古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第931話

 ブレスの街を襲撃していた、カシンチ族連合との接触に一応成功。攻略部隊を率いていたのは、ゾイルワーム族のクギュー。

 

 彼はベンハー殿の孫であり見た目は素肌に皮鎧を直に着るという不思議ファッションだが、頭の回転も速く野草の知識も有る。一部隊の指揮官としては十分な能力を持っている。

 

 配下の統制も問題無いレベルなので、最初はベンハー殿やシュマンジュ殿の居る場所で話そうと思ったが事情を説明し、彼を巻き込む事にした。

 

 

 

 辺境で暮らしている彼等でもエルフ族の厄介さは分かっているのに交渉可能なバーリンゲン王国の愚か過ぎる対応にひとしきり愚痴を言い合った所為で、少し仲良くなれたと思う。

 

 同世代ではなく年上で一回り位離れていそうだが、中年ばかりと親交を深めていた僕としては新鮮な喜びだ。他国の部族という配下でない事も関係しているのだろう。

 

 今後の対応と行動では、カシンチ族連合はエムデン王国の属国として支配下に入る事になる。そうすれば明確な上下関係が生まれてしまうが、今は違う。

 

 

 

「それで、この国が森に埋まるってのは、どういう事なんだ?」

 

 

 

「そのままさ。エルフ族の古老達が僕(しもべ)の植物製ゴーレムを大量に此処に差し向けている。あれは自分の周辺を森に変える不思議な力が有る。エルフ族は先ずは端から森に変えるつもりなんだ」

 

 

 

 実情はケルトウッドの森を中心に緩やかに森が広がるのと、捨て地として端部を古老達の実験場(遊び場)として森林化を行う。だが事実を伝えてエルフ族に悪感情が向かうには避けたい。

 

 

 

「つまり辺境から森に呑まれて人間は住めなくなるって事かよ。だからブレスの街を攻めるのを止めさせたのか?アレを墜として支配していたら、街の連中も助けなきゃ駄目って事か?」

 

 

 

 略奪するだけでなく支配下に置いたら守る事も考えているとは少しだけ驚いた。まぁ普通に支配者は己の支配地域とそこに住む連中を守る義務が有る。略奪だけなら野盗と変わらない。

 

 そして、クギューは理解が早い。ちゃんと僕の思惑と行動の意味を理解しているし、そういう風に考えられる事が凄い。若い彼が一部隊を率いているのも分かる。指揮官として有能なんだな。

 

 野草茶のお替りを貰い、喉を潤す。未だ説明しなければならない事、聞かなければならない事も多い。特にカシンチ族連合の状況の把握は急がねばならない。

 

 

 

「植物ゴーレムは徒歩だが不眠不休で移動しているから、少なくとも五日後位には此処に到着する。着いてしまえば森林化は早い、多分その日の内にこの辺は森と化すだろうね」

 

 

 

 一応最大限に急いで来たが、途中で迷子になったから貴重な時間を少し無駄にしている。五日と言ったが、もう少し早いかも知れない。

 

 

 

「植物ゴーレムかぁ……多分だが俺様達はゴーレムが現れたら様子見で手は出さないが、バーリンゲン王国の連中は分からねぇぞ。無駄に自信満々で無謀で馬鹿だから、間違いなく襲うな」

 

 

 

 あーうん、そうだね。エルフ族に子種を提供するとか言っちゃう程のお馬鹿さん達だから、謎の自信で攻撃して返り討ち。あとから補償と謝罪と賠償を寄越せって言える恥知らずだった。

 

 

 

「逆に襲ってくれれば時間稼ぎにはなるかな?いや、余計に状況が悪化しそうだな。アイツ等って常に最悪の選択を間違いなく選べる悪魔的な才能が有るからさ」

 

 

 

 自分の領地に見慣れない植物ゴーレムが大量に現れる。普通なら慎重に調べるだろうし、エルフ族絡みだと気付く筈だ。情報を集めて国の中央に問い合わせて指示を待つとか、すると思うけどさ。

 

 常に最悪を選ぶ連中だし、予想もしない事を平然と行うからな。戦力差も調べずに自分達は強いとか慢心して攻撃、そして反撃を食らい全滅するだろう。自分の領地に無断で侵入してきたのだから悪いのは向こうとか、全滅しても懲りないな。

 

 更に最悪なのは、攻撃を受けた事に怒って予定外の場所というか襲った連中の住んでる所を森林化するとかだよ。アレが特別な植生しか広められないとかだったら大問題だぞ。主にクロレス殿のストレスが酷くなるな。

 

 

 

 でも一応、長老達は遠隔操作も可能らしく、仕組みは分からないが植物ゴーレム達が見聞きした事は分かるっぽいんだ。だから予定外の場所を趣味の森にはしない筈だ。しないよね?

 

 

 

 エルフ族も相応にプライドが高いので、人間風情が生意気だっ!とか報復する可能性も高い。クロレス殿情報では、古老達って常識が通用しない感じだし複数いるから話が盛り上がって余計な事を仕出かしそうだし。

 

 クロレス殿でも抑え切れず、折衷案を飲まされた位だし。人間の常識に当て嵌めては駄目な連中なんだよ。嗚呼、僕もお腹が痛くなって来た。丁度、クマザサ茶は胃腸疾患に効くらしいのでお替りを貰う。

 

 香ばしいお茶を飲み干し、少し気が楽になり何となく胃痛も収まった気がする。だが気を付けないと、ドクダミには利尿効果も有るんだ。呑み過ぎでトイレとか恥ずかしいぞ。

 

 

 

「カシンチ族連合というか辺境の部族でエムデン王国に敵対しない連中をエルフ族と取り決めた領地の境界の街に移住させる。その交渉に来ました」

 

 

 

 カシンチ族連合にバーリンゲン王国の連中を間引きさせる為に交渉に来たとは言わない方が良いかな。何となく連中、植物ゴーレムにチョッカイかけて自滅する未来が見えるんだ。

 

 あの植物ゴーレム、森林化の為の特化型と思ったら大間違いで、普通に戦闘も熟せると思う。込められた膨大な魔力、古老達が遠隔操作も可能と考えれば襲ってきたら報復で殲滅とかありえる。

 

 クロレス殿経由でしか知らないが、基本的にエルフ族は人間を見下している。そんな連中に勝てると思われて襲われるとか、彼等のプライドを痛く傷つける事になりかねない。

 

 

 

 巻き添えは御免だから、今後の対応は難しいぞ。

 

 

 

「エルフ族と交渉したのか?出来たのか?すげぇな、普通に無理だと思うぞ。馬鹿共と俺達が違うって認めさせて、何処迄を森にするか境界まで決めたのか?有り得ないだろ?」

 

 

 

 クギューの尊敬の眼差しがこそばゆい。確かに難題だったが、イルメラさんにも通じる尊敬の眼差しとかさ。コレが照れか?正直、称賛を受ける事は慣れているが凄く嬉しく思う。

 

 

 

「その分の調整業務は大変だよ。魔牛族の連中もエムデン王国内の領地を与えて移動の世話のしなければならないし、カシンチ族連合の連中もバーリンゲン王国の領内を横断してフルフの街まで移動して欲しいんだ」

 

 

 

 ここで具体的な移住先を教える。正確にはフルフの街の周辺で、フルフの街自体はエルフ族に引き渡す。殆ど国内の端から端までの移動、それも移住だから家財道具一式でだ。

 

 困難は予想し易い。民族大移動だし、敵国の領地を横断するので妨害や攻撃だって有り得る。そもそも長きに渡り敵対してきた関係だから、すんなり通過はさせないだろう。

 

 クギューが考え込んでいるのは、与えられた情報の中で色々と考えているのだろう。今与えた情報だと、自分達に有利過ぎるので、此方の裏の事情にまで考えが及べば有能でコレからも長く付き合う事になるだろう。

 

 

 

 主に交渉の窓口として……

 

 

 

「移住先がフルフの街って事か?だがあれってバーリンゲン王国の連中の主要城塞都市だろ?」

 

 

 

 うーん、メリットとデメリット迄は考えが及ばなかったかな?

 

 

 

「正確にはフルフの街はエルフ族に接収されるから、その周辺を開拓して欲しいって事かな。エムデン王国も援助はするよ」

 

 

 

「うへぇ、開拓の援助付とはね。俺様達に何をさせたいんだよ?」

 

 

 

 うん。援助までするって言えば、流石に裏が有ると考えが及んだな。そう、色々と協力して欲しいから援助するんだよ。此方が一方的に有利じゃなく双方が納得する内容でね。

 

 僕がニッコリと笑えば、凄く嫌な顔をしたが損な話じゃないよ。どの道、此処に残っても生活出来ない状況に追い込まれるのだから生き残る為にも必要な事だよ。

 

 先ずはカシンチ族連合の正確な情報、それを把握してから可能な範囲で急いで移動だ。時間的余裕は多くて五日だから、四日を目途に移動を開始したい。 

 

 

 

「じゃあ条件の擦り合わせの為に、カシンチ族連合の事を教えてくれるかな」

 

 

 

 大事なのは情報、それを元にした計画、そして実行の流れだね。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 カシンチ族連合、当初の情報では17部族だったがブレスの街での会合の時には十五部族に減っていた。そして今は更に減って十二部族となっていたが所属する人数は減っている所か微増している。

 

 これは部族間での争いが有り、負けた部族の生き残りを吸収したから。その負けた部族の殆どは、連合の和を乱したり約束事を守らず好き勝手に行動していた連中らしい。

 

 問題は所属人数は増えても吸収したのが非戦闘員って事で戦力は減っている。そして攻略部隊は三つ、クギューが率いる部隊が最大規模で他の二つは斥候用の小規模な部隊だ。

 

 

 

 カシンチ族連合の総所属人数は一万八千人、辺境の部族が約五十で総人数が三万人と言われていたので半数以上を抱え込んだんだな。だが一万八千人でも非戦闘員が半数以上居る。

 

 クギューの攻略部隊が約五千人、斥候用の二部隊が各千人、非戦闘員の護衛及び予備戦力が三千人で合計一万人。半数以上が戦闘要員って事は凄い比率だな。

 

 エムデン王国だと徴兵を抜けば常備軍など全人口の4%程度だし徴兵したって更に5%増える位だから、総人口の半数が戦士職って凄い。それで生活が成り立っているのも凄い。

 

 

 

 兵士として徴兵されると労働力が下がるから、結果的に兵士ばかり多いと生産力が下がり必然的に国力も下がる。

 

 カシンチ族連合だが、エムデン王国の属国化になったとして……どうやって部族を維持させるかが問題だな。幸いカシンチ族やゾイルワーム族は農耕を主な産業にしてるから、先ずは食料の増産?

 

 ザスキア公爵に相談しよう。先ずは無事に目的地に移動させる事で、後の事は追々考えれば良いか。本来ならば伝言とか先に伝えるべきだが、伝令とかの手段が無い。コレが単独行動の弊害。

 

 

 

 最悪、カシンチ族連合の移動に同行する事になるだろう。

 

 

 

 半月とかの期間になるのかな?本来、カシンチ族連合にはバーリンゲン王国の連中とやり合って貰うから同行は悪手なんだよな。エムデン王国が絡んでいる事が公になってしまうから。

 

 だが、現状で情報だけ伝えて物資を渡しても望んだ結果になるのかが微妙。少なくとも植物ゴーレムをやり過ごす迄は同行したい。

 

 その前に非戦闘員達と合流して家財道具一式を纏めて持ち出す必要が有り、往々にして家財道具を纏めて詰み込んで移動するのは重労働で当然時間が掛かる。

 

 

 

 何処迄手を出すか?

 

 

 

「クギュー、カシンチ族連合の所属の部族って定住の地を持ってるの?」

 

 

 

「有るぞ。幾つかの部族が農耕を主な仕事としているからな。収穫を前に土地を捨てて移動とか飲み込んでくれるか、正直微妙だな」

 

 

 

 生活が土地に根付いた連中は移動を嫌う。住み慣れた土地に耕す畑、収穫は最大の楽しみだろう。生活を成り立たせる上で必要な事だから、最悪残ると言い出しかねない。

 

 だが残っても大切な畑は森に埋まる。抵抗しても無駄、どうにもならない。無理にでも移動させるしかないが、捨てる畑の補償とかは出来ないしする気も無い。

 

 嫌な押し付けだが、強硬するしかない。その辺の説得は、カシンチ族連合側にして貰おう。その為の移動先の開拓の援助、土地を捨てさせ、代わりに間引きもさせるのだから相応の援助はする。

 

 

 

「畑は捨てるしかない。猶予は五日も無い、直ぐにでも荷物を纏めて移動したい。説得はクギュー達の仕事になるので宜しく」

 

 

 

「まぁそうだよな。俺達の仕事だが爺ちゃん達に任せた方が良いだろうな。族長や長老には逆らえないが、先ずは爺ちゃん達を説得して欲しい」 

 

 

 

 嫌そうな顔だが、自分の仕事は分かっているみたいだ。だが先ずは部族の長である族長と長老連中の説得、これは僕の仕事なのか?まぁクギューには伝えたが、任せ切りは駄目か。

 

 当初の目的通り、カシンチ族連合の指導者達を説得して部族の取り纏めをして貰い速やかに移動する。途中まで同行して見通しが立てば、先行して受け入れ準備だな。

 

 タイミング的に魔牛族の方が、先に移動するだろうから合流は無理というか間に合わないし待たせる意味も無い。

 

 

 

 うん。何とかなりそうだね。最悪の状況は、バーリンゲン王国の連中が絡んできて戦いが長引いて移動が遅くなる事か……

 

 

 


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