に横領など出来ないのです。搬入出の記録を厳重に管理するから、品質も保たれる。古いモノから使い不足した分だけ補充する。簡単なようで簡単でなく効果は高い。

 

 一人だけ物凄く恐縮しているのだが、僕はそんなに怖い上司ではないと思うのですが……久し振りに左右の手足が交互でなく同時に動いている人を見たよ。わざとじゃなくて本当に凄く緊張してるんだ。

 

 

 

 緊張を解そうと話し掛けると余計に緊張して受け答えがギクシャクしておかしいので、無言で後を付いて行く事にした。案内してくれるのは三人、その内の一番偉い責任者が緊張して残りの二人は困惑気味だ。

 

 視線だけで何か遣り取りをしているが、彼等には緊張している者が、何故おかしな態度なのか理由を知っているが言えずに困惑してるって感じかな。お互いに押し付け合っているみたいだし。

 

 変な雰囲気だが左右に倉庫が建っている通路を進む。火災時の一次消火用の貯水タンクが目に付くのは、前に小火騒ぎがあった時に水属性魔術師の魔法による消火の前の一次消火対策だったっけ?

 

 

 

 水属性魔術師が交代制で詰めているけど、発見時に報告だけでなく初期消火も行う為に設置したものだ。基本的に建物は石かレンガ造りだから隣接する建物に延焼する事は少ないが、倉庫とか可燃物の多い建物は別だ。

 

 防火対策として法も整備して建物は石かレンガ造りにしている。レベルの低い土属性魔術師の仕事先として役立っている。だが王都でも外周部分の比較的低所得の家庭は木造の建物が多い。

 

 主に費用の問題と、あとは自分達で建てるとなると石やレンガを使用しての建築は荷が重いので、どうしても軽く加工がし易い木造になる。良くて漆喰を塗るかだが……

 

 

 

「こっ此方の倉庫になります。いっ今、鍵を開け……あれ?鍵?忘れた?しょしょしょ少々お待ちください!」

 

 

 

 王都の防火について考えていたら目的の倉庫に到着したのだが、慌てていたのか肝心の鍵を忘れたらしく走って取りに行ってしまった。その姿を見て頭を抱える同僚二人。

 

 鍵の管理は責任者が行うから、基本的には走って行った彼しか扱えない。貸し出しは不可で鍵の管理者が開け閉めを行い、荷物の搬入出時も立ち会って作業を監視する。

 

 それだけ行っても不正に備蓄品を持ち出された事例も有る。困った事だが、何時の時代でも不正を働く連中は一定数は居る。バーリンゲン王国が異常なのは、それが一定数じゃなく殆ど全体だからだ。

 

 

 

「バーレイ伯爵、申し訳有りません。マンニマムが緊張しているのは、奴がバニシード公爵の派閥構成貴族だからです」

 

 

 

「しかも最近、バセット公爵の派閥から移籍しましたし……奴の本妻の実家はアーバレスト伯爵の縁者でして、しかも弟の本妻がウィドゥ子爵の妹殿でして……色々と思う事が多いのです」

 

 

 

「ああ、成る程。それは気持ちは分かりますが、あの二家は既に処罰を受けているので今更思う事は有りませんよ」

 

 

 

 敵対派閥に所属し、自分の本妻は敵対して失脚したアーバレスト伯爵の縁者で弟殿の本妻殿は同じく敵対して家が断絶したウィドゥ子爵の妹殿か。あの騒動の時に離縁しなかったのは夫婦仲は良いのだろうか?

 

 保身に走るならば縁切りで離縁だろうし、あの状況では可能だった筈だ。本人は気弱そうだが真面目な感じだったし同僚との関係も悪くなさそうだ。そうじゃなければ擁護などしないだろう。

 

 柵(しがらみ)に縛られてどうにもならなかったパターンかな?それなりの規模だった、バセット公爵の派閥構成貴族で他派閥から引き抜きの無かった連中の殆どを、バニシード公爵が取り込んだそうだ。

 

 

 

 数は力と形振り構わず公爵家の権力で取り込まれた連中も多い。評判の悪い連中だけでなく移籍の行動を起こせずに、そのまま有耶無耶で取り込まれた連中も多いのだろうな。

 

 家の存続は貴族として当主として必須、時勢を読み切れずに意に沿わない派閥へ取り込まれた感じだろうか?バニシード公爵としても、フルフの街の防衛と維持管理で派閥構成貴族を総動員する必要があるからな。

 

 微妙に僕と敵対した連中の縁者関係の取り込みに力を入れていると考えて良い。マンニマム殿は王都の倉庫街で管理職に就いているので本人は動員されないか、家族か親族は動員されるかもしれない。

 

 

 

 全速力で鍵を持って走り寄ってくる彼を見て思う。今回の件は不問とし、少し配慮しても良いかな。

 

 

 

 フルフの街の防衛の維持管理、御前会議でバニシード公爵に担当を押し付けたがフォローをしないと厳しいかもな。相手はバーリンゲン王国だし予期せぬ事も有るだろう。

 

 先ずは、ザスキア公爵と相談してからニーレンス公爵とローラン公爵に話をしよう。バニシード公爵の勢力を削ぐ事は賛成だが、国益を損ねる事は許容出来ない。

 

 これは素早く物資を届けて、帰りにフルフの街に立ち寄ろう。予想としては既に難民が押し寄せて、周辺にスラム街が出来つつある様な気がする。

 

 

 

 いや本当にさ。アイツ等と正面から対峙する、バニシード公爵には同情も禁じ得ない。あまりの理不尽さに発狂するんじゃないだろうか?

 

 


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