古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第937話

 先触れとして本隊と別行動で魔牛族の里に来て良かった。まさか、リーンハルト様が立ち寄られているとは思わなかった。別行動の予定は理解していましたが、流石は私達を導く御方。

 

 女神ルナ様の御降臨に立ち会えた事も大変喜ばしい事だが、その際に直接お言葉を聞けるとは……あの御屋敷での件は妖狼族の中で未来永劫に語り継がれる事になるでしょう。

 

 今までは巫女である、ユエ様が御神託を授かるだけでした。それはそれで素晴らしい事ではありますが、女神の御言葉の代弁者でしか無いので御神託の真偽が分からなかったのです。

 

 

 

 勿論ですが、ユエ様や歴代の巫女様の事を疑う気持ちは少しも有りませんが女神ルナ様の御神託を授かっても……私達の生活は改善されず現状維持が何年も続きました。

 

 バーリンゲン王国の保護部族の様な扱いをされて、ケルトウッドの森のエルフ族からの援助が無ければ愚か者共に良い様に扱われていた事でしょう。

 

 実際にリーンハルト様の暗殺という愚か過ぎる選択肢を選ばせられてしまいました。私も実行犯なので責任は重々承知していましたが、あの時は本当にどうしたら良いのか分かりませんでした。

 

 

 

 巫女であるユエ様が誘拐され、バーリンゲン王国の連中の手の内にある状況では暗殺の提案を退ける事など出来なかったのです。

 

 

 

 実際はダーブスの裏切りもユエ様の誘拐も全て女神ルナ様の御神託に沿った作戦とは聞きましたが、御降臨された時に聞かされた『御神託を授けても結果が希望通りにはならない』リスクも有るという言葉。

 

 御神託で指示した事を実際に間違わずにその通りに行える者は少ないらしく、女神ルナ様がリーンハルト様の事を気に入って直接お言葉を授けられた事には納得しました。

 

 リーンハルト様は未だ若いのに目標を達成する為の手段を何通りも考えられて実行し状況の変化に対応出来る。その手際の良さと臨機応変さには、女神ルナ様も称賛していた。

 

 

 

 我等、妖狼族にも同じ様に御神託で指示を出していても望んだ結果にはならなかったか達成度が低かったのだろう。不甲斐ない自分自身が嫌になる。

 

 

 

 そしてリーンハルト様の配下となりバーリンゲン王国内にあった隠れ里からエムデン王国のリーンハルト様の治める領地にと移住し、現在は素晴らしい繁栄を享受しています。

 

 人間族の事をバーリンゲン王国の連中を基準にして考えていたのは大きな誤りで、エムデン王国の人々は異種族である我等を受け入れて差別も偏見も無く普通に接してくれる。

 

 勿論ですが彼等も自分達の領主が認めて受け入れたからで有り、リーンハルト様の忠誠心と信用度によって妖狼族への態度が決まったと言っても良いでしょうね。

 

 

 

 私達のご主人様は新たに魔牛族の方々も受け入れる事になり、その移住の手伝いをする為に魔牛族の里に来たのですが……

 

 

 

「ミルフィナ殿?私の仕えしリーンハルト様に、クユーサー達を嗾(けしか)けてどうしたいのです?邪な考えならば許しませんよ」

 

 

 

 呑気に紅茶など飲んでいる、昔馴染みの女性に声を掛ける。クユーサーは友であるララースの妹、つまり私にとっても妹みたいな存在。実際に姉妹のような関係性を結んでいると思う。

 

 魔牛族の女性に多い、慎み深くおっとりした性格。しかし、もう少し年を取れば豊満な肉体に成長するであろう事は想像に難しくはない。姉もデカければ向かいに座る女もデカい。

 

 私達とは種族的な特徴が真逆なのであろう。妖狼族は俊敏性や機動性を求める為にか身体付は野生的なスレンダー、そう貧相でなくスレンダーなのです。あんな贅肉の塊を二つもブラ下げては重くていけない。

 

 

 

 その点については色々な考えが有り、一概にどちらの種族が女性として優れているとかは無い。決して無いと言ったら無い。

 

 

 

「エアレーとクユーサー、それにナンディーの意思を尊重しているだけですわ。私は彼女達に何も命じていません。ですが自分でも、ああも懐くとは思ってもみませんでした」

 

 

 

 まぁそうですね。未だ幼いとはいえ基本的に魔牛族の女性は貞淑で慎み深く引っ込み思案の者が多いのに、ああも積極的に纏わり付くのが不思議でした。

 

 リーンハルト様も御年十五歳、年齢差から言えば五歳位ですし不自然でも無いとは思います。それに厭らしさは皆無でしたし、外見的特徴さえ無ければ仲の良い兄妹のような関係でしょう。

 

 ですが大人顔負けの活躍をする人間族の中では周辺諸国で一番の大国の重鎮、その地位も名誉も影響力も実力も小国の王よりも持っている御方がですよ。

 

 

 

 人間の身分とかは私達異種族には関係無いといっても無視出来ない影響力が有る筈なのに、ああも自然に身分差を越えて仲良く出来るものなのだろうか?

 

 

 

「ユエ様も随分と懐かれましたし、リーンハルト様には幼女に気に入られる何かが有ると考えています。ユエ様の場合は御神託と助けられた恩が複雑に絡んでいると思いますけれど……」

 

 

 

「吊り橋効果ってやつよね?まぁ囚われの巫女様を助けた若き宮廷魔術師様とのラブロマンスは、始まらなかったみたいですけどね。始まったら始まったで大変ですが、その辺の配慮と調整はね」

 

 

 

 年不相応に上手く立ち回るのです。人間の男ならば『普通に据え膳食わぬは男の恥』とか『女性に恥をかかせる事は紳士ではない』とかいって最後まで致してしまうのが普通と思っていたわ。

 

 私だって暗殺を仕掛けて返り討ちに遭った時に、命乞いで服従する時に貞操を散らされる事は諦めて受け入れていたのに。実際は手出しどころか手も握ってくれもしない。完全に乙女の覚悟は無視された。

 

 それが逆に心を惹かれた理由の一つでも有ります。妖狼族が異性に求める事は『先ずは自分よりも強い事』ですが、一族全てで挑んでも勝てないのですから最初の条件はクリアしています。

 

 

 

「ユエ様に手を出すならば、最初に成人している私とフェルリルからにして欲しいです。まぁ絶対に無いとは思いますが……」

 

 

 

「身持ちの固さは魔牛族の男性並みよ。私達が酔っ払って前後不覚になった時もお持ち帰りすらせずに放置よ。しかもウチの男性陣を篭絡して味方に引き込むんだから驚いたわ。

 

だからこそ私達は部族内で大きな反発も無く、リーンハルト殿にお世話になると決められたのよ。少し前ならば、人間の世話になどなったら、後でどんな酷い事をされるか分からなかったでしょ?」

 

 

 

 あの欲望に染まった目で私達を嘗め回す様に視姦していた屑共を思いだしたら身震いがしたわ。本当に嫌らしい連中、思い出したくも無い。

 

 

 

「確かにそうね。一族の男達は強制労働、女達は欲望の対象として酷い扱いをされたでしょう」

 

 

 

 種族的な能力差は有れど、数の暴力により有り得ないとは言えない。実際に妖狼族は没落一歩手前まで追い込まれていたし、もう少し何か有れば奴隷の様な扱いに落とされた可能性は捨て切れない。

 

 ダーブスの裏切りさえも、今の状況への布石と教えて貰った今でも本当に紙一重の状況だと思い知らされる。もしも私達が返り討ちにあった時に降伏が遅れたら?兄達と一緒に殺されていたら?もしもを考えるのが怖い。

 

 だから本当にエルフ族のクロレス様の英断には賛同します。あの連中は本当に滅ぼさなければ何を仕出かすか分からない。今まさに酷い状況に巻き込まれている最中なのだし……

 

 

 

「そんな屑共は私達の故郷を巻き添えにして森に埋まり消滅する。自業自得なので全く同情もしませんが、接触すれば色々と難癖を付けてくる事は想像に難しくないわね」

 

 

 

「エルフ族へ誤解だと言ってくれとか、一緒に戦ってくれとか、逃げ出す手伝いをしろとか、そもそも自分達は悪くなく被害者なので無償で助けろとか……そんな子供みたいな言い訳が通用すると本気で思っているから嫌なのよ」

 

 

 

 移動の途中で出会ってしまえば、必ず絡んで来る。その場合は強制的に排除となり実力行使となるので、それが可能な戦力を用意して来た。

 

 奴等とバーリンゲン王国領内で戦闘行為を行っても大丈夫とお墨付きを貰っているので遠慮はしない。仮にエムデン王国の軍隊と接触しても、私達はリーンハルト様の配下なので配慮もされる。組み込まれて良い様に使われたりはしない。

 

 身分の保証がこんなにも嬉しいとは思わなかった。自分達が他の連中からも認められているという安心感、これは今迄に感じられなかった事。恩恵、その一言に尽きる。

 

 

 

 手柄が欲しい。いっそ此方から探して仕掛けるか?

 

 

 

「実際に魔牛族の里に攻め込んで来たのよ。リーンハルト殿が蹴散らしたのだけれど、私達を捕まえて奴隷にしようとか、どういう思考回路を持っていれば行動に移せるのか理解不能よね」

 

 

 

「魔牛族は穏やかな種族と思われがちですが、実際は男衆が肉弾戦を挑み女衆が魔法で補助をするバランスの取れた戦闘民族。ただ一族の人数が少ないので人的被害を抑えたいから敵対行動をしなかっただけなのにね」

 

 

 

 お互い深い溜息を吐く。よくもまぁ長い間、こんな連中の保護種族みたいな扱いで何もされなかったとか無事だったとか今だからこそ考えさせられる。

 

 この苦労が今の幸せの布石だと思わないと報われない。私達が幸せになれる事は、リーンハルト様の御主人様のお陰で保証されている。

 

 この任務も完璧にこなして、リーンハルト様の役に立てる事を証明しなければならない。一方的な恩恵の享受は避けなければならないのです。対等な関係など烏滸がましいのですが、少しは役立つと思われたい。

 

 

 

 やはり手柄が欲しい。どうしても役に立っていると証明したい。

 

 

 

「何をしても滅ぶ事が確定した連中だ。ならば此方から攻め入るのも有りじゃないか?どうせ滅ぶ連中なら、今私達が間引きしても構わない筈だ。少しでも手柄が欲しい。報酬など不要、役立つ事を示したい」

 

 

 

 知らない内に手に持っていたカップの取っ手からピシリと嫌な音が聞こえた。力の加減を間違えて強く握ってしまったのだろう。量産品で高価な物ではないので、申し訳ないとは思うが許して貰おう。

 

 積年の恨みの有る連中、リーンハルト様はエムデン王国側からの直接の手出しは避けてカシンチ族連合に汚れ役をやって貰う事にしているが……攻められて返り討ちにした事にすれば?偶然の遭遇で間引いた事にすれば?

 

 混乱した戦時中での事だし、此方から攻め込んだとかの証拠もないだろう。仮に生き残りの連中が騒いでも『嘘吐きが言っている事なら逆の事が正しい』と思われる。これが嘘を吐き続ける連中の周囲からの評価だ。

 

 

 

「止めておきなさいな。あの連中に関わると絶対に碌な事にならないわ。遠目から滅ぶのを眺めて笑えば良いのよ。積極的に絡むなど生理的にも嫌だわ。元宮廷魔術筆頭のマドックスとか下劣な連中しか居ませんよ」

 

 

 

「ああ、あの痛めつけられると喜ぶ変態爺さんだな。私達の方にも親書という欲望の要求を書き連ねた手紙が来ていたわね。全部燃やして完全無視したけど……」

 

 

 

 関わらない、相手をしない、そもそも話もしないし聞かない、近くに寄らない来たら離れる、完全無視が一番良くて正解なのは分かる。

 

 

 

「でも……」

 

 

 

「でもも、しかしも無しよ。手柄を立てて認められたいのは分かるけれど、関わる事によって余計な面倒事が降りかかってきて役立つどころか迷惑を掛けてしまう可能性の方が高いわよ。アレはね、そういう連中なの」

 

 

 

 だから諦めなさいって言われてしまった。近くに寄るだけで、攻撃を加えるだけで不利益を押し付ける連中って事なのね。未だ奴等の理解度が足りなかったって事なの?

 

 ならば別の方法を考えないと駄目なのだけれども、頭を使う事は苦手なのよ。こう、ブッ飛ばしてお終いって方法が分かり易くて好きなのだけれど。ああ、これが与えられた御神託も満足に達成出来ない弊害か。

 

 私達、妖狼族は族長であるウルフェル様を筆頭に脳筋ばかりの肉体言語派集団。他に何か名案が……目の前で私が珍しく考えているのを見て厭らしい笑みを浮かべる駄牛女を見る。

 

 

 

 貴女も、レティシア様の件で散々な迷惑を掛けた事は知っていますから!

 

 

 

「何か名案は無い?貴女達の護衛の任務は別として、何かお役に立てる事は無いのだろうか?」

 

 

 

 脳筋一族の私達より腹黒い魔牛族の氏族の代表たる、ミルフィナならば何か妙案位思い付いているだろう?その辺の信頼は有るつもりだ。貴女は腹黒、故に連中と同じく悪知恵は働きますよね?

 

 キリキリと吐きなさい。そのニヤけた顔に一発打ち込む前に何か言いなさい。そろそろ温厚な私でもイライラが募って我慢の限界です。

 

 サーフィルが合流する前に、私が役立つ所をアピールして点数を稼ぎたいのですから。さあさあ、早く何か言いなさい!

 

 

 

「側に居るのだから、リーンハルト殿に聞けば良いじゃないの?」

 

 

 

 なにを当り前みたいな顔で言うのですか?今までの話の流れで分かっていると思うのは、私の間違いですか?いいえ、そうではない筈です。友人ならば、知恵を絞り切りなさい。

 

 

 

「それが出来ないから、貴女に聞いているのです!この乳ばかり大きくなった駄牛めっ!」

 

 

 

「何です?脳筋の駄狼の癖をして母性の象徴を蔑みますか?だから貴女達は慎みが無いのですよ」

 

 

 

 それを言いますか?あの糞共も魔牛族は性的魅力に溢れて、妖狼族は乏しいとかほざいていたのを思い出して久し振りにキレましたよ。種族対抗戦を行う事にしましょう。

 

 その無駄に発達した脂肪の房を千切り取ってあげましょう。私達の身体は機能美に優れているのです。無駄を省いた理想的な肢体、贅肉まみれの貴女達とは違うのです。

 

 

 

 

 

 まぁ狭い里の中で大喧嘩をすれば、直ぐに気付かれて止められる事は分かり切っていた事ですが……何故か、リーンハルト様の前でミルフィナと正座させられて説教を受けています。

 

 本当の理由が言えないので、表向きの理由(肉体的特徴の差)で喧嘩になったと説明した時の、リーンハルト様の何とも言えない不思議な顔はとても珍しく可愛いものでした。

 

 何方の味方も出来ない、味方した方の外見的特徴が性癖だと見做されてしまう。他人からそう思われてしまうという結果に至ったのでしょうか『大も小も誇るべき所が有る』という玉虫色の慰めは不要です。

 

 

 

 因みにですが、クユーサー達が『今はサーフィル姉様、数年後はミルフィナ様だよ。両方楽しめるよって教えてくれたよ!』って言われた時の顔は怖かったです。

 

 表情が全て抜け落ちた感じで、無言でミルフィナの頭を素早く錬金したゴーレムで掴んで持ち上げたのです。彼女が痛いと泣き叫んでも暫く吊るしたままでした。その圧力には誰も何も言えませんでした。筋肉隆々の魔牛族の男達もです。

 

 そして困惑気味の、クユーサー達に『ミルフィナ殿は心の病だから言われた事を信じては駄目だよ』と優しく諭してました。彼女達に胸の魅力だけで女性を判断する男が居たら気を付けろと助言迄して……

 

 

 

 私ですか?勿論ですが他人の振りをして我関せずを貫きました。

 

 

 


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