古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第927話

 迷い込んだ海辺の寒村で情報収集を行う事にして、住人に接触した。少なくとも二世帯が住んでいて子供も居る。現れたのは男性二人、共に外観から察するに漁師と思われる。

 

 鍛えられた肉体、日焼けした髪と肌。手には漁で使うのだろう銛を武器として携えているが敵意は低い。僕の見た目は子供なのと駆け出し冒険者を装った事、後は渡した干し肉効果だろう。

 

 強欲ではないし、現状危険と認識しているイエルマの街に行かせない様にアドバイスもくれた。まぁエムデン王国では普通の対応だが、バーリンゲン王国では珍しいと思う。

 

 

 

 此処に来る迄だけで、結構な人間の闇を見せ付けられているので余計に普通の対応が珍しく思うのだろうか?

 

 

 

 出来れば立ち話で情報を貰いそのまま此処から離れたかったのだが、予想以上に渡した干し肉の効果が有ったのか少し家で休んで話をしようと誘われた。

 

 当然だが警戒はした。室内に誘い込んで油断した所を襲って全てを奪うのかと……野盗の村の件で疑心暗鬼になってしまったのだろう。一応、探査魔法で調べたが特に隠れている者は居ない。

 

 逆に男二人が声を掛けて家に中にいた者達を全て呼んでしまった。警戒心が薄いのか、子供相手に慎重になる必要を感じなかったのか?

 

 

 

 最初に出会った男の子と後から一緒にこっちを伺っていた同い年位の男の子が二人、その他にもう少し年上の男の子が一人と、彼の後ろに隠れる女の子が一人。兄妹だろうか?

 

 それと夫婦が二組と老人が一人、合計十人がこの漁村で暮らしているらしい。予想通りの二世帯かと思えば、兄妹達はこの漁村に避難して来た遠縁の者らしく、老人が世話をしている。

 

 つまり三世帯だな。因みに男の子三人は兄弟で片方の夫婦には子供が居ないらしいが、正確には最近亡くしたらしく言葉を濁していた。こういう御時世だし、か弱い者達から犠牲になるのだろう。

 

 

 

 辛い現実だ……

 

 

 

 質素だが丈夫そうな民家に招かれ床に直接座っている。向かい合う形ではなく円形、左右には子供達が座っているが三兄弟と兄妹は余り仲が良くないのか打ち解けていないのか微妙に距離を感じる。

 

 兄妹が此処に来たのは最近らしく、また妹が人見知りが酷く中々打ち解けないと教えてくれたが……多分だが妹は兄以外を警戒している。両親と死別したらしいが良くない別れだったのかもしれない。

 

 まぁ他人が深く聞き出すのはどうかと思うし、彼等も触れられたくはないのだろう。だが僕の隣に兄の陰とは言え近くに座ったのは、全ての他人を拒絶している訳でもなく興味はあるんだ。

 

 

 

 珍しい外から来た若い冒険者、興味を引くには十分だろうね。

 

 

 

「それで、現状のイエルマの街の状況が思わしくないと聞きましたが……具体的に、もう少し詳しく教えて下さい」

 

 

 

 最初に教えて貰った情報は『パゥルム女王が送り込んだ新しい代官が強欲で、好き勝手にしていて荒れ放題』という事。本当に、パゥルム女王の治世は失敗の連続だな。

 

 まぁ臣下達が彼女を敬わず好き勝手しているのだから当然の結果といえばそうだが、もう少し何とか出来なかったのだろうか?出来なかったんだろうな。だから見切りを付けて亡命したんだ。

 

 属国化までは良かったが、その後の臣下達の抑え込みに失敗し制御出来なかった。国民性や貴族達の思想もそうだが、行き当たりばったりでどうしようもない連中が多い。

 

 

 

 そしてソイツ等が国政を担っているのが致命的な失敗、国の未来を考えずに私利私欲に走ればさ。どうにもならないよ。

 

 

 

「パゥルム女王様が送り込んだ代官様、バカッティオ子爵様と一族の方々は辺境の蛮族達と癒着したんだ。カシンチ族連合の奴等の圧力と賄賂に負けたって噂だ」

 

 

 

 ん?予想と違う話だぞ。カシンチ族連合が、イエルマの街の代官の懐柔に成功したのか?それは今迄の辺境の部族と中央の貴族の関係性を考えれば有り得ない事だぞ。

 

 

 

「そして蛮族共を街に引き込んだ。相当好き勝手しているらしく、心ある者達はブレスの街かソルンの街に逃げ出したそうだぞ。俺達も実際に逃げ出した連中から聞いた話だから本当だろう」

 

 

 

 心ある者達ね?イエルマの街の旧支配階級や利権に絡んでいた連中が逃げ出して嘘を広めた可能性も有るし、カシンチ族連合が過去の因縁を持ち出して乱暴狼藉を行った可能性も有る。

 

 何方かと言えば前者の方が可能性は高そうだが、実際に調べなければ真実は分からない。だが彼等は実際に逃げ出した連中から直接聞いたから真実だと思っている。

 

 情報の精査などしないだろうし、あくまでも噂話って位でしか捉えていない。しかしカシンチ族連合も色々と動いている事が知れただけでも収穫有りだ。後は街の様子を確認して接触するか……

 

 

 

「そのカシンチ族連合とは?カシンチ族は辺境の一部族だと思いましたが、連合を組む程の強い影響力の有る部族とは知りませんでした。自分の持っている情報では好戦的ではないと思っていましたが?」

 

 

 

 カシンチ族は担ぎ上げられた神輿でしかなく、実際はゾイルワーム族の長老である、ベンバー殿が仕切っている。この情報は広まっているのだろうか?カシンチ族連合がどの様に捉えられているのか?

 

 彼等が典型的なバーリンゲン王国の民ならば、辺境の蛮族との認識で悪だと決めつけるだろう。そこには長い間の民族間の争いがあるので否定は出来ないし、しようとも思わない。

 

 だが、どう捉えているかは知っておきたい。この質問に複雑な顔をして考え込んだが、そんなに難しい問い掛けだったのかな?

 

 

 

「確かにカシンチ族は比較的に穏やかで好戦的でない部族だったが、例のアレの時に……」

 

 

 

「アレとは?」

 

 

 

 妙に言葉を濁したけど、言葉に出来ないアレって何だろう?

 

 

 

「大きな声ではいえないが、エムデン王国の大々的な内政介入っていうやつか?パゥルム女王様が止めてと懇願したけど殿下様方を殺したり捕まえたりしただろ?」

 

 

 

 は?何だその大々的な内政介入って?パゥルム女王が止めてと懇願した?違う、彼女がやってくれと懇願したんだぞ。これがアレか?バーリンゲン王国得意の事実の捻じ曲げか?

 

 しかも大きな声で言えないって事は、一応エムデン王国に配慮してますからって事か?うわぁ殺意しか湧かないぞ。本当に息を吐く様に嘘を吐くんだな。

 

 自分の都合の良い様に事実を捻じ曲げて広めて、その嘘を真実だと信じて振舞う困った連中だな。なんとか殺意が漏れるのを堪えたが、妹さんは何かを感じたのかじっと見詰めている。

 

 

 

 殺意というか敵意とか悪意に敏感なのかもしれない。気を付けよう。

 

 

 

「ああ、あの騒動ですね。結局、殿下三人は倒されたり捕まったりと散々な結果だったらしいですね。その騒動とカシンチ族連合が関係していると?」

 

 

 

「エムデン王国の悪逆非道な殺戮魔術師、同族一万人殺しの人類の敵に取り入ったのさ。その悪名を恐れて辺境の蛮族共はエムデン王国に尻尾を振って取り入ったって事だな」

 

 

 

 事実が嘘で捻じ曲げられて酷い事になっている。嘘を広めたのは反エムデン王国の貴族連中だろう。領民達の離反を恐れて嘘を吐いてエムデン王国が悪いと言い触らしたな。

 

 自分達は悪くなく、エムデン王国が全て悪い。なんとかしたいが、悪逆非道な殺戮魔術師(僕)が怖くてなにも出来なかった。同族一万人殺しの人類の敵(僕)が全て悪い。

 

 だから自分達が何も出来ない事が仕方無かった。逆に被害者なので、謝罪と賠償と補償を要求するべきなんだ!とか自己変換して真実だと思い込んだ。

 

 

 

 それを広めたが、領民達も特に疑いもせずに信じたと?少しは情報を精査しろ。与えられた情報だけを鵜呑みにして信じちゃうとか、支配し易い連中だと思われてるぞ。

 

 

 

「成る程、カシンチ族連合とは虎の威を借る狐という東方の諺(ことわざ)の通りの連中なのですね?」

 

 

 

 顔の筋肉が強張って変な表情をしている自覚が有る。怒りの感情が怒っている表情をしようとしているが、それを無理に呆れた表情に変えようとして固まった。そんな感じだ。

 

 だが彼等は怒りが混じる呆れた表情をカシンチ族連合への侮蔑や敵意の表れと感じたのだろうか?しきりに同じ気持ちだと思って頷いている。そうじゃ無い、そうじゃ無いんだ!

 

 妹さんが兄の後ろから僕の隣へと移動して膝に手を置いて、悲しそうな表情を浮かべて見上げてきたが……これはどういう感情の行動だ?憐れみ?同情?

 

 

 

「お兄さん、凄く怖い顔をしているよ。カシンチの人達はそこまで悪い事はしないよ。お父さんとお母さんを虐めたのは街の人達だったよ」

 

 

 

「街の?イエルマの街の人達って事……」

 

 

 

 その言葉にギョっとした、兄が妹さんを抱き締めて家から慌てて出て行ってしまった。それを悲しそうに見詰める老人と、困った様な表情を浮かべる大人達。

 

 ああ、アレか?あの兄妹の両親はイエルマの街の連中が略奪か何かをして迫害して殺した。その事実を知っているのが老人で、他の大人達は嘘を信じているから困惑してるのだろう。

 

 多分だが、妹さんの家族はカシンチ族の事を悪く思っていないので、嘘を信じた連中から睨まれて迫害されたとかかな?略奪の理由にされて襲われたとか、十分にあり得る事だな。

 

 

 

 微妙な空気が漂う。これを何とか変えようと、奥さん達が角が欠けた素焼きの器に白湯を入れて配ってくれた。まぁ普通の貴族なら飲まずに激高するだろうが、僕は構わず頂く。

 

 少しだけ塩気を感じるのは、海が近いから集落の中心にある井戸水には少量の海水が混じっているのかも知れない。それを一気に飲み干すと、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 

 これ以上の情報収集は不要かな。真実とは別の話が広まっているが、カシンチ族連合がイエルマの街の代官を懐柔して味方に引き込んだ事が分かっただけでも十分だ。

 

 

 

「此処はイエルマの街に住めない余所者達が集まって造った村なのさ。俺は婆さんが辺境の蛮族に襲われて生まれた親父の子供ってだけで、イエルマの街では暮らせなかった」

 

 

 

「俺達も同じような理由で、村八分一歩手前だったので逃げ出したのさ。街の連中も気の良い奴等も多いが、何か有ると直ぐに不利益を俺達に押し付ける。だから逃げ出したのさ」

 

 

 

「息子夫婦はカシンチ族との商いをパゥルム女王様の命で行っていたが、それがいかんと店が襲われ商品は全て奪われた。命からがら逃げだした息子達を助けたのが、カシンチ族の連中だった。

 

手当の甲斐も無く、息子も嫁も死んだが孫達は生き延びた。儂はカシンチ族連合が悪いとは言えないが良いとも言えない。こんな年寄りでも命が惜しいのでな」

 

 

 

 受け入れはするが何かの時に不利益を押し付ける飼い殺しの連中扱いだった訳か。パゥルム女王も辺境との公平な商いを行えと言ったがフォローが全く無いのが原因だな。

 

 一方的に命令して終わり。そんな事で、コイツ等が命令通りに動く訳がない。曲解して都合の良い嘘を真実として弱い連中から奪おうとする。

 

 だが声高々に真実を言えば襲われて殺される。それが老人でもって事か。そんな彼等も街から完全に切り離されては生きて行けないので、近くに逃げて暮らしている。

 

 

 

 それにしては集落の防備が薄すぎる。迫害されているのならば、もっと防御に力を入れるのではないか?この中途半端さは何だろう?

 

 

 

「色々と教えて頂き有難う御座いました。警戒はしますが、イエルマの街の近くまで行ってみます。一応受けた仕事なので……危なそうならば街には入りませんが、ブレスの街とソルンの街には行ってみます」

 

 

 

 結論、彼等の秘密は探らずに放置。だが折角色々と教えてくれた事は感謝する。彼等も干し肉の対価としての情報を教えたと思ったのだろう。頷いて同意してくれた。

 

 お礼を言って家を出ると、兄妹が此方を伺っている。兄は警戒し妹は何かを言いたそうにしているが、家の中の連中の事が気になるのか黙っている。

 

 いや妹さんが兄を引っ張る様に前に出て来た。おぃおぃと言葉では制止するが掴まれた手には抵抗せずに引っ張られている。妹に弱い兄の典型みたいだが、それだけじゃないな。

 

 

 

「なぁ、冒険者ってさ。俺でも直ぐになれるのか?」

 

 

 

 冒険者になりたい。つまり自立して妹と生活をしたい。ここで老人の世話になって生きるのは嫌なのだろうか?食詰め者の最後は冒険者か傭兵か野盗の三択だが、まだ登録出来る年齢ではないだろう。

 

 エムデン王国では14歳の時点で、登録料の銀貨1枚を払えば登録出来たし冒険者養成学校にも入れた。まぁ魔法の水晶で能力値やギフトとか色々と調べられて、冒険者カードに刻まれたんだよな。

 

 そして最初から、討伐コース・素材採取コース・魔法迷宮探索コースの三つのコースを選べた。それはエムデン王国の冒険者ギルド本部は七つの魔法迷宮を紹介出来るから。

 

 

 

 だがバーリンゲン王国はどうだ?何歳からだろう?初期にコースなど選べるのか?分からないが、エムデン王国よりは待遇も設備も何もかも悪い筈だ。

 

 

 

「冒険者ギルドに行って登録すれば可能だが、年齢制限が有った筈だよ。僕は十四歳で登録できたけど、悪いが登録出来る最低年齢は知らないんだ。君は幾つかな?」

 

 

 

 どう見ても僕より年下、外見で判断すれば十歳から十二歳くらいか?登録は厳しいだろうし、保護者の老人も許可しないだろう。それに仮に登録出来たとしても雑用位しか仕事は受けられない。

 

 良くて薬草採取・街の雑用・清掃事業、討伐任務など無理だし最低ランクのゴブリンが相手でも一対一でも勝てるか微妙だぞ。それに妹を一人にして任務など受けられないだろうし……

 

 困ったな。普通に止めるべきだろうが、兄妹二人して上目使いで涙をためて見上げられても困る。任務の事を考えたら、彼等の面倒など見れない。

 

 

 

「お兄ちゃん、普通の冒険者じゃないでしょ?貴族様でも無いのに貴族様みたいな不思議な感じがするもん」

 

 

 

 え?一応貴族です。それも上から数えた方が早い位の上級貴族です。らしくも無いけど、広大な領地を持つ侯爵待遇の伯爵です。

 

 

 

「貴族様は床に座ったり、粗末な器で白湯とか飲まないけど凄く格好良かったもん。御父様よりも他の連中よりも、よっぽど貴族様らしかったもん!」

 

 

 

 思わずといった感じで言ってしまった重大な内容、それに気付いた兄が妹さんの口を塞いだが後の祭りで既に手遅れだよ。

 

 彼女は貴族の落とし子だ。落胤(らくいん)認知されない庶子、私生児、落し胤、言葉は色々と有るが平民の両親が居た筈だが?

 

 いや、最低貴族あるあるで貴族が既に結婚していた母親を見染めて強引に子供を作り捨てた。そんな最低のストーリーが頭に思い浮かぶ。

 

 

 

 つまり、この妙な違和感の有る集落は問題児が集められていると思っても良いのか?それなら迫害される理由も何となく分かる。

 

 

 

「何をそんな事は無いみたいな顔をしてるんだ?アンタも俺達と同じ貴族様に捨てられた子供なんだろ?」

 

 

 

 いえ、違います。困ったな。訳アリと思い詮索せずに距離を置くつもりが、向こうから重大な秘密を暴露するとか荒業を食わされたが……どうする?どうすれば良い?

 

 

 

 教えて下さい。イルメラさん!

 

 

 

 そう思って空を見上げたら、良い笑顔をしたイルメラさんが胸の前で両手をクロスさせている幻影が見えました。

 


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