古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

926 / 996
第920話

 久し振り、と言う訳でもないがケルトウッドの森のエルフ族に聖樹の力を借りてやってきた。拒絶感は無いが歓迎ムードも無い。何となくだが、当り前の様に受け入れられている。

 

 問題は民族衣装を身に纏った完全武装状態の御姉様方なのだが、特に好戦的な雰囲気を感じないのが救いか?直ぐにでも愚か者共を滅ぼしに行くぜぇ!という事はなさそうだ。

 

 だが先祖伝来の衣装を引っ張り出してきた事を考えると、それなりの規模の魔法を行使するつもりなのは分かる。通常、格下相手には普段着に杖くらいの恰好でも蹂躙出来る連中なのだから。

 

 

 

「物々しい恰好ですが、何か有りましたか?」

 

 

 

 礼儀正しく挨拶をした後で冷静を装って聞いてみる。これから皆で王都まで蹂躙に行くぜぇ!とか言われないかドキドキしているが、返答は苦笑だけ?あれ、僕の考え過ぎだったか?

 

 思考も読めるし表情で判断も出来る連中が苦笑したって事は、僕の考え違いって事で良いと思うので少し安心した。クロレス殿と近状の報告と情報を共有して、森の浸食状況を確認。

 

 急いでカシンチ族と合流して、今後の事を話し合って王都に戻る。猶予は半月、結構な強行軍だが無事に達成させるしかない。大丈夫、問題は少ないから平気の筈だ。

 

 

 

「その、苦笑されてお終いですと結構心に刺さるのですが……正装されてますが、何かの行事でしょうか?」

 

 

 

 古(いにしえ)の種族だから、僕等人間の知らない行事とか有るのだろうか?先祖を敬う連中だし、何かしらの儀式か祭事とか有る?

 

 

 

「行事と言うか、エルフ族にとって森は神聖なもの。それを広げるとなれば携わらなくてどうする?という事で、各々の里から代表が手伝いにくるぞ」

 

 

 

「森を広げるといっても只単に樹を生やせば良いという訳ではないし、自然と調和する様に手を入れる必要が有る」

 

 

 

「住みやすい管理しやすいという意味でも計画的に行うのだ。自然を愛するといっても有りのままを受け入れる訳ではない。木々に優しい環境というものを維持する必要が有る」

 

 

 

「まぁそう言いながらも久し振りの事に皆が楽しみにしているだけでしょう。私の森の拡張なのだから任せて欲しいと言ったのですが……」

 

 

 

 レティシア達が建前を言って、クロレス殿が本音をバラした。なるほど、過去にも森の拡張は有った。それはエルフ族にとっての一大事業であり、参加する事自体に意味が有りそうな感じがする。

 

 自然を愛する種族だが自然そのままを受け入れる訳ではなく、より良い環境に作り替える事も行うのか。今回は小国とはいえ一国の領土を森に変えるのだから、相応の計画を練っているのか?

 

 だが、この新しい森はケルトウッドの森の拡張だが、その辺の割り振りがどうなるのか怖くて聞けない。フルフの街を境界として新しいエルフの里を造るのだから、やはりケルトウッドの森のエルフ達の領地か?

 

 

 

 何となく周囲を見回せば、同じように三人組のエルフ達のグループが見受けられる。同じ様に完全武装だが、もしかしなくても大陸中のエルフの森から代表として集まった連中だな。

 

 全員が自分と比較するには烏滸がましい程の膨大な魔力を纏っている。それも自然体で膨大な魔力を身に纏っているのに周囲を威圧しない不思議な感覚、レティシア以上の使い手が多数集まっている。

 

 こんな時期に訪ねてしまうとはタイミングが悪かったか?いや、現状を把握する為には必要だし丁度良かったと思う。クロレス殿に案内して貰い、前回と同じく彼の屋敷の応接室に通された。

 

 

 

 参加者は僕とクロレス殿、レティシア達の五人。何時もの感じだが、情報を得るならば多い方が良い。

 

 

 

「大変な時に来てしまい申し訳ないです」

 

 

 

 型通りの挨拶の後に、非常時に訪ねて来た事を詫びる。特に気にしないで良いと言ってくれたが、クロレス殿には微妙に窶れている感じがする。これだけの連中が集まれば気苦労も凄いだろう。

 

 今回の件、実はエルフ族全体の一大行事みたいな感じを受ける。クロレス殿はその調整役なのだろう。彼等を纏めて森を広める作業を進めなくては駄目とか、非常に気を遣うのだろうな。

 

 僕の思ってた以上に、エルフ族の造る森というものは大事業なのだろう。流石に前に会ったエルフ族の王は居ないみたいだが、少なくとも完了すれば確認に来るだろうし、途中でも来るのかな?

 

 

 

 お疲れ様です。

 

 

 

「ええ、有難う御座います。概ね、その様な感じで間違ってませんよ。老害め、森の奥に引っ込んで居れば良いものを邪魔でしかないのです!」

 

 

 

 心の声に答えてくれただけでなく、今の心情も教えてくれた。エルフ族の古老?あの膨大な魔力を身に纏う連中の事か?見た目は三十代前半だったけど五百歳以上とか?

 

 木の枝を組み合わせた椅子に座ると蔦が動いて葉っぱが複雑に絡み合ってコップの形をした容器を勧めてくれた。前に飲んだのと同じ花の香のする水を飲むと、ほんのりと甘酸っぱい。

 

 前回は蜂蜜水みたいに甘かったが、今回は柑橘系の酸味を感じる。幾つも種類が有りそうだな。因みに飲むと体力と魔力が回復した。普通に凄い回復薬だぞ。

 

 

 

「それで今回の訪問は、どの様な用件です?」

 

 

 

 優雅に足を組んで座ってるだけで絵になる。疲労が影となり陰る表情を好む御婦人方は多そうだな。

 

 

 

「森林化の進捗の確認と、バーリンゲン王国の連中と敵対している辺境の部族に援助物資を届ける途中で寄らせて頂きました。勿論ですが最終的には辺境の部族連中はエムデン王国で引き取ります。

 

ですが過去からの因縁の有る連中が只滅ぶのを見るだけなのも、その心情を考えれば思う所も有ります。なので自分達の手で決着を付ける為の善意の手伝いです」

 

 

 

 下手に隠し事をする方が不誠実なので、正直に答えた。クロレス殿にとっては失礼な態度を取った連中の抹殺と、最終的に森林と化す場所に人間が残らない事が最上の筈。

 

 その為の手段は問わないだろう。そもそも人間の事に介入する気も無いだろうし、彼等の進捗に此方が合わせて行動すれば問題は無い筈だ。

 

 彼の浮かべた笑みを見れば分かる。この考えは間違いでは無いのだろう。あと、レティシア達も僕の考えを同じく読んでいたのか腕を組んで頷いている。

 

 

 

「ふふふ、そうですか。間引きとは人が悪いですね。ですが必要な事、我々も樹々の成長を促進する為に間引きをします。その考え方は嫌いではないですよ」

 

 

 

 そう言って深々と溜息を吐いた後に、僕が帰った後の事を教えてくれた。

 

 

 

 曰く、エルフの王の許可を得たので森林化を始めようとした時に、一斉に他の森のエルフ達から自分達も参加させろと要求があったそうだ。

 

 拡張した森は元々有ったケルトウッドの森のエルフ達に帰属する。それは理解しているし文句も無いのだが、広大な森の育成を独り占めにするとは何事だ!

 

 そんな楽しい事を自分達だけでやる事は認められない。手伝うから参加させろ。序に計画にも参加させろ。代わりに出来上がった森に関しての権利は全て放棄する。

 

 

 

 普通に考えれば無料で労働力が手に入った訳だが計画にまで参加させろって事が問題なんだな。自分の住処くらい自分で決めたい、余計な口を挟むなって事だろうか?

 

 

 

「それは横暴だぞ。エルフ族にとって森は神聖なもの。それを自分達だけで決めてしまうのは許容出来ない」

 

 

 

「ではファティ殿は立場が逆でも手伝いを受け入れると?」

 

 

 

 この切返しに、ファティ殿が黙り込んだ。逆の立場なら、クロレス殿と同じ気持ちなのは分かる。それだけ森については関心が高いんだ。

 

 でも少し安心というか親近感を感じた。人間と同じくエルフ族にも同じ様な欲が有るのだな。楽しい事は独り占めにはさせない、自分も参加したい。

 

 その気持ちは十分理解出来る、害の少ない欲望といえば良いのかな……

 

 

 

「ですが、植生にまで口出ししてくるのはどうなのでしょうね」

 

 

 

 植生?確か特定の場所に育成している植物の集団の事だよな。砂漠などの特殊な環境以外の場所では地表を何らかの植物が覆っている。その植物被覆の事を植生って言うんだっけ?

 

 その土地の環境により育つ植物は変わってくるが、エルフ族の手に掛かれば植生の種類も選べるのだろう。どんな植物を生やしたい、その決定権は基本的に其処に住む者達が決めるべきだろう。

 

 僕だって自分が住む場所が熱帯とか寒冷地とかに変えられるのは嫌だし、生活環境を考えれば今と同じ植生が馴染み深くて望ましいと思う。

 

 

 

「そうです!それです、それなんです。何故、此処に住む私達の希望は通らずにクジ引きとか理解不能な選択方法になるのか?エルフは叡智な種族ではないのですか?」

 

 

 

 その後は延々と愚痴を聞く羽目になってしまった。慣れ親しんだ環境で森を広めたいのに色々な植生のエリアを作りたいって完全に楽しんでいるとしか考えられない。

 

 しかも熱帯とか寒冷地とか、人がっていうかエルフ族が住むのも難儀な場所を作ってどうするの?作るだけ作って管理はお任せとかさ。しかも言い出しているのが古参のエルフの連中。

 

 森の代表たる、クロレス殿でも配慮が必要な連中が騒いでいる。その結果の採択方法が、完全に運頼みのクジ引き。それじゃ納得など出来ない。

 

 

 

「その代案として今後の維持管理も請け負う事を条件に、古参の方々の好きに出来る範囲を決めてはどうでしょう?一番端とか影響の無い範囲ならば被害は少ないかと思います」

 

 

 

 好きな植生にしたいが、今後の維持管理は知りません。お任せしますじゃ納得など出来ない。

 

 

 

「その範囲の中で、何にしたいかをクジ引きでもなんでも選択方法を選ばせればよくないでしょうか?悪い言い方をすれば、捨て地ですが……」

 

 

 

「なるほど、六割は確保出来るので残り四割は維持管理を含めて好きにさせるのですか?業腹ですがケルトウッドの森からエムデン王国側を貰い、残りを好きにさせれば良いか」

 

 

 

 え?四割?四割も好きにさせろって言ってるの?幾らなんでもそれは酷過ぎるでしょう。

 

 

 

 気付いたら、レティシア達は居なくなっていた。流石に古老程ではないが自分達も酷い事を言っている自覚は有ったのだろう。まぁファティ殿は手伝う事が楽しみで植生の選定には関わってないので罪は無い。

 

 第三者が状況を説明したら、おかしいと分かったのかな?古老達には調整とか代案を言える雰囲気ではなかったのか、そもそもエルフ族の中での古老達の位置が分からないから何とも言えないけどね。

 

 強い権力を持ち発言権が有るのだろうか?確かにエムデン王国に置き換えて考えれば、公爵家から要望が有れば調整とか代案の前に出来る事ならばやりますって感じになるか……

 

 

 

 特別な力を持つ古老、その影響力は底が知れない。彼等との敵対は死と直結していると考えて良いと思う。幸いだが、クロレス殿は古老にも意見が言える立場らしい。流石は森の代表、それなりの権限は有るのだろう。

 

 その後、クロレス殿を慰めて一緒に代案を考えていたら夕刻となり、そのまま夕食に招待して貰い一泊した。信頼度が少し高まった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、クロレス殿の案内で、ケルトウッドの森の外部に案内して貰った。スタート時点では同じ植生を広げる事が決まっていたので問題は殆ど無い。

 

 古老達に上げる代案も内容は固まったらしい。下話と根回しを行った方がスムーズだと伝えたが、エルフには事前の根回しという事はしないらしいが、嫌々でも自分達の為に頑張るそうだ。

 

 その辺に種族の違いを感じる。短命種と長寿種、根回しを小賢しいと感じている。個が強大な力を持つ種族だし、僕達と感性が違う事は分かっていたさ。

 

 

 

 以前訪ねた時より森が広まっている。前回クロレス殿に出迎えて貰った場所も森となっている。

 

 

 

「これが森を広げる方法ですよ」

 

 

 

 そう言って、自分の前に数体の樹呪童(きじゅわらし)と思われる人型の植物生命体を生み出すと、そのまま前に歩かせていく。ファティ殿とは違い種子を撒いて生やすという手法ではない。

 

 そのまま地中から植物が生えて絡み合い人型を形成した感じだ。胸の部分にコアとなる赤く輝く光球もない。そのまま横一列でゆっくりと進んで立ち止まると屈んで両手をついた。

 

 そして逆回転の様に絡み付いていた植物が解けて大地に広がり、うねる蔦が太くなり大きな樹となり枝を広げて葉を茂らせる。なるほど、やり方は見せて貰ったが意味が分からない。

 

 

 

 何故、手前で人型に形成して自分で歩かせてから解いて広がり樹々を生やすのか?そのまま予定地に生やせば良いのでは?そう思ったが、僕をドヤ顔で見詰める、クロレス殿に言える訳もなく。

 

 

 

 これが伝統的なエルフ族による森の拡張方法なのだろう。そこに合理性とか簡略化とかを求めてはいけない。この手順こそが大切なのだと、自分に言い聞かせながら……

 

 

 

 僕は笑顔で拍手をする。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。