古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第921話

 モコモコと動く樹呪童(きじゅわらし)擬きが森を広める様子を見させて貰った。正直に言えば、非効率的だと思う。人型にして短い距離を歩かせる意味とは?

 

 そんな事に意味は少ないと思っていた。わざわざ人型にして移動させて森を広げるよりも、広げる先に出現させる方が効率的だと思う。それともそういう手順を踏まないと駄目なのだろうか?

 

 僕の錬金と同じく見える範囲になら何処にでも森を出現させられるのだから、本人が移動しながら魔法を行使すればもっと早く森の浸食が進むと思う。

 

 

 

 まぁ急いで森を広められても困るので、これはこれで良かったと思う事にしよう。そういう感情を知られてしまったのか、クロレス殿が笑って肩を軽く叩いてきた。

 

 

 

「非効率的というか今回は、リーンハルト殿に分かり易く教える為に見せただけです。本来の用法は、あの子達を数体の小集団として生み出して行動させます」

 

 

 

「つまり、本来は自律行動をさせて森を生み出すという事ですか?」

 

 

 

 クロレス殿の説明によると、樹呪童(きじゅわらし)擬きが少数の集団で行動し森を増やしていくらしい。見本として一体が近くで森化したが、実際は本体が森と化さずに何度も広められるらしい。

 

 樹呪童擬きとは意識すれば視界と意識を共有する事も可能で、自律行動も遠隔操作も可能。見本まで用意して簡易的に行動を教えてくれる程、親切にして貰えたのか……

 

 交渉役を一任されたとはいえ、破格の待遇に驚かされる。普通に有り得ない、きっと僕でも理解出来る範疇で魔力を込めて樹呪童擬きを生み出したのだろう。

 

 

 

 暫くは二人で並んで森に埋まる予定の大地を見詰めていた。この荒野が森として生まれ変わるのかと思うと妙に感慨深く感じる。この景色は、もう二度と見る事は出来ない。

 

 ケルトウッドの里に戻ろうとした時、形状の違う樹呪童擬きの集団が里から此方に向かって来るのが見えた。同じ形状の個体が十体程度の集団を作り此方に向かってくる。

 

 七つの集団、形状は集団毎に統一されているが見た目は結構な差が有る。どれも独特な植物が絡み合って人型を形成している。つまりこれが、古老達の操る樹呪童擬きか?

 

 

 

「早々に送り出してきましたか……リーンハルト殿の提案を少しアレンジして昨日の話し合いの時に議題として出しました。老害共は私達をそっちのけで提供したエリアの争奪戦を行いました。

 

それはそれは醜い争いでしたね。エルフ族とは叡智の種族な筈ですが、長く生き過ぎて思考が変化したのでしょう」

 

 

 

 盛大な溜息と共に実情を教えてくれたが、流石にエルフ族の上位者への批判の同意は出来ないかな。人間も同じく長年権力に縋りつくと同じ様な感じになるし理解は出来る。

 

 

 

「それは、何とも言えないですね。何とも……あれ?」

 

 

 

 あの何処から見ても異常な植物系人型擬きが集団でバーリンゲン王国の端部に向かって移動していくの?今から?予定では、ケルトウッドの森を起点として徐々に森を広めるんじゃないの?

 

 アレがバーリンゲン王国内を勝手に移動するとなれば、森の浸食というかエルフ族絡みの行動だと国内中に広まるじゃん!それって当初の計画を大幅に変更しないと駄目なレベルじゃん!

 

 計画の前倒し、難民が予定よりも早くエムデン王国に殺到する。端部にはカシンチ族連合が未だ住んでいるのに、あの連中が辿り着いたら早々に植生を変えてしまう。つまり住めなくなるから移住が必要になる。

 

 

 

「馬鹿な!計画の根本から変更する大事じゃないですか?何故、そんな事を仕出かしてくれたのですか。エルフの古老達はっ!」

 

 

 

 思わず、老害共めっ!と大声で罵りたいのをグッと我慢して両手を力一杯握り込む事で荒ぶる気もちを抑え込む。皮膚に食い込む爪の痛みが思考を乱暴な方から理性的な方へと強制的に移動させる。

 

 これって大事だ。アレより先にカシンチ族連合に合流し、戦士だけでなく非戦闘員も一緒にエムデン王国に移動させないと駄目だ。彼等だって数年後に森林化するから移住を勧めるなら時間も有るし受け入れるだろう。

 

 だが現実は直ぐに森林化させる人外の何かが大量に迫って来るんだ。尋常的に受け入れられるか予測が付かない。最悪の場合、故郷を守る為にとアレに戦いを挑む可能性だって捨て切れない。

 

 

 

 つまりエルフ族の古老達に喧嘩を売るって事で、バーリンゲン王国の連中より先にカシンチ族連合が全滅するじゃん!

 

 

 

「そうなんです。盛大に迷惑を掛ける困った連中なんです。悉く滅べば良いと思いませんか?」

 

 

 

 もう配慮など要らない。大きく頷いて同意を示す。

 

 

 

 本当に迷惑、大迷惑だ。計画の大幅変更、もしかしなくてもカシンチ族連合と合流したら同行して一緒に王都を目指すしかないぞ。計画の修正は遠隔指示では無理、同行してその都度修正しないと厳しい。

 

 時間との勝負、民族大移動を短期間で準備させないと詰む。物資は潤沢だが戦力は微妙、だが分からない様に助力すれば或いは……何とかなるか?いや、何とかするしかないんだ。

 

 見殺しには出来ない。それがバーリンゲン王国の連中と生き残りを掛けた戦いを嗾ける身としてもだ。遠い目をして今後の展開を予想するが、漠然とした不安しかない。

 

 

 

「急いでカシンチ族連合と合流、彼等は味方なのでアレに襲われる前に事情を説明して一族全て此方に移動して貰うしかないです。クロレス殿、急で申し訳ありませんが、僕はこれからカシンチ族連合の所に移動します」

 

 

 

 一刻を争う。ゴーレムキングを身に纏い強行軍で進めば、ある程度の時間は稼げる筈だ。樹呪童擬きは徒歩、その速度は速くはない。だが不眠不休で移動出来るだろうから、時間は数日しか稼げない。

 

 その間に彼等を説得し荷造りをさせて此方に移動させる。途中で遭遇するだろう、バーリンゲン王国の連中を倒して更に進む。厳しい状況だが、そもそも全滅か長年の怨敵との決着をつけられるの二択で迫れば……

 

 思考が乱暴になっている、反省。誠心誠意、状況を説明して説得するしかない。そもそもの原因はバーリンゲン王国の連中が馬鹿な事を仕出かしたからだ。それさえなければ、こんな事にはなってない。

 

 

 

「ええ、構いません。同族の老害が仕出かした事ですから助力は惜しみませんよ」

 

 

 

 本当に痛ましく思っていてくれているのだろう。表情にも言葉使いにも労わりが溢れている。

 

 

 

「有難う御座います。気持ちだけ受け取っておきます。僕が出発したと、レティシア達に説明はして下さい。お願いします」

 

 

 

 深々と頭を下げる。本来ならば相応の礼儀と手順を踏んでから出発するのだが、今は一分一秒が惜しい。あの樹呪童擬き達は順調に進んでいる。アレよりも早く進まないと駄目なんだ。

 

 

 

「ああ、そうでした。ファティ殿というかゼロリックスの森のエルフ達ですが老害達に負けてしまい参加権は得られず、私達の元で手伝いをする事になりました。暇そうですので、連れて行きますか?」

 

 

 

 いや、その提案は宜しくないです。人間の諍いにエルフ族が強く干渉する事は対外的にも良くないので、そこは静観でお願いします。

 

 ファテイ殿も目的を失ってしまったならば、僕との再戦を強く望むかも知れない。理由は暇すぎるからとか、予定が狂ったとか。同族の古老達に楽しみを奪われた感じだろうな。

 

 彼女の同行を許せば、レティシアやディーズ殿も一緒に来ると言い出す。そうすると、ケルトウッドの森のエルフ達とゼロリックスの森のエルフ達との関係性を考えると何が正解か分からない。

 

 

 

 つまり同行はさせずに自分だけで先に行くしかない。そう考えたら、心を読んだだろうクロレス殿が苦笑いを浮かべた。表情が豊かになってませんか?

 

 

 

「いえ、結構です。女性に強行軍を強いる訳にもいかないですし、そもそも嫌々ですが同族の仕出かした事です。自分で何とかします」

 

 

 

「まぁそうですね。気付かれない内に出発して下さい。少し経ってから、ファティ殿達に話しますよ」

 

 

 

 クロレス殿に一礼し馬ゴーレムを錬金、騎乗して樹呪童擬きを追いかける。人間が近付いた場合、どう反応するか?先に調べておく必要が有る。流石に近付けば問答無用で攻撃はしないよね?

 

 一度でも攻撃されたら反撃する位の設定はしてくれてますよね?そう思いながらも警戒して近くを通り過ぎると、人間臭い仕草で片手を上げて挨拶してくれた?

 

 どういう設定で生み出したのか、通り過ぎて振り返って見たら手を振ってくれている。しかも全員がだよ。つまり敵味方判別どころか個人を認識出来るって事だろう。まだ視界共有とかしてないだろうし、していても話に聞く古老達なら人間に対して友好的な態度はしないだろう。

 

 

 

 アレを調べたいけど、探査魔法を掛けたら敵対行動と取られるかな?危険な行動は止めよう。好奇心が疼くけど、今は急がないと駄目なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 リーンハルト殿は、人間の少年と言っても良い年頃だ。寿命が圧倒的に少ない人間という種族の中でも極端に生き急いでいる感じで心配になる。心配?私が人間を?

 

 ふふふ、処分したアレと同じとは思えない出来が良いというか付き合いの距離感が程よいというか、不思議な気分ですね。レティシアが入れ込むのも分かる気がします。

 

 最近は粗悪な連中しか見ていませんから、余計に良く見えるのか?いえ、彼は私の人生の中で接した人間の中では一番気が合いますね。

 

 

 

 無駄に媚びずへつらわず敵意を見せず、いえ敵意を抱いていない。他種族に対して殆ど同種族との対応と変わらない。自己評価が低い訳でも無いのに高い身分に就いているのに偉ぶらない。

 

 あの滓共は小国の末端の男爵でも大層な自尊心というか何というか、偉ぶる連中でしたね。直ぐに何かを要求する厚顔無恥な輩。最後は『私達に子種を授けてやる』と言い出した時は……

 

 百年振り位に頭にきて磨り潰してしまいましたし。私も未だ若く未熟という事ですかね?

 

 

 

「クロレス殿」

 

 

 

「ん?ルーツィア殿、何ですか?古老達のお世話を抜け出しても平気なのですか?」

 

 

 

 五百歳を超える古老の中では最年少、だが実力は侮れない実力者。エルフ族の中でも変人で、二百歳までエルフの里を飛び出して人間の社会で暮らしていた。

 

 当時は人外の魔術師として雷撃系の魔法を多用し、陣営を問わず人間の諍いに積極的に参加していた狂人。多分ですがエルフ族の中で最も多くの人間を殺したでしょう。

 

 そんな彼も当時の古老達の顰蹙を買い過ぎて強制的に呼び戻された。その事に反発するかのように順調に精霊魔法の実力を磨いて、最年少で古老の地位に就いた。

 

 

 

 『収束轟雷撃』と『拡散百筋落雷』の二種の魔法のみを使い暴れまわっていた。当時の最大国家であるルトライン帝国の崩壊の原因の一部でもありましたね。

 

 魔法大国ルトライン帝国の崩壊と共に、人間の扱う魔法技術が衰退していった。魔法の退化を招いたと言っても過言ではない。だが人間界の出来事として、当時は特に思う所は無かったですね。

 

 だが流石の彼も基本的に不干渉の人間に関わり過ぎた事の罰として、渋々だが世話役という貧乏くじを引かされて苦労している。ままならないものですね。

 

 

 

「先程の少年だが、アレがレティシア達のお気に入りですか?」

 

 

 

 ん?人間に興味を持つ?殺すだけの貴方が?いや彼が向かった方向を見る目には敵意や殺意は有りませんが、人間嫌いの貴方が?

 

 返答には少し気を付けた方が良いかも知れませんね。只でさえ同族の我儘で苦労を掛けているのです。そこに狂人の興味まで抱かれては堪らないでしょう。

 

 貴方は大人しく老害共のお世話をしていれば良いのです。彼に干渉させる訳にはいきません。

 

 

 

「リーンハルト殿ですね。貴方達の我儘のシワ寄せで苦労させる事になりました。少しは反省して下さい」

 

 

 

「ん?老害共の我儘ですよね。私には無関係です。自分の好き勝手に大地を弄り回したいとか、エルフの古老として老いてボケたのかと疑いますね」

 

 

 

 吐いた言葉は皮肉に溢れていますが、古老達に向ける敵意よりも彼に向ける興味の方が大きそうな感じです。変ですね?ルーツィアがリーンハルト殿に向ける興味とは?

 

 私の向ける視線の意味に気付いたのでしょう。肩をすぼめながら苦笑し、それでも視線は既に彼が見えなくなっているのに逸らそうともしない。

 

 

 

「いえ、私が未だ人間界で修業をしている時にですね。私に挑んで生き延びた者が一人だけいたのです。基本敵対すれば皆殺しのスタンスでしたので、追撃をしましたが逃げられてしまいました。

 

その者が錬金した馬ゴーレムと全く同じに思えたので、不思議と気になりましてね」

 

 

 

 漸く視線を私の方に向けて思い出話を始めましたが、結構物騒な内容ですね。基本皆殺しって、どれだけ殺意が高いのですか?まぁだからそ今回の件にも首を突っ込んできたのでしょうか?

 

 

 

「私から逃げた唯一の男はルトライン帝国の王族で当時最強の魔道騎士団だかを率いていましたね。当時は彼等と敵対していた勢力に加担していまして、単独で戦いを仕掛けられました。

 

配下の連中は遠くから見ていただけでしたが、彼は逃げながらも反撃をしたりして殿を務めて最後まで抵抗し、倒し切れずに逃げられたのですよ。苦い思い出ですね」

 

 

 

 苦い思い出ですか……殺し切れなかった事を悔やんでも悔やみきれない感じですよ。ですが昔の者と重ねられてちょっかいをかけられるのも困ります。知りませんよ、貴方の思い残しなんて。

 

 

 

「技術は継承するものです。同じような馬ゴーレムを錬金しても変ではないでしょう。ですが三百年以上も前の者とは繋がりなどないでしょうね」

 

 

 

「まぁそうでしょうね。ですが気にはなります」

 

 

 

 魔法技術が退化した現代で、三百年以上前の最盛期の馬ゴーレムを運用している。確かに説明がつかないし不思議ではありますが、その昔の者との繋がりなど有り得ないでしょう。


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