古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第922話

 バーリンゲン王国の地理について、実は凡その配置しか掴んでいない。国が整備した街道には案内板が設置されているが、方向は微妙で距離は適当。お国柄を象徴した精度だな。

 

 まだ王都近郊やケルトウッドの森周辺は王宮の書庫に保管されていた資料を調べられたので良かったが、辺境の資料は殆ど無かった。長年争っていた連中の事を調べてないのか?

 

 辺境の担当は逃げた王子達だから、情報は独り占めにしていたのか逃げる際に持ち出したのかは分からない。まぁアレな連中だし、そもそも調べてないのだろう。

 

 

 

 部族名や凡その人口、大まかな勢力分布図は分かるが詳細な情報が少なすぎる。情報戦に脆弱だからこそ、辺境の制圧が出来なかったのかな。

 

 

 

 馬ゴーレムに跨り街道を疾走する。時間との勝負、整備された街道を走るだけなら三次元機動の出来るゴーレムキングより馬ゴーレムの方が早い。多少の悪路でも……

 

 いや国家が整備する街道にしては全く整備をしていない悪路だよ。路面は凸凹で轍(わだち)は深い、道幅も一定でないし水捌けとかも考えてない。方向が分かる位しか利点は無い。

 

 街道沿いに集落は点在しているが人の気配が殆ど無い。宿場町らしき場所を通過する時は流石に馬ゴーレムの速度を落としたので周囲の確認も出来たが、家の中に籠っている感じだな。

 

 

 

 それで窓や扉の隙間から、僕の様子を伺っている。嫌な視線を感じる。恐怖とかじゃない、もっと暗い欲望に塗れた何かだ。

 

 

 

 宿場町は街道の左右に家屋が並び脇道は無い。一旦入ってしまえば、真っ直ぐに通り抜けるしか出来ない。嗚呼、この町の構造ってアレか。獲物は逃がさないって事か?

 

 感知魔法で気配を探れば、少し先に待ち伏せしており後方も逃げられない様に数人が配置されている。町ぐるみで野盗の真似事をしてるのか?単騎だから襲い易いと考えたか?

 

 改めて自分の恰好を確認する。クロレス殿を訪ねるので身嗜みには気を遣い仕立ての良い貴族服を着ている。武器は持っていないし、馬ゴーレムも良く見なければ本物の馬と見分けはつかない。

 

 

 

 成る程、非武装の貴族の子供一人じゃ襲い易い手頃な獲物だね。

 

 

 

「貴族の坊ちゃんよ。ここを通るには通行料が必要ですぜ」

 

 

 

 いかにも此方を馬鹿にした様な態度を取っている。完全に自分達が襲う側だと認識しているんだな。この時点で有罪は濃厚だぞ。

 

 

 

「領主様よりご指示が出ていましてね。何人たりともタダで通す訳にはいかないんでさぁ」

 

 

 

 目の前に体格の良い男が飛び出して来た。簡素な革の鎧を着こんで手には短槍を持ち、腰にはショートソードを吊るしている。一応髭を剃って有ったりと身嗜みは整えている。まぁ典型的な下級冒険者の恰好だな。

 

 目の前には主力となりうる体格の良い連中が並び、両側の家の窓や扉から短弓を構える連中は驚いた事に老人や女性の姿が確認出来る。これは本当に町ぐるみでの野盗活動をしているみたいだ。

 

 僕をニヤニヤしながら見る感じは、弱者を甚振る事に慣れを感じる。生活が苦しいとか生きる為にどうしてもって感じが薄い。偏見かもしれないが、楽に儲かるからやっているって感じだな。

 

 

 

 僕の反応が薄い事に簡単に苛立ちを隠さず、短槍を軽く振り回しながら近付いてくる。感知魔法で調べた人数は四十六人、家屋が五十戸弱だから少ない気がする。子供も居ないのは避難させてるのか?

 

 

 

「だんまりとは感心しないなぁ。貴族様だか何だか知らないけど、大人に訊かれたら答えるんだよぉ!」

 

 

 

 いきなり短槍で脹脛(ふくらはぎ)の部分を突き刺して来たが魔法障壁に当たって火花が飛び散り、衝撃で後ろに仰け反った。思った以上に強い力で刺したのは、逃げられない様にする為か単に気に入らないからか?

 

 

 

「ってお前、魔術師かっ?やべぇぞ、こいつを射殺せっ!」

 

 

 

 防がれた後の行動も素早い。直ぐに後ろに下がり他の連中に指示を出したと思ったら、近くの家屋の中に逃げ込んだぞ。他の連中は呆然としていたが、誰かが弓を射掛けたのを皮切りに一斉に攻撃して来た。

 

 魔術師に負けたかなにか苦い経験が有ったのだろうか?普通の魔術師なら倒される程の飽和攻撃だが、僕には効かないし意味も無いよ。一方的に攻撃を受けたのは敵味方の判別をする為だ。

 

 全員が殺す気満々なのだから、反撃されても仕方無いと諦められるだろ?やられたらやり返す。単純かつ分かり易い行動だと思う。嫌なら人を襲うな。

 

 

 

「黒縄(こくじょう)よ。切り刻めっ!」

 

 

 

 久し振りに魔力刃を纏わせた黒縄で半径20mに存在する家屋も人も何もかも細切れにする。フュンフュンと風切り音と共に悲鳴が聞こえるが即死に近い筈だ。せめてもの情け、痛みは一瞬で終わらせてあげよう。

 

 数秒の後、細かく切断させた家屋が崩れ落ちる。ガラガラと音を立てて盛大な粉塵を撒き散らしながら崩壊する家屋を埃除けに円形に張った魔法障壁の中から眺める。苛立っていたけど、少し遣り過ぎたかな?

 

 逃げ出した男も確実に切り刻んだので生存者は居ないだろう。念の為に町全体に感知魔法を掛けて確認すれば……少し離れた家屋の中に、人の反応が有る。

 

 

 

「つまり生き残りが居る訳だな……」

 

 

 

 こういう場合、先に捕まった連中が拘束されている場合が多い。自分達の欲望を発散した後で人買いに奴隷として売りつけるとか、見目好い女性の場合は手を出さずに貴族や金持ちに高値で売りつけるとか碌な事は無い。

 

 時間が差し迫っていて嫌々だが、確認はするしかない。捕まっている者が居れば解放しないと、最悪は餓死とか悲惨な最期を遂げる事になる。出来れば野盗の生き残りであって欲しい。

 

 問題の家屋に到着、ドアノブを回しても扉は開かない。つまり施錠されている訳だな。近付いても感知している者は移動しない。これは捕らえられてる者と思った方が正解かな?

 

 

 

「黒縄よっ!」

 

 

 

 割と重厚な片開扉を黒縄で八分割にする。バラバラと只の木片になった扉が崩れ落ちる。対応が雑だが急いでいるので勘弁して欲しい。

 

 室内に踏み込む。窓は厚い生地のカーテンが閉められているので殆ど光が差さない。直ぐ近くのテーブルには蝋燭が置かれて炎が揺れている。他にも食べ掛けのパンや干し肉が有る。

 

 どうやら襲撃犯の隠れ家と思って良いだろう。左右に扉付の部屋、正面は扉が無いが水ガメや食器棚が見えるので台所だろう。人の反応がするのは右側の部屋だが、最初は左側の部屋に入る。

 

 

 

 何故なら右側の部屋の扉は、此方側から開け閉めが出来る閂(かんぬき)が設置されている。つまり監禁部屋で、左側は複数の錠前が付いている。つまり宝物庫だな。

 

 入口の扉と同じく黒縄で切り刻む。カラカラと乾いた音を立てて木片に成り下がった扉を踏み越えて中に入れば、結構なお宝がしまわれていた。木箱に金貨や銀貨が無造作に入れられている。

 

 他には武器や防具、大量のワイン瓶に小麦の入った袋。芋類も隅に山積みにしている。今は食料が貴重だから、お宝と一緒に保管していたのかな?

 

 

 

「取り敢えず全部頂きますね」

 

 

 

 片っ端から空間創造に収納する。価値の分からない絵画とか壺も有ったが、後でライラック商会に纏めて捨て値で引き取って貰えば良い。残念ながらマジックアイテムは無かった。

 

 ポーション類も全く無いのには疑問に思った。荒事が稼業ならばポーション類は必須の貴重品の筈、それが全く無いのは変じゃないか?いや、そもそも流通量が少ないとか?

 

 エムデン王国基準で考えるのは駄目だろう。此処は何をしても駄目国家なのだから、案外品薄で手に入りませんとかかもね。

 

 

 

 最後に本当に嫌々だが右側の部屋を確認する。複数の閂を横にスライドして開錠し、ゆっくりと扉を手前に引く。ギィと建付けの悪いのか音を立てながら少しの抵抗と共に扉が開く。

 

 当然の如く部屋の中は真っ暗だが異臭はしない。この段階で漸く中に居る者が反応した。逆光で見え辛いのだろう、片手を目の前に翳して光を防いでいる。ん?拘束されていない?

 

 出入口は厳重に施錠されていたが、部屋の中では拘束も無く閉じ込められていただけ?まぁ真っ暗だったらか待遇は良くは無いだろうけど……

 

 

 

「誰だ?眩しいから扉を閉めてくれたまえ。全く、身代金待ちとは言え暗がりに押し込めるとは礼儀がなってないぞ。こき使われずに自由に好きなだけ寝れるのは嬉しいがね」

 

 

 

 その言葉を聞いて凡その状況が飲み込めた。声からすれば男性、年齢は二十代後半から三十代半ば位か?話の内容からすれば、こき使われている身分ならば貴族の次男以降か?

 

 野盗に捕らえられても文句が言える程度には度胸も有るが、身代金を求められるって事は弱小まではいかないが有力貴族でもない。もしも有力貴族ならば、そもそも身代金交渉など出来ない。

 

 次男以降を金を払って取り戻すよりも全員抹殺して口封じを選びそうだし、そもそもこの国の貴族と平民の関係って貴族が横暴で下手な交渉など無理だし。

 

 

 

 恨み辛みで殺されないだけ良かったと思うが、そう考えると……この男は何かありそうだな。まぁ解放だけすれば良いかな。

 

 

 

「おや?貴方はバーレイ伯爵ではないですか?わざわざこんな辺境の野盗村まで来て討伐ですか?」

 

 

 

 明るさに目が慣れたのだろう。両手で顔を擦りながら僕の正体を言い当てた。此方も目が慣れたので男を確認したが見覚えは無い。一方的に知られているだけみたいだな。

 

 皺だらけの貴族服を着て髪の毛は寝ぐせが酷い、室内を確認すれば家具はベッドとサイドテーブルには素焼きの水差しとコップのみという酷い扱いだが、本人は満足とまではいかないが悪い待遇では無かったのか?

 

 まぁ貴族の次男以降って家の為にタダ働きさせられるのは常識で、本当に馬車馬の如くこき使われる事も多い。バーリンゲン王国ならば、エムデン王国よりも酷かっただろう。

 

 

 

 手足を拘束されていないので室内での行動は自由だったのだろう。呑気に水差しからコップを使わずに直接水を飲んでいる。 

 

 

 

「野盗は全滅しましたので、貴方は自由です。あとは好きにして下さい」

 

 

 

 これ以上、絡む必要も無いので端的に状況を説明して部屋を出る。保護しろとか護衛して家まで送ってくれとか言い出しかねない連中だから、突き放す位が丁度良いだろう。

 

 

 

「おや?お宝は根こそぎ奪ったのですか?結構がめついんですね」

 

 

 

 僕の後を付いて来るのは気配で分かったけど、向かい側の部屋の中身の事も知っていたとなると胡散臭さが増した。監禁されている建物の配置に詳しいとか怪し過ぎる。

 

 僕を知っている。つまり空間創造のギフト持ちだとも知られているだろう。僕が奪った証拠は無いが、嘘でも声高々に言い続ければ真実になると勘違いしている連中だし面倒だな。

 

 強欲だし取り分とか主張するか?もともと僕が奪われた物なので返して下さいとか言い出しそうだな。後ろを振り向く気は無いが、嫌でもそういう雰囲気を感じる。

 

 

 

「いえ、僕が来た時にはもぬけの殻でしたよ。野盗村の宝など高が知れているでしょう?女性とか捕らわれていたら嫌な気分になる所でした。貴方一人で良かったです」

 

 

 

「またまたぁ、そんな訳ないでしょうに。此処の連中は結構溜め込んでましたよ」

 

 

 

 やはり集りにきたか。本当に想像通りの行動をするので呆れを通り越して面白くなってきたよ。無視を決め込み元来た場所へと戻るが、懲りずに後を付けて来る。

 

 無視して馬ゴーレムを一頭だけ錬金し素早く跨る。野盗の町は殲滅してお宝を奪えたので良しとしよう。目算だが金貨二千枚程度にはなるだろう。

 

 迷惑料として有意義に活用しますので、天に召されるか地に落ちて下さい。

 

 

 

「僕は行きますので、後はご自由にして下さい。丸腰みたいなので、これをあげます。後は御自分で頑張って下さいね」

 

 

 

 そう言って市販品程度の性能のショートソードを錬金して放り投げる。奪った武器を与えると後で面倒になりそうだから止める。『調べたらコレは誰それが奪われた物でした』とかね。

 

 慌てて受け取り、鞘から抜いて刀身を確かめている。そして真っ新の錬金仕立てと見て微妙な顔をした。やはり奪った武器を渡したら『これは僕の奪われた物です!』とか言う気だった?

 

 ショートソードを振り回す姿を見ると武術に疎い僕でも分かる。コイツは武器の扱いに精通していない素人、魔力も欠片も感じない。

 

 

 

 武器を持たせても放置すれば野垂れ死ぬか?暗い未来が見える。

 

 

 

「ちょちょちょちょ、ちょっと待って下さい。こんな所で放り出されても死んでしまいますって。仮にも貴族の子弟を見捨てる真似は控えて欲しいですね」

 

 

 

 この男、エムデン王国の属国なら話は分かるけど、クーデターを起こして政権を奪取した敵国だぞ。その立場で保護や援助を求めるってどうなんだ?

 

 見捨てられて当然だと思うが、まさか手厚く助けて貰えると思ってる?助けたというか解放したのは偶然だが、少しは恩義を感じて欲しい。無理なら、これ以上は関わらない選択をして欲しい。

 

 見捨てず助けろって、上から目線で言われたけどさ。どういう思考回路なら言える言葉なの?まぁコレが連中のスタンダードだな。今更気にする必要もないか……

 

 

 

「貴方の所属する現政権は、エムデン王国の属国からクーデターを起こして独立した敵国。その認識で間違いない筈ですが、敵として殺されないだけ感謝して下さい」

 

 

 

 少しの殺気を乗せて言葉を投げつけたが、肩を竦めるだけで怯えるとか怯むとかしないだと?武器の扱いは素人、肉体は鍛えていない。魔力も感じないが、度胸は人並み以上?

 

 

 

「知りませんよ。中央の連中の仕出かした事なんて、地方貴族の次男坊には関係無い事です。貴族は助け合う事が不文律では?宗主国なら属国の貴族の面倒を見るのが当然でしょう?」

 

 

 

 少しだけ見直したけど、言われた無責任過ぎる言葉に評価がマイナスに暴落した。貴族と言うなら名乗り位して欲しいが、それもない。もう放置で良いや。

 

 馬ゴーレムを全力疾走させる。後ろでなにか騒いでいるが聞こえない。変な男に絡まれて無駄な時間を過ごしてしまった。全く勘弁して欲しい。

 

 

 

 でも、何となくだが……あの男とは、また何時か絡む気がしてならない。

 

 

 


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