古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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明けましておめでとう御座います!
今年も宜しくお願いします。


第926話

 廃屋を利用した地下野営場所で目を覚ます。昨夜は久し振りに風呂に入り、イルメラ達のインナーを嗅いで精神を安定させたので目覚めはすこぶる良い。

 

 地中の為に残念ながら寝起きの身体に陽の光を浴びる事は出来ないが持参した時計で何時かは分かる。時計の針の指し示す現在の時刻は『7時25分』少し寝坊したか。

 

 空間創造から洗顔用の器と水、それに洗い立てのタオルを取り出し冷たい水で洗顔しタオルで水気を拭取れば完全に覚醒した。寝間着を着替えて、朝食に用意をする。

 

 

 

 今朝のメニューは、蜂蜜と林檎のジャム。それと『シュリッペ』と呼ばれる小さなパンが三個。あとは紅茶で簡単に済ます。

 

 

 

「今日は辺境地域に突入する。場合によっては、カシンチ連合以外の部族と接触する可能性も高い。前回の交渉時点で掌握数は三割、今は増えたか減ったか情報は無い」

 

 

 

 ベンハー殿は有能だが交渉には相手が居る。場合によっては連合が崩壊していたり、ベンハー殿が失脚しているかもしれない。だが情報は無いから、直接会って確認するしかない。

 

 シュリッペに林檎のジャムを塗りたくり齧りつく。林檎の酸味と程よい甘さが食欲を刺激する。次に蜂蜜を塗って食べれば、活力が漲ってくる。甘いものを食べると活力が湧くね。

 

 甘味は高級品だが、それを普通に食べれる事が貴族のというか金持ちの特権だと身に染みて思う。此処は万年物資が不足しているので、この様な贅沢は出来ないだろうな。

 

 

 

 口の中の甘みを紅茶で胃に流し込んで簡単な朝食は終わり。気合を入れて任務に臨むか……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 周囲を警戒しながら廃屋内に錬金したダミーの木箱の中に頭を突っ込んで周囲を確認する。薄暗いのは、残念ながら天気は曇りなのだろう。いや、湿った土の匂いがするので雨が降っているのかな?

 

 感知魔法で周囲を確認するが動くモノは感じない。つまり安全なので、木箱を魔素に還して室内に登る。見回せば記憶に残る昨日のままの風景、特に侵入者は居なかったようだね。

 

 大きく開いた窓枠から外を見れば、分厚い雨雲が空一面を覆っているが今は雨は降っていない。だが室内が濡れているのは雨水が吹き込んだので、今日は降ったり止んだりと安定しないのかもしれない。

 

 

 

 悪天候は体力は奪うが隠密行動には最適、音も足跡も気配も消してくれるから。

 

 

 

「クリスなら喜びそうな天気だね。今日はゴーレムキングで移動しよう。馬ゴーレムよりは目立つが濡れないし」

 

 

 

 馬ゴーレムは遠目から見れば普通の騎兵と思われるが、ゴーレムキングは大きな鎧兜が動いている。トロールやオーガが全身鎧を着こんでいると勘違いされるかもしれない。

 

 だがずぶ濡れで風邪をひいたり体調を崩すよりはマシだ。敵地での単独移動で病気とか笑えないし、時間との勝負だからロスは避けたい。何より雨の中をローブを羽織るだけで移動したくない。

 

 色々と建前を思い浮かべながら、ゴーレムキングを身に纏う。着込むゴーレム、視線が高くなり低身長にコンプレックスを感じる僕としては少し嬉しくなる。

 

 

 

 嗚呼、せめて170cmは欲しい。贅沢を言うならば、更に5cmは欲しい。外に出て方向を確認、感知魔法の範囲を最大に広げても反応は無し。

 

 

 

「では移動を開始する」

 

 

 

 ゴーレムキングをゆっくり歩かせて、暫くしたら駆け足にする。最近はゴーレム操作を怠っていたので慣らしから本格的に全力疾走、歩きの歩幅は50cm程度だが全力疾走だと2mに広がる。

 

 一歩一歩が大きく飛び跳ねる様に左右の足を動かす。街道から少し離れた場所を並走し、迷子を回避。岩や倒木、茂みなどはジャンプで飛び上がり躱す。ゴーレムキングなら走りながら2m程度なら飛び越えられる。

 

 うん、少し楽しくなってきたぞ。雨が降ってきたのでフェイスガードを降ろす。視界は狭まるが雨水の侵入は防げる。目の部分だけでも高速移動すると入り込む水の量は馬鹿に出来ない。

 

 

 

 ぬかるみに足が取られない様に、足裏に錬金で滑り止め用のスパイクを生やす。即席だが抵抗が増して踏ん張りが効く。コレが土属性魔術師による臨機応変ってヤツだよ!

 

 ヤバい楽しい。高速移動って、少しの危険とスリルが混ざり合って妙なテンションになる。これが『ハイって奴だぁ!』って事なのだろうか?

 

 もうお構いなしに突き進む。時には森の中に入り込み枝から枝へ飛び移り、湿地帯でも足場になりそうな岩や木に飛び移り、障害の無い荒地や草原はひたすら速度を上げて駆け抜ける。

 

 

 

「って街道が二股に分かれている。イエルマの街はどっちだろう?」

 

 

 

 視界の隅で確認していた整備状況の悪い街道がワイ字になって分岐している。一応、立て看板があり左右の行き先が書かれている筈だが……知ってた。薄れて読めない、看板整備なんてしないよね。

 

 安定の整備不良で板は有れども書かれた文字が薄くなって読めない。何となく書かれた文字数は分かるのだが、何方も同じ様な文字数の行き先らしい。

 

 右側を見ると、並走していた方で比較的に森とかが有る。左側を見ると、草原と荒野が広がっている。少なくとも街を建設するならば平地を選ぶ、つまり左側?いや悉く悪い予想を的中させる国だし右側?

 

 

 

「仕方無い。上から確認するか」

 

 

 

 黒縄(こくじょう)を身体に巻き付かせて保持し、自分の身体を上に持ち上げる。20m程の高さまで持ち上げて左右を確認。本命の左側は延々と荒野が広がって街が見えない。

 

 では右側かと思ってみれば、森は点在し中間は草原が広がるが同じく街は見えない。只、先の方に池?沼?薄曇りでも水面が光っている場所が見えるが……さて、どっちだろう?

 

 うーん。街ならば、それなりの規模の水源が無ければ維持出来ない。そうすると右側か?森の恩恵と水源が有れば、街は発展すると思う。逆に無ければ、街は維持出来ない。

 

 

 

 つまり右側と予想する。此処までは一本道だったのに、この時点で既に、迷子とかじゃないよな?

 

 

 

 街道を確認すれば両方に同じ程度の轍(わだち)が有るので、両方ともに荷馬車の移動は有る。つまり流通は同じ程度は有るし、同じ位に新しいがドッチ方面に進んだかは判断出来ないな。

 

 

 

 自分の判断(勘)を信じて、右側の街道を選択する。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 高速で進む事、一時間。どうやら選択を間違えたようだ。距離的には、イエルマの街についても良さそうなのだが目の前には崖が有り海が見えている。

 

 嘘だろ?辺境を突き抜けて海まで来ちゃったのか?一応事前に確認した地図では大陸の端部だから真っ直ぐに進めば海にぶつかる事は把握している。想像以上にゴーレムキングの移動速度が速すぎた?

 

 取り敢えず、崖の上に登り周辺を確認する。海岸線に寂れた漁村?いや海に近い所に集落は見えるが、桟橋どころか船も見えない。だが人が住んでいる事は分かる。何故なら、煮炊きの白い煙が立ち上っているから。

 

 

 

 これは控えていた現地住民と接触するしかないか?直接、情報を聞き出す?

 

 

 

「時刻は昼前、煮炊きの煙は二本、少なくとも二世帯は居て昼食を食べられる程度に食料事情は良い。集落の周辺に柵などの防御施設は無いが、見える範囲では襲撃された様な跡も無い」

 

 

 

 海辺の村、だが船は無く魚を干すような設備も無い。自衛の為の防御柵も無いって、この国の状況を考えたら危機管理が無さ過ぎじゃない?それとも、相応に強い自警団でも居るのか?

 

 いや、確認出来た民家は八軒、煮炊きをしているのが二軒。二世帯と仮定しても家の大きさから十人は住めないから、多くても最大で十五人程度?それなりの数の野盗に襲われたら全滅だぞ。

 

 もしかして野盗の住処か?いや、それならもっと見付かり難い場所に構えるか防御施設を充実させる筈だよな。それに野盗が屯(たむろ)する様な荒んだ感じもせず、どちらかと言えば整然としている。

 

 

 

 疑問ばかりが頭に浮かぶ。無視して街道を戻れば二時間のロスで済むが、そもそもあの看板の左側に行けば正解とも限らない。下準備が不足だと、こういう失敗を犯す典型だな。

 

 途中で轍の状況を確認するべきだった。ここが轍を刻んだ馬車の終着点とは思えない。もしかしなくても気付かないだけで、他に分岐が有ったのかも知れない。

 

 ゴーレムキングの生み出すスピードに興奮して『ハイって奴だぁ!ごっこ』に興じた、自分自身を叱責する。子供じゃないんだから駄目だろ。年齢的には未だ子供だけど、もう成人式を迎えるのだから。

 

 

 

「危険を承知で住民に接触するしかないな」

 

 

 

 崖を降りて身に纏うゴーレムキングを魔素に還し、ライトメイルを着込みロングソードを腰に吊るす。雨除けのローブを羽織り、ダミーのリュックを背負う。

 

 無手で大陸の端まで来たとか怪しさしか無い。因みにリュックの中身は干し肉の束に乾パン等の日持ちする食べ物に水筒。着替えに野営用の小物類、交渉用の蜂蜜の小瓶とポーションが数本。

 

 在り来たりだが道に迷った体で接触し、道を聞く事にしよう。集落に通じる道は無いので、少し悩んだが砂浜を歩いて近付く事にした。この浜辺は長いので何処で街道から逸れて迷ったか聞かれても、その辺とかで誤魔化す。

 

 

 

 簡単な設定を決めたので、ゆっくりと砂浜を歩いて集落に近付く。30m程手前で漸く住民というか、十歳位の少年が気付いて指差して騒いだら中年の男性が二人、手に銛を持って出て来た。

 

 銛?やはり漁村なのだろうか?船も無いのに、浅瀬で魚でも突くのか?だが風貌は典型的な漁民、逞しい身体に日焼けした肌、塩で赤く焼けた頭髪。うん、それほど強いとも思えない。

 

 だが野盗に身を窶した感じはしない。イメージは『逞しい海の漢』だろうか。

 

 

 

「止まってくれ!見ない顔だが、何処から来たんだ?」

 

 

 

「この村に何か用か?お前が望むようなモノは此処には無いぞ」

 

 

 

 銛こそ構えないが、相当警戒している。その割には、この集落の防御力は無いに等しい。目の前の男二人が、襲撃者を全て撃退出来るとも思えない。アンバランス、つまり疑わしい。でも、今疑われているのは僕の方。

 

 

 

「道に迷いました。イエルマの街に行きたいのですが、何処で分岐を間違えたか分かりません」

 

 

 

 取り敢えずその場で立ち止まり、敵意が無い事を示す為に両手を上げて話し掛ける。道さえ教えて貰えば、直ぐにでも撤退しますよ。

 

 

 

「子供?こんな最果ての場所に一人でか?」

 

 

 

 被っていたローブも脱いで顔を見せる。予想通りに、僕が子供だと分かって警戒心が少し緩んだ。抵抗されても大人二人なら何とでもなると思ったのだろう。

 

 

 

「イエルマの街だと?お前、あの街の事を知らないのか?」

 

 

 

 だが片方が、イエルマの街の名前に反応し警戒が高まった気がする。あの街の事は殆ど知らないのだが、もしかして良くない事でも起こっているのか?

 

 

 

「はい。冒険者ギルドの依頼で、届け物が有りまして街道の看板を頼りに移動していたのですが途中の分岐で案内板の文字が読めずに右側に進んで来たのですが……迷ってしまいました」

 

 

 

 それっぽい理由を追加して説明する。僕の見た目なら駆け出し冒険者、最低ランクの仕事しか受けられないので配達は割と良く有る依頼だと思う。

 

 ギルドカードを見せろと言われると困るが、外観だけなら直ぐに錬金で偽装出来る。なんならエムデン王国の冒険者ギルドで仕事を受けたと言えば良い。他国のギルドの内容など知らないだろう。

 

 危険度が下がった為か、僕から視線を外して男二人が小声で話し合っているのを大人しく待つ。どうにも、イエルマの街は今ヤバい状況らしい。

 

 

 

 既にカシンチ連合が攻め込んでいるのか?それとも逆賊コーマを受け入れた街として、パゥルム女王が増税でも課して治安でも悪化したのかな?

 

 

 

「イエルマの街は今は余所者が入る事は出来ないし、行けば問答無用で襲われるかもしれないぞ」

 

 

 

「あの街は、パゥルム女王が送り込んだ新しい代官様が強欲でな。もう好き勝手にしていて荒れ放題だ。お前の尋ねる相手は、ブレスの街かソルンの街に逃げているかも知れないぞ」

 

 

 

 同情を含んだ表情と声色、彼等からの警戒は殆ど薄れたと思って良いだろうか?それなりの情報は得られたので、後は正しい道順だけ教えて貰えば完璧だな。

 

 

 

「えっと、つまりイエルマの街には近付かない方が良くて、中にも入れない。届け先の人も既に近隣の街に避難している可能性が高いって事でしょうか?」

 

 

 

 物凄く困った感を滲ませて言えば、二人揃って頷いてくれた。まぁ避難しているって言うのは希望的観測だろうな。独裁者が住民を街の外に逃がす訳が無い。閉じ込めている筈だ。

 

 それを言わずに希望を持たせる様な言い方をしたのは、わざわざ危ない所に行かせない優しさだろうか?この二人、善人なのだろう。

 

 あと、家の陰から先程の男の子と、もう二人の同い年位の男の子が此方を伺っている。僕の視線に気付いたのか、後ろを振り返って『危な……くはないが、家の中に入っていろ』と注意した。

 

 

 

 僕の危険度は危なくないまで下がったらしい。 

 

 

 

「有難う御座います。念の為にイエルマの街までの道順を教えて貰えますか?迷って行ってしまっても困りますから」

 

 

 

 そういって、ゆっくりした動作で背負っていたリュックから干し肉の束を取り出して差し出す。漁民なら魚は食べ慣れているだろうが、肉類はそうでもないと思ったら案の定だ。

 

 男二人がゴクリと生唾を飲み込み、顔を見合わせて頷き合ってから笑顔で僕を見た。こういう分かり易い欲望でお願いを聞いてくれるのは楽で助かります。

 

 彼等の警戒心は解かれたが、僕の疑問は解消していない。だが、何故此処に住んでいるのとか防御施設が脆弱とか理由を聞いても無意味だろう。

 

 

 

 お互い望んで、対価の干し肉を渡し情報を得られた。それだけで良いんだ。

 


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