古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第924話

 野盗の街のゴタゴタを放置して街道を進む。同じようなトラブルを避ける為に街道から逸れて進む方法も有るが、地理に詳しくないし迷子も嫌なのでトラブル覚悟で進む。

 

 子供が単騎で街道を進む事が良いカモなのは確かなのだが、僕がバーリンゲン王国領内を移動している事を知られたくないので目立ちたくない。

 

 故に感知魔法で周囲を警戒しつつ、馬ゴーレムの出せる最高速度で走っている。そして結構な頻度で少数の集団を感知し、接触を避けて迂回しながら突き進む。

 

 

 

 警戒しながらの移動にも慣れてきたのは、太陽が地平線に沈む頃だった……

 

 

 

 馬ゴーレムの全速力の駈歩(かけあし)は、時速20km位。既に賊の襲撃という足止めや休憩を挟んで三時間程走っているので既に60km位は進んだ計算だね。

 

 思ったよりも進めていない。ケルトウッドの森から辺境まで、直線距離で約100km程度。街道は迂回したりしているので150km前後、だが高低差も有るし単純に距離だけで日数は測れない。

 

 僕なら約三日の行程だが、通常の徒歩や馬車で移動するならば三倍から五倍は掛かるか?もっとかな?バーリンゲン王国の国土は全体でも16,000平方キロメートル、長辺の長さは約200km。

 

 

 

 思ったよりも国土は狭い、だが街道の整備が劣悪だから思った以上に進まない。これは魔牛族の引っ越しも時間が掛かる。バーリンゲン王国の連中が必ずちょっかいを掛けて来る。

 

 それを跳ね返すだけの戦力を妖狼族も魔牛族も持っている。殆ど一方的に勝てるだけの戦力差は有るが、問題は種族間のバランスだろう。一方的に蹴散らされる人族の事を広める情報次第では……

 

 事実と異なる悪意を広める事も可能、自分達の行動を棚上げして平気で嘘を吐く連中。対策としては封じ込め、フルフの街の防衛次第なのだが責任者がイマイチ信用出来ない。

 

 

 

「バニシード公爵と参謀連中、国境線の防衛に何処まで難民を防いでくれるかが問題か……これは、ザスキア公爵経由でスプリト伯爵の領地を最終防衛線として難民対策を講じて貰った方が良いかな」

 

 

 

 完全に陽が落ちて辺りが暗くなる。考え事をしていたので気付いたら森の中だった。樹々の間から辛うじて差していた太陽の光が消える。外灯など有る訳もない、月明かりが頼り。

 

 夜空を見上げれば三日月が見える。何となく女神ルナ様の事を思い出す。まさか神の一柱と直接会えるとは思わなかった。宗教関係者が知れば大問題だが、違う意味でも大問題だな。

 

 僕はモア教の敬虔なる信者、いくらモア教が他宗教に寛容でも流石に他所の女神様と会いましたとかはね。嘘臭いし信仰心を疑われるだろう。僕だって他人から聞かされたら直ぐには信じないと思う。

 

 

 

「月を見上げて放心していても仕方が無い。今夜の野営地を探すか」

 

 

 

 森の中での野営なら、最近はスティー殿達とオークの討伐の時だな。ウデムシとかハリガネムシ擬きとか、最悪な虫系モンスターと遭遇したが経験という意味では珍しい体験をさせて貰った。

 

 まぁ二度と経験したくない類(たぐい)だが、一度経験すれば二回目以降は対応出来る。アレ(ハリガネムシ擬き)の対応は知らなければ間違う可能性も有った、スティー殿には感謝している。

 

 街道の近くでの野営は不埒者が多い、この国では不用心なので街道を逸れて森の中に入る。勿論だが感知魔法は継続で使用しているので周囲に人間が居ない事は確認済みだ。

 

 

 

 腰の高さ程に生い茂った草をかき分けて少し進めば、草は殆ど生えていない。街道周辺は開けているので草も生えやすいが、森の中は樹々が葉を広げて陽の光を独占するから意外と拓けている。

 

 残念ながら近くには川等の水場が無い。野営するには環境が悪いが、僕は空間創造の中に必要な物は全て入っているので問題は無い。此処に小屋を建てる事も可能だが、そこ迄の労力を使う気も無い。

 

 意外と気を付けなければならないのが虫刺されによる被害、ムカデ等の毒虫もそうだが毒が無い虫も寝ていると這い寄って来る。後は天候が変わりやすいので雨対策は必須、寝ていたら土砂降りでズブ濡れとかね。

 

 

 

「先ずは食事にするかな。前回の野営で出された料理が食べ切れずに空間創造の中に入ってるんだって、単独行動中は独り言が多いから気を付けないと駄目だった」

 

 

 

 本当に独り言が多い。気を付けていても思考の海に沈む癖と同じで中々治らない。実害はないのだが、他人から見れば変な人になってしまう。貴族は見栄を張る生き物だし改善は必要だ。

 

 さて、空間創造から取り出した料理だが……前菜はソーセージとザワークラウト、スープはカートッフェルズッペ。メインの肉料理はザウアーブラーテン、パンはセーレン。

 

 前菜のソーセージはテューリンガー、ニンニクとハーブを練り込んだもの。カートッフェルズッペはジャガイモとタマネギとベーコンのスープ、ザウアーブラーテンは子牛肉をワインビネガーで漬け込み、香辛料等で味を調えてから煮込んだもの。

 

 

 

 前回はクリスと二人でも食べ切れなかったんだ。僕に対してのお持て成しでも有るから、少ないとか足りないとかは論外だったのも分かるけど、小食な部類なので許容量の三倍以上は多過ぎだよ。

 

 取り敢えず周囲10m範囲の地面を錬金で均して強度を高めて平らに均す。これだけで隠れていた虫の被害は防げる。暖を取る為の焚火を中心据えて、椅子とテーブルを錬金し料理を並べるが……食べ切れるかな?

 

 一応敵地なので禁酒、飲み物は桃の果実水の瓶を取り出して直接飲む。この解放感とマナー無視の雑さが良い、自然の中での解放感。これ位の楽しみを見出さないと、バーリンゲン王国関連の仕事は辛過ぎてやってられない。

 

 ソーセージにフォークを突き立てる。皮を破ると肉汁が飛び出して服を汚したが気にしない。同じく齧る時に肉汁が周囲に飛び散るのも気にしない。豪快に噛んで、桃の果実水で流し込む。口の中の油も流されて何本でもソーセージが食べれる。

 

 酸味の強いザワークラウトも口の中がさっぱりするので、味の強いソーセージに合う。シャキシャキした食感も堪らない、野営って最高だね!自分でも知らない内に相応のストレスを抱えていたんだな。

 

 次にパンを一口大に千切ってスープに浸して食べる。最悪のマナー、食べ物を手掴みにしてスープに浸して食べるとかマナー重視のレジスラル女官長が見たら卒倒するレベルだ。

 

 

 

 最後にメインのザウアーブラーテンだが、具の子牛肉にフォークを突き立てて同じく豪快に食べる。ああ、幸せを感じる一時。だが満腹感も押し寄せて来る。

 

 小食の者の悩みは一度に食べられる量が少ない事だが、大食いして太るのも貴族として資質に問題が発生する。弟のインゴの姿をふと思い出す。再教育の成果は出ているのだろうか?

 

 食べる事と女性が大好きだった愛すべき弟だが、何処で歯車が狂ったのか女性に対して誠実で無くなってしまった。両親も悲しませる事になってしまったし、バーレイ男爵家も継がせる事が出来なくなった。

 

 

 

「ふう、暗い森の中に一人だと色々と考えてしまうな……」

 

 

 

 頭を振って残った桃の果実水を飲み干す。今考える事ではない、それは帰国して余裕が出てから考えれば良い事だ。残りの料理を平らげて、暫し満腹感に酔いしれる。

 

 嗚呼、国家の中枢として仕事をする事には納得済みで疑問を抱く事など無かったが、人目は気にしていたのかな?此処には知り合いも誰も居ない、普通なら恐怖を覚える夜の森の暗闇さえ心地良く思えるとは驚いた。

 

 ストレスが溜まっていたのだろう。こういう開放の仕方も良いが、イルメラ達と楽しく過ごす事もしたい。この件が片付けば余裕が出来る、少しばかり自由に振舞っても文句は言われないだろう。

 

 

 

「満点の星空なのに木々が邪魔で見れないか。まぁそれもまた良し?」

 

 

 

 黒縄(こくじょう)を操り、自身の身体に巻き付けて木々の上まで持ち上げる。高さ10m程の木々の上に登れば、下(地上)では見れない満天の星空が見れる。

 

 どの方向を見ても綺麗な星空、地上には腐った国の連中が蔓延っているが空は綺麗だな。美しい、心が洗われるとはこういう事なのだろうか?何時か、イルメラ達とこの星空を見よう。

 

 今は遠く離れてしまっているが、この空が続く先に彼女達は居る。見上げる場所は違えど、この感動を共有する事も出来るだろう。そう思い空間創造から、イルメラのインナーを取り出して肺の中一杯に匂いを吸い込む。

 

 

 

「嗚呼、幸せだ。やってる事は変態チックだが確実に幸せだ。満天の星空の下で嗅ぐ、イルメラさんの体臭は最高だぁ!」

 

 

 

 言葉にすると尚良し。僕は今、世界でも有数の自由奔放な変態行動をしてる自覚が有る。まぁ人に見られでもしたら、貴族としての体面でソイツを抹殺するしかない程の暴挙ですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 快適な目覚め。結局満天の星空を見ながら寝たくて、木々の上に黒縄(こくじょう)を繭状にして中で毛布に包まるって寝てしまった。多少の隙間風は入ってきたけど、分厚い毛布のお陰で快適だった。

 

 直接朝日を浴びての目覚めとか中々体験出来ない貴重な経験。普通に囲いの無い野外で寝れば可能かもしれないけど、冒険者とか旅人、行軍中の軍属でもない限りは……あれ?結構居るのか?

 

 黒縄を身体に巻き付けて操り、地上に降りる。夕食を食べたままの状態でテーブルや椅子、焚火の跡が残っていたので片付ける。東方に『立つ鳥跡を濁さず』という諺(ことわざ)が有る。

 

 

 

 『隠密活動中に痕跡を残してはいけない』という諜報部隊の格言だろう。流石は東方、謎に包まれているが伝え聞く話は奥が深い。

 

 

 

 朝食は簡単に冒険者時代に纏め買いした、串焼き肉を食べる。出来立てを収納したので暖かいのが嬉しい。貴族に饗される料理と違い大雑把に塩のみの味付けが、肉汁と混ざって食欲をそそり五本も食べてしまった。

 

 紅茶を飲んで口の中の油を流し込む。一応は身嗜みを整えるが、着替えとかはせずに櫛で寝ぐせを整える位だな。風呂にも入らず着替えもせずとか、生粋の貴族の連中にはキツいかも知れない。

 

 軍属なら普通だが、最近は戦地にも身の廻りの世話をさせる連中を同行させて普段と変わらない生活を送る連中も居るとか?エムデン王国には居ないよな?

 

 

 

「さて、出発しますか。今日で予定の半分位は進みたいんだ」

 

 

 

 街道まで戻り、馬ゴーレムを錬金して跨る。感知魔法を併用し、全速力の駈歩(かけあし)で走り出す。身体に当たる風が寒いので、防寒用のフードや手袋を着込む。防寒対策は万全だ。

 

 少し走ると太陽が登って大地を照らし暖める。少し暑くなったのでフードを脱いで体温調整を行う。汗をかいて冷えると風邪をひくし、隠密行動中の体調管理には手を抜けない。

 

 敵地のド真ん中で体調不良で行動が出来ないとか駄目過ぎる。命に関わる愚考、水属性魔法を身に着けてはいるが全ての怪我や病気を治せる訳ではないからね。

 

 

 

「ん?規模は村程度の集落だが、襲われているのか?」

 

 

 

 街道から少し逸れた前方に、小規模な集落が見える。家は見える範囲で十五?もう少し有るかな?簡素な木製の囲いしかなく防衛力は皆無、襲う連中も守る連中も恰好は農民に見える。

 

 防具は双方、布の服しか着ていない。武器はショートソードや棍棒程度だし、防具も良くて木の盾だな。これって農民同士の争いか?馬ゴーレムを止めて様子を伺う。

 

 普通は襲われている方が善で、襲っている方が悪だろう。野盗のような恰好をしていれば確定だが、何方も農民にしか見えない。その場合、状況によっては襲う方が正しいと思われる場合も有る。

 

 

 

 村単位の行動、少し前に村人全てが野盗の村を壊滅させたばかりだから、どうしても疑り深くなってしまうな。暫く様子を見ていると、襲われている側が優勢だと分かる。

 

 最初は双方合計で二十人程度だった。多分だが同数程度で争っていたのだが、今は襲う側の人数が半分位になっている。数の均衡が崩れれば勝負は早い。

 

 最後は命乞いをしていた襲っていた奴が問答無用で殺されて終わり。襲われた側は倒した連中を身包み剥がしている。逞しいというか何というか……まぁ当然の権利だけどね。

 

 

 

 漸く僕に気付いたのか、数人が指を差して何かを言っている。感じからして、襲って来た連中の仲間じゃないのか?って感じだな。何故なら、武器を携えた連中が此方に向かって来るから。

 

 揉め事に巻き込まれるのも嫌なので馬ゴーレムに命令を送り走り去る。逃げようと思っていたら追いかけて来たぞ。武器を振りかざして威嚇しながら走ってくるけど、僕の自慢の馬ゴーレムには追い付けまい。

 

 逃がさないつもりなのか追いかけて来た。殺意がアリアリだな。だが想像以上にバーリンゲン王国の状況は悪化しているぞ。多分だが、生活に困窮した村の連中が野盗となり近隣の村を襲っているんだ。

 

 

 

 だが元々は農民、しかも生活に困窮しまともに食べられないので体力も少ない。でも襲わなければ、他人から奪わなければ生きて行けない。

 

 

 

 本来ならば国が何らかの援助をするなりして困窮している国民を助けるのだが、クーデターを起こした連中が最初にした事は魔牛族を襲う事だからな。終わってるよ、この国は。

 

 属国化して宗主国を敬い協力的ならば他の対応も有ったけど、こうも悪感情を持って接して来られたら無理だ。まぁ表面さえ取り繕ろえない愚か者って事なんだけど、本当に苛つかせる。

 

 あの捕まっていた男もそうだったが、エムデン王国側が何をしても悪で、自分達は常に正義で正しいと思い込んでいる。そう教育されているのかと思う程、不自然な連中だよ。

 

 

 

 十分ほど全速力で走れば、流石に追跡は諦めたのだろう。もう追手の姿は見えなくなっている。接触すれば問答無用で襲い掛かって身包み剥ぐつもりだったのかな?

 

 

 

「やだやだ、本当に貴族から平民まで接触したくないよ。割とまともか普通の人も居た筈なのに、どうしてこうなったのだろうか?」

 


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